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第7話 もうゴールしてもいいよね?



 昔、何処ぞの誰かがこんなことを言ったらしい。


 ──人はパンのみにて生きるに非ず。


 パン以外を主食としている地域の人々からは猛烈な批判を浴びそうなパン至上主義の言葉だが、なるほど道理である。

 この言葉には続きがあるらしいがそれはともかくとして、訴えたいこととしては人が生きるのには作業的に腹を満たすだけでは足りず、趣味や快楽といった所謂人生の潤いが必要だということだ。


 しかし逆に、人が生きる為には何を差し置いてもまず食べ物が必要、という意味にも取れなくない。


 中には食事が人生の潤いになる場合もあるだろう。

 美味しいものは食べるだけで元気が湧くし、環境によっては一日の楽しみが食事だと言い切る人もいる。

 より美味なる食材を求めて世界を渡る越境者、その手の業界で名を馳せる美食家も少なくない。

 滑稽な話だが、一つの珍味を巡って戦争にまで発展した、なんて真実もざらにあるのだ。


  歴史が証明していると言っていい。

 食事は人々にとって日々の活力だと。

 原始的欲求に則った正当な愉しみであると。


 その想いは娯楽の乏しい環境で育った者ほど顕著に表れる。

 幼少期から閉塞的な環境で育った子供などまさにその典型で。


 リーティアは寸分違わず当て嵌まった。


 少女は知らなかったのだ。

 酷薄な食生活が凄まじい速度で心を荒ませることを。

 何不自由ない食事を摂ってきた者なら尚更。


 根が真面目な少女は残すことをしないし、そもそも許されていない。

 いっそ絶食すればこの苦行からも離脱可能だが、勿論それも許されていないし断行する気もない。

 故郷では自然に感謝する儀式や催事もあったことから、食べ物を粗末するなど論外。

 飢餓で亡くなる貧しい人も世界にはいると知識で弁えているから、どれだけ不味かろうと栄養のあるものを食べないという選択肢もあり得ない。


 結果、激しさを増した酷烈(スパルタ)特訓で疲弊は頂点に達し。

 睡眠時の奇襲も容赦を知らず。

 唯一の楽しみである食事は拷問と変わらない故に。

 精神と引き換えに力を得た少女は。


 三週間経ってこうなった。


「…………あ゛ぁぁぁ……」


 幽鬼のような足取りでリーティアは砂浜を歩く。

 光の一切を映さない瞳は世の全てを憎悪をするかのように暗く沈み。

 眼窩の下を彩るは白磁の肌に映える黒き隈。

 表情に生気は無く、金糸の髪は色艶を喪って右へ左へと飛び散る有り様。

 何よりも猫背に折れ曲がった腰が、育ちの良い少女の窶れ具合を雄弁に語っていた。


 完璧に末期症状である。


(……やり過ぎちゃったぜ♪)


