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七罪華〜傲慢の花〜  作者: 鰍
第1章 2Die6Life
54/60

1.27 フラッシュバック

1.27



「キェェェエエエ」


妖魔の狂った叫声が耳を貫き意識が揺らぐのを覚えた。

人間でこれだけきついのであれば当然、獣人は尚更だろう。


「うるさいぞ豚」


冷たい殺意が妖魔を細切れにする。どうやら吸血鬼の能力らしいが、どこまで切れるのかは不明だ。

スライムのようなゼリー体質の妖魔に斬撃は有効ではなかったらしく、すぐに再生してしまった。

再生でなら仕留めれそうだが、使ってしまったら最後だ。


「ッ……!」


横から振られるヌンチャクを黒棒で受け止めるも、あまりの重さに体が浮き上がろうとするが、受け身でベクトルを変えて持ちこたえる。


「いやー、僕と同じ人間相手はよく見てきましたが、こんな魔窟に溶け込む人間は初めて見ましたよ」


30代後半だろうか。薄く髭を生やした男は全身に武器を纏い、裏腹にも穏やかな口調で話しかけてくる。

無視する訳では無いが、とても返事できる状態ではなく、息をするのでやっとだ。


「敵は1人じゃないぜ!」


よろけたヒバナの背中を狙うは先の獣人。

命を刈り取る為に発達した凶爪は展開された黒モヤの壁を容易く引き裂き、その先の肉へ爪を立てるが。


「舐めんな……!」


排出するように積層された黒モヤによって阻まれ、立て直したヒバナが黒鞭と光刃を振るう。

がしかし。


「……ちッ邪魔をするな猿め!」


苛立ちを口ずさむ吸血鬼の斬撃と接触したことで弾き合い、仕留めること叶わず。


「いやーまた会いましたね」


高速で振り回されたヌンチャクを吸血鬼に叩きつけると、その筋力ではガードが間に合わず、直撃を確信した。がしかし、吸血鬼はガードどころか、ヌンチャクに伸ばされた手から衝撃波を放ち、人間の男ごと吹き飛ばした。


「バケモンかよ……」


獣人を相手に尻目に吸血鬼を拝むと、拗ねたように目を細めて雑な爪撃をヒバナに叩き込んできた。


「ちょいちょい、俺を相手してる時によそ見なんて失礼が過ぎるぜ!」


あの吸血鬼は今ある情報だと斬撃と衝撃波を扱っている。

人間の男はまだヌンチャクしか見れてない為未知であるが、パワーがずば抜けているのは確認している。

妖精は攻撃の頻度が少なく、溜めが発生すると思われる。

そして鬼人。こいつも未知数で全身の変形が可能で、おそらく伸縮による高速移動が可能と見れる。


「まだ無視するのかよ……」


一瞬だ。刹那にも及ぶ僅かな時間しか意識をそらさなかった。その刹那の間に獣人の男は幾多の斬撃を放ち、ヒバナに降り注いだ。

否、飛ぶようなリーチの斬撃に見えたそれは、全て獣人の異常発達した爪や牙と言った体の一部であった。

全身から溢れる狂気と凶器がこの場の何よりもおぞましく見え、相手をしていなかった3人も同時に獣人を危険視した。


「悪かった。俺が本気にならないとお前も相手したくないよな」


獲物を捕らえるより殺すことに特化した顎で呻く獣人だが、発達し過ぎた顎は閉じることが出来ずに唾液が垂れ流れてる。


「……ッぬ!」


禍々しく尖り散らかす全身の刃はどうやら伸縮が自在らしく、不意に伸びた腕の刃を紙一重で躱すも後ろで待機していた吸血鬼の斬撃を浴びてしまい、深々と肉を断裂させられる。激痛を抱えて戦うことは不可能であるため即座に再生するも、ひとつの綻びが隙を拡大させヒバナを窮地へ追いやった。


当然だ。数を減らすことが大切なこの現状、隙イコール死だ。しかし全員リスクを犯さない。大胆に動けばそいつもまた隙が生まれるからだ。全員がヒバナを確実に殺しにくることは不可能。つまりヒバナはまだ死なない。

