番外編 決死隊
番外1
決死隊戦記。
決死隊とは、秋国の武装組織の中で最も危険な任務に赴かされる部隊の事である。
主な任務は敵犯罪組織の幹部の抹殺。及び組織の壊滅。害となりうる他種族や魔物の討伐。
部隊人数は6名で構成されている。この部隊に勤めればその間多大な報酬が得れる他、高級住宅が贈呈される。しかし現状皆ひとつの家で暮らしており、何故かシェアハウスとなっていた。
仲良し故か、寂しさからか。
そしてその部隊を仕切るのは若い兄弟が兄、シャガ・プラナタスだ。
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秋国から北の山岳地帯。
そこには人類はおろか、他種族をも食らう獣人が住み着いているらしい。
一説によると竜人を1度喰らった獣人は竜人をも超越する力を得るそうな。そしてこれからあう獣人は確認されただけでも3人は捕食していたらしい。このまま放置していけば天災になりかねないと早急な討伐が命じられた。
竜人を喰らう獣人を人の力のみでだ。まさに決死隊である。
バフ漬けの馬で半日程走らせた人里離れた山はなんとも禍々しく、まるで山岳地帯全てが縄張りだと主張しているようだ。
「よし、ここに馬を置いていこう。もうすぐ会えるはずだ」
「了解」「はーい」「……」「了解!」「うい〜」
若くして隊長を務めるシャガ・プラナタスが率いる決死隊は、平均年齢がかなり若めな部隊だが、秋国最強と謳われる部隊である。
彼らは馬を降りるや臨戦態勢を整え周囲を警戒しつつ森の中へ入る。
「僕竜喰いなんて初めてですー」
「食べた時点で鱗の作用で死に至るから、生存する個体も竜を倒せる個体もそうそういないからね」
「たまに魔法使えるようになる奴とかいるよね」
命がいくつあっても足らない現場にいるというのに、こうも賑やかなのは強さゆえか愚かゆえか。
答えが分かるのは間もなくすぐだ。
「総員臨戦態勢」
「……!」
各々が即座に武器を前方に構えると、目標の存在は露骨に観測された。
あまりにも堂々とした気配は、不意打ちの必要がないという、獣の習性を忘れた傲慢が生み出すもの。それほどまでに強大なその存在は視界に映る前から脳裏に姿が浮かぶほどにおぞましい。
先頭でシャムシールを両手に歩み出すは隊長シャガ・プラタスだ。変わらずの無表情で心が読みにくい人。両手のシャムシールを逆手に持ち替え、それを合図かのように全員走り出した。
野獣とはかけ離れたおぞましい唸り声は聞くものを恐怖に陥れてきた。がしかし、今宵の餌は恐れを知らない愚者が群れ。
四足の前傾姿勢による加速全開のスタートダッシュは並外れた動体視力でも捉えることは困難だ。
だがしかし、竜を喰らった獣は実に久しい驚嘆を覚える。
先頭の男は冷めた目付きでヒラリと全身のタックルを避けて見せた。さらに通りすぎる際にこの身に刃を突き立てた。目撃した周りもまた陣を崩すことなく武器を振るう。いつぶりか。いや、1ヶ月ぶりだ。心の臓沸き立つ向陽感。竜を狩る時にしか感じれなくなった獣の性。
ファーストタッチを飾るのはルーク・ジェイ。ショートソードを振るう肌が黒い坊主。強敵を前にしても瞳は細く生気がない。呆れるほどの通常運転。故に、常時ポテンシャルを引き出せる戦闘の天才だ。
ガキィィィン
獣毛を切りつけたはずの剣が鉄塊を叩いたかのような悲鳴を上げる。同時に響く鈍い衝撃。鉄塊と錯覚するのも無理はないだろう。
相手は竜を3人以上喰った個体。
獣毛が竜鱗程の硬度に至っているはずだ。
故に戦い方を変える必要がある。
「ミカ、大くれ」
「はいはーい!」
片手に魔弓を展開しながら後衛に徹しつつも、サポートも担う少年はミカ・レオン。魔法の小包から大剣を取りだし
ルークに投げつける。
その隙を埋めるべく、副隊長のアルカ・ラシエンタが長剣を振るい、同時にいかなる追撃も防ぐべく、ミカが獣人とルークの間を魔弓の連射で遮断する。
