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七罪華〜傲慢の花〜  作者: 鰍
第1章 2Die6Life
40/60

1.13皆歳上に見えるけど実は全員年下

いつも通り冒頭はスピンオフです。

スピンオフの最初は1.4話水族館へ行こう!(後)からです。

本編より本編してますが、スピンオフはもう少しで終わります。


1.13




ありえない。

なぜ。誰よりも国の為に戦ったアイビーさんが裏切るなんて。

しかし国の腕となるアイビーさんを意味もなく処分すると思えない。


もしも仮にアイビーさんにその気がなく王の独断だとしたら。私と同じ、戦人形。


「────!」


親近感が古い記憶を呼び戻し、カルメという名の家を思い出した。

カルメ家。現王政前に王家に仕えていた貴族だそうな。

現王政になるといつからか黒かった頭が青くなり、瞳は燃えるような紅に染まったらしい。

青い髪のアイビーさんがカルメ家だとしたら。


「…………!」


「ちょうどいいところに。アーサー様。団員の方から体調不良との知らせを受けたので診断させていただきますが、よろしいですね?」


考え事に夢中で横の宰相に気づかずアーサーは肩を跳ねさせた。

体調不良。最近多い息切れの事だろうか。

王城に行ったついでにいい医者に見てもらえとクロッカスが言ったのだろう。


「大丈夫です。お願いします」



────。

──。


「結果から申しますと、喘息です。分かりやすくいうな。気管支が狭まって呼吸をしづらくしてます。運動をするとなったりすることもあるみたいです。また、その原因となるものか少し特殊で、アーサー様。本来人間が使えないはずのマギが微量に使えるみたいですね。あなたが他種族を豆腐のように刻んできたのは剣にマギを纏わせてたからみたいです。そのマギを使用できるようになった特異体質の反動に体が耐えきれずに、喘息といった副作用をもたらしたみたいです」


「…………ほう」


「あ、理解してないですね。まあいいです。お大事になさってください」


宰相と別れるとアーサーはアイビーを知るために過去の報告書を漁った。

団ごとに保存されている報告書だが、所属のないアイビーは特別枠で団と同様に保存されていた。


「初陣は……8歳の頃」


隣国である緋国の南南西の端にある小さな村を吸血鬼が襲い、報告を受けアイビーが駆けつけた時には村は壊滅後。残って死骸を弄んでいた吸血鬼3体をわずか7歳のアイビーが一人で片付けたそうだ。

その村には一人、運良く外出で生き延びた村人がいたそうだが、現場を前にショック死したらしい。


8歳で他種族を屠る少女は当然、齢など見ぬ振りして幾度も死地へ投げられた。


彼女は作戦参加の可否の権利を得ても尚使用することはなく全ての戦場へ行ったそうな。


しばらく読み進めたが、裏切りへの動悸は見当たらない。愚王に嫌気が差したとかだろうか。


最後に彼女のデータを覗きフルネームを見ると。


「アイビー・ゴア・カルメ…………!」


アーサーの家系を辿ればその血は元は王出会ったが、許されない過ち犯したことにより、現在の王の祖先が起こした反乱により首が取られ、国は秋国になった。


王の首1つで血は生かされたが罪は消えることはなく、王族は子々孫々背負う処分が下された。

それは強制徴兵令であった。その血を生かす代わりに血が絶えるまで元王族は国に血を捧げるよう義務付けられた。


そして王族ではないが、元王族の1番の忠臣であり最後まで共に戦ったカルメ家にも似たことをさせてるらしい。

詳しくは知らないが徴兵ではないというのは確かだ。


私は、彼女の敵になんてなれない。


しかしもう後へ引けないし、私も死ぬ訳にはいかない。いっそ死んだことにしてクロッカスと駆け落ちでもしようかしら。

アイビーさんは絶対に殺らせない。


────。

──。


作戦当日。

部隊はアイビーの護衛と奇襲組の2班に分けられた。

奇襲組に気を取られたところを護衛組が首をとるそう。


「ターゲットは鬼狩りだと思っているらしい。まさか鬼じゃなくて聖騎士狩りなんて思ってもいなかっただろうね」


「そうね」


アイビーさんを油断させた時を攻めるなら、こちらも作戦に乗って油断した背中を刺すしかない。

相手は手練のみ。正面なら行けば勝ち目は確実にない。


「まあ、鬼狩りは本当にあって暗殺後やるらしいぜ。鬼狩りの後ろに聖騎士狩り。またその後ろにまた別の任務なんて、背中を見てるつもりが背中見られてるなんて恐ろしい作戦だよね」


