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七罪華〜傲慢の花〜  作者: 鰍
第1章 2Die6Life
50/60

1.23 深淵と猛毒

1.23



少女は幼くして幾度も死を要求された。

殺してくれと乞われても殺しはしなかった。

────否。殺せなかった。

どれだけ殺そうと体の形は本能が覚えている。死ねばたちまち作り直されまた拷問が始まる。しかしそれは彼女にとっても同じだった。


死ぬ事を知っている者。死ぬ事を恐れない者。死なないと理解するもの。そしてそれを上書きしてくるもの。

今までに何度もであった異形。知的生命体の心とはこれほどまで腐っているのか。何度も絶望した。

そして光に乞う。

光を拠り所にし、闇から目を逸らした。闇を見たら光を見ることで浄化することが出来きた。

しかし彼女はいつしか思うようになった。光の中はどんな色をしているのだろうか。

そんな浅はかで軽はずみな行動は自分を大きく変える出来事となった。


真の闇とは光だったのだ。光り輝くソレの中は何者も吸い込み、光も通さない深淵の闇。その闇は現実にフィードバックし、光を失った彼女の目は常に光を乞うようになった。

闇と光は表裏一体。真の闇とは光であった。

そして溢れる闇のなかでまた1つの腐った色を見つけた。


「オラァ!」


その男が勇むと当たりはピンク色に染まり、ピンク色の小道具が散らばるピンク色の部屋に包まれた。


「ここは……?」


「なに、どこにでもあるホテルだよ」


鞭を握りしめて迫るヒバナに手を払うと世界は虚無へと戻り、ヒバナの体に異常が現れる。


「ハウ……!?」


唐突に股を強打し痛みは再生で打ち消したいところだが、ここは精神世界。再生せずとも思い込みで打ち消すことが可能だ。

しかし、連続怒涛に襲う急所の激痛に想像が追いつかない。


「ハッ!」


ふとした思いつきは実行を可能にし、早々に痛みから逃げることが出来た。

間髪入れず次の創造を送ろうとするマンドレイクの思考を遮るべく、その身を四方から放たれる槍で串刺しにし遅延を図る。

死に至る痛みなど通用しないことは分かっている。だが、少しでも情報を与えることで時間を稼げるならやるに越したことはない。

ヒバナの創造により大量に押し寄せる鬼人たちは一直線に彼女に詰め寄りその身を引き裂いた。力の限り体をバラされ復活する度その身は裂かれる。しかし表情一つ変えずに殺され続ける彼女の一振で虚無に戻り。


「────貴方に闇あれ」


一声で虚無はヒバナに浸透した。


「あれ……そんな……嘘だ……こんなハズじゃ……俺は……俺は……」


突如慌てふためき、情けなく泣きわめくヒバナは虚空に怯える。


「トラウマを再現させました。…………ああ、それが貴方の闇なのですね」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