ルーク同様手応えの無さに舌打ちしながら一撃離脱でチェリー・ブロッサムと交代した。
ルークは身の丈の半分ほどの大剣をキャッチし、隙を伺うことなく前進する。その大剣はあまりにも分厚く、重々しく、猛々しい。斬撃というより打撃が似合うだろう。
獣の感か、獣人は警戒すべき脅威を2人に絞っていた。
まずは最初のメガネの男。全く攻撃をしてこないが、間違いなくこの中でダントツで1番強い。そして次にこの黒い男。一見平凡かつ自信なさげな面をしているが、肉体は誰よりも強靭だ。
チェリーが長くしなる槌を振ると獣人は跳躍し木の上に飛び乗った。
「ミカ。あれの準備始めな」
「はーい」
ミカの師匠であるカーネル・コリンズは本来行うはずのサポートをミカに全てやらせ、自分は傍観するのみだ。
何かをしようとしてるのは分かるが、あの子供二人は余程魔法主体の攻撃しかしてこないだろう。あいにく竜を喰らった獣人は竜鱗を体得している。
故に魔法は効かない。さっき魔弓を避けたのはブラフであり、次に大きな技を使用したら最初に仕留める。
それを防ぐかのように立ちはだかるはチェリー。
チャラけた容姿とは似合わぬ技術で三節棍を巧みに扱い硬く重い獣を弾く。
体勢がブレたのを逃さず連撃を決め込み、トドメに腹に全力の蹴りを入れ込み合図を叫ぶ。
「マークっ!」
間髪入れず追撃に3人が同時に武器を振るう瞬間、不自然に身を丸めた獣人の行動を見逃さず攻撃から回避に移行した刹那。
「防げッ!」
瞬く間もない高速回転に乗って鋼鉄の槍が全方位に射出された。
アルカとルークは背負っていた盾を前面に構え、槍を斜めに受けていなす。
チェリーは盾を装備しておらず、三節棍の荒業で全ての槍を弾き落とした。大食漢の能力はすざましく、一振で大勢の死人が出たであろう大技。しかし彼ら決死隊は怪我一つなく立ちはだかった。
「ミカ、今のでマーク外されたわ」
さすが獣人。感覚で魔法を感知し内容は分からずともそれを即座に剥離した。
「ミカ、鎖斧」
「ちょっと、ルークあなたミカに持たせすぎ!」
ミカとマーカーで繋がれてるルークは武器の受け渡しに失敗はない。投げたら自動でルークを追尾しその手に届く。
それと同じ原理でチェリーが獣人にマーカーを付け、高速で動く獣人に魔弓の追尾矢を送りたかったのだが、勘の良さと自由変態の特異体質によってマークの付いた部位を射出されてしまった。故に魔法で仕留めるならば手動で狙う他ない。
アルカが下段を切り払い獣人を浮かせ、更に宙で身動きを取れなくなったところをチェリーが三節棍を叩きつけようとするが。
「チッ」
矢の如く高速な伸びを見せた棘が全方位に殺意を魅せる。
更にそこから回転を加えることで長射程の斬撃に代わり、宙の不利を打ち消した。
だがしかしそれは返って自分が着地まで何も出来ないことを比喩しており、正しく格好の的だ。
待ち焦がれた瞬間にミカは、魔弓を最大まで大きくした後、収束させ回転力と威力を凝縮した一撃を放つ。
刹那。獣人から新たに伸ばされた棘は地面に刺ささると身を引き寄せ地に足を付ける。それはミカが放つ瞬間に行われ、もはやキャンセル不可のタイミングだった。あまりに速すぎる1連の動きに何とか対応しつつも、獣人の足に追いつくことは適わない。
そして放たれた魔弓を前に獣人は不敵に笑う。
マーキングを剥がして当てられたら困るのはフェイク。そしてさらに前に放たれた魔弓を避けたのも全て。魔法が聞くと思わせるためのフェイクだったのだ。
そして今、反応しても間に合わない最短の直線を突き抜け、小賢しい援護をしてくるガキを喰らおうと大口を開く。
「………ッ!!」
捕食の姿勢から一転、自信でも分からない緊急回避が行われた。長年の感が体を動かしたのか定かではない。
だが、今回避してなかったら⎯⎯⎯。