 ディアナに反省の色は微塵も無かった。

 とはいえこれ以上はマズイと流石に思い直す。


 ちらりとリーティアを見遣れば、美少女の面影を完膚なきまでに消失させ、哀愍誘う無残な姿へと成り果てている。

 用法用量を激しくミスったと言わざるを得ない。


「リーティア、今日の特訓で私に両手を使わせたら魔草(ハーブ)漬けは終わりにしてあげる」

「………………本当ですか?」


 ぴくりとリーティアは反応を示す。

 言い渡されたのは無理難題に近い試練だが、それを遂げれば地獄から解放するとディアナは言った。


 現実に疲弊した少女にとってそれは正に天啓。


 脳が戦闘思考へと移り、遅滞無く魔力で身を覆う。惚れ惚れする黄金の輝きが目映く蠕動する。

 少女から喪失された気力が瞳に宿るを見て、ディアナは激励を込めてにこりと笑った。


「うん、だからがん──」


 ──ダンッ‼︎ と激烈な踏み込み。

 遅れて放射状に砂塵が舞い上がり、リーティアの一歩で彼我の間合いが零になる。

 馴れ合いなど不要と言わんばかりの真正面からの奇襲。


「はぁっ‼︎」

「よっ、と」


 雑作もなく弾かれる銀閃。軽々しく振られる短剣がどうしてこうも力強いのか。力量差は歴然だ。

 だからといって止まることはない。防がれることは織り込み済みであった。


「──っ‼︎」


 一、五、十と加速して剣戟が打ち鳴らされ、空間に幾重もの銀の軌跡が奔る。

 一見互角に見えるが、力、速さ、技術で劣る少女に真っ向勝負は荷が重い。


 均衡はすぐに破られた。

 ディアナは真横に一閃し少女の剣を叩き打つ。

 腕に響く衝撃にリーティアは顔を顰めるが剣を手放す愚挙を(こら)え、弾かれた勢いを殺さずに体を(ねじ)るように回転させ水平に剣を薙ぐ。

 胴を捉える一閃。


「──甘い」


 ディアナは斬り上げることで防ぎ、少女の優位性を一手で崩した。

 強引に上半身を上げられたリーティアは無防備にも隙を晒す。

 それを見逃す魔女ではない。

 間髪入れずに首を刈る軌道の回し蹴りを放たれる。


「ッ⁉︎」


 当たれば致命の一撃。

 リーティアは反動を利して全力で仰け反ると、死神の鎌が烈風となって鼻先を掠めた。


 呼気を整える余裕もない。

 距離を取ろうにも後退は追撃を許す悪手だ。守りに入ってしまえばリーティアに勝ち目は無く、一方的に弄ばれてお終いである。

 活路は前。

 攻めて攻めて攻め抜くのみ。


 ──倒れるのならせめて前のめりに!


「ふっ!」


 反った背が地と平行なり次第、リーティアは砂浜に両手を突いて円月蹴(サマーソルトキック)を振り上げる。

 円弧を描く鋭い一撃をディアナは身を引いて躱す。

 リーティアは攻勢を緩めない。

 両手で身体を支えたまま脚を広げ旋風の如く大回転し、激甚な足刀を繰り出す。

 剣で受け止めたディアナは一歩だけ下がり、その間隙を縫い少女は遠心力を利用した勢いで体制を戻して、剣の間合いへと侵入。


 獲物を握った右手を振り上げると同時、逆の手に握った砂をディアナへ投げ付けた。


「っ⁉︎」


 この三週間正攻法でしか攻めてこなかったリーティアのその姑息とも取れる手段にディアナは瞠目する。

 僅かに反応が遅れた彼女は片手では凌げないと判断し、後方に大きく跳躍して回避を選択した。


(下がった……姉様が下がった!)


 特訓が開始されて以来、ディアナが初めて大きく後退した。

 明確な成果である光景に、リーティアは霞のような勝機を見出す。


(これしかないっ‼︎)


 目眩しが有効と判断したリーティアは、ディアナが小細工に慣れる猶予を与えず畳み込む。


「はぁっ!」


 叶う限りの魔力を脚に集約して、ディアナの目の前で砂浜を踏み抜いた。

 津波の如く舞い上がる砂塵が壁となってディアナに襲い掛かる。


「げっ」


 然しものディアナもこれには即応能わず目の前が砂色に染め上げられる。

 粉塵の弾幕に身体を打ち付けられても如何程の痛痒も感じないが、視界という最大の外部情報が閉ざされ完全に少女の姿を見失う。

 まともに目も開けられない砂煙の中、ディアナは教え子の成長を垣間見て内心で賛辞を送った。


(……やってくれたね。にしても驚いた。あの娘がこんな手を使うなんて……余程魔草(ハーブ)漬けが嫌なんだろうな〜)


 手っ取り早く強くなる為の常套手段なのに……とディアナは口を尖らせる。


(……まぁ、前にリリィに話した時にも「効率厨乙っ!」とか言われたけど)


 思考を一部に割きながらもディアナは警戒を怠っていない。

 視覚は奪われたが、それで動揺するほど魔女は可愛くないし、少女の特訓内容にもあるように奇襲への対応など朝飯前。

 この砂煙ごと吹き飛ばす手もあるにはあるが、流石に大人気ないだろうと自重する。


 ──さぁ、どう来る?


 右、左、前、後ろ。

 雑念を切り上げ神経を鋭利に、知覚領域を広大化させる。

 一瞬の静寂の後、疎らに射し込む陽光が陰った。


「ふっ!」


 直上に閃く銀閃に右手を振り上げる。

 キィンッと甲高い音を鳴らし、手応えのない投擲された剣だけが弾き飛ばされた。


(剣弾……これは囮!)


