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第5話 リーティア頑張ります!②



「…………んっ……」


 木洩れ日が顔に射す。

 大樹の幹に身体を預けて睡眠を取っていたリーティアは、朝の到来と共に眠たげな眼を開け大きく伸びした。


 ふぁあ……と溢れる特大の欠伸。

 ここ最近はとても疲れているのに熟睡できておらず、眠気と共に残留する疲労感に全身を苛まれていた。このまま座り続けていれば麗らかな陽射しによる睡魔の誘惑に負け、すぐにでも二度寝に突入してしまうだろう。


 トロンと落ちる瞼をこじ開ける為に、近くにある小池へと足を運び顔を冷水で刺激する。

 依然眠気は体内に蟠っているが、身体と頭を覚ますことには成功した。


「…………よしっ!」


 さっぱりとした表情でリーティアは固まった身体を入念に解し、腰に挿してある刀剣の具合を確かめる。


 鞘から抜かれるは銀の煌めき。ディアナ曰く、市販品(おもちゃ)の中では高性能(それなり)のものらしい。

 武器の良し悪しなど無知もいいところなのでリーティアには判断も付かないが、素人の自分が使っていて不便がないのだからそうなのだろうと思っていた。


 五回十回と素振りを繰り返し、ようやく慣れてきた感触を噛み締め納刀した後、リーティアは森の先に鎮座する岩壁の狭間へと歩を進める。


 開けた空間で待つは白浜と海。

 遥か向こうには空と海の青を分かつ水平線。

 浜の中心で座する無骨な鎧を纏った砂人形。


 器用に正座していた砂人形はリーティアの気配を感じ取ったのか、畳んでいた脚を解いて立ち上がった。


 場の空気が一気に引き締まる。


 少女の瞳に強い意志が宿った。


「……よろしくお願いします!」


 少女の挨拶に砂人形は武器を構えることで返答を示し、相対するリーティアも剣を抜き放つ。

 一瞬の静寂の後、対峙する両者は互いに肉薄し戟を轟かせた。



 リーティアの特訓が開始されて十日が経った。

 少女の脳裏を掠める記憶はこんな感じである。



 二日目。

「…………か、身体が痛い……動かない⁉︎ 筋肉痛ってこういうものでしたっけ⁉︎」

「いいから走れ」

「待って下さい! 待っきゃああああああ⁉︎」

「惜しい、あとちょっとで当たってたのに。やっちゃえゴーレム君!」

「ひぃいいいいいいいっ⁉︎」


 三日目。

越境者(エクシード)たる者、いつ如何なる時も気を抜いてはいけません。寝てる時には襲われない、なんて甘いことはないからね。加えて、越境者(エクシード)たる者、いつ如何なる状況でも休息を取れるようにしないといけません。例え魔境にいようと、休める時に休まない身体が保たないからね。なんとなく分かる?」

「はい。確かにその通りかと思います」

「よろしい。というわけだから、今日から野宿が基本ね。あと、寝てる時に偶に攻撃するからなんとか対処してね?」

「…………えっ?」


 四日目。

「受け流しは相手の一振りに自分の獲物を沿うように合わせて外らす。受け止めるんじゃなくて、武器の軌跡を先読みして少しだけずらすように」

「はい!」

「ゴーレム君の動きを見てから対処するんじゃ遅い。相手の一挙手一投足を観察して次の行動を予測する。常に思考を止めず動き続けて」

「はいっ!」

「武器を弾かれたら追いかけっこ再開だからね」

「絶対イヤです!」


 五日目。

「………すぅ、……すぅ………」

「……えいっ」

 ──ゴンっ!

「──いったぁぁい⁉︎」

「はい残ね〜ん。こんな石飛礫も避けられないなんて、魔境だったらもう即死もんだよ?」

「す、すみません……ごめんなさい…………すぅ…………」

「…………………………………………えいっ」

 ──ガツンッ!

「ゔっ⁉︎ …………ぅっ、………………すぅ、……すぅ………」

「ダメだこりゃ」


 七日目。

「そろそろ慣れてきたようだし、次からは躱すだけじゃなくてリーティアからも攻撃してみようか」

「……斬りかかっていいんですか?」

「うん、い」

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎‼︎」

「……よっぽど溜まってたんだな〜」


 十日目。

「…………すぅ、……すぅ…………」

「……やれ、ゴーレム君」

 ──ビュン!

