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第4話 リーティア頑張ります!①



 リーティアが決意を新たに輝かしい未来を夢想した数時間後。


「ひぃぃぃいいいいいいいいいいっ⁉︎ 死にます死にます死んじゃいますっ! 姉様ぁぁあああああああ‼︎」

「ほらほらきびきび走るー。止まると頭割れちゃうよー」


 少女は命の危機に瀕していた。









 越境者(エクシード)に必要なもの、それは世界を生き抜く力だ。

 中でも戦闘能力はいの一番に身に付けなければならない。魔物との命のやり取りなど日常茶飯事であるし、対人戦闘も多々発生するからだ。

 修練なくして手に入るものではないため、当然鍛え上げることが不可欠。

 何を差し置いても、少女には力が必要だった。


 汽水湖の縁。港としての開発が為されていない自然が色濃く残る都市の外れ。

 樹々の群生を抜けた岩壁の狭間の奥、潮の香り漂う人気(ひとけ)のない白浜に、食堂を後にしたディアナとリーティアの二人は移動していた。


「それじゃあ、始めようか」

「お願いします!」


 言うまでもなく、都市の中心で越境者(エクシード)の特訓なぞ出来るわけがない。

 もしそんなことをすれば、その都市を守護する騎士団に叩っ斬られること間違い無しだ。最悪互いに魔法をぶっ放し合う戦争と化すので笑えない。……過去に何度も発生したことはあるが。