不意の寒気に腰の剣に手を添えると、隣で話してた第6の団長はキョトンとした顔で不思議そうに見ていた。


「私、その作戦聞いてないのだけど」


添えた手は置いたままに、周り全てを敵として捉える。


「ああ、そうか、君が10の長なのか。通りでその反応をする訳だ。そうかそうか、君は本当にその気なのか」


「────ッ!」


不意打ちなんて待たずにアーサーは剣を抜くが。


「ねぇ、どうしてそっちにつくの?」


他団長でも捉えることが困難なアーサーの剣を、抜く前に抑えた第6の団長は目を細めて怒り混じりに問うてきた。


体を捻り回転しながら下がると後ろに第7、5、2とその副団長が剣を抜き自分に振り上げていた。

落ちてくる剣は触れずとも分かる重量感を帯び、アーサーは回転を止めずに4つの刃を全ていなす。


水のように地を流れるアーサーを、回り込んだ6の団長が弾き宙へ浮き出された。

すかさず凶器がアーサーを襲うが、増した回転で剣を弾き、横でよろめく首を蹴り飛ばす。


「攻守の一体化……見事……!だけど悲しいよ。君がそっちにつくなんて」


「…………ッッー」


蹴り飛ばした足を掴み軽々と振り上げる手に刃を振るが、届く前に振り下ろされ無防備になった頭部に地面を叩きつけた。

全身に伝わる衝撃と激痛に意識を奪われ地を転がるが、0.5秒と短い時間で復帰し剣を取ると目の前に迫る刃を皮一枚で避け、横を通過するグリップを許さずガードごと削ぎ落とす。

続けて鉄を裂く刃に怯む足を刻み、痛みに苦しむ喉をいた。


続けて襲う刃をいなしながらガードごと指を刎ねようとするがそれをいなされ距離をとった。


「鉄も副団長の首も斬るなんて驚くほど強いね。けど聞いてるよ。君、長くは持たないでしょ」


「………………」


眉ひとつ動かさずにポーカーフェイスを貫くアーサーを、後ろから迫った第2の団長が一閃を見せつけた。

虚しく弧を描く刃は逃げる少女を追うように鋭角な刃閃を投げ飛ばしす。

リーチを超えて飛ぶ刃に不意を刺され肩を抉られたアーサーを、後ろから振りかざされた無慈悲な刃が襲い回避不可のその身に刃を叩きつけた。

間一髪全力のスイングでいなしたことにより、剣は顔の横を通過し地面を割いた。


だが。


「お疲れ様。もうヘトヘトでしょ」


「ハァ……ぜェ……」


タイムリミットが来てしまった。

呼吸を邪魔する喘息に体力を奪われ、アーサーは迫るブーツに対応出来ず剣を飛ばされ、生まれた隙に男が四肢を抑えた。


抵抗する力も出せず非力に暴れるが、叶うはずもなく虚しく敗北を受け入れた。


「2の長さん。殺られたのはあなたの部下だ。後始末は任せたよ」


第6団長は先へ進みアーサーに振り向くことなくアイビーを追った。


疲れきった第7と第5の団長は地面に身を預けて寝始めた。


「終わったら呼んでくれ。ダメだ本番前に疲れた寝る」


装備を外し爆速で眠りに落ちた団長達を横に第2も装備を外し、ズボンを脱いだ。


「よう嬢ちゃん。この作戦は全てが極秘で、起こった事は全て偽りの事実に塗り替えられるらしい。つまりこの作戦の関係者の俺達には人権や人道なんて関係ないんだ。何をしても、ひとつの事実になっちまう」


「ぜェ……ぜェ……!」


早く……。呼吸を整えなければ……!


「嬢ちゃん強いなぁ……もう戦いたくないよ」


────

────

────

────

────

────。




「────ッッ!?!?!?ッッッッアッッ」


華奢な片足を躊躇いなく折られ悲痛に悶えるアーサーを、張本人は憐れむ目で見下ろした。


「俺達にルールなんてねぇ。あったとしても、嬢ちゃんは殺人の罪があるねぇ。俺達にもついちゃうか。でもいくら重ねてもルールなんてないから、ここで君を犯しちゃっても、俺はなんの罪にもならない。全て鬼の所業になるのさ。どうだい、理解しただろう。嬢ちゃんはアイビーの味方をすることがバレた時にもう人権は失われたんだよ」


「……ぜェ……嫌……ッ……!」


するりと落ちる男の下着の裏からでてきた凶器にアーサーは抵抗し暴れるが、首を絞められ意識が薄れていく。


結婚、してみたかったな。あの菊が一面に咲いたクロッカスとの出会いの場所で式をあげて。クロッカス、好きだよ愛してる。

愛してる。クロッカス────。



嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌。クロッカス、クロッカス。嫌、嫌だ!



