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七罪華〜傲慢の花〜  作者: 鰍
第1章 2Die6Life
44/60

1.17 御神体

1.17




夢の中で激しい恋に落ちた。

夢に出た少女のことは知らない。夢の中では知っていたのだが、目が覚めると顔だけが思い出せなくなる。だが、彼女のシンボルと言える銀髪は鮮明に思い出せる。彼女は別れ際に柔い唇を重ねて頬を赤らめた。同じく頬赤らめ俯いた自分は、彼女が悲しさを堪えて赤く染まってることに遅れて気がついた。気づけば彼女は遠くに。手を伸ばしても声を張っても悲しい顔をした彼女に届かなかった。


同じ夢の中でまた恋に落ちた。

夢とは勝手なものだ。感情や記憶をコントロールするかのように先の彼女のことは何も感じずにまた別の少女に恋心を抱いてしまった。

彼女もまた顔が思い出せないがあの青い髪はよく知っている。彼女は最後に嬉しそうに、そして悲しそうにも微笑み光に包まれ消えてしまった。


目が覚めると顔を思い出せない2人だが、確かに言えるのは。

僕は2人を心から愛してしまっている。




ーーーーーーーーーーー




「ヒバナ。解放するが、悪けりゃ戦闘になる」


町の外の荒野にて。

ここは街壁の外で、魔物や野生の獣が現れるため一般人は出歩かない場所だ。

なぜそんな所にいるかと言うと。


「やってくれ」


以前封印した水族館の吸血鬼を解放するためだ。


なんの意味があるか分からない地面に描かれた魔法陣は発光し始め、中心の布袋に光が収束する。

光は大きく膨れ上がり人のシルエットをゆっくり生成していき、形が出来上がると次は色と絵を描くように吸血鬼が作られる。

やがて光が収まると魔法陣の中心には吸血鬼が仰向けに寝ており、ゆっくりと瞼が開かれる。


「…………」


起き上がりこちらを見つめて黙り。敵か味方かさっぱり分からない。


「…………ッ!」


鈍感ながらも僅かに感じた魔力反応。神太郎はヒバナが感知するより先に吸血鬼を抑えていた。


「お前はどっちだ」


「グルルアウアアア」


抑えられた吸血鬼は獣のごとく吠え、背中に乗る一回り大きい神太郎の体をも揺らし必死の抵抗を見せる姿はまるで野生だ。


「失敗か…………」


神太郎は何やらボソリと呟き、惜しそうに眉をひそめた。


「過去に戻されたあいつに今のデータを学習させたら元に戻ると思っていたが、ダメみたいだ。2つの人格が互いを破壊し崩壊した今、こいつは獣同然。ここで息の根を止めるしか……」


「…………」


何となく胡散臭い神太郎を疑う暇はなく、ヒバナは対処を考えていると、神太郎が何やら胡散臭いセリフを吐いてディスクを取り出した。

溶けるように後頭部に埋まるディスクはヒバナに既視感を与えながら獣を鎮静させていく。

やがては落ち着き、意識を失った獣は穏やかに眠っているようだ。


「…………神太郎」


「こいつの自我をひとつにした。次起きた時こいつは過去の事は忘れてしまうが、獣にはならないだろう」


「なんでお前がそれを」


「ディスクの事か?それは───」


神太郎の言葉を遮るように突如煙が二人の間に割り込んだ。

煙の跡を追って発射位置を見るが、既に煙が広がっており敵の姿は見えなかった。

魔法ではなく道具を使うことから人間だと思われるが、人間だとしたら目的はなんだろうか。


「…………」


いつも通り死んだような真顔のままの神太郎は、眠る吸血鬼を再び布袋に封印した。


「さて、どこの誰だか知らんがたんまり吐いてもらいますかい」


黒繭を作りシオンになると髪を抜いて煙の川を再生飛行で渡り、発射地点まで着くと上空に躍り出た。


「1234……7人か。あれは吸血鬼か」


音なく上空に浮遊するヒバナに気づかない吸血鬼は、手に魔法陣を生成し上空に掲げると光の矢が放たれ、煙幕に包まれた一帯に降り注ぐ。


続いて第2波を生成する吸血鬼の首を刃折れの刀で切り裂くと、人一人分の火球がヒバナの左腕に直撃する。間一髪黒モヤで直接ダメージは避けれたものの、立て続けに魔術が放たれ岩陰に身を潜らせた。

ゆっくり岩の両サイドから挟むように詰め寄る吸血鬼の足音を聞きながら刀に髪を括ると、飛び出して近くの吸血鬼に投げつけた。


刃折れながらも鋭く投げ飛ばされた刀は吸血鬼の胸を深深と抉り命を刈り取った。弧を描くように吸血鬼たちの周りを走るヒバナは、魔法による遠距離攻撃を避けながら刀の刺さった死体に手を伸ばす。

