第6話 リーティア頑張ります!③
新鮮味の薄れたいつもの海岸にて。
久々の休息を堪能し、蓄積された疲労を消化させた翌日の特訓は、簡易な講義から始まった。
「昨日体感して分かったと思うけど、魔力はそれ自体が莫大なエネルギー源であると共に、身体能力や反射神経、動体視力諸々を飛躍的に高める効果があるんだ。まぁ、代償としてものすごく疲れるんだけど、それも慣れれば平然と使えるから。魔力は越境者必須の力だから頑張って身に付けること。……以上、説明終わり!」
「…………あの、姉様、ほとんどなにも分かっていないので、できればもう少し詳しい説明を……」
リーティアは遠慮気味ではあるが思わず待ったを掛けた。
説明が適当すぎて何一つ魔力の概念が判明していない。今後の生活、もとい命に関わるだろう重要事項をこんな雑に終わられては堪ったものではないと、リーティアは焦燥を滲ませて主張した。
指摘を受けたディアナも「あ、やっぱり?」などと宣ったので確信犯であろう。途中から説明が面倒になったんだろうなと付き合いの短いリーティアですら察せられた。
「う〜ん、じゃあ……」
ディアナは頭の中の情報を整理。暫し沈思した後、こほんと咳払い一つ挟んで口を開いた。
「魔力とは自然界に満ちる魔素と呼ばれる素を生物が体内に摂取し、生命力と合わさることで発生するエネルギーの通称だよ。そして、魔力を運用し何かしらの現象として世界に干渉する技術、それが魔法。
魔法に大事なのは直感とイメージ。その人の趣味嗜好や性格、得意不得意に憧憬の対象とか、様々な要素が絡まって形を成すもの。魔法の形は個人の資質と訓練で如何様にも姿を変える、謂わば人生の軌跡がそのまま魔法となる……って感じかな?」
私も専門家じゃないからこれ以上はあんまりねーと後付けするディアナに対し、リーティアはまず浮かんだ疑問を問う。
「姉様、その言い方ですと生きとし生けるもの全てが魔力を持っていることになりますが?」
「うん、そうだよ」
「……? 私はつい昨日まで魔力の存在すら知らなかったのですが……?」
「魔力ってのはね、感知するのも行使するのも、才能っていう一言が付いて回る代物ってことだよ」
陽気に笑うディアナ。
才能、確かに成る程とリーティアは思う。
昨日実感し、今なら意識下にある魔力の性能は超級だ。
『姫様』と崇められ何もしてこなかった少女が、魔力を行使しただけで砂人形が振り下ろす一撃をこともなげに弾けるのだから。才能なくして身に宿らないのも然もありなんと言わざるを得ない。
しかし、疑問は残る。
才能と一口で言っても色々ある。
どんな要因が関わるのだろうかと、リーティアはこれまでに得た情報で考えてみることにした。
(私は今迄なにかしたことはろくにない。努力とかそういうんじゃないはず。あと、姉様はエルフで魔力を使えないのは珍しいとも。そうなるとつまり…………)
「……種族とか、……遺伝的な才能ですか……?」
「個人差はあるけど、どちらも正解の一つだよ。あとは育った環境かな。さっき言った魔素ってやつが濃いところで幼少期を過ごせば、身体が魔力に順応しやすくなるんだよ。エルフが魔法が得意なのは種族的なのもあるけど、同族での交配が多く、森は基本的に魔素濃度が高いからだね」
「初めて知りました……」
知らなかった世界の真実に驚きと感動の念が湧き上がる。
加えて説明を受けると、そうした下地がないものは魔力の蓄積量が少なくなり、余剰分は全て体外へ排出され魔素に還元されるらしい。
残存してても死蔵されるのが殆どで、そもそも肉体が魔力に順応していないと、魔力行使に身体が耐えられず破滅するとのことだ。
……自分は一歩間違えれば大惨事になっていたのでは……? と、リーティアが身を震わせたのはご愛嬌である。
「さて、あとはこの子の説明か」
ディアナが翠眼を向けたのは、この十日間リーティアが散々世話になった砂人形だ。
魔法の一種だと言われたままここまで付き合ってきたが、魔力の存在を知った後でも未だに判然としない何かに変わりない。リーティアとしても非常に気になっていた。