自分の中の何かが弾けるような感覚がアーサーの全身に響くと、抵抗がなくなり大人しくなってしまった。


「なんだ?諦めたのか?俺は無理矢理でもどっちでも良かったがその気ならいいさ。…………入らないな。普段男と寝てんのに初めてだったか?…………ん、なんだ、中から黒いものが………………ヴッ」


穢れなきその身を穢そうとする醜穢を断ち、紅に染まるその身を上から黒で塗りつぶし、原型を捨て去った。


彼の言うとおり、もう彼女に人権はなく。ましてや人型すら失われていた。


「おや、人鬼になったか。まだ疲れてるが、やるしかねぇなぁ」


重たい体を起こし2人の団長は剣をとって緩みない警戒を目の前の鬼に向ける。

歪に発達した右手は手先が折れたまま薄く伸び、巨大な剣にも見えるそれは剣を磨き続け進化をし続けた彼女を体現しているようだ。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオォォォ」


若く高い女声は消え去り獣の如き猛々しい咆哮が2人の鼓膜を刺激した。

叫び終えると右腕を振り上げ、雑草を刈るが如く横に薙ぐとガードを貫通して2人の団長を両断した。

人鬼とはいえ、元は彼女だ。人技でない剣の切れ味に人鬼の腕力が加わり、もはや団長クラスですら難しい獲物に成り果てた。


静かな一帯に飽きた鬼は、遠くから感じるプレッシャー目掛けて走り出す。走り続けているとだんだんプレッシャーは強くなり、やがてそれは目の前に現れた。


よくある人鬼とは少し異なる容姿だ。

獣毛のように硬く伸びた髪は腰まで達し、腕は黒く染まれど細く人型を保ちその手には刃こぼれの酷い刀が握られている。


「オオオオオアアアアアア」


黒い怪物は目の前の小柄な鬼に咆哮を浴びせると、戦闘本能のみを剥き出した。

太く発達した腕は鬼の胴より太く、それを問答無用で目の前の鬼に振りかざす。

鬼は真っ直ぐ見つめたまま動こうとしない。その目に怪物は映ってるのかは定かではないが、今鬼の脳裏に微塵も怪物など存在しないのは確かだ。

感情も思考もない人鬼は本能に従い、目の前の強者に全力を振る舞うが。


鬼を斬ることは叶わずに気づけば寝ていた。


感情もなく朽ちる心身に鬼は目もくれず歩き出した。


「ヨワ……ヲ…………イ…ツ…キヲ…………ラウ…………」


鬼は謎の唸り声を残し、通り雨と共に去っていった。

雨が上がると虚しさに苛まれ、水たまりに映った自分を眺めて涙した。

全身の黒モヤが少しずつ剥がれ落ち、異形から人の姿に戻り始めた時、目の前に子供が現れた。自分のように虚しさに泣きじゃくる子供が目の前に。


「人鬼発見!」


騎士達がそう叫ぶと子どもの姿は霧のように消え去った。

自分を討伐しに来たアイビー率いる団長達が剣を抜くと、鬼もまた黒モヤを纏って腰の刀を抜いた。


抜くと同時に放った一閃で騎士達の首を落とさずして両断し、一人防いだアイビーを残して屠り去った。


その後の決着は早く、そこに鬼はおろか聖騎士も在らず。いるのは悲しい面の2人の子供だった。



────。

──。





「ぁぁぁぁ…………ァァァァァァァァ」


寮で一人アーサーの帰りを待っていたクロッカスは、彼女の訃報を受けいつか覚えた絶望を思い出した。


いつも自分はそこに居ない。

居たら何か出来たかもしれないのに、いつだって自分は何も知らずにのうのうと生きている。もう嫌だ。前世でも現世でも来世でも、この地獄を見るくらいなら生まれない方が良かった。生きることがこんなにも辛いなんて。