と言えるのは敵を知らないからだ。


時間にして1分も経たない短い戦闘だが、この場の4人の中からは一切消えていたであろう妖魔が牙を剥く。


「ゴォォオオオオオ」


先の細い叫声とは真逆の低く鈍い咆哮が、空気を揺らしながら巨大化させた足でヒバナを蹴り飛ばす。

ムチのようにしなやかな蹴りをまともに受けたことで、ヒバナの脳は衝撃に意識を飛ばされ、挙句に全身の骨が粉砕し、肋骨は肺にいくつか穴を開けた。


気を失っていたのは10秒ほど。常人であるヒバナは死んでいた。が、気絶による脳のコントロール不可状態時に起きる自動再生により健康体と共に意識を立ち上げた。


再生のストックは残りどれくらいだろうか。おそらくはもうほぼない。次死んだら本当に死ぬ。マギを触媒にする代用再生は少し難しい上に今はまだ瞬時には出来ない。


「……!」


元から異形の妖魔が謎の異様な形に変形し、戦線復帰しようとするヒバナの注意を横取る。

壁に張り付きながら下に広がり、引っ張られるようにどんどん伸びてゆく。その姿はまるで輪ゴムを伸ばしてるかのような⎯⎯⎯。


「まさか!」


気づいた時には遅く、髪の毛を引き抜いたヒバナの視界から妖魔は消し飛び、見上げた空に巨大な物体が宙を舞う。


「くそ!」


速すぎる。瞬間移動にも等しい超速移動は再生飛行でも追いつけない。奈落から地上まで1秒と僅かな時間だが、ヒバナが追いついた頃にはもう妖魔は姿を消していた。


探すのは困難。であればまずは3人の護衛を。

黒モヤが途切れ、出口もなく閉じ込められている為、安全ではあるが、起きた時はストレスだろう。


「ナンダヨ、せっかくおあつらえ向きなリング用意されたのにもう逃げるのカ?」


怒りと悲しみの混合された殺気に背筋が凍るのを覚えた。


「バケモンめ」


獣人が追いついたことによって3人の元へ行く事が出来なくなった。

ゆっくり振り向き獣人と向き合うと思わず息を飲んだ。

先までの異常発達の部位は大人しくなったものの、今度は手足の爪が巨大化し、それで壁を昇ったのだと1目で理解出来た。

あまりの自由すぎる変態に可能性を感じ、勝てる未来が暗くなる。


「正々堂々戦いたいのは山々だが、俺はあの妖魔を殺さねぇとお前に気を配れないんだが、協力してくれん?」


「屋内の3人を気遣ってるんだろう?ならそいつら殺せばお前は俺しか見えなくなるな!」


「わかった。お前がその気ならお前から殺す」


「いいな……それがいいぞ!」


ヒバナの殺気に獣人の昂りは最高潮に達した。

刹那、その場一帯は超常的な力の衝突によって消し飛んだ。


⎯⎯⎯。

⎯。



「う……うぅ」


「目覚めたかい」


フィストが目覚めると漆黒の空間に閉ざされており、声だけ聴こえるトリノの声に耳を傾けた。


「これは夢じゃなくヒバナくんの魔法の中だね。密閉密室すぎて時期に酸欠になりかねないから脱出しようと思うんだけど、フィスト君。君には今から命を奪う覚悟を覚えてもらう」


寝起きのせいかまだ意識が浅い。トリノの言ってることがよく分からないが従った方がいいのはなんとなくだが分かる。命を奪う。子供も大人も関係なく誰でもやった事がある行為だ。蚊を潰す。蟻を踏む。命を食す。


