1.26 バトルフロンティア
1.26
「ハバリとフィスト、下は見るなよ」
「見なくてもわかるわよ……」
獣人の5感からすれば見る必要なく状況を理解出来たらしい。しかしヒバナとしてはハバリには理解も認識もして欲しくなかった。
ヒバナの懸念とは裏腹にハバリのリアクションは薄く、その目は死を見慣れてる戦士そのものだった。
「そんな……なんで……!」
現状を理解し呻くのはフィストだ。幼くしてこんな現場を見せられたら人生が歪みかねない。何とかして彼を殺陣から遠ざけなければ。
しかしここもいずれは誰かしらが辿り着く。
最短で行くにはポイントを貯めるしかないが、そのポイントはどう貯めればいいのだろうか。
「ピギィィィィィィ!!」
耳を劈く甲高い獣の声が逃げ惑う人々の不安を加速させた。
高所は安全だと思っていたが、どうやら主催者もお見通しらしく、上空に魔鳥の群れが出現した。最も高い場所にいたヒバナ達は真っ先に狙われ、追撃を警戒する前に応戦することとなった。
知能は低いらしく、正面からしか来ないため、5本のムチに光刃を生やして蹴散らすことが出来るが埒が明かない。一定量の魔鳥を撃墜すると、ヒバナは2人を抱えて人気のない建屋へ逃げ込んだ。
「建物の中ならとりあえず魔鳥に襲われることはないと思うが……」
このままだと人と殺し合う可能性が高くなってしまう。
2人のためにそれは避けたい。
「いやー、困りましたね」
「うわ、だれ!?」
先住民がいると知らず逃げ込んでいたらしく、2人を背後に置いて警戒するも、男は手を挙げて無害を示す。
薄暗い部屋に1人。逃げ込んできたうちの一人とみて問題は無いだろう。男はスーツ姿に中折帽を被っており、どうやらビジネスの途中で巻き込まれたように見える。
「子供だけで大変だったね。力になれるかは分からないが、大人として君達に尽力するよ」
「うがあああ!!た、助けてくれぇ!!」
悲痛な叫びを聞きつけ窓の外を見ると、今度は犬型の魔獣が徘徊を始めており、その犠牲者第1号として喰われてしまったらしい。
可哀想だが、助けることは出来ない。
「いいか坊主。いざと言う時自分の身を守れるのは自分だけだ。だからこの護身を覚えておけ」
気がつくと後ろは打ち解けて護身術を習っているようだ。
男がフィストの頭に手を置くと、魔法の類なのか発光してその頭に光が吸い込まれた。
「ほれ、そこの棚に撃ってみろ」
何をしたのか分からないが、何かを理解した様子のフィストは2本の指を棚に向け、その指に見えない何かが集中するのを覚えた。
閃光と見紛う刹那の光線は、素人のものではなく、魔法に長けた種族の熟練の技そのものだった。
「あんた一体……」
「紹介が遅れたな。俺はトリノ。見た通り鬼人でね、俺の経験値をコピペするのが俺の力で、俺の魔法を少年に練度ごと覚えさせたって訳だ。つまり、この魔法使用時に限り俺が2人いることになる」
「え、何それチートじゃん」
かつて鬼人に強みはないと思っていた時期があったが、そんな事とは裏腹に現代に出会う鬼人はチートばかりで敵にしたくない。
「ハハハ。鬼人は他種族の中でも最も歴史の古い種族だからね。立ち上げが古いほど、後世の継承が強くなる」
「鬼人すげえ……。あ、俺はヒバナっす」
「ヒバナ……?どこかで聞いた事あるんだけど、どこだっけな」
「………」
悪名なら高そうだ。思い返すと水族館、闘技場、虹幹部討伐と中々に裏では名前が上がっていそうだ。
「あぁ、人違いだ。知り合いと名前が似ててね。あぁそうだ、ひとつ言わないといけないことがあってね」
「………?」
「俺は人を傷つけることに慣れてないから、迎撃ができないんだ」
身につけた能力とは矛盾を見せつける穏やかすぎるその性格は、この現状打開することには向いてないようだ。
「猟師の家系で野生の生物なら仕留めれるけど、どうも人は傷つけることすら出来ないんだ」
それが普通の人の感覚だ。人を殺すなんて非日常だ。できてたまるものか。