────お前は救えない。


「…………はっ!!」


覚醒と同時に飛び起き、怒鳴る心臓の鼓動の不快感を手で感じながら辺りを見渡す。

悪夢にうなされていたが、内容はもう思い出せない。


「おいおい大丈夫か?」


「…………!」


少しぼやける視界に映る獣人のシルエットを捉えると、視界は溢れる涙で混濁し、恋しくて恋しくてたまらなかったそのシルエットすらも見失ってしまう。


「おいおいどうしたんだよ!」


「…………うぐ……俺……俺……!」


しゃくり上げるアノンに近寄り背中をさすると、夢では無い確かな感触にアノンは飛びつくが。


「うわ何だ気持ちわりぃな!」


避けられて床に落下し、ぶつけた痛みに悲しみが薄れ冷静を取り戻す。


「どうしたってんだよ」


「いや、悪ぃ……よく覚えてないが最悪な夢を見てたのは違いない」


溢れる涙は再生でリセットし、意識を調整し直す。

引き気味に扉に後ずさる獣人の彼はフランコ。

短い間だが旅をして死線をくぐって寝食を共にしてきた相棒だ。


「何でだろう……まだフランコがいるのに、フランコがいなくなる怖さが胸に焼き付いている」


「気持ちわりぃな。まあ、夢の余韻だからそのうち冷めるだろ」


不快な感覚も再生で無にできるが、この感情は無くしたくない。何故だろうか、フランコがいつか消えてしまいそうなのが怖くて、胸の底から涙が溢れそうになる。


「ところで今目的とかあったっけ」


「目的?ねぇよ、休んだなら早く冒険行こうぜ!」


「そうか、冒険か……そういえばマルシィは?」


「あいつなら先に旅立ったよ。なんか運命の人を探しに行くとか」


「ハハ、アイツらしいわ」


元気そうで何よりだが、せめて最後に会っておきたかった。


「またどこかで、いや、すぐ会えるな。方向音痴だから」


「それもそうだな。ところでよ気になる場所があるんだが、今回はそこへ行かねぇか?」


地図はない。目的もない。あるのはロマンと相棒。


「オッケー、じゃあアズトさんに挨拶してくるわ」


扉を開けて下に降りようと踏み出すと意識が薄まり、圧倒的な眠気に負けて瞼をとじた


────。

──。



「…………あれ、ここは……?」


「どうしたんだよ」


気がつけば知らない場所。

手には地図を広げ現在地に指を置いてる。

ここは先程フランコが言ってた目的地。


「いや、さっきまでアズトさんのとこにいたような」


「いつの話をしてんだ?行くぞ」


そう言ってフランコは森へ進もうと、ヒバナの手を引こうとするが、何故だかヒバナの体がその先を拒否している。

否。ヒバナ自信が後ろへ引かれていたのだ。


薄れた意識を繋ぐように握られた手の感触に視線を送ると、小さく柔い少女の手がヒバナを掴んで離さない。


「お、マルシィじゃん!やっぱり早く会えると思ってたよ」


「………………」


何の反応も見せず沈黙を続けるマルシィを不思議がり、イタズラしようと両手を回してマルシィを抱き寄せた。


「…………!」


斬られるか煽られるかを予想していたが、それでもマルシィに反応はない。それどころか胸を伝う染み込む温かさに心の氷を解凍される気分に────。


「…………あれ……?」


頬を伝う涙に心当たりがない。いや、探したくないのだ。

忘れてしまっていた。理想を求めてしまっていた。思い出に縋りたくなってしまった。


「おい、そいつマルシィじゃないぞ!」


「ああ、確かに偽物だった…………」


「……ッチ!誰だマルシィになりすましやがって!」


「ああ……許せないよな……なあ、フランコ」


「ああ?…………あ……が……グ……」


マルシィを敵視するフランコの首を締め上げ、悶える姿に涙を流す姿は少年ではなく青年へと成長している。


「俺はお前が恋しいよ……でも、いつまでも過去に縋ってちゃ今を歩けねぇんだ。あと最後に1つ…………」


苦しむ獣人の姿は溶けるように剥がれ落ち、やがていつかの吸血鬼が現れた。


「俺のフランコを汚すんじゃねぇよ。殺すぞテロリスト…………!!!」


「が……グッ……」


先までとは打って変わり妙にリアルに苦しむ彼女だが、今のヒバナには気にする様子もなく、シオンの力で首を握り潰そうと力をゆっくり入れ始める。


「ク……カルメ家のバケモン一家め……いいでしょう。あなたに本物の深淵をお見せしましょう」


「ああ?」


意識が揺らぐと同時、刹那の間に膨大な量の情報量がヒバナを襲う。考察も理解も解読も追いつかない。情報に気づいた時には次が入ってくる。

窒息しそうになる情報の濁流に流されヒバナの意識はやがて白へ染まり始めた。


「母様こそ真の深淵……。母様に比べたら皆様眩しいくらいです」


思考が染まり、廃人へと落ちていく刹那、僅かに生まれた思考の余裕。解読可能な情報、既知の記憶。それらが重なった一瞬、ヒバナは思考するよりも早く、本能でその手の中の首を握りつぶした。


「…………ハッ!」


覚醒した意識は直ぐに視界の情報をかき集め、その手の中にある小さな温もりを視認した。

どうやら無意識に体が防衛反応で彼女の首を締めていたらしい。不思議とあっちの世界とリンクしていたようだ。


彼女の首は手の中で骨ごと潰れており、見る影もなく無残に苦痛に満ちた顔で転がっている。


「おに……ちゃん……」


よく分からないが、遠い昔聞いた気のする単語が頭の中で何度も往復している。しかし自分に兄などなく、そんな呼び方する相手もいない。


「はいお兄ちゃんですよ」


「…………誰?」


後ろから覗き込むように返事する長身の男は、シオンを見下しながら気だるそうに頭を搔く。


「ん、ああ、お兄ちゃんだ」


振り向き改めて見てみると、その男も同様に色白く、漆黒の衣を纏う姿はまさしく強欲の吸血鬼が1人。


「妹の仇討ちか?」


「ん〜、ああ、まぁ、そんな感じだな」


強欲の子供たちは皆兄弟思いが強いようだが、この男からは怒りを感じつつも、ヒバナに向けるものでは無いようにも感じる。ではいったい、この状況で誰に向けるのだろうか。

いや、兄弟思いなら何故見捨てた。戦った痕跡が無い当たり足止めもされてないようだが、何故殺されゆく妹を見殺しにし、死んでから現れたのか。


「俺たちは死にゆく命だ。消しゴムのように消耗されて死んでいく。だから俺たち兄弟は硬い絆で結束されてるんだが、今回は俺たちが消しゴムだったらしい。お前に怒りを覚えたりなんてしないさ」