 要するに人様に迷惑を掛けない配慮は、例え自由の権化たる越境者(エクシード)でも遵守すべき規則なのである。


 その点人目に付かず、且つ近隣住民も寄り付かないこのような海岸は場所として最適だった。

 なお副産物として、初めて見る壮大な大海原に感極まってはしゃぎ回る少女がいたりはした。


「それで姉様、これから一体なにをするんですか?」

「ん〜、そうだね……」


 問われたディアナはリーティアに何が必要かを改めて思索する。

 籠の中の小鳥であった彼女には、知識や技術を含めて何もかもが不足している。このまま旅立っても、一度危機に陥れば数分と待たず死ぬだろう。

 ならば、どうするか。


「……とりあえず、追いかけっこでもしようか」

「……?」


 首を傾げるリーティアを余所に、ディアナは嵌めていた指輪を一つ取って地面に放る。

 砂浜に落ちた指輪は装飾された珠玉から淡い褐色の光を発し、辺りの砂を急速に吸い寄せ始めた。


 不可思議な現象にリーティアは目を丸くする。

 驚いている間にも指輪を核とした砂の塊は大きく形を変化させ、四肢を生やし頭部を形成。

 人体を模した外形は徐々に角張ったものへと変貌を遂げ、完成したのは全身鎧を纏った砂の人形であった。


「ん〜、素材が砂だから今回のゴーレム君の出来はイマイチかな」


 コンコンと強度を確かめるディアナ。砂の集塊にあるまじき硬質な打音から余程高密度に圧縮されていると判るが、魔女はこれでも不満そうだ。

 対して、初めて見る現象にリーティアは口を半開きにして呆けていた。

 少女の知識の中で、こんな芸当が可能なのは一つしかない。

 それは英雄譚に描かれている人知を超えた力。


「……姉様。これは、魔法ですか?」


 呆然自失な少女の疑問に、逆に虚を衝かれたディアナはキョトンとしてしまった。


「……えっ? まさかエルフのくせに、魔法が実在することすら知らないの?」

「……いえ、その、一応あるとは知っていましたが、今迄見たことがなくて……」

「それは驚き。越境者(エクシード)の間で『魔法だけが唯一の取り柄のエルフさん(笑)』とまで云われている一族に、まさか魔法を見たことがない子がいるなんて」

「なんですかその不名誉な風評は⁉︎」


 怒鳴るリーティアに、ディアナは聞く耳を持っていなかった。


「それにしても、本当に魔法について何も知らないの?」

「……お恥ずかしながら……」

「ふーん。それはまぁ、余程リーティアに魔法を知って欲しくなかったんだろうね。理由は知らないけど」


 魔法。限られた生物に許された超常の力。

 詳細については世間でも『才能の有無が使用可能かどうかを左右する先天的なもの』程度にしか知られていない。

 リーティアの知識もそこで止まっており、どういった原理で発動するものなのか、そもそも自分が行使できるのかなど分からないことが多いのだ。


「詳しい説明は省くけど、これもまぁ魔法の一種みたいなものだよ。今はこの子が自由に動く砂人形ということだけ分かってれば問題ないから」

「……分かりました」


 色々と不服そうなリーティアだったが、気を取り直してゴーレムと呼ばれた砂人形を観察する。

 身長はリーティアの頭半分ほど高く、丁度ディアナと同じくらいだ。無骨な鎧姿は機能美に溢れた洗練性が窺え、砂色の容姿でなければ本物の鎧を装備した人間にしか見えないだろう。


 ゴーレムは準備運動とばかりにその体を動かす。挙動には若干のぎこちなさがあるが人間と遜色無い完成度を誇っており、見た目の威容と相まって強者の貫禄すら感じられた。

 肩を回し砂浜を軽く走り回って全身の駆動を確認し終えたゴーレムは、おもむろに片手を砂浜に突っ込んだ。


(……?)


 奇行と思えるその行動にリーティアは疑問を覚えたが、数秒経ちゴーレムが引き上げた手を見て目を見開く。

 その手には砂製の棍が握られていたのだ。


「さて、これで準備完了かな」


 満足気に首肯したディアナは、此処に来る際に持参し岩場に立て掛けていた釣り具一式を持って宙に浮く箒に腰掛けた。

 ツッコミどころが一つや二つでは済まない光景にリーティアは戸惑う。


「あ、あの、姉様?」

「それじゃあリーティア、頑張ってね〜」


 グッと手を胸の高さで握りこんで激励(エール)を送り、ディアナはそのまま海へと飛んでいく。

 残されたのはリーティアとゴーレムのみ。


 そして少女は唐突に思い出し、理解する。


 これから行うのは特訓。

 する内容は追いかけっこ。

 つまり、自分が獲物、目の前の砂人形が狩人だということを。


「「………………………………」」


 リーティアは爆走した!

 ゴーレムも爆走した!

 死の競争(デスレース)が始まった!









「いぃぃぃやぁあああああああああっ⁉︎」


 リーティアは悲鳴を上げながら砂浜を脱兎の勢いで激走する。

 後ろから地響きを立てて追うのは棍を振り回すゴーレムだ。

 ビュン、ビュンッという風切り音が嫌でも耳に響く。砂人形によって無造作に振られる棍は、一人の人間を殺傷するには十分過ぎる威力を持っていた。


(死ぬ、あれに当たったら絶対死んじゃうっ⁉︎)


 一撃で天に召されること間違いなしだ。ひ弱な自分では掠っただけでも重傷を負うだろう。

 特訓だから大丈夫、などという楽観は全く浮かばない。振り向いた先で鈍器を振り回すゴーレムがどう見ても本気(マジ)だから。

 昨日以上の恐怖を味わいながら、リーティアは必死に脚を動かして逃げ惑う。

 だが、


「……あっ」


 砂浜という慣れぬ足場に躓き、踏ん張ることも叶わずリーティアは盛大にこけた。物の見事に顔面からべたんといった。

 真っ暗闇になる視界。

 ドドドドドッ! と響く殺人人形の足音。


(────ッッッ⁉︎)