「了解っす。じゃあなるべく対人の対処は僕がやるんで、魔獣とかはお願いしますわ」
「それなんだがヒバナくん。実はさっき逃げてきた時撃ち抜いたんだけど、どうやら魔獣を倒すとポイントが貰えるらしいんだ」
「え、まじか、なら殺し合う必要は無いんじゃないのか」
とはいえ、外はパニックで教える暇も広める手段もない。
ましてや、この場合の定石は高得点者を殺害してポイントを強奪するのが最速だろう。気づかれれば狙われる可能性が高い。
そして何より
「助ける義理もないしな」
70年前の拙いアノンなら無差別に救済しようとしただろうが、今は助ける理由もないし、状況と環境が違う。守るべき妹と、フィストがいる。
そして何より、子供に殺人の実感を与えたくない。実感を知ってるか否かで今後の選択が歪みかねないからだ。出来ることなら清らかな精神で育って欲しい。
「ハバリ、何があっても絶対手を出すなよ、逃げろよ。フィストもな!」
踵を返して静かに篭っていると、優れた聴力を持つハバリの耳がピクリと反応した瞬間、扉から飛び出すと同時に黒モヤの壁を作って塞ぎ、外から歩み寄る殺人鬼2人が反応するよりも早く、創造した漆黒の剣でその身を穿つ。まだシオンにはならない。シオンは再生の消費が激しいため温存しておくべきだ。ヒバナが剣を抜き力む体を立て続けに3度貫くと、返り血で真っ赤に染ったその身は力なく崩れ落ち、地に伏せ息絶える。一連の殺害に呆気を取られたもう1人は、その手に持ったハンドアックスを振りかざすが、黒剣が先に足を貫き、激痛の硬直に喉を穿たれ胸まで裂かれた。朽ちる命を尻目に、血の臭いに呼び寄せられた魔獣に黒剣を向ける。
「おー怖い。そのポイント頂くぞい」
長くしなやかに伸ばした黒モヤは剣からムチへ変わり、腹に光刃を生やして殺意を表す。一振のムチは容易く魔獣を両断し、鮮やかな臓物が溢れ出した。
「……!」
音もなく急降下する影に気づくのが遅れ、ダメージを受けいれたヒバナの頭上に降り注ぐは血の雨。真横に墜落する鳥型の魔獣。刹那に見えた弾道は子供のいる建屋の窓から。正確一撃無慈悲の魔光弾を放つは鬼人のトリノだ。
「いやー驚いた。さすがと言うべきか、トリノさんすごいすな」
「鳥を撃ち落とすのには慣れてるからね」
「おかげで助かりま⎯⎯⎯」
不意に首筋を貫く悪寒に振り向くと、遠くだか微かに視線を複数感じた。
見られていた。一連の動きを。
獣人、吸血鬼、妖精、妖魔、人間の各1人ずつ。
こんなにも多種族が参加していたとは、狭い所に大勢が密集しすぎて気づかなかった。
『ポイントが加算されました!』
「うわ、びっくりした!」
緊張に硬直する冷たい時間の中、突如目の前にモニターが現れ、例のポイントが表示された。
鳥型、犬型各一匹2p
人間各1人3p
合計33p
2人を討伐したことによって2人が稼いだ分も獲得したが、その2人はあれだけ返り血を浴びておいて大した人数やってなかったらしい。喜ばしい事ではあるが、なんと言うか、拍子抜けな気もする。
人を殺して落胆する自分に少し落ち込みながら、脅威に目を向けると皆その場からいなくなっていた。
いつ攻めてくるか分からない以上は皆から離れる訳にはいかない。
黒モヤで作った壁を通り抜け、合流を果たそうとすると。
中の光景に間髪入れず怒髪天へ達した。
「それ以上触れたら生き地獄を見せるぞ俗種が!!」
その怒鳴り声は少年ではなく、青年の成熟した声へ移り、敵意悪意害意殺意を前面に露出して威嚇する。
フィストを踏みつけ、トリノを弾き飛ばし、今気絶してるハバリに手をかけようとするところだったその者は、先程の視線の主である妖魔だ。
あまりにも早すぎる。どういう訳か、建屋のすぐ外で戦ってたヒバナよりも早くここに入って全員をノシている。入口を塞がれているにも関わらず。
異形のその身は人型とは呼び難く、背丈よりも長く広い腕は子供一人を飲み込める程に大きく、ドロドロに解けたような歪な頭部は妖魔という名前にふさわしく禍々しい。