「お疲れさま、もういいよ」
労わりの言葉を合図に、砂人形の胸から核となった指輪が飛び出てディアナの手許に落ちる。
同時、人形の身体は形を保てず崩壊し、ただの砂へと戻った。
「あぁっ、ゴーレム君が⁉︎」
「そんな哀しそうな声出さないの。出そうと思えばいつでも出せるんだから」
「……お礼を言いそびれました。……それで姉様、その指輪はなんなのですか?」
「うんとね、これは魔鍵って言って、大雑把に言うと魔法を組み込んだ魔石装飾品かな」
「……魔石というと、魔物から取れるという宝石のことですか?」
「その理解で間違いないよ」
改めて注視すれば、ディアナは指輪や腕輪、首飾りに髪留め、果ては耳飾りに至るまで魔鍵であると判る。侍るように滞空する箒もまたそうだろう。
出逢った頃からおしゃれだとリーティアは思っていたが、どうやらそれらは全て便利道具であったらしい。
ただリーティアは魔鍵よりも気に掛かる違和感に頭を悩まし、無意識に独語する。
「……英雄譚の設定と、同じなんですね……」
「……そっか、知らないのか。リーティア、英雄譚はその殆どが実話だよ」
「……えっ⁉︎」
一切の疑問が吹き飛ぶ衝撃の事実に、リーティアは驚倒する。
束の間の時を挟んだ後、興奮とともに再起動した少女は瞳をキラキラと輝かせてディアナに詰め寄った。
「ということは、天樹エルフィシルに天空城ラーマギア、英雄アルディアに魔王バロムなどは実在してたんですか⁉︎」
「多分ね。アルディアは今もある騎士大国を建国して国名にもなってるし、ラーマギアは百年くらい前らしいけど実際に確認されてるからね」
「わぁあっ‼︎ 凄いです! 感激ですっ‼︎」
興奮振り切り、昂った感情に連動して少女の魔力が燦然と波打つ。つい先日まで存在すら把握していなかったと思うと、その煌めきは眼を見張る力強さだ。
だが無意識に引きづられるようでは魔力制御は粗末と言う他ない。
その点は時間が解決するかと楽観視していたディアナであるが、そう思えば忘れていたとポンと手を打った。
「……あっ、そうだ。重要なこと言ってなかった」
不意に思い出したといったその様子はとても重要そうには見えないが、わざわざ口にするのだからそうなのだろう。
一体なんだろうかと小首を傾げるリーティアに、ディアナは相変わらず軽い調子で忠告した。
「魔力についてだけど、一応守秘義務があるからやたら滅多に使わないこと。街では口にもしない方がいいよ」
「守秘義務、ですか?」
「そう。特に、才能がない一般人には魔力の存在が広まらないように気を付けてね」
リーティアの傾げた頭が更に落ちる。頭上に疑問符が可視化されたような表情で眉をひそめていた。
せっかく覚えたのに魔力行使に制限が掛かるなんて生殺しだとか、守秘義務なのに自分には教示している点は大丈夫なのかとか、魔法は常識なのにその源である魔力が流布されていない理由は何故だとか、色々な雑念が頭を過ぎる。
忙しなく百面相する少女は事情を聞きたそうにしてるが、そろそろ本格的に説明が面倒になったディアナはその理由を端的に示すことにした。
「魔力ってのは、リーティアのような未熟な者でもそれなりの力が出せるし、極めれば兵器すら上回る」
ディアナは岩場へと歩み、身の丈二倍はある岩石の前まで移動する。
巨岩の前でディアナは腰を落として腕を引き、拳を握り込んだ。
武術の心得がなくともそれが拳打の構えだと判断したリーティアは、ディアナの真意に思い至りまさかと眼を見開く。
途端、猛々しく迸る魔力。
自身とは比べることすら烏滸がましい翠の煌き。
唸る魔力は滑らかに流動し、構えた右手へと集中した。
「──こんな風にねっ!」
神速の拳撃。鳴り響く轟音。
衝撃波が空気を打ち、岩は破片となって散乱する。
咄嗟に耳を塞ぎ、身体に魔力を纏ったリーティアは無傷で済んだ。
対比して、先程まで其処にあった巨岩は見る影なく粉砕されていた。
「…………うそ……」
開いた口が塞がらない。
常軌を逸した光景にリーティアは驚愕のあまり声が出ない。