「──ちょっ⁉︎」

 ──バキッ‼︎

「おぉ、上手に避けましたー!」

(……樹が真っ二つ…………これ当たってたら……)

「……寿命が縮まりました……」

「長寿なエルフなりの冗句?」

「違います」




 ……こうして、現在に至る。




「はぁあああっ!」


 気合い一閃。打ち合いでゴーレムの操る棍を弾き逸らし、間隙を縫ってリーティアは首元へ刺突を繰り出す。

 真っ直ぐに突き出されるその攻撃は狙いが直線的過ぎたために、ゴーレムに容易く躱された。

 ゴーレムは避けた勢いを利用し、リーティアに背を向けるように一回転。遠心力の乗った鈍器を風を切る速度で振り抜いた。


「っ⁉︎」


 弾くには腕力が足りない。

 受け止めるのは論外。

 刹那の思考で最適解を導いたリーティアは刃で棍を滑らせ、上体を仰け反らせることでその強撃をやり過ごす。

 そのまま地を蹴り天地がひっくり返った態勢を後方宙返りで立て直すと、透かさず正対するゴーレムへと武器を向ける。


「……ん、一旦そこまで」


 そのタイミングでディアナは制止の声を上げた。

 特訓とは言え緊迫した場面の連続で疲弊したリーティアは大きく息を吐き出し、手慣れた様子で握っていた剣を鞘へと納める。

 一連の修練と少女の成長振りを見てディアナは満悦に頷いた。


「うんうん、リーティアも大分マシになってきたね」

「……そうなのでしょうか? ゴーレム君にはまだ一度も勝てたことがないのですが……」


 ディアナの言にリーティアは疑問を覚えずにはいられない。そこまで成長したという実感がないのだ。


 確かに以前と比較すれば強くなっただろう。 十日前の自分とは歴然とした差がある、それは自認していた。

 だが毎日ボロボロになるまでしごかれ、そのくせ目の前に佇む砂人形には一矢報いたことすらないのだ。自信を持って成長したと明言できないのは当たり前であった。

 この十日で学んだと断言可能なのは身体の動かし方と武器の使い方、危機察知能力にディアナの酷烈(スパルタ)振り、そのくらいである。


「いやいや、今のリーティアがゴーレム君に勝てないのは仕方がないよ。確実に強くなってる、それは保証してあげる。だって、普通の人は十日でここまで動けないからね」

「…………? 私は普通ではないのですか?」

「察しが良くて大変よろしい。リーティア、身体に何か不思議な力が流れてる感覚、ないかな?」


 言われてリーティアは驚いた。

 心当たりがあったからだ。


「はい、あります。五日目くらいから姉様の仰るとおり、こう何かが流れる感覚と言いますか、それを意識して身体動かすと妙に調子が良い感じがしてました」

「……なるほどなるほど、良い兆候だね」


 うんうんと首肯と繰り返すディアナは、笑みを浮かべながらゆらりと右の掌を少女に向ける。

 そんな愉しそうな魔女を見て、リーティアはこの数日の経験から嫌な予感しかしなかった。

 冷や汗が流れ、無意識のうちに後退する。


「あ、姉様……?」

「リーティア、それは『魔力』って言ってね、所謂生物に秘められた不思議な力ってやつでね……」


 陽炎のような揺らめきがディアナを包む。

 目には捉えられないが、そこにあるとはっきり分かる異能の雰囲気。

 養われた危機察知能力が本能に警鐘を打ち鳴らす。


「こういう力のことだよ」


 瞬間、空気を押し退ける波動がディアナの掌から放出された。

 リーティアは咄嗟に両腕を交差して防御の構えを取ったが意味を成さず、ドンと強烈な打撃を受けたように吹き飛んだ。


「っぅ……⁉︎」


 衝撃と共に背後に向かって跳躍したのが功を奏して威力を殺せはしたが、全身を強かに打ち付けられ痛覚が悲鳴を上げる。

 砂浜を足裏で削り静止したリーティアは、痛みを噛み殺してディアナへ恨めしそうに碧眼を向けた。


「……姉様、できれば一言言ってから攻撃してもらえませんか?」

「イヤよ面倒くさい。それに予想は付いてたでしょ?」

「確かにそうなのですが……」


 釈然としない煩悶とした思いはあるが、口論しても勝てる気がしないのでリーティアは諦めて防御の構えを解く。

 それに愚痴を言うよりも気になることがあったのだ。


「姉様、先程のあれは一体何だったのですか? 魔力と仰ってましたが……」

「魔力は魔力だよ。生物が持つ神秘の力とかそんな認識で問題ないかな。まぁ強いて言うなら、魔法を行使するための力だよ」

「ま、魔法ですか⁉︎」


 魔法。その言葉を聞いてリーティアの目が輝き出した。


「も、もしかして、その魔力というのがあれば魔法が使えるのですか?」

「才能次第でね。修得にはそれなりに時間が掛かるけど」

「それで、その! 私にも魔力があるのですか?」

「エルフで魔力がない、というより使えない子の方が珍しいよ。リーティアにも魔力行使の片鱗を感じたから、手っ取り早く魔力を体感してもらったんだし」


 英雄譚の登場人物と同様、自分には魔法を扱う力がある。

 その事実に喜びを隠しきれず笑顔になるリーティアは、ふとディアナの口舌を思い返して思考に意識を割く。


(……手っ取り早く魔力を体感してもらった……? あれが魔力? なら……)


 ディアナは無意味な面倒を嫌う。

 愉しむことに於いてはその限りではなさそうだが、特訓に関しては完璧に効率重視だとリーティアは感じていた。

 常に思考を止めるなと少女は何度も言われたし、何も知らないリーティアに敢えて魔力をぶち当てたのはつまり、何か意味があってのこと。決して、多分、きっと嫌がらせなどではないはずなのだ。