そして死体とヒバナを結ぶ線上に吸血鬼が重なった瞬間、その吸血鬼の胸を刃折れの刀が穿いた。


「……あっ……」


穿かれた刀は止まることなく元の戻るべき場所へ突き進んだ。あまりの速さに制御しきれずヒバナの頭に突き刺さった。


激痛と強烈な衝撃と脳に深刻なダメージを受け、意識が今にも飛びそうになるが、ここで意識を失って自動再生をすれば刺さった部分が消滅し刃折れの刀がさらに短くなってしまうため、何とか根性を振り絞るしかない。


「あ……が……グッッ……!!」


朦朧とするなか頭の刀を引き抜こうとするが、思ったより抜けないのと激痛に苦戦する。

そんなヒバナの隙を逃がすまいと2人は神太郎に飛ばす光の矢を生成し、一人はヒバナが逃げた時用に火球を生成し、一人は確実なトドメを刺すために頭の刀を握った。


「抜きたいなら抜いてやるよ」


頭を踏みつけ刀をノコギリで切るようにように抜き差しし、ヒバナの脳内をぐちゃぐちゃに刻んだ。

仲間を殺された憎しみをぶつけ、痛ましい遺体を背に、刃折れの刀を投げ捨て神太郎に魔法を生成する。


先行した2人が準備を終え、発動の合図を後ろの2人に委ねようと振り向くと、そこには見慣れた格好をした首のちぎれた遺体が2つあるのみ。

咄嗟に狙いを背後に変更し自衛に入るが、かざした手が無いことに気づいた時には意識は遠のきどうでも良くなってしまった。


「…………ふう……。────なんで俺一人なの?」


どうも納得のいかないヒバナは、頭に刀が刺さる直前辺りからの疑問を後ろからゆっくり歩いてきた神太郎にぶつけた。

光の矢を受けたのか腕からはかなりの出血をしている。


「お前なら勝てると思ったからだよ」


「敵が刀を抜いてくれなかったら武器を失って俺一人じゃ勝てなかったぞ」


「でも勝てただろ?」


結果論を押し付ける神太郎に苛立ちを覚えるが、今は仲間割れをしているときではない。


「こいつらは何の目的で俺らを襲ったんだ……」


「単に襲いたかったんじゃないのか」


らしくない雑な考察に胡散臭さを感じ、先程からの言動によって神太郎に対する評価が最悪になりつつある。

今日はいったいどうしたのだろうか。


「殺っちまったから目的もわからんなぁ」


「…………なんだ……もう終わっちまったのか。戦闘の音が聞こえたから駆けつけたのに」


音もなく現れたその声にヒバナと神太郎は、身を跳ねさせ距離を置いた。


「…………」


容姿からして鬼人だろうか。

鬼人。種族の能力に修正が入ってから能力が人と変わりない種族。鍛えればどんな種族もどんな種族よりも強くなれるポテンシャルを秘めているが、目の前のこの鬼は違う。

素人目でもわかる完全完璧の天才。努力したような肉体は持たず、生まれつき締まった肉体。そして溢れんばかりのオーラ。目に見えない何かをヒリヒリ本能に感じさせ、周囲をひれ伏させる程の圧を放っている。


「そんなに怯えるなよ。俺は敵じゃない。味方でもないけどな」


「…………なんてこった」


中身を覗いたのか神太郎の顔がいつにも増して青ざめる。


「こいつは御三家血統種の統領……」


「……え、なにそれ……」


初めて聞いた単語に困惑を示しながら、目の前の鬼を見続ける。


「鬼人って種族は血筋の長さで強さが変わるんだ。その中で長い歴史を持つ御三家の1つって訳だ。特にこいつは…………」


「こいつって、俺の事知ってんだろ?神聖さんよ」


気がつけば神太郎の背中にもたれ掛かり耳元で舐めるように妖艶に囁いた。

動体視力に自身のあるヒバナでも、この鬼人の移動が1歩も見えなかった。まるでワープをしたかのようだ。


「さっきは敵じゃないって言ったが、やっぱり俺はお前の敵だ」


「んな……」


ヒバナは驚くと同時に反射的に二人の間に割り込んだ。

何となくだが自分には敵意はなく、神太郎のみにヘイトが向いているような気がした。


神太郎を守るように立ちはだかったが、気づけば男の姿は後ろに位置し、神太郎は骨の折れる音と共に近くの木に叩きつけられていた。


「………カッ……ハ……」


「邪魔するなよ。君には敵意はない。それに、邪魔したところで俺には何の影響もない」


「それでも!」


このまま何もしなくては神太郎が殺される。しかし抵抗しようにも自分も神太郎も鬼人の動きを捉えれない。


「ぜェ……はァ……ヒバナ……諦めろ。こいつは……御三家の三眼の中でも異質中の異質…………」


腹を抑えながら気を背に抵抗を諦めた様子の神太郎は、割って入ろうとするヒバナを止めた。多くの骨が砕け息するのも苦痛だが、説明しなければヒバナはこの状況を理解できないだろう。