罪悪感など感じるはずもない行為。


「ほら、そこに魔獣がいるだろう?あれを撃ち殺すんだ」


「はい……」


手練のような操作で放たれたエネルギーは魔獣の胴体を穿ち、裏の壁をも貫いた。時間差で魔獣の空洞からエネルギーがジワジワと溢れ、やがてその身は弾け飛んだ。


「どうだ?」


「なんとも」


「ならいい。次はあの人間を撃て」


指を刺された人間は身体中血塗れで、多くの命を奪ってきたことが分かる。存在していては大勢の命が失われるクズの命。

わかってる。殺らなきゃ自分が殺られる。

それなのに。


「無理か」


「はい……」


震える手の抑え方が分からない。人の命を奪うということに抵抗が生まれる。

1度殺してしまえば、自分の中から何かが欠落し、殺すという選択肢に躊躇いがなくなってしまう。それではあの真っ赤な奴らと同じだ。


「ならいい。だが、いずれお前は殺さなくてはならなくなる。自分を守れるのは自分だけだ。俺が動けなくなった時誰も助けてくれない。その時は迷わず撃つんだ」


「…………トリノさんは撃てるんですか?」


「撃てる。ヒバナくんには言ってないけど、俺は何人も殺してきた。この魔法だってそうだ。これは多くの命を奪ってきた魔法だ」


「………」


人を殺せど、それは断固として間違ってないと自分を信じ抜くまっすぐな瞳だ。

命を奪うことが間違いじゃないと言い切れるこの人はいったいどんな人生を送ってきたのだろうか。

いや、実際は皆そうなのかもしれない。ヒバナも躊躇いなく人を殺せる。人を助けるために人を殺す。それは許されるのだろうか。殺してまでも自分を助けるヒバナに救済を求める自分もまた悪なのだろう。それはヒバナを使って人を殺してるに過ぎない。自分もまた殺人を犯してるに等しい。


「う……ぷ」


込み上がる不愉快な感覚が物理となって口から漏れ出た。

なんでこんなことに。なんで僕は。人を殺して。人の犠牲に。


「それでいい。人を殺すという行為に慣れる方がおかしい。その感覚を忘れるな」


「…………」


厳しめに諭しながら、トリノは片手間に遠くの人間を射殺した。適当な威力で的確な射撃を見せつけられるも、トリノは当たり前かのようにハバリの元へ戻った。


「あと一押しだな」


そっと呟き足場の狭い建屋裏の通路から下を除くと、目に見えて空気が震えるのを知覚した。


「ガァァァァ!」


「ッ……!」


ガキィィィィン!!