「フゥー……フゥー……」
失ったのは左腕どころか命まで奪われていたかもしれない。
凄腕を派遣しただけあり、全員が手練だ。あの魔法士は魔法が効くことも効かないことも想定した一撃を放っていた。
膨大な魔法の矢の中に物理的な矢を包み、その威力を底上げする為に貫通力をエンチャント。さらに魔法が効かなかった時用で物理で破った内側から爆散し破壊する
左腕を失った今、継戦してもあのメガネの男と戦うだけの体力は残らないだろう。
そこで選ばれたのは野生由来の選択肢。
逃走だ。
「逃がすな!」
すぐに追いついたルークが鎖を獣人に絡ませ背負い投げをとるが。
「……ッ」
流石は竜喰いだけに、まるで大きな樹木を投げようとしているかと錯覚した。
「……ニンゲンが……!」
僅かな遅れも命取り。即座に対応し鎖を握って逆に投げようと両者同じ構えをとるも、せめぎ合うことなく決着はついた。
「ええぇぇええええぇぇぇぇえええ!!!?」
戦闘中に素っ頓狂な声を上げるは副隊長であるアルカだった。あまりの光景にドン引きすら覚える要因となったのは当然ルークだ。
あろう事かただの人間であるルークが、竜を喰らった獣人との綱引き勝負に勝ってしまうという珍事件が発生したのだ。
間髪入れず走り出すも、最初に攻撃を再開したのはルークだった。
獣人自身も負けると思わなかったのか、驚愕に動けずにいた。しかし鎖の付属した戦斧が振り下ろされた瞬間意識が戻り瞬時に甲殻と獣毛を生成した。
あまりに早すぎる変態にルークは舌打ちを混ぜながら後退すると追い討ちにアルカが下段を振るう。
同じ手を使用したことにより、獣人もまた同じ対処を図るが、今度は矢がこない。もし先程の威力を出す為にかなりの時間がかかるのかもしれない。であれば撃たれる前に再度接近するまでだ。現状速度について来れる人間はメガネのみであり、速度への対応は先読みのものばかりである。
獣人が空中から棘を伸ばし、付近の3人を遠ざけつつ、地面に突き刺して引き寄せた後、最大全速で跳躍をする。
いくら他より優れた能力を持つ人間と言えど反応はし難い。
強力なバネから放たれる加速は地面をひっくり返し、後方の3人に降り注ぐ。
先と同じ流れから一足先に流れを変えた方が有利だと、獣人は考えていた。
否。その場の全員が同じことを考えていた。故に、最初に流れを変えたものが勝敗を握る。
そしてその記念すべき1歩を勝ち取るは⎯⎯⎯。
「ナンナンダヨ……オマエハァ……!!」
放たれた棘を防ぎながら無理な姿勢で鎖を飛ばし、獣人の跳躍前から鎖を絡めていたルークだった。
鎖を握って焦燥に身を委ねた刹那、青白い光が視界を埋めつくした。音はなく、ただ脳裏に死神の囁く声が聞こえた。
初めて竜人と戦った時と同じ感覚。死の警鐘。
獣人の跳躍に身を任せ飛びつつ、獣人と共に鎖を引いて距離を縮めること一瞬。獣人が舌打ちする間もなくルークは過ぎ去り、通り過ぎる魔矢を横目で追いかけた。
魔矢が獣人に触れる直前、吹き出した鮮血は鮮やかに散り咲く。
鱗を突き抜けた魔矢がプログラムによって内部で起爆し、魔力が体内を巡って膨張ののち、肉体を破裂させた。
沈黙が任務完了を表し、赤に染る地面が獣人の命が耐えた事を知らせる。
「……たくっ!何なのよあんたは!!?」
「いやー流石にアレは引いたわ」
「ルークさんすごーい!」
「あんたまじかよ……」
仲間から賞賛とドン引きを1度に受けながらも、表情ひとつ変えずに付着した砂を払い落とすルーク。
そんな彼に傍観を貫いたシャガが歩み寄り肩を叩いて労う。
「よくやったルーク。それにしてもお前人間やめてるな」
「アンタだけには言われたくないすよ!」
無表情だったルークもシャガのドン引きには流石に反論せざるを得なかった。
「大したことじゃない。奴が力を入れる前に引いて力を入れさせずに押し勝っただけ。凡人の俺でもできる雑な力業だ……」