「もういい。残りの命全て捨てて0にしよう」


フラフラと外へ出て無心で歩き行き着いた場所は。


「黄色い花…………菊……ァァァァ……ァァァァァァ」


思い出深い地に胸を抉られ、呼吸困難に陥って意識が薄れた時。


「お気を確かに」


スーと全身に酸素が巡り意識が戻る時、自分の体が支えられてることに気づいた。


「………………」


どうやら宰相が支えてくれるらしい。わざわざこんなところまで出向いて。しなし礼なんて言うつもりは無い。人間関係なんて今更どうでもいい事だ。死ねば何も残らない。そう、早く死んでしまえば地獄から解放される。


「アーサー様の仇を討ちませんか」


前世でなかった復讐というまたとないチャンス。したところでアーサーは帰ってこない。しかし、どちらも帰ってこないなら。


クロッカスは胃液まみれの顎を上げて肯定を示すと、宰相は悲しみとも憎しみとも違う負の表情で口を開いた。


「仇は、あなたも知る聖騎士アイビーです」





ーーーー以下本編ーーーー



「アセム……!?」


汗の蒸発で湯気を纏うインパの前に立ちはだかるアセムは、ヒバナに振り向きながら親指を立てた。


「もうお前への執着は晴れた。こんなにいい男がいるからなァ」


「ほう、骨のあるやつが来たと思ったら、筋骨隆々な奴が来たものだな」


拳を納めアセムの体に関心を向けるインパからヒバナはキユリを連れて即座に距離を置いた。


「ヒバナ君の知り合いですか?」


「うーん……知り合い……というより、、、地元民?」


「他人ですね」


しかしアセムが強いのは以前負けた時に深く実感した。

シオンの全速力全開全力の一撃を初見で弾くほどの戦闘へのセンス。そして見るからに強靭な肉体。

アセムならもしかしたらインパルスにも勝てるか引き分けるか。


「今のうちに何とかタイヤ直せないかな」


「輪止めならもうとったよ」


戦いに夢中で気が付かなかったとかではなく、いつやったのだろうか。あまりにも早すぎて石を蹴るような作業だったのかと思えてくる。

てか始終携帯触ってなかったか。


「用済んだならいくぞ」


置いてくぞと言わんばかりに運転を始めたバーラの車に乗り込み、アセムを1人残してその場から去った。

アセム大丈夫だろうか。殺されはしないだろうけど、一人残すのには抵抗がある。


「バーラは戦わないの?」


「…………」


沈黙。言えない事のような反応には見えないが、なぜ黙るのだろう。


「あーと、なんて言えばいいのか。簡単に言うなら俺は工作員だからな。戦闘向きじゃないんだ、自衛の心得があるくらい」


なるほど、確かに戦闘員だけではこういった任務は難しいか。工作員だからタイヤのやつも簡単に解除出来たのだろう。


「昔魔法使ってたからバーラも戦うのかと思ったよ」


「魔法?ああ、使えるけど俺のは弱いからさ、みんなの力になれないからこっちに着いたんだ」


「バーラさんは赤鬼で身体能力が高めな種族なんですよぉ〜」


横からキユリが補足を交えて教えてくれた。

そういえば鬼人には赤と青がいたんだった。赤鬼が身体能力なら青鬼は魔法特化ということなのだろう。


「身体能力に特化してるなら尚更戦闘員じゃないの?」


「新世代の人間が生まれた今、基準とされた赤鬼はもはやただの一般人だよ」


言われてみればそうかもしれない。新世代の登場によって赤鬼はなんの個性もない種族になってしまったのか。


「そろそろ着くからキユリ準備よろしく」


「はいはいー、ヒバナ君これつけてねー」


渡されたのは装飾の施された重そうなサングラス。

それを掛けてみるが、少し重い以外に変わった点は感じない。

ヒバナに続いてキユリがサングラスを掛けると。


「ん……。誰!?」


面影はなく全く知らないサングラスかけたオッサンが横に座っているではないか。


「これは存在を偽装できるバーラさん作のマジックメガネでねこれかけてたらよっぽど顔は晒されないよ〜」


それは良かったと安心してたら駐車を終えたようだ。

バーラもサングラスを掛けると車を降り正門とは真逆の裏口へ向かった。

裏で地下商売をやっているが、表向きでは一応お高いレストランを営んでるらしい。


仮面を被るスタッフに案内されついて行くと、スタジアムが見えるだけ開けた個室に着いた。


『続いては、紅17番様と白356番様の試合です!』


スタッフが赤く染った床を軽く拭き取るとアナウンスが流れ、次の選手が入場させられた。


紅から出てきたのは、鎖に繋がれ布を被せられた子供のようなシルエットだ。対して白からは真逆の巨躯だ。4mはあるだろうか。

両者揃うと顔から布を剥がされ連行したスタッフは奥に戻って行った。モニターに大きく両者の顔が映されると拍手喝采に包まれた。紅の子供は兎獣人、白の巨躯は。種族にも動物にも該当しない謎の生物。上半身が大きく腕の一振で簡単に死ねそうだ。