鈍く硬い刃物のぶつかる音が一帯に広がり、その中で荒れ狂う猛獣と鬼により、触れるもの皆切り裂く勢いで戦場を拡大させる。


あの中に入ったら死ぬ。それは素人がみても一目瞭然だ。


押しているのは猛獣の方だ。鬼は防戦一方でいつかは崩れ落ちるだろう。


鬼が攻撃を防ぐ度、猛獣は爪や外骨格を変形させ防ぎにくく工夫をするが、その度に鬼は対応し紙一重で斬撃を躱す。


「ッち!」


猛獣を押し返すこと叶わず自分が後ろに跳ね、一瞬だが間合いを得ると、漆黒のカーペットを展開し床から無数の槍を射出させるが。


「バケモンがよ……」


堅牢な獣毛を穿つには至らず、少しの足止めにしかならなかった。

続いて棘付きの壁を獣人の前に展開すると、それすらも豆腐が如くぶち破られ猛獣の進撃は止まらない。

だがそれでいい。


僅かに視界を潰した事により一瞬情報が絶たれた隙をつき鬼は拳を黒く染め、その先から光刃を展開し壁に殴りつける。

するとちょうど壁を突破してきた猛獣の目前に光刃が迫り、間一髪回避に成功し即死を免れるも。


「……がァッ!」


背中の刃達を容易く切り取られ、光刃は背中をなぞるように肉を深々と断裂させた。

全身を変形変態させれる化物だ。深いダメージは並大抵の痛みとは比にならないだろう。

痛みによろけた猛獣の背中にすかさず光刃を振りかざし、その刃先を叩きつけようとした矢先、


「ゴバァ!」


下で見た武人の男がヒバナ目掛けて吹っ飛ばされてきた。

もみくちゃに転がり、態勢を立て直すとすかさず吸血鬼の斬撃が迫り、漆黒の壁を作って防ぎ切る。


「ててて………いやー、あの谷からまたここまで打ち上げられるとは。おー、お久しぶりですねー」


「ちっ、邪魔しやがって」


「邪魔も何も、横入り来る前に仕留めきれなかった自分の腕でしょうに」


気さくに笑う男は無自覚の煽りを挟み、ヒバナにストレスを与えながら背中から傘を取り出す。


黒い棒の先端に光刃を生やして槍を作ると男にぶっ刺す。がしかし、先に展開された傘を貫くことが出来ずに虚しく砕け散る。


「んな……!?」


ありえない。今までの感覚だと万物を豆腐のように切り刻むことが出来た光刃。それがこんな薄っぺらい傘に負けて砕けるなど。


「悪いねぇ、この傘はマギで作られたもの全てを防ぐんだ。まあ、物理には弱いけど」


「へぇ、じゃあこれはどうだ?」


光刃を無くし漆黒の剣を傘に叩きつけるが。


「……くっ!」


まるで巨石を殴るかのような無力感に阻まれる。

物理に弱いらしいが、マギで作られたものが生む物理的力すらも防ぎ切るようだ。。


「まじ……?」


魔道具というやつはとことん便利な品物らしい。

いいな。おれもほしい。


「うわっぷ……!」


衝撃波を叩きつけるように全身で降りかかり、避けた場所の足場が消し飛んだ。


避けたヒバナと目が合うと、ヌンチャクを取り出し隙のない舞踊を披露する男。


「俺はヘクト。あなたは?」


吸血鬼が斬撃を繰り出す合間に名乗りを上げた男の問は、ヒバナに向けられたものだった。


「ヒバナだ。じゃあヘクト」


「ああ、そうですねヒバナ」


斬撃をステップで躱しながら男と会話を交わすと、ヒバナは漆黒のカーペットを自分を中心とした狭い範囲に留めて展開する。

一方吸血鬼は溜めに溜めた斬撃四本を2人に射出する。


「死んじまいな……!」

「死んでもらいます」


2人の間の地面は崩壊し、斬撃は瓦礫に阻まれ霧散する。

足場が崩壊する手前、吸血鬼が目撃したのは。

先端が見えないほどに加速したヌンチャクの舞踊により放たれた超打撃。轟速のそれが地面に与えたエネルギーは大地を砕き、砕けた瓦礫を矢よりも早く射出させる。

一方ヒバナは漆黒の大槌のフルスイングでヘクト同様地面を砕く。威力は少しヒバナが劣り、衝撃に耐えれず大槌は崩壊した。

2人が放った瓦礫は足場を崩され力の入らない吸血鬼に降り注ぎ、防御手段が衝撃波しかない彼はやむを得ずその手から波動を放ってその場を凌ぐ。


「……ッ!」


「お前の魔法は強力だけど、強力すぎるが故に溜めが必要と見た……!」


回避が困難で防御のみとなった吸血鬼は迫るヒバナに手を伸ばし斬撃を繰り出した。


「アレェ!?」


とっさに展開した黒モヤでガードするも貫通し剣で受けきって後退する。