どうやらヒバナを脅威とみなしてくれたらしく、ハバリに手をかける暇はなくヒバナに全意識を集中させた。
「ぶち殺す!」
怒りに踏みしめた右足から漆黒のカーペットを展開し、それは建屋の外枠から全てを覆う程に広がった。
侵食とも言える段取りは建屋内全てをヒバナの完全領域へと仕立て上げ、開始のゴングを待つことなく侵入者たる妖魔を串刺しに処した。
建屋と共に覆った3人は一纏めに囲い、部屋の隅へスライドさせ更に壁を設けて防護する。
四方八方から串刺しにされた妖魔は息絶えること叶わず、ドロドロと溶けるように槍からずり落ちた。
「気持ち悪いな。スライムか何かか?豚見てぇな面してよ」
轟音を響かせ壁を突き破って入って来た男は敵意を見せることなく横に並び、ゲルのように溶ける妖魔を一瞥し嘲笑した。
「うわ、まじでキモイな!!キモッ!!」
「獣人か。次から次へとなんで俺の所に集まるんかね」
獣の原型が強いルックスは紛うことなき獣人だ。
残る脅威はあと3人。便乗していつ現れてもおかしくない。
出来れば寝てる3人は近くで護りたいが、どうやらそうはさせてくれそうになく、より広い場所で殺らねば巻き込みかねない。
「なんでって、決まってるッショ!ここにいるヤツらは皆ここのバトルロワイヤルを醍醐味にしてんのヨ!」
バトルロワイヤルについて詳しく聞きたいが、妖魔が起き上がりそれどころではなくなった。先ずは場所を移してからだ。
壁を引っ張るイメージで空を引き、家の壁に無数の棘を生やして壁をスライドで寄せる。行き場を失った3人は谷底への移動を強要され揃って飛び降りる。
妖魔はベチャッと獣人はシュタッとヒバナはグチャっと各々の降り方を確立する。
「へぇ……今確実に足潰れたのにいつの間にか治ってる……おもれぇじゃん」
「おもろくねぇよ。ピンピンしやがって」
浅はかだった。勢い余って飛び降りたら思ったより高く、シオンでも着地の衝撃を消すことは出来ずに粉砕した。
「何でお前のとこにって言ってたけどヨ。そらぁ、皆お前と戦うと面白いと思ってるからじゃん?そいつはどうかは知らんけど」
ご馳走を前にした子供のように目を輝かせる獣人はヒバナしか目に入ってないようだ。こいつが狙う動機はわかったが、妖魔の動機は未だ不明かつ、意思疎通の可不可すら不明だ。
「ここの参加者……ってか、俺らはお前みたいな殺しになれてる奴と戦うのを楽しむために参加してんだ」
両手を広げ悠々と語る獣人だが、ヒバナの気は長くはなくそろそろ手が出そうだ。何より上の3人に気を配りかつ、野生動物に等しい予測不能な妖魔を警戒しなければならない。
「あ、言い忘れてたけど、逃げようとしても無駄だぜ?多分俺らが魔獣らを天井まで狩り尽くしたでよ」
「⎯⎯⎯!」
どうやら本当に逃げ道はないらしい。殺さぬ限りは。
「それと、早く脱出しないと、時間経過でマギの濃度がだんだん濃くなって中毒で死ぬぜ?」
「………!?」
恐らくその時間はルールにあった夜までだろう。それまでに脱出せねば皆死ぬ。
「ふー。」
「ほら、ここが1番楽しそうだと皆集まってきたぜ」
なんと言う重たい空気だろうか。
その場に降りてきた新たな影は2つ。1つは人間。そしてもう1つは吸血鬼。そして獣人が反応を示す先に妖精。
恐らくこの中で最も闘争を求めてる武人が全員揃ってしまったことによる重圧。素人でも分かるであろうドス黒い悪意と衝動は谷底に籠り、逃げ場を無くして5名とヒバナを包み込む。
1人でも仕留めることが出来ればおそらくは脱出が可能になるだろう。それを分かってはいるが5名は死ぬまで戦うと肌にビリビリと伝わってくる。また、この谷底はリングとなり、出ようもんなら死が訪れるだろう。ここを出たくば生き残れと。
「うし……!」
殺し合いを腹に決めたヒバナだが。
瞬間、その場の5人の視界が暗天に包まれた。
先手を取られた。気づいた時には遅い。
妖精の展開する沸騰し煮えたぎる巨大な水塊が目前まで迫り逃げるには手遅れだった。