 混乱の極地を迎えたリーティアは形振り構わず転がり、口に広がる砂利の感触を無視して光の確保の為に顔を空へと向ける。


 ゴーレムと目が合った気がした。


「ひぃっ⁉︎」


 転がる勢いそのままに横に一回転。

 直後、少女の頭があった位置に凶器が叩き付けられた。


「きゃあっ⁉︎」


 砂浜は爆砕し衝撃の余波でリーティアは派手に吹き飛ぶ。身体がズキズキと痛みを訴えるが、逃げるのに一心な少女には気にする余裕すらない。

 地面に着くと同時に素早く体勢を立て直し、岩壁の狭間へと一目散に疾走。踏み慣れていない海岸では長くは保たないと判断し、自身の領域である樹々の世界に移動する。


 森に消えるリーティアと後を追うゴーレムの様子を釣りを楽しみながら見守っていたディアナは、少女の賢明な判断にけらけら笑った。


「やっぱり頭は回るんだね〜。まぁ、それに見合う身体能力がないから意味ないんだけど。……おっ!」


 竿から伝わる手応えに顔を喜色に染める。これは大物の予感だ。

 急に引き上げたりせず、ゆっくりと時間を掛けて獲物との綱引きを実行する。

 必要なのは駆け引き。

 力の緩んだ一瞬の隙を、一気に突く。


「よっっと!」

「ひぃいいいいいいいいいいいいっ⁉︎」


 ディアナの気合いの入った声と、リーティアの絶叫が辺りに木霊した。




 ──およそ一時間後。

 白浜にはピチピチと跳ねるディアナの釣果と、ピクピクと痙攣するリーティアが転がっていた。


「これで分かったと思うけど、リーティアにはまず体力が圧倒的に足りないかな。半日休まず走っても失くならない体力がないと、越境者(エクシード)なんてやっていけないからね?」

「………………………………………はぃ」


 辛うじて溢された返答。どうやらまともに喋れないほど疲弊しているらしい。

 ディアナの狙いはこの箱入り娘で戦闘の心得も何もない少女に、まずは敵と遭遇しても逃げ切れる脚を作ることだった。

 そもそも体力と敏捷が無ければ戦いの舞台に上がれない。最優先で仕込むのは当たり前。


 だからこそ追いかけっこと称した死の競争(デスレース)を有無を言わさず断行したのだが、目の前で倒れ伏している少女を見て先は長いと嘆息する。

 死と隣り合わせの状況に無理矢理放り込んでも一時間足らずしか保たない体力など、ディアナに言わせれば無に等しい。

 引き篭もりのお姫様という点を鑑みても身体能力は及第点以下だ。


 ただディアナの見立てではそれを補って余りある伸び代と才能が少女にはある。

 エルフという種族の潜在能力は人類の中でも随一で、更に高位の生まれともなればその才能は絶大であろう。


 おまけに度胸は一人前。故郷が嫌になって脱出まで漕ぎ着ける行動力と、同族に囲まれ暮らした環境下でその決断を下せる確固たる自分というものを彼女は身に付けている。


 月並みな表現だが、リーティアは研磨されてない宝石の原石。

 磨けば光るのは自明の理。手入れを施せば最高傑作に至る逸材。

 過去に出逢ったことがない飛び抜けた素質を持つ彼女は正しく『未知』。


 魔女の育成魂に火が付いていた。


「んじゃあ五分後にもう一回追いかけっこね。その後はそうだな〜、組み手はまだ早いから、ゴーレム君と対峙して攻撃から逃げずに躱して受け流す練習かな? 流石に無手じゃあ厳しいと思うから武器は貸すけどね。それで最後に軽く走って身体をほぐす感じでいこう」

「…………えっ……?」


 自身の耳と相手の正気を疑う拷問(スパルタ)仕様にリーティアは絶句。

 もしや嘘かと顔を上げれば、喜々としたディアナの態度からそれはないと悟る。


 もう既に死に体でわざわざ疲れる必要もない程に疲労困憊な自分。

 そんな状態で今羅列された地獄の訓練内容を熟す……?


 絶対に死ぬ。


「あ、姉様……私、もう身体が……」


 何とか抗議の声を出すも、弱々し過ぎるそれはディアナを説得するに全く及ばない。


「疲れた時にしごいてこそ特訓ってやつだよ。大丈夫大丈夫、死ななきゃ問題ないから!」

「………………………ぐへぇ」


 乙女が出してはいけない類の呻きが漏れた。リーティアは泣きそうだった。


 無垢だった少女は数時間前を思う。


 ──前途に不安がない?

 ──不屈の信念?


 人生そんなに甘くない。


 彼女の受難は未だ序章。

 魔女による少女育成計画は始まったばかりだ。




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