「いや無理無理無理。アンタみたいなゴリラと一緒にしないで貰える!!?」
「うわでたー。ルークの凡人アピ。傍からしたら皮肉なんだよ」
いつも通りカーネルとアルカにボロカスに言われるが、ルークには何一つ響かない。そう、ルークは天然ゆえ本当に自分のことを凡人だと自認しているのだ。
「うん。皆もう十分僕より強いね」
微笑ましく皆を褒めるが、カーネルとアルカの矛先が上司であるシャガに向けられることになった。
「1人で俺ら以上の動きするやつが何言ってんすか!嫌味か!」
「一番の人外はシャガさんなんですよ!」
これが日常である。
皆はシャガの実力を認めるどころか誰も敵わないと思っている。そんな彼だが、決死隊を結成してから一度もシャガは戦っていなかった。死ぬ事が約束された戦地へ赴く決死隊であるが、結成前の認定任務にて、みなと共に戦った以来だ。
決死隊は死ぬ覚悟があるものが選ばれる訳でも、強き者が選ばれる訳でもなく、ただ数多く居る候補者の中からシャガが直々に選ぶのだ。
共に戦い、共に話し、共に過ごし選ぶ。
こうして選ばれた彼らだが、候補者の中でみたらカーネル以外実力はイマイチだった。
ルークに至っては使えない。やる気がない。なんで候補にいるのかも分からない始末だった。
アルカは努力家で面倒見がよく、人を指揮するに相応しいと判断した。
チェリーは型に収まらない自由で柔軟な男だった。
ミカは幼いが、伸び代が非常に高く、また周りと打ち解けやすいムードメーカーであった。
他にも良い人材は多かったが、決定づけたのは三次試験だった。三次試験元なれば殉職もあわさり人員がかなり減り全員まとめて見ることが出来た。
その中で特に大きく評価を変えたのはルークだった。聞けばこの男、父親がこの組織のトップらしく、厳しい家庭なのもあり自堕落な息子に喝を入れる為に無理やり入れられたらしい。なんなら死んでも構わないと言われる始末。
かと言って本人も死ぬ予定はないらしいので、極力危険は避けてるように見える。1次試験では常にシャガの付近に張り付き、自分が勝てないと見た敵を、あろう事か全てシャガに押し付けていたのだ。
受かる気がないのかは分からないが、どうもそうは見えず彼なりの生存戦略だろう。
しかし戦闘を繰り返すうちにルークはシャガに押し付ける敵が次第に減っていき、気がつけば1人で戦えるようになっていた。それは生存と場数の経験からなるものだけではなく、最も影響を与えたのはシャガのそばで戦い続けたことだろう。と言っても常人にはシャガの人間離れした技術は理解が及ばず参考にならないだろう。ルークもそれを感じていたはず。故にルークはシャガの技術のコピーではなく、シャガの立ち回りを覚えたのだ。
攻撃と防御は自信で形成し、立ち回りをシャガで補強した。それによってスタイルは違えどシャガの写鏡になる事を達成したのだ。本人はそれを狙ったかは定かではないが、無気力な彼が楽さを求めた結果だろう。
そして選ばれた5人こそ今の決死隊である。
基本6人で決死隊であるが、任務が重なった際に2班に分けられ、実力や相性を加味してシャガ率いるルークとミカがA班。アルカをリーダーとしたチェリーとカーネルのB班となっている。
援護力に秀でたカーネルはシャガの指示でB班のサポートを担当し、合同の際は控えてミカの指導を行っている。
「いやー久しぶりの6人だったわね」
大して疲労はないがアルカは腕を伸ばして血流の流れを感じる。
「最近班行動多かったもんねー」
命懸けの任務の後ながらも、ミカはにこやかに返事をしながら手網を引いて帰還の準備を始める。
「せっかくだしみんなで飲みに行きたいわね」
「チョー賛成、前行ったとこにしようゼ」
B班の2人は酒が大好きだ。酒のために仕事してると言っても過言ではないだろう。
「って言ってますけど?隊長さん」