 刹那の思考の空白。

 本命はディアナの背後。


 砂煙を突き破って、リーティアは渾身の掌底を撃ち出した。


「はぁっ‼︎」


 ──衝突音。

 海岸に鈍く響いたそれは、戦闘終了の号砲であった。


 海風に吹かれ晴れた砂塵の中。

 リーティアの一撃は振り上げられた右腕とは逆の手、左の掌で受け止められていた。


 腰を捻って回された左手は明らかに防御の姿勢。

 勝利条件は魔女に両手を使わせること。

 ディアナは肩越しに覗く金の少女に、賞賛を込めて微笑み告げる。


「お見事。合格だよ、リーティア」

「……………えっ……?」


 優しく言祝がれた少女は、自身が成した所業に呆然する。

 腕を伸ばした先を追えば、防がれ撃ち抜けはしなかったが、自分の一撃は格上の魔女の元へと確かに届いていた。


 現実が頭に染み渡る。

 勝った。勝った。手加減されてはいたけれど、本気ではなかったけれど、それでもちゃんと勝った……!

 リーティアの顔に笑顔が弾けた。


「……やったぁああああああああああああっ!」


 うっきゃー! とか、きゃっほーい! という奇声を発して少女ははしゃぎ回り全身で喜び勇む。これで美味しいご飯が食べられるー! と心の叫びを爆発させた。やはり色々と溜め込んでいたらしい。


 ディアナも今は好きにさせようと駆け回る少女を放っていた。

 控え目に表現しても、リーティアが達成した試練は難業に他ならない。魔力を覚えて一ヶ月経たないと考慮すれば偉業とも言えるだろう。

 短剣を指輪に戻し、衣服にこびり付いた砂埃を落としながら、今日の夕飯はあの大衆食堂兼酒場の彼処でいいかなと思案を巡らす。

 久し振りに豪勢にいこうと決めたディアナは、ふと、突如止んだ声に違和感を感じて顔を上げた。


 ばたんっ、とリーティアが顔面から倒れ込んだ。


「あっ……」


 安堵で気が緩み、張り詰めていた線が途絶えたのだろう。

 無理もない。ゴーレムとの特訓ですら過酷を極めたものであったのに、魔力を身に付けてからは身体的な疲労だけでは収まらない凄惨な内容に移り変わったのだ。

 よくぞここまで耐えたと誉めて然るべきである。


「お疲れ、リーティア。夕飯の時間になったら起こしてあげるから、今は寝てていいよ」


 側に寄り、ディアナはその小さな体躯を持ち上げ背負う。

 安心したように眠った少女は柔らかに笑っていた。









「「かんぱ〜いっ‼︎」」


 カンッ、とグラスを鳴らしディアナとリーティアは果実酒で喉を潤す。甘い果汁と仄かな酸味が舌を打ち、度数は低いが酒特有の火照りが身体を包む。

 リーティアは一息で半分を飲み干し、酒の余韻に浸る……ことなく。

 直後、飢えた獣の如くテーブル上の料理にがっついた。


 瞳が涙に濡れる。


 程なくして、少女の頰にキラリと煌めく雫が伝った。


「……美味しい、……美味しい、……美味しいっ……っ‼︎」


(…………あぁ、またこれか……)