通常、あれ程の巨大な岩石を破壊するとなれば、城壁を爆砕する大口径の大砲による砲弾でも打ち込まなければ不可能だろう。
だと云うのに、それを人の身で、いとも容易く……。
粉塵舞い散る空間の手前、ディアナは何事もなく振り向いた。
「どう、魔力って凄いでしょ?」
「………………そうですね」
──……怖っ⁉︎
返事とは裏腹に内心は恐怖が占領していた。
「口外しちゃいけない理由、なんとなく分かった?」
「……はい」
豪快な一撃を目の当たりにし、リーティアは魔力が流布されない理由の一端を悟る。
こんな力が常識となれば世の中荒れるだろう。
特に、魔力が才能の有無で扱えるかどうかが決まるというのが厄介極まりない。これは知らない方が良い真実というやつだ。
何はともあれ、今後ディアナには絶対に刃向かわないと少女は心に決めた。
「というわけで、魔力については他言無用でお願いね。……さてと、それじゃあ次のステップに入ろうか」
「はい!」
待ってましたとリーティアは景気良く応答した。
魔法が手の先にあると思うと俄然やる気が湧き上がる。
「と言っても、これからもやる事は基本変わらないけどね。ゴーレム君の代わりに私が直接扱くだけだし……」
やる気が一瞬で危機感に豹変。
魔法云々より生き延びることを目標に再設定する。
「んっと」
涙目で悲壮な覚悟を抱く少女を余所に、ディアナは箒に括り付けた小袋から草花を取り出した。
一見何の変哲もないそれは、目を凝らすと微かに魔力を発していると判る。
何となく、本当に何となくだが、リーティアは直感で思う。
「……もうなんか嫌な予感しかしないです」
「あっははー、流石に勘がいいね」
草花の用途などたかが知れている。
鑑賞や育成を除けば二つに一つ。
薬として使うか、食べるかだ。
「リーティアにはこれから毎日三食この魔草だけを食べてもらうから」
後者が正解であったようだ。
この後の展開は容易に想像出来る。
が、リーティアは僅かな望みを胸に問い掛けた。
「…………美味しいですか?」
「超不味いよ」
がっくしと少女は項垂れた。
魔草とは魔力を含有した草花で、食することで魔力量が増加し、ついでに魔力制御能力が向上するという素晴らしい効能を秘めた劇物である。
食べようと思えば食べられるし、死ぬ程不味くはないけど、もう二度と食べたくはないなと感じるくらいには不味い。つまりゲロ不味である。
因みに、生でもゲロ不味、調理してもゲロ不味である。
加えて、他の食物と一緒に食べると効果が激減するという難物。必然、食すとなれば三食全て魔草のみとなる。救いは栄養価がそれなりに高いので、空腹だけは紛らわせることぐらいだ。
ただし不味い。本当に。滅茶苦茶不味い。
「前に試した子は『三日過ぎた辺りから生きるのって辛いなって思い始めて、一週間経つ頃には自殺を考え始める』とか言ってたかな〜」
「それ完全に食べちゃいけないやつじゃないですか⁉︎」
「そんなことないよ。ギルドで普通に売買されてるし、毒ではないからね。言わば合法だよ合法」
そう、毒ではない。だから大丈夫。飢餓で苦しむより百倍はマシだ。
例えディアナような一部の性根を疑う越境者や、狂った愛国心を持つ騎士団での育成方法だとしても。
用法用量を守らないと発狂する者が現れる諸刃の剣だとしても。
毒ではないから大丈夫なのだ。
「魔草は今日のお昼からね。それまではいつも通り特訓かな。魔力の扱いは実戦経験で叩き込むから、纏った状態で掛かって来なさい」
ディアナが右手を振り払うと同時、指輪の一つが消失して手許に白銀の短剣が出現する。
魔鍵の一種で、ミスリルという魔力との親和性が極めて高い形状記憶金属で構成された武具だ。使用者の魔力を感知すると体積すら変容し、形態変化を起こすのが特徴である。強度は元となったミスリルの質量に依るが、ディアナの銀剣は鋼の硬度を遥かに凌駕する逸品。
当然リーティアは知る由もない。
だが疑問よりも意識を戦闘に移行することが先決と判断し、少女は剣を抜き放ち魔力を表出させた。
「行きます!」
「何処からでもどうぞ」