同じくB班のカーネルは酒が得意ではない。というより、20歳なりたての為酒の旨みを未だ理解していない。いつか飲めるようになりたいとは思っているとのこと。
「いいよ。僕が出すよ」
相変わらずの無表情で許可するが、いつものことである。
「やったーさすが隊長ー!」
「いいなー僕も早く大人になりたいな」
「その時は皆でパーッとやりましょ!」
「パーッとって……。アルカとチェリーはいつも通りじゃん」
B班の為酒好きに挟まれたカーネルはオフでの苦労が多いらしい。
「そういえばミカ、そっちの班はオフ何してんだよ?」
「その日の飯当番とか色々罰ゲームかけてゲームしたよ」
聞けばシャガとルークは始終無言でジェンガをしていたらしい。そして勝った方は無表情にもガッツポーズで勝利を飾る。
「お前らそれほんとに楽しいの?」
想像してみるとなんともシュールだが、シャガとルークの無言コンビが遊んでるのは何とも想像し難い。
⎯⎯⎯。
⎯⎯。
酒屋にて。
「だからぁー、あんたもあの2人みたいにー、ド派手なアクション、してみなさいよー」
「いーや、無理だってぇーのっ。でも見ただろ俺の棍捌き。お前らは盾で防ぐ中、俺は棍をブンブンして全部防いだんだぜ?パンピーが見たら異能だぜ?」
「馬鹿ねー、そんなのゴリラふたりの横だとー、道端の石ころよ」
ベロベロに酔って机に持たれながら延々と語り合う2人を引き目に、シャガに酒を注ぐカーネル。
「ありがとう、でもそういう気は使わなくていいよ」
「いやいや、いつも言ってるでしょ。俺がやりたくてやってるから気を使ってるわけじゃないんすよ」
「そうだったな」
注がれた酒を舐めながら賑やかな2人を眺めていると、カーネルが焦がしたチーズを持ってきた。
程よい塩っけを酒で流し、余韻に浸る。
「シャガさんチーズ好きだよね、他に好きなのとかあるんすか?」
「好きな食べ物か。あまり意識したことなかった。カーネルは何が好きなんだい?」
「えー俺かー。俺は柑橘系が好きかな?」
「いいね。僕もそうやって好きなものをすぐに出せるように考えておくよ」
相変わらずシャガは無表情ながらもどこか楽しそうだ。
他人や自分に興味を持たない人間故か、いつも無表情で退屈そうだ。しかし長くいるうちに無表情ながらも感情が透けて見えるようになってきた。
「そういえばミカとルークは?」
「ミカが体動かしたいって言うからルークが同伴してたっすよ」
「……!不味いな。悪いけどカーネル探してきてくれないか?」
変わらずの無表情だが、焦りが見える。かなりマズイ状況らしい。
「広い公園あたり探してきますわ」
「ありがとう」
シャガは泥酔した2人を見守り、酒が浅いカーネルが走り出す。こうも焦るとなると、過去に何かあったようだ。
パッと浮かぶのはルークの犯罪者面だろうか。ミカと一緒にいれば間違いなく誘拐を疑う。
自分が警察なら確実に逮捕するだろう。
あとは人並外れた2人が運動したら周りがパニックになる事だろうか。
いずれにせよルークが捕まるのが目に見える。
「早く戻ってシャガさんと話そっ」
夜に紛れるように姿くらましの魔法で存在を薄くし、屋根に飛び乗って闇を駆ける。
「あそこら辺かな」
ルークらしきガタイを捉え、飛び降り着地と同時に魔法を解除すると。
「あ、師匠助けてー」
ミカに助けを乞われた。
案の定と言うべきか、ルークは誘拐の容疑で取り調べを受けていた。
「おっさんもいい歳なんだからシャガさんに心配かけんなって」
分かりきってた結果に嘆息を吐きながらルークの脛を蹴り上げると、警察に身分を示す。
「レンジャーの方でしたか」
「いやいや、うちのおっさんが迷惑かけて悪いね」
決死隊は一応シャガの裏部隊である為、救助活動を行うレンジャーを名乗っている。表向きではシャガは2つの部隊を兼任しており、ユーカと同じ隊員の強化を目的とした小隊を指揮する隊長と、災害救助部隊がある。