 一心不乱に爆食いする少女を見て、ディアナは苦笑いを浮かべる。過去に何度かお目にかかった場景だった。


 魔草(ハーブ)漬けを乗り越えた者は、次に食すものが魔素(ハーブ)より美味しければ大抵こうなる。

 例えカチカチの黒パンだろうと美味い美味いと泣いて口に入れ、この世の全てに感謝し生きていることを実感するのだ。


 リーティアも例外でなく、むしろ唯の魔草(ハーブ)漬けより悲惨な日常を過ごしたからか、もうなんか色々と酷い。

 気付けば、美味しい美味しいと連呼し、滂沱の涙を流しながらただ只管に料理を口に運ぶ少女という異様な光景が出来上がっていた。


『…………………』


 そんな彼女が注目を集めない訳がなく、店中の視線がリーティアに、もといその目の前にいるディアナに集中する。

 ひそひそと囁く声。

 一体何があったら無垢な少女がこんな風になるんだと、その熱視線は雄弁に語っていた。

 ディアナは全力で気付かないことにした。


「そう思えば、リーティアはお酒飲めるんだね?」

「はむっ、……んっ、んぐっ。……ふぅ……はい。祭事などでほんの少しですが。こんな風に飲むのは初めてです」

「……それ、つまりろくに飲んだことがないってことだよね?」

「そうともいいます。ですが! 今日は飲みたいです! お腹いっぱい食べたいです‼︎」

「……あー、うん、いいよ。どんどん食べて、がんがん飲んで」

「わーいっ!」


 若干の幼児退行が疑われる溌剌な返答を返し、少女は再び料理に手を伸ばす。今日は無礼講であった。

 代金に関しても、高級料亭でもないこの酒場でどれだけ頼もうとディアナの懐が痛むことはない。ついでにリーティアからは教えを請う対価として宝石を幾つか押し付けられおり、既に数個換金してある。一年豪遊しても無くならないくらいには小金持ちなのだ。


 それに食べるだけで心の治癒(ケア)になるのなら何よりである。

 魔草(ハーブ)漬けの加減に失敗した結果、今が楽しければ良いという刹那的快楽破滅主義者に血迷う輩が偶にいるのだからリーティアは実に平和的だ。

 ディアナとしてはその生き方は自身と近しいので非常に好ましいのだが。


 ともあれ、やはり心を癒すには酒と肴、あとは自由を晒け出せる無法の場。

 店員に料理の追加と葡萄酒(ワイン)を二人前頼み、ディアナは少女が満足するまで付き合うことにした。




 そして、二時間後。

 外の薄闇が夜の闇へと変わり果てた頃。


「あはははははははははははっ!」


 リーティアは見事にぶっ壊れていた。


「姉様姉様っ! かんぱーいっ!」

「はいっ、かんぱーいっと」


 しこたま酒を喉に流すリーティア。どうやら彼女は酒には滅法強く、悪酔いする中では健全な類いの笑い上戸に変貌する性質(たち)のようだ。

 一時は店中の視線を一身に集めていた少女だったが、酒場へと様変わりした店内では彼女のような酔っ払いは珍しくもなく、喧騒を促進する賑やかな連中の一人と成り果てていた。

 静かに葡萄酒を嗜むディアナも少女と同等に飲んでいるが表情に赤みは伺えない。量に対してその素面振りは異常で、臓器に重大な欠陥を抱えているのではないかと勘繰るくらいだ。


「姉様! あれは何をやっているんですか⁉︎」

「ん?」


 この際リーティアを徹底的に酔い潰そうかなとディアナが思い始めた頃、当の少女は持ち前の好奇心を発揮し何かを指差した。

 振り向くと第一に目に入ったのは人垣。

 その奥では大の男達が丸卓に肘を置き、手を握り合わせ必死の形相で筋肉を膨張させている。


「あぁ、あれは腕相撲って言って、まあ簡単に言うと力比べだよ」

「力比べ……勝敗はどのように決めるのですか?」

「倒して手の甲を着けさせたら勝ち。逆の手を台の上から離して勢いを付けたりするのは反則で、あとは純粋な力勝負。あの様子だと負けたら酒代を払うんじゃないかな?」

「へぇ……、面白そうですね!」

「酒場ならそう珍しくもないけどね……って、あれ?」


 ディアナが視線を前へ戻すと少女の姿はなく、目を離した隙にルンルンと腕相撲会場へと向かっていた。

 呼び戻す暇もない。何事にも怖気付かないその行動力はディアナをして脅威的であった。


「すみませーん! 私も混ぜてくださーい!」

「ああ? なんだ、嬢ちゃん。おめえさんじゃ勝負になんないぜ。とっとと家に帰りな」


 酔っ払いの中では比較的紳士的な対応でしっしと追い払われるリーティア。

 しかし酔っ払いはリーティアも同じだった。


「えぇー、いいじゃないですかー。私、結構強いんですから! それに、私に勝ったらこれを差し上げますよ?」


 リーティアが腰に下げた巾着から無造作に取り出したのは煌びやかな宝石だ。故郷の宝物である筈のそれを何の躊躇いもなく賭金(チップ)に出す少女は、やはり正気がぶっ壊れていた。