 そこに意味を見出すのならば、魔力を直に味わい、その感覚を覚え自身の経験に置き換えることに相違ない。

 善は急げと、リーティアは静かに瞳を閉じて意識を自分の裡へと没入させる。


「さっきの感覚忘れてない? もう一回喰らっとく?」

「いえ、それには及びません」

「そう、じゃあアドバイスを二つほど。魔力は心臓に蓄えられるもので、使う上で一番大切なのはイメージだよ」

「分かりました」


 気を遣われたのか単に面白がっているのかは判断しかねるが、リーティアはディアナの言葉と自身の知識、感覚を元に思案を深める。


(魔力、魔法の源……)


 精神を集中し、神経を研ぎ澄ませて、先程受けた不可視の攻撃と自身に流れる何かを擦り合わせ当て嵌める。

 知識不足でよく分からなかった力と、存在が確立された力では認識の差が段違いだ。


(魔力……これが私の魔力……)


 分と時を置かず、リーティアは魔力の感覚を掴んだ。

 だがなんとなく魔力の巡りが悪いと感じていた。


(……魔力は生物に流れる神秘の力……)


 人の、生物の身体に流れるもの。しかも心臓が関わるのなら答えは一つ、それは血液だ。意識するとしたら血流だろうとリーティアは考える。

 ただ生まれてこのかた血液が流れているなどという当たり前過ぎることを意識したことなどないし、そもそも意識しても感じ取れるものでもない。


(だからイメージが大切なのかな……)


 大雑把でいいなら問題無い。幸いにしてリーティアには学と才があった。

 心臓を強く意識して魔力を捉え、そこから全身に流れるように魔力を循環させる。


 次に眼を開けた時、リーティアの身体は薄い金色の魔力に包まれていた。


「これが……魔力……」


 確かめるまでもなく理解する。魔力の性能は常識では括れない超抜級の代物だと。ディアナが神秘の力と表したのは決して大袈裟ではない。

 今迄と比較すれば絶好調すら生温い、一線を画した力の漲りを感じていた。


「力が溢れてくるって、こういう時に使う表現なんですかね……」

「じゃあ、試してみようか」


 パチンと、ディアナが指を鳴らす。

 リーティアを覆う影。背後から漂う魔力の気配。

 少女が振り向くと同時、砂人形は天に掲げた棍を容赦無く振り下ろした。


 ──間に合う、弾ける!


 抜剣、衝撃。

 宙に舞った無骨な鈍器が砂浜に落ちる。

 不意打ちで受けた渾身の一撃を、リーティアは後出しの一閃で弾き飛ばしていた。


「…………ほぇっ?」


 驚愕を露わにしたのはリーティアだ。自分が成した現実に理解が及ばず、口を半開きにして呆けていた。


「ふふっ、上出来だね」


 少女に賛辞の拍手を送り、ディアナはおめでとうと口にする。


「あなたは今、魔法使いとしての入り口に立ちました。十日でこれは中々に優秀だよ」

「……ありがとうございます?」


 褒められた……? と小声で漏らすリーティアは、嬉しさ半分戸惑い半分の気持ちを持て余し奇妙な返答をしてしまう。

 少しして気持ちに整理を付け、自分が成長できたと明確に実感した彼女は、我慢していた喜びを発散させた。


「やった! これで私にも魔法が……! 姉様! どうすれば魔法を使えるのですか?」


 高揚した想いを抑えられず急かすようにディアナに言い寄るリーティアだったが、次の瞬間踏み出した脚がふらついた。


「……あれ? なんで、こんなに……?」

「魔力は便利な分その負担も大きいからね。調子に乗ってるといつの間にか夢の中、なんてこともざらにあるから気を付けるように」


 魔力の行使に掛かる気力活力は生半可ではない。性能が抜群な対価として、押し積もる疲労もそれ相応のものだ。修練が未熟な者では半刻と保ちはしない。

 人によっては年を要する魔力の修得を十日で身に付けたリーティアの才は飛び抜けてはいるが、初日から使い熟せるかは話が別。

 意識した途端に疲労感に支配されたリーティアは、身体を覆っていた魔力も霧散し膝に手を突いて肩で息をする。


「たしかに、これは、疲れます……」

「……やっぱりこれ以上はダメかな。初日はこんなところでしょ。リーティア、色々気になることはあると思うけど今日はこれで終わりにしようか。久しぶりに宿に戻ってベッドで寝ていいよ。食事も豪勢にいこうね」

「…………。なぜでしょうか、嬉しいよりも困惑が大きいです……」


 嬉しい、嬉しいはずなのに、納得がいかない。

 拷問のような特訓を継続していたディアナが休息を言い渡す。

 驚異の出来事に、これはおかしくないか……? と漠然とした不安に囚われた少女。

 果たしてその懸念が正しいと知るのは数日後であった。





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