ヒバナに斬撃を飛ばすと同時に横から迫ったヘクトが振り回した鎖鎌で吸血鬼の腕を斬り飛ばす。


「……ッ!!」


「惜しいですね。確かに溜めが必要ですが、自衛用で残しておくのが必然です。そして今ヒバナに使用した事でもうストックはありませんでしたね」


空中で身動きは取れない。

故にヒバナからの追撃の可能性は無く、さらに片腕となった吸血鬼も身動きが取れない。殺るなら今だろう。


大きな扇子を扇いで空中で機動を確保し、打刀を振り上げる。


「……ッそが!」


残された片手をヘクトに伸ばし既にストックの溜まった斬撃を展開する。


「残念ですが、対策済みです」


扇子を納めた手に握られていた傘が斬撃を吸収し、為す術を失った吸血鬼の首が空に踊る。

血飛沫が瓦礫を染め上げヘクトの頬を汚す。


「……!」


一段落に生まれる隙を狙ってたが如く、崩れ落ちる瓦礫の隙間から火球が放たれ、空中で自由のない2人に降りかかる。


「おら!」


ヒバナは黒繭を展開し、漆黒の手を何本か生やして瓦礫を集めて壁をつくる。

火球は避けた2人だが、このままだと奈落の底に叩きつけられてしまう。


「やれやれです」


ヘクトは嘆息を吐きながら扇子を仰いで空中動作を制御する。

そしてヒバナは流れるように再生飛行へ移行し上階へ舞い戻る。扇子で空を飛ぶ奇妙な様子を傍観してると、背中にドス黒い悪意を感じ、飛ぶように転がって臨戦態勢へ移る。


「よぉ、元気だったか?」


背中の深い傷は何処へやら、息を荒らげた獣人がヒバナの目を凝視したまま静止する。

時が止まったかに思える数秒は2人の呼吸をシンクロさせ、刃が弾けて火花を散らす。


「流石獣人、身体が頑丈なこった」


「グルるるるるる」


「……ん?」


獣の呻きが聞こえるとヒバナは気づく。彼に理性は無く、本能がただヒバナを喰らおうとしているのだと。

鍔迫り合いを行う2人を目掛け、ヘクトはクナイを投げつけた。


防ぐか避けるか。その二択は獣人に合わせることにしたが、獣人の歪んだ口元を見てヒバナは失態を犯したことを悔やむ。

意識はとっくに戻っていた。そしてこの獣人はクナイを受けるつもりだ。避けることをしなければ、防ぐこともなく。


「モラッタゼ……!」


鍔迫り合いを押し返すと腕に刺さりながらも、もう1つのクナイを掴み取り、黒い壁を展開するヒバナに振り上げると、離れた位置のヘクトが頬を歪ませる。

突如振り下ろすクナイが手の中で爆ぜ、獣人の体が爆煙に包まれる。

厚みが足らず破壊される壁から爆風が溢れ吹き飛ばされるが、足から生やした杭で踏み留まる。


ヘクトはどうやらクナイを爆発させた後直ぐに妖精の追跡に向かったようだ。妖精はヒットアンドアウェイ戦法で直ぐに姿を晦まし隙を伺うようになる。狙うなら出てきた今しかないだろう。


「流石に俺も妖精狩り行くか……!」


妖精の行方を追ってヒバナも飛び降りようとすると、視界の端の爆煙から蠢く影に体を弾き飛ばされた。


「お前……硬すぎるだろ……」


半身が赤黒く焼け爛れ、片腕が消し飛んで存在しない痛ましい姿でヒバナに牙を剥く。


「グルル……」


「弱ってる今のうちにポイントを頂くよ」


ヘクトに手柄を持っていかれた今、脱出のために必要なポイントを得るにはこの獣人かヘクトを殺すしかない。

ヒバナは蜘蛛の巣の模様を足元に展開し、間合いを形成して獣人を待つ。

唾液を抑えず牙をむき出しに飛びかかる獣人の影が蜘蛛の巣に入り込むと、下から突き出た柱が獣人の体に絡み行動の阻害を試みる。


「ムダダ!」


だがそれで止まることがないことも、減速することも出来ないのはヒバナは理解している。だから。


「ふぅん!」


再生を利用した高速の回転で獣人は背後の岩壁に叩きつけられた。強力なフィジカル相手に黒モヤの防壁は意味を持たない。であれば、そのフィジカルを利用すればいい。

絡みとった獣人は再生の速度の回転に流され、急停止することで射出し、壁に叩きつけられる。止まる相手を再生の速度で急に動かせば黒モヤが耐えられず破壊されるが、勢いよく向かってきた獣人の力を利用すれば黒もやは破壊されずにその身を支えることが出来る。


タイムリミットとポイントの入手法の限定化と言った状況が生み出したヒバナ戦闘へのスキルアップは、決して特別な力や能力ではないが、確かに虹狩りへの距離を狭めるものだった。