近くから聞こえた声から察するに、獣人は珍しいらしい。ましてやその子供となると、単独で行動できないため、必ず群れか親が守るおかげで捕獲ができないそう。


怯える獣人の気など知らずにゴングが会場に鳴り響く。

同時に鎖が解かれ両者は完全フリーの状態で対面した。

幼い感じを見るからにまだ未発達の獣人だろう。うちの三兄弟のように。


始まる前に早くもバーラとキユリはヒバナを連れて退室し即座に車で抜け出した。


「ヒバナ君、私たちは観客です。そのような気を起こされては困ります〜」


サングラスの擬態効果でヒバナはニッコリ微笑んでいるが、その裏では今にも飛び出さん程の怒りの形相に包まれている。


「このままじっとして、あの子が無惨に殺されるところを見てろってのか。そんなの腐ってる」


広いリングを涙しながら逃げ回り続ける獣人を周りの大人たちは楽しそうに歓声を上げている。


「ではヒバナ君あなたにあの子を救える力がありますか。あの子を救った後、その腐った世界を壊せる力があなたにありますか」


典型的な感情に囚われていたヒバナに感情を殺したキユリは擬態を解き元の笑顔で告げる。その声はヒバナの昂りを鎮めると共に、かつての古傷を抉り返した。


お前は救えない。


守りたいもの全て守ろうとした小さな人間の成れ果てだ。

力のない者が唄っても何もならない。


「小を犠牲に大を救う。それが無力な私たちができる人助けというものです。あの子は残念ながら必要犠牲になってしまいます」


正しい事を言っているのだろうが、必要犠牲という言葉が胸を煮えさせる。


「ヒバナ。ここは耐えるんだ。変わらない笑顔に見えるが、キユリもヒバナと同じくらい苛立ってる。自分だけじゃないんだ。今後のために耐えるんだ」


「…………」


自分の無力さを噛み締め、拳に血を握った。


────。

──。


そこから日が落ちるまで車を走らせると、見覚えのある場所に着いた。そこにはかつてアズトさんの病院があった場所だ。しかし、あれから70年も経つため建物は綺麗になってる。


バーラが扉を開けると、中から子供が飛び出して来た。


「じぃじおかえり!」


「じいじ!?」


にこやかな笑顔で抱きつく子を見るに、本当にバーラの血を継いでるのか疑わしい。バーラは子供の頃あんなに無表情で怖い子だったのに。


「てか、親は誰の子?」


「スンと俺だよ」


「え?いや、え?」


鬼人とは親族の血を交えても大丈夫なのだろうか。いや、カルメ系がそうなら他の種族も大丈夫だろうか。


「あー、戦後の技術発達で遺伝子とか見れるようになったんだけど、俺とスン、血繋がってないらしくてさ。それで互いに互いしかないなってズッコンバッコン」


「じゃあただの幼なじみだったんだ。ところでそのスンは?」


「上にいるよ。鬼人は皆老けないからな。スンは永久に美人だぜ」


昔は性別なんて分からなかったが、成長すれば流石に変わるか。バーラみたいに顔なじみとまた会えるのは少し嬉しい。

バーラも少し嬉しそうに見える。


「スン、ヒバナだよ。70年前病院によく来てたお兄ちゃん覚えてる?」


「…………」


ヒバナは言葉を失った。

バーラが優しく話しかける茶髪の女性は70歳を超えてると思えないほど綺麗だ。だが、その女性はこちらを見ることはなく虚空を見つめている。瞬きするのを見るに意識はあるだろう。

奇妙な感覚だ。旦那の声にも反応を見せずただ目の前の空を見ている。


「さ、ヒバナ、そろそろ時間だから地下の会議室に行くぞ」


花瓶の水を入れ替えるとバーラはヒバナを連れて階段を降りた。


「20年前、俺たちはレッドパンダの暴食獣人の討伐の任に出た。なんの力もない俺は補給班として戦闘員のスン達を支援した。国の任だけあって戦闘員の実力は精鋭揃いだった。スんもその中の1