「三眼の一族は本来3つの特異な目のうち1つを授かる。ごく稀に2つ目を宿すものもいるらしい。中でもひとつでもふたつでもそれがあるだけでそいつの力が種族を超越する目がさらに稀に出現する。それが神眼」


「神眼……」


「それは生まれつきの能力が竜人に匹敵し、ロウソク1つ分の火で山を一瞬で全て燃やせるほどのマギの濃さ。さらに能力の底上げでは飽き足らず、脅威の認識と分析がその神眼ひとつで可能なチートを持ってるのがこいつだ」


「偉く元気に喋れるじゃねぇか」


そう言いながら神太郎に多くしゃべらし、今も待ってくれているようだ。恐らく神太郎にヒバナを説得させ無駄な抵抗をさせまいとしているのだろう。


「あと二つの心眼と真眼こいつらはただ目がいいって感じだ。心眼は障害の有無関係なしに対象の位置を完全把握でき、真眼は真の姿を写す。幻術やを無効化する」


「…………」


自分の情報を口外されても問題ないという慢心なのか、鬼人は神太郎に殺気を向けながら黙って聞くばかりだ。その慢心も神眼という圧倒的な力あってこそだろう。


「こいつはその3つを所有する、文字通り三眼の持ち主だ」


「…………は……?」


ごく稀で2つなのに対して、この鬼人。神眼を持った上に他二つも所有しているとなると。


「この先何千年後に世界が終わっても出現することはないに等しい程の確率だ」


確率は今はどうでもいい。三眼全ての力を発揮出来ると言うだけで現状の絶望は変わらない。


「これでよく分かったか……?お前がどれだけ俺の邪魔をしようが、そよ風だ。諦めな」


「…………1つ聞かせて欲しい。何故敵が神太郎だけなんだ」


神眼が脅威と捉えたのだろうが、その定義が分からない。確かに胡散臭いが、こんな化け物の脅威には到底及ばない腕だろう。


「この目は何も俺の脅威を見てるんじゃねぇ。世界の脅威だ」


「世界……?」


何やらスケールの桁違いな脅威だったようだ。


「こいつが生きている限り厄災はいずれ訪れる」


「厄災……」



人の中が見れる神太郎が否定しないということは、事実なのだろう。本当に神太郎が厄災をもたらしたら、その時自分はどうする。自分にも周りにも不幸が訪れるかもしれない。しかし仲間だ。見殺しにできないし殺させたくない。


「もういいか?信じようが信じまいが、今から殺す。遺言はあるか」


「お前らの捜し物を知ってる」


「ハッ……馬鹿馬鹿しい……お前が奪った心聴は返ったところで元には戻らん」


「シンチョウ……」


神太郎が御三家から何かを奪ったのだろうか。確かに神太郎はそれを臭わせるような能力を複数持っていて、認めざるを得ない。


「いいや……真言だ」


「…………」


リアクションをとる様子のない鬼人の眉が微かに動いたのをヒバナは見逃さなかった。

御三家にとっての重要なことなのだろうが、今のところ何がどういう能力なのかさっぱり理解出来ていない。


「どうでもいい」


ため息をつくように手のひらから放たれた閃光は、容易く神太郎の胸を穿ち、その命を消灯させる。


「────ッッ!!」


声にならない音が喉を駆け巡り、逃げ場を失ったエネルギーは拳に集中され、その拳からは黒いモヤとなって鬼人を襲う。

人鬼の象徴である黒モヤは複数本飛び出し流体の如く、不規則に荒れ狂い正面の障害物全てに牙を剥く。


「ハッ……おもしれぇ体質してんじゃねぇか」


闇より深い深紅の瞳がヒバナを写し、歪なその身をせせら笑う。

怒りに我を忘れたヒバナは、使い方も知らないこの伸びた黒モヤを本能がまま暴走させる。


「まあ一旦落ち着……ッけ」


一瞬で懐に潜った鬼人は、ヒバナが胸を抉られたかと錯覚するほどに鋭く重たい蹴りを浴びせ、地面に叩きつけ2重の衝撃を与える。


「カッ……は……」


鬼人はヒバナが死なないという事は知らないが、何となくそんな予感がし、致命傷を与えた。前面の骨は砕け痛みに力は入らないだろう。


鈍い痛みに意識を揺らされ、黒モヤは溶けて消えてゆく。

再生すれば痛みもダメージも無くなり再度反撃できると理解はしているが、それ以上に再生したらこの憤りまでなくなってしまうのではないかという不安が堰き止めてくる。

ヒバナは痛みに悶えながら地を這い神太郎に詰め寄り、心から絞られた情けない声を昼間の空に漏らした。


「神太郎…………」


心臓を失い生気の消えた神聖を背に、鬼人は鼻を鳴らして消え去った。



────。

──。


「…………!。────シンさん……」


離れの町のカフェでバイトするマキモの脳裏を、不意に神太郎が横切り思考を奪われてしまう。


「そうだ!帰りに抹茶アイス買って一緒に食べよー!」


マキモは元気だ。父神太郎の死を知らずに、今日も父を思う。

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