「……!」


勝利を収めたヒバナだったが、ポイントが増えないことに違和感を覚え、土煙漂う血溜まりに近寄ると。


「んな、まじかあいつ!逃げやがった!」


戦いを望み、戦いに生き、戦いに誇りを持つタイプだと認識していたが、どうやらやつはただの獣だったようだ。

しかしあれほどの重症。そこまで遠くに逃げれるとは思えないし。


「………」


ポイントも欲しいがなによりこの間に3人が狙われる方が心配だ。

ヒバナは飛行で皆の元へ向かうと、そこに3人はおらず建屋は倒壊していた。


「くそ、ハバリは俺の位置わかっても俺は分からねぇんだよな。獣人と妖魔を見失ってる今下手にハバリを晒したくないし、どうしよう」


ふと空を見ると赤く染まりタイムリミットのカウントダウンを感じさせる。


まずいまずいまずいまずいまずいまずい。


獣人を殺してから合流するか、先に安全を確保するか。どうするか、どっちだ、どっちなら間違えない。とりあえず先に見つけた方を実行する。

ヒバナは上空へ飛び立ち高所より見下ろそうと髪を引き抜くと。


「ヒバナ!」


少し離れた位置から呼びかけ主張するはまさにハバリだった。

しかしヒバナは再生飛行でそこに飛び立とうとするより先に絶叫を吐いた。


「逃げろぉぉおお!!」


「え……?」


ヒバナの意志を理解し立ち止まった時、ハバリの背後に隻腕の影が害意を振りかざした。


「……っあ!」


横薙ぎに身を弾かれ建屋に叩きつけられた少女に目もくれず、隻腕の獣人は鼻を啜る。


「ミツケタ」


傍の岩陰に鼻を立て、重たい体を引きずって歩を進めようとするが。


「くふ………」


連戦と重症によるダメージが屈強な獣人に膝をつかせ、ヒバナに近づかせる隙を与えてしまう。


「んな……!?」


足に巻きついたゲルが引き戻しその身を縛り付ける。


「くそ!こんな時に!」


「てりゃあ!」


横の物陰から待ち伏せしていたトリノが長物を叩きつけるが、虚しくも砕け散り、一薙で即退場させられた。

鼻を啜り唾液を溢れさしながら岩陰に足を進める。


「……っ!」


居場所がバレてると分かるや、指先に光を凝縮させたフィストが飛び出し獣人に狙いを定めた。


「……はぁ……はぁ……」


緊張と恐怖のストレスで胸が裂けそうだ。

余った片手で胸を押さえつけ、なお加速する鼓動に息を荒らげる。


「逃げろ!……ごぽ」


黒モヤを展開してゲルの拘束をちぎるが、飛行に入る前に捕まり、飛んだ瞬間引き寄せられる。

口元と四肢を抑えられ呼吸を封じられ焦る中、視界に匍匐で獣人に擦り寄るトリノが見えた。


「がふ……フィスト君、撃て……死ぬぞ……」


「はぁ……はぁ……!」


震える手が止まらず胸から離した手で片手を押さえつける。視界の端にトリノが這いつくばって訴えかけてくる。


「自分を守れるのは、自分だけだ」


「ごぺぱ……!」


ダメだ。撃ってしまっては戻れなくなる。命を奪うということの重みを知ってしまえば平和な世界には居られない。

しかし塞がれた口で叫んでも虚しく、音は響かない。


「撃て……!死にたいのか!」


「はぁはぁはぁはぁ……!」


もう獣人は側まで来ている。逃げ場はもうなく、あと3歩進ませれば間合いだ。さすれば瞬く間に命を刈り取るだろう。


「撃て!」


体の表面から黒いモヤを溢れさせ、外に出た部位で妖魔を刻み、中で展開した黒モヤと同時に切り刻み、高速を弱めたところで抜け出し、すぐさま飛行に入ろうとするとまたもや足に取りつかれ、黒モヤで切断し壁を設け飛行態勢に入りながら振り返ればもう間に合わない。せめてもの嘆きを。


「撃つ⎯⎯⎯」


撃つな。その言葉を言い切ることが出来なかった。撃てば殺してしまう。殺人鬼と同じになってしまう。それはダメだ。しかし。撃たなければフィストは殺されてしまう。全ては自分の無力が招いた失態。そうかつて自分の存在を表していた言葉が再びヒバナの目の前に立ちはだかった。


お前は救えない。


「「うぉおおおおおおおおお!!!!」」


ふたつの絶叫が入り交じる間に挟まった獣人を光線が穿ち、風穴の周囲が爆発を起こして屈強な上半身を消し飛ばす。


震える手が命を奪ったことを自覚させ、荒かった鼓動が段々と鎮まっていくのを覚える。


なんだ、こんなものか。


自信に宿った黒い衝動が自分のものなのか、誰のものなのかはフィストには分からなかった。


「よくやった。お前は晴れて1人前だ」


瞳に闇が宿った少年の傍らに佇むは重症で動けないはずのトリノだった。その身は獣人の一撃を諸共せず、何事も無かったかのようにそこに立っている。


「だれだ……お前は……!?」


「ああ、騙して悪かったな。二度と会うことはないだろうから忠告だけしておく。日没まであと20分だ。俺に構ってないで、今すぐポイントを獲得して逃げなければ全滅だ。あの嬢ちゃん諸共な」


「くそ!」


「行くぞフィスト」


言われるがままについて行くフィストをまたしても止めることが出来なかった。今は自分どころかハバリの命すらも怪しい。しかし魔物を狩り尽くされた以上ポイントを得るには鏖殺か、ポイントを確実に所持しているであろうヘクトを殺すしかない。だが残り20分でヘクトを仕留めることは現実的ではなく、ましてやヘクトもそろそろポイントで逃げなくてはまずい頃合だろう。


そうなると残された道は。


「いやダメだ!でもどうすれば⎯⎯⎯」


嘆きに呼応してヒバナは苛立ちを覚える手触りのゲルに包み込まれた。

何か、何か手はないか。


⎯⎯⎯打つ手を失った今、状況を打開する為に求められるのは。


「……!?」


⎯⎯⎯非常識の部外者である。


「あ〜〜〜〜〜!」


突如空から悲鳴をあげて落ちてくるは人間と思しきシルエット。

呆気に取られ抵抗をすること無く、それが地面に叩きつけられるのを遠くから見届け、痛ましい打音が鼓膜を響かせた。

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