「…………じゃあなんで皆俺を付け狙うの?」


「それは……まあ口止められてないしいいか。命令だよ。俺達は子供だが組織の幹部だ。命令は絶対であり、そこに理由は問わない」


ヒバナの座ってた椅子にだるそうに深く腰を掛け、膝に肘を乗せて話を続ける。


「俺は今からお前を殺すが、冥土からの土産だ。タバコ吸いきるまでなら答えれる質問なら全て答えてやる」


「見た目の割に良い奴じゃん」


何を考えているのか分からないが、足を伸ばしてタバコを吸引するあたりダルそうなのは伝わる。


「強欲の子供でまだ生きてるのって何人いるの?」


「おっと、いきなりで悪いが、ウチの兄妹に関する事は言えねぇんだ。他にしてくれ」


兄弟ネタは無理らしい。


「じゃあオタクの親御さんの殺し方知ってる?」


「それならいいぜ、だがそれは最後だ。他」


こいつは果たして答える気はあるのだろうか。


「お前らがいつか起こす大きい計画全部教えて」


「ッフー……。ああ、詳しくは知らないが大まかに言うと3つある。1つは聖戦。1つは秋国の倒壊。1つはレッドパンダVS世界らしい。……スぅー……ハァー」


「…………ええ!?ちょい待って!?」


聖戦はよく分からず、秋国の倒壊は自ずと訪れるが、仕組まれているとは。そして最後に虹と世界の戦争とは一体なんなのか。それが聖戦ではないのなら一体聖戦とはなんなのか、それと虹がいくら単体で国並みに強いと言えど、世界を相手にする理由が分からない。全部詳しく聞きたいが、恐らく何も知らされてないだろう。


「っフー……。吸い終わるが質問はもういいのか?」


「ああ、ありがとう」


「じゃあ最後に持ってきたが、うちのボスの殺し方だが、吸血鬼の入った結晶をぶち壊す。それだけだ。お前ならできるだろ」


「…………!それってグリードラクリマとか呼ばれてる?」


「あー、確かそんな感じだったと思う。あれは並大抵どころかどんな攻撃だろうと効かない。加えあれはあれこそが強欲の本体。実際はマギの貯蔵タンクだが、そのキャパは核並の魔法を1日十個使っても人の一生で使い切ることは不可能な上、貯蔵がある限り何度殺しても蘇る。簡単に言うなら無限の核パワーを持った無敵ゾンビだ」


「接敵するならそれを狙わないと絶対に勝てないってか。でもそんな重要なものどこに匿ってるんだ?守りも硬いだろうに」


「それなんだが、あそこの周辺はマギの濃度が濃すぎて近づけば気分が悪くなる。耐性のある俺らでも最悪死に至る。聞きなれないだろうが例えるならガスと一緒だ。少量なら問題ないが、充満すれば中毒になる。それがマギにもあるって事だ」


「なるほど。近づく前に中毒になる恐れがあるのか……」


一息吸う前に近づけるほどの距離なのだろうか。室内に置かれていたら再生飛行の速攻も難しい。どうするか。


「さて、そろそろ始めるか」


「おうよ。ありがとな」


とりあえず今は目の前の男に……。


「そうだ、名前聞いてなかったな」


「なんでもいいさ。死ねば分からない。そうだな、ダチュラでいい」


「ダチュラか。よし、じゃあダチュラ」


黒もやの鞭を指の股から展開し、光刃を先端に生やすと臨戦態勢に入る。


「行く……ぞ……ォ……」


勇むヒバナの声は突如脱力し、膝を折って地に手を付けた。


「……クッ」


瞬時に再生し、状態異常を消すも立て続けに脳震盪のような感覚が五感を狂わせる。揺れる視界に僅かに写ったダチュラはナイフを持っているように見えた。


「これは……やばい……!!」


出会ったことの無い強さに道筋も見えず翻弄され、動けないところに刃を刺しこまれ絶望を覚える。


「グボォエ……!!」


脳震盪による嗚咽に血反吐が重なり吐血が止まらない。

おそらく刃に盛られた毒の影響だろう。

シオンになった為使える再生も減っている。攻略法が見えないうちは再生を容易には行えない。受けることは慣れている、今はダメージを受け入れ思考を優先するべきだ。


「…………ッ!!」


気持ち悪い。痛い。辛い。熱い。


「悪いな。俺には力がないから楽に殺してやることが出来ない」


何か突破口は────。


「ぼぶ……」


刃渡りは短かったが、トドメを指すべく刺された凶刃はヒバナの心臓に穴を開け、毒を巡らせた。



────あ……死ぬ

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