1.28 至上命題
1.28
何度も抜け出したソレはもう流れ作業のように抜け出せるようになり、その後の追っ手すらも躱して飛行を可能にした。
もし先の落下した人影が被害によるものだとしたら、殺しや討伐でポイントを獲得している可能性が高い。
その犯人を見つけ出してポイントを奪取すれば。
「た、助けてくれぇ!」
「……!」
悲鳴に即座に応え、急速落下によるハンマーの叩きつけで対象は一撃粉砕だ。
どうやら魔獣がリポップしたようだ。どこの誰かは分からないが、先落ちてきた人の追加分で魔獣がリロードされるのであればこのチャンスを逃す訳にはいかない。
ヒバナは即座に再生飛行で魔獣を狩って回るが、あと一歩というところで魔獣を狩り尽くしてしまう。
「まずいまずい、あと何分だ、最低10分は立ったと見積もるとあと数分しかない……まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい」
焦りと緊張で思考が揺らぎ策が浮かばない。
残り3P。魔獣を2体でちょうどだが、魔獣はもうリポップしてくれない。残るは単価3Pとなる人間のみ。
しかし今無抵抗無実無罪の人間を殺してしまえば、自分はもう角兎にはいられない。いたくない。
殺しで人は道を外すだろう。免罪符のない殺しはその道そのものを変えてしまう程の影響を持つ。罪悪感から逃れる術はなく、またその感触も変わってくる。
「…………」
しかしやらなければハバリが死んでしまう。
「うぉおおおおおおおおお!!!」
感情をかき消すように雄叫びを上げて視界に映った人間にに影を伸ばした。
「…………」
殺してしまった。こちらの世界に踏み込んでもない一般人を。
悲しみに脱力し、殺した感触を実感しまいと遺体を見ることなくその場を離れようとするが、そこでようやく腕を掴み止められてたことに気づきヒバナは振り向いた。
「んな……!?」
「やあ」
掛け声とともに手を挙げ友好的に挨拶してきたのは、
「ランプ……!?」
どういう風の吹き回しか、ランプがここにいる。
迷う混んだのだろうか。マスターとの話は。落ちてきたのはランプだったのか。なぜ空から。
「何で……」
「事情は後にして、とりあえずここから出よう。ポイント譲渡」
ランプがそう唱えると、ヒバナの所持するポイントが100を超え、余分にポイントを獲得した。
「ハバリ!」
手に余るポイントを持ったヒバナは、安堵から半泣きの状態でハバリの元に向かい、漆黒の箱に包まれたハバリの無事を確認して抱き抱える。
「ショップはどこだ、あと何分だ、急がなきゃ……」
焦りから思考が溢れ出し、高鳴る心臓は嫌にうるさい。
そんなヒバナを導くように、目の前に時間は示され、ショップは光り輝き存在を示す。
残り時間があと5分のようだ。ショップまでは秒で着く。その後の出口は、妖魔は、妖精は、ヘクトは。邪魔がないとは限らない。ハバリを庇ってどこまでやれるか。
いやまて、出口が1つなら出待ちされてる可能性は。
「……ッ!」
ショップで退場権を購入してるうちに不安が溢れ、ヒバナの行動に迷いが生じてしまう。
「でなければ死は確実だ……!」
退場権を購入し、出口を探そうとすると体が発光を始めた。
出口から出るものではなく、強制退場するものであった。となれば、転送されたらそこは出待ちする連中の格好の的ではないのか。
後戻り出来ない状況に腹を括り、できる限りの防御をハバリに纏わせると同時、周囲に黒モヤの結界を展開した。
発光が閃光へ変わると直ぐに視界は一変し、景色が網膜に描画される。
「…………ッ」
ここはどうやら安全な場所のようだ。
周りから狙われることなどない。視界も開けてひと目で判断できる。なぜなら
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛シヌゥゥウウ」
天空より急降下中であるからに。
意識が戻ったハバリが黒繭をこじ開けてヒバナの体を伝う。
「いやあなた飛べるでしょ」
「あそうか」
何となくデジャブに感じるやり取りを経て飛行に移り、ハバリの負担を減らすように大きな弧を描いて旋回し帰路に入る。
なぜ空に出たのだろうか。皆が空に出るならば、中にいても脱出しても死には変わりない。しかし。不可解である。
魔法の事はよく分からないが、絶対死の魔法があるなら誰もが使っているはず。例え消費マギが膨大だとしても、誰かしらが使用するはずだ。
もしこれが殺意を持っていないと仮説を立てるなら、今この場に転送されたのは自分らだけで、出待ちされる心配はなかったということだ。
「でも何で上空なんだ……?」
「ヒバナ……ありがと」
独り言への返事は考えもしなかった言葉だった。
絞り出したその言葉はその身を震わせ、ヒバナに伝う。
この恐れは轟速によるものでは無い。無理もないだろう。過酷な環境で生きてきた彼女でも、間近で殺し合いを見せられ、間近で殺されかけ、間近で生死を彷徨った。
今後忘れることは無いであろう身近な死への恐怖。
できれば知らないままでいて欲しかった。
だから、このまま不安を感じさせたくない。
「ツンデレご馳走様!」
「ツンデレ?何それ?」
おっと。はァ!?を期待していたのだが、まさかのご存知でなかったようだ。
「何でもないよ。今日の晩飯なんだろね」
「ツナがいいわね」
「可愛いな」
「はァ!?」
これだよこれ!