大部隊の方は主にユーカに任せており、シャガは事務処理をメインにしているという口実を作り、レンジャーに重きをおいている。
プラナタス兄弟は有名で極秘部隊である決死隊もバレかねないと思われたが、意外なことにシャガはコミュニケーションを心がけており、いつ誰と外出しても疑われなかった。
「一応俺たち極秘部隊なんだから目立つ事やめてくれるかな」
「すみません師匠」
「体動かすなら家でやれって。ほら帰れ2人とも」
子供が夜にうろつくのも疑われる要因なので2人は即帰宅させた。
にしてもあの2人意外と仲がいいらしい。というか、A班無口2人いるけど本当に仲良しなのかもしれない。
帰りもまた姿くらましを使って最短距離を駆ける。
店を出てから全然時間が経ってないが、2人は既に潰れていた。
グラスを見るに5杯目で2人ともバテたらしい。
「おかえり。2人のことありがとう」
「先に帰しといたすよ。あの2人絶対反省しないから今後よう監視だな」
「カーネルはなにか飲む?」
2人が潰れてたから会計は済ましてると思っていたが、どうやらカーネルを待っていてくれたらしい。
「お心ありがたいけど、俺もお腹いっぱいなんでごちそうさまっす」
「じゃあ、会計済ましておくから2人起こしておいて」
「うっす」
酔っぱらいを起こすのは至難の業だが、そんなふたりの為に編み出された技がある。
「2人とも起きなかったらわかってるよね」
「うぇーまだ飲むのー」
「はいダメー起きろー」
2人の首根っこを掴み魔法を注入する。すると2人は、みるみると頭に血が巡るのを覚える。
「あーやめてくれぇー蓄えた血中アルコールがああああああ」
2人が悶えうめきを上げ滑舌が戻ったあたりで魔法を解除した。すると通夜のように落ち込んだ2人がゾンビの如き脱力で出口に歩き出し、トボトボと帰路を進む。
「丁度だね」
「ごちそうさまっす」
「いいよ。帰ろうか」
⎯⎯⎯。
「うわーまじか」
「おいどっちか代われ」
家に着くとカーネルはドン引きした。
トレーニングルームとなる中庭でミカとルークが模擬戦をしていたのだ。
「無理、今動いたら吐く自信ある……」
「私も……」
しかし直前まで泥酔していた2人は酒の気を少し抜かれたとはいえ、激しい運動は今は厳しいだろう。
「カーネルお前師匠だろ代われ」
背中を向けるルークに容赦なく魔矢を放つが、見ることなくルークは避けながらこっちに訴えかけてくる。
「俺もパス。だいたい俺と模擬しても同じジャンル同士練習にならないよ」
「じゃあ隊長」
「お前まじか」
敬うという概念を持ち合わせないルークにカーネルは引くも、基本的にお人好しのシャガは快く受け入れてくれた
「いいよ」
上着を脱いで木刀を手に持つと開戦のゴングが鳴る。
「それにしてもなんで魔矢を見ずに避けれたの?」
「音とミカの癖。ずっと一緒に仕事してれば軌道くらい読める」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
このおっさんは本当に何なんだろうか。シャガさんというバケモンが傍にいながらも引けを取らない怪物ぶりを見せつけてくる。共に仕事する度に驚かされている気がする。
ていうかもうキモイ。
「じゃ俺寝るわ」
そして上司に任せて直ぐに自分は寝る胆力。
同じ人間とは思えない。
毎度の事ながらルークに引きつつ中庭に目をやるとまた驚愕を覚える。
「殺す気で全力出していいよ」
人外代表シャガ・プラナタス。ここにあり。
雨のように降り注ぐ魔矢を顔色一つ変えずに捌き切る。
更に煽りを入れたことでミカの必殺の一矢が向けられた。
最大限凝縮された巨大な魔矢はもはや巨槍とも呼べる大きさだ。そしてそれを恐らく受ける気でいるシャガだが、彼はユーカと違って魔法は使えない。故に魔矢を切り裂き防ぐ術を持たない。さらに得物は木刀のみ。
流石にやり過ぎにも思える殺意だが、相手が相手なだけに物足りない気もしなくはない。
最大限のできることを尽くして放たれた一撃は瞬く間もなく決着を着けた。
化け物の上司は何と呼べば良いのだろうか。
「お疲れ様。反省点はカーネルに聞くといいよ」
「相手が悪い」
「えー他にないんですかー」
「俺だったらあれにさらに遅延型多数分裂矢か吸引力を上乗せできる。あと一撃に絞らず2発3発に分散させて多角的に狙うのと、外れても足元に当てて足場を崩したりできるようにしたり、あれをさらに小型化したのを後ろに仕込んで避けたところに当てさせる。絶対に当てる一撃よりも外れることを予測した方がいい」
まあそこまでやってもシャガには当たらないだろうが。
「うー。仕込むことがおおいや」
「反省したら寝る」
「はーい」
ミカは頭が良い。だから多くのことを言っても反省し繋げることが出来る。
恐らく次の仕事か模擬戦かで実践できるように練習するだろう。
そうなったらいよいよ人間やめた2人より、凡人の酒カス2人にやってもらいたいものだ。互いの練習になる。
翌日。
ある指令が決死隊に下された。
「隣国である仁国の王子の暗殺。2週間後出立。が今回の任務だ」
皆の前に真っ直ぐブレなく起立し、暗殺目標の写真を配る。
王子なだけあって若い。そして人の良さそうな見た目をしている。
「え、まじすか」
「今回ばかりは切り捨てられたも同然じゃないの?」
「失敗したら向こうで処刑。成功してもこっちで尻尾切られるかもってか」
「最期のミッションかー」
戦いで死ぬことは誰一人として頭にはないが、バックアップを持たない決死隊なだけに、どう転んでも処刑されるという未来がチラつき皆やる気が出ない。
「生きて帰るには完全ステルスしかない。て事で頼んだよ」
「え、俺すか」
「そうだね。カーネルの隠密能力は優れてるから後はミカに教えて皆にかけるだけ。それと諜報もカーネルに任せたい」
「え……俺の責任重すぎないすか……」
「大丈夫、死ぬ時は皆一緒よ」
「俺らの命任せたぜ」
「プレッシャーかけるのやめてくれない!?」
決死隊のサポーターとはいえ仲間の命を背負い戦うのは慣れていないのだ。みんな勝手に生き延びるから。
「………」
死ぬかもしれないのに相変わらず無関心なルークに腹を立て緊張をほぐすと、ミカを中庭に連れていく。期限は2週間。やれるだけやるのみだ。
「………隊長。無粋だとは思うがそいつは何故殺さないといけない」
「貰った前情報では、近い将来敵になる国の王になる候補。また、あらゆる才を持ち、求心力が強く他国を巻き込み、秋国を脅かす連合国家が生まれる可能性が高い。だそうだ」
「………」
珍しく質問を投げるルークに隊長は答えるが、聞く前も後もルークは不満げである。
違和感に気づいた凡人2人は嫌な予感にルークの肩を抑える。
「隊長、俺は降りる。なんて今更言わないが、暗殺するかは現場判断で決める。それでいいか」
「いいよ」
「ルークあんた……。珍しく口応えする割にはお利口じゃない」
「ここで対立起きるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
「正直皆も同じ意見だろうから向こうで判断しよう」
「でもよぉシャガさん。もし殺せなくなったら俺らどうすんだ?叛逆だぜ?」
「そうなったら皆で逆賊なろう」
あっさりと言ってくれるが、常時命の危機に瀕してるからこそのジョークだろう。
「この家気に入ってたから残念」
「この家じゃなくてもすぐ気に入るだろ。酒がありゃ」
「シャガさーん、もし逃げるならお酒の美味しい国がいいでーす」
命を投げろという指令が下されたはずの決死隊だが、みな前向きで明るい。
狂っていると言わればそうであるが、常に死の最前線にいるもの達は暗くなる暇などない。
⎯⎯⎯そして来る2週間後。決死隊は仁国へと旅立った。