 一目で値打ちもの、下手すれば一生掛かっても手に入らない代物を目の前に出されて、男の目の色が露骨に変わる。


「……へぇ、こりゃ凄え! いいじゃねぇか、嬢ちゃん! んじゃ俺から相手してやるぜ!」


 ニヤリと口元を歪める男はドスンと椅子に腰掛けテーブルへ腕を準備(セット)した。

 周りも急に熱を上げた男と目の前に用意された財宝に目を奪われ、見ものとばかりにたちまち集い始める。

 あっという間にリーティアと男のテーブルを他の者が取り囲んだ。


「今更嫌とは言わせねぇぜ?」

「そんなこと言わないですよー!」


 呑気にけらけらと笑うリーティアに男は口角を吊り上げる。

 とんだカモが舞い込んだと内心狂喜乱舞する想いなのだろう。酒で己を見失った哀れな少女から絞れるだけ絞ってやろうという魂胆が見え透いていた。


「そうだ、一応聞いてといてやるが、嬢ちゃんは勝ったら何が欲しいんだ? 何だっていいぜ?」


 せめてもの慈悲か、欠けら程の罪悪感かは分からないが、兎も角、男はそんな提案をリーティアに投げた。


 投げ掛けてしまった。


「そうですねー……」


 出されるのは少女らしい細腕で、男が握っただけで折れそうなくらいの頼りないもの。

 益々勝利を確信し、その後の人生に花が添えられる気分でいた男に。


「それじゃあ私が勝ったら、あなたは私の奴隷で!」

「……はっ?」


 少女は何とは無しにそう告げた。

 素っ頓狂な声を上げる男を尻目に、聞き耳を立てていたディアナは育成の加減を誤ったと確信する。


 面食らい動揺する男。

 勝負に待ったはない。自然な成り行きで審判に付いた者が組まれた両手を握り押さえた。

 リーティアの眼光が鋭利に光る。

 酔いで理性の歯車が外れていようとも、戦闘の気配を感じ取れないような柔な鍛え方はされていない。


「左手は握って卓の上に! んじゃ、用意(レディィィ)──始め(ファイッ)!」


 闘いの火蓋が切って落とされミシリと互いの腕が軋み、一瞬の拮抗を経て男の腕が叩き付けられる。

 ダンッ‼︎ という激しい打音が店内に響き、場の喧騒が静まり返った。


「……いてぇえええええっ⁉︎」

「あははははは! はい、あなたの負けー!」


 甚大な痛みに襲われ絶叫する男と、対照的に爆笑するリーティア。

 現実感のない光景に誰もが唖然とし、予想と正反対な結末に野次すら飛ばせない、

 未だ痛みに呻く男を余所に、笑う少女はずらりと並んだ観客にトロンと視線を流し小首を傾げる。


「次は誰がやりますかー? 条件は一緒ですよー!」


 ……それは悪魔の囁きであった。


 勝てば莫大な富を得られ、負ければ少女の奴隷。

 酔っ払いの戯言であるためどこまでが本気か定かでは無いが、見方としては等価交換の勝負に見えなくもない。


 彼等はとある船団の一味であり、倒された男は言ってしまえば下っ端の一人だった。

 周りは思う。相手は少女。きっと此奴は油断したのだ。それに、例え実力が本物だとしても、この場にいる全員がやる気ならいつか勝てるはず。そうすれば宝石は自分の物……!


 彼等が湧くのは当然のことだった。


「よし! 俺と勝負だ嬢ちゃん!」

「あっ、テメェ抜け駆けすんな!」

「あはははは! 負けませんよー!」


 ──後にリーティアは述懐する。

『記憶が全くありません。起きたら奴隷を名乗る人が二十人以上いて正直引きました。今は反省しています』


 ……この後、リーティアは並居る男達をバッタバッタと薙ぎ倒し、調子に乗ってディアナに勝負を吹っかけ瞬殺された。

 これを機にヴァンドゥールの船乗り達は、リーティアを『お嬢』、ディアナを『姐御』と慕うようになったのは余談である。





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