心の解凍が済んだことによりハバリの根が見え始めてきてヒバナには心地よい。
腹が減った。そうだ。腹が減った。
「帰ろう」
⎯⎯⎯。
⎯⎯。
すっかり日が暮れ帰宅した頃には月が明るい。
帰れば夕飯の匂いが食欲を引き立ててくれる。
「ただいまー」
「あらおかえりぃ」
「あらヒバナもう依頼は終わったさね」
玄関から入った奥の厨房の扉から女将が顔を出し迎えてくれた。
そして何故かマスターもそこにいる。
「ご飯にする?お風呂にする?それとも……」
わ・た・し?とか言ったらはっ倒すぞBBA。
「わ・た・し?」
「ぎゃああああああああ」
予想もしなかった人物の可愛げを求めた気色悪い笑みがヒバナを襲う。その反応はまるで目を潰されたかのようだ。
「んぬふふ……」
まだ変なキャラを演じ続けヒバナを追い詰めるように耳元で微笑むその人物は。
「何で、何でランプがここにいるんだよ!!」
「やあやあまた会いましたね」
どこにでもいるかのような短時間の遭遇に瞬間移動の術を疑う。しかし本当になぜ、先にここにいるのだろうか。
「てかマスター!こいつとの和解早過ぎない!?出会って半日で同胞の休出に来てくれるなんて、なんて交渉したら……」
「何もさね。私はただランプの潜在記憶を炙っただけさね」
いやいや記憶を思い出させただけで見方意識が急に芽生えて助けに来たりなんてありえないだろ。
「それよりもなんでランプがここにいるのかが気になるんだけど」
「まあそんなことどうでもいいじゃないですか」
他人事のように言ってるがお前のことなんだよな。
まあどうせ聞いても何も話てくれないだろうし。
「とりあえずよろしく」
嘆息を吐きながら手を差し出すとランプは硬直した。
「ん?どした?」
「いや潔癖症だから握手はちょっと……」
「まじで何なんだよお前!」
キャラを増やしすぎて理解が追いつかない。どれもこれも嘘なのだろうが。
「まあ仲良くやるさね」
マスターはそう告げると厨房に戻って調理を再開した。
「ところで何でマスターがここで晩飯作ってんの?」
厨房の外から顔をのぞかせマスターに問うた。
「なんでって、実家だからさね」
「実家……!?」
まさかのカミングアウトに泡を食った顔を見せるヒバナを覗き込み。
「何をそんな泡姫を食ったかのような顔してどうしたんだ」
「1つ足すとそんな変わって聞こえるのな!?」
「ほれ、完成したさね」
「わーいごっはーん!」
かわいい兄妹が元気よく階段をおりてくる音が食堂に響く。匂いと音でタイミングを見てたのか、呼ばれずとも現れた。どうやら神太郎は出払ってるらしい。
少し元気の薄いハバリを横目にその頭に手を乗せる。
「腹減ったよな」
「……うん……!」
実家の安堵に笑みがこぼれ弟妹の横の席に座って尻尾を揺らす。
出てきた料理にはだいたい鰹節が入ってる。
3人とも鰹節が好物らしく、野菜は苦手らしい。やっぱりネギとかは体に悪いのだろうか。
特にささみとキャベツのサラダに鰹節を和えたものは大好物だそうで、ソマリとカガリはいつも取り合っている。
「はいはい今日も取り合わないの」
「仲良く食べなねぇ」
微笑ましい光景だ。ハバリが傷つかなくて心から喜ばしい。だが1つ懸念することがあるとすればフィストの行方だ。彼は殺人の感触を知ってしまった。そしてそのままトリノの元へ。しかしなぜトリノはフィストを狙ったのだろうか。誰でもよかったのだろうか。見た感じでは戦闘できる人材を探してたようにも見えたが。子供だからか、それとも殺害への耐性。いずれにせよフィストはもう戻れないだろう。もう二度と会うことはないと言っていたが、それはそこで死ぬからなのか、文字通り会うようなことをしないのか、どちらか分からないが、どちらかで意味が大きく変わってくる。
「ねーねーヒバナー。明日お仕事手伝ってー」
口の周りを汚しながらフォークを置いてカガリが話しかける。
「あいよー。ちなみに内容は?」
「移動する人を守るんだって5時から」
護衛系の依頼らしい。これは長時間荷車に同乗するだけの、とても退屈な依頼であまり好まないが、いいだろう。明日はついて行くとしよう。
「明日は雨らしいから気をつけてねぇ」
「うわマジか」
明日早いらしいので朝に備えて早いうちに寝よう。
「あとさヒバナ食べ終わったらゲームやらしてよ」
「いや寝ろよ」
食事後ヒバナはすぐに床についた。
本来寝る必要などない体だが、寝るというのは心地が良くて好きだ。
「………」
最近感じる人間味。自分はなぜ殺しは行けないと思い込んでいるのだろうか。シオンでもアスターでもアノンでもヒバナでも全ての自分で殺しを行ってきた。そこになんの抵抗もなく、ただ殺した。正当防衛などでは無い。それが自分の本質なのだろうか。
⎯⎯⎯貴方はとても残酷な方なのですね。
かつて言われたなんてことはなかった嫌味が今になって痛み始める。
⎯⎯⎯お前に平穏は訪れない。
かつて言われた自覚のない真実が今になって心を蝕み始めている。
あの時の自分から自分への言葉。ようやくわかる時が来たようだ。
⎯⎯⎯寝ろ。
帰ってこないフランコに言われた気がした言葉。
「ヒバナー明日起きれないから一緒に寝よー」
カガリが枕を持って静かに入ってきた。
返事がないのでそっとヒバナの布団に入ろうと近寄ると。
「うわ、いい大人が泣きながら寝てる」
少し引きながらヒバナの布団に潜り込んでウトウトする意識に従う。
夏が終わり少し冷える季節。ヒバナは無意識に胸の温もりを抱いていた。外はまだ暗く肌寒い環境にその温かさはとても心地が良い。なんとも二度寝したくなる気持ちよさだ。
「いやいやいや、起きねば遅刻しかねん」
重たい瞼を持ち上げるためにまずは体を起こそうとするが。
「……お?」
温もりの招待がカガリだったことに気づくと力が抜けたように倒れ込み。
「これは仕方ない。仕方ない。可愛くフサフサに暖かいカガリが悪いんだ」
そう自分に言い聞かせながらカガリを抱き寄せると。
「うわ、いい歳した大人が子供のせいにして二度寝しようとしてる」
冷たい言葉がヒバナの胸をえぐる。どこで覚えたんだそんな言葉。
「よ、よし起きたなら行こうか」
「着替えてくる!」
準備をしていなかったらしいカガリを急かし、朝は営業してない転送屋を通り過ぎ町の門へ出る。
朝方の澄んだ空気は何とも心地よい。体を伸ばして循環する血流に意識を巡らせ、朝勃ちを再生で打ち消す。
「どこスタート?」
「ランパル」
その情報を事前に聞き忘れたヒバナは待ち合わせの時間に焦り、再生飛行で最短ルートを直線で飛んだ。
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時は同じくしてとある屋敷にて、漆黒を纏う白の淑女は耳打ちされた情報に汗を滲ませた。
「何とも……由々しきことでしょう。予定を変えなくてはならなくなりました」
淑女は背後に並ぶメイドに手を振り早急の意を込めた指示を送る。
「神憑きを2人呼びなさい」
その一言に4人は同時に消え去り屋敷から気配も消えた。
その焦りように寄ってくるは衣装の乱れた獣人。
「どうしたのー?らしくないね」
「ええ、少し幻滅してしまいまして」
「2人も集めるなんて大事だにゃーん?」
「そうね。向こうはその気がないのか、それでも勝つ気があるのか……」
深刻そうに眉を寄せ、考えるその頭は何を思う。目的は知れど、全ては知らない獣人は興味などなくその身を抱き寄せた。
「長い戦いを終える為。世界をあと2度書き換える必要があるわ」
「わあお。それは大変だね。でも焦りや無理はダメだよ」
「そうね。でも時間が無いから少し予定を早めるわ」
決行は来週。
スーパーインフレを消し去りハイパーデフレーションを世界に起こさせる。
そして1度上がった種族値をもデフレさせ、全て旧人類に落とし切り世界の常識を書き換える。
それが神より賜りし世界の調整。
「にしても……具神め……」
その怒りは誰への侮辱か。誰が神か。知るはただ1人彼女のみだ。
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依頼を終えたヒバナは報酬に目玉が落ちそうになりながらカガリと町を歩く。
ギルドへの報酬とは別に、見てくれは未成年兄弟に見えた2人に、依頼主が小遣いをくれたのだ。その額なんと1人300万。
ヒバナはいい。だが問題はカガリだ。金の価値や使い方を覚える歳ではない彼に何てものを寄越す。ああ羨ましい。
きっと依頼主の子供は幼くしてリッチに生きているのだろう。
「いいかカガリこれは内緒な。誰にも言うなよ。あと俺が預るから、10年後にまた受け取りに来るんだ」
「うんわかった!」
夜になりたての街路は香ばしい。
大金を預かられたのに素直がすぎるカガリに罪悪感を抱き、コンビニで好きなものを好きなだけ買わせた。
別にいいでしょう。だって大金手に入れたもの。
別にいいでしょう。コンビニのホットスナックを夕飯前に食べて少し贅沢しても。だって大金手に入れたもの。
帰るやヒバナは即ネットサーフィン。実は欲しかったものがある。しかし金を貯めるには命が足らない。
だが今なら!
その晩、ヒバナは300万を使い切った。
誰にも悟られず手に入れた大金と引き換えになった物は、1週間後の早朝ヒバナがその中に乗って現れた。
町の人々が皆ヒバナを見つめる。そしてそれを見せに来たカガリやソマリもまた目を輝かせた。
「いやーどうもどうもハッハッハー!」
そうヒバナが購入したのは車校の高いSUVだった。
ずっと欲しかった。再生飛行という便利なものがありながらも、これが欲しかった。
「あらぁいいわねぇ。でもいつ免許取ったのかしら」
「そりゃあ、この一週間死ぬ気で」
街の中では徐行しか出来ぬが外に出れば自由だ。
「HEYHEYHEY!ママ!そして三兄妹よ!いっちょ乗ってみないかい!?」
「「わーい!」」
輝かせた兄妹を連れ、助手席に女将を連れ、タラタラと町中を走る。
「………」
乗る前のテンションはどこへやら、兄妹は手指で遊び始めた。
気持ちは分かる。だがもう少しだ。門をくぐりさえすれば。
今に見てろよと、町の門をくぐろうとした時。どこかで夢を潰す音がした。
⎯⎯⎯何を願う。
「この世界のインフレを200年ほど戻して頂きたい」
⎯⎯⎯何を願う。
「この世界の均衡を旧人類の水準に戻して頂きたい」
誰かの願いが叶う時。ヒバナの夢が儚くも潰えた。
⎯⎯⎯!!
気がつけば自分は3兄妹と神太郎とママと食卓を囲んで朝食を口にしている。
何故だろう。幸せな光景の筈なのに。涙が止まらない。ヒバナには到底理解が出来なかった。そしてそれを見た一同は唐突の出来事に首を傾げる。
食べ終わり自室に戻ると殺風景に虚しくなった。何故だろう。記憶になんの違和感もないが、その景色に違和感を感じてしまう。
町の外もそうだ。まるで違う世界に来てしまったかのような。
「……」
日課の散歩をソマリカガリと行いながら町を歩く。
いつもと変わらない景色だ。門の近くには運送屋の馬車と馬小屋が看板をでかでかと飾っている。
「ああそうだ。ゲーム買わなきゃ」
「げーむ?」
「あれ、いや、なんでもない」
ゲームとは何だ。いや、分からないものは分かる。そういうのは大抵神太郎が入れた無駄知識だ。それが生活にまで影響してくるのは初めてだ。煩わしい。
結局違和感の正体は分からずに一日を終えた。
次の日は神太郎は朝から居ない。
暇なヒバナは仕事に行くことにした。
任務は護衛。何となく選んだそれには何かしらの縁を感じた。
現場に向かう道中、今度はソマリを連れて馬車に揺れる。
「余程のことがない限り楽勝だからソマリ頼むよー」
そう。護衛なら何もない。ただただ馬車に揺られるだけ。
一日中寝て過ごそうと瞼を閉じた。
その時だった。
「た、助けてください!」
馬車にしがみつき、涙目で喉をふるわせる美少年と目があい、ヒバナの中で何かが爆発し。
世界の歯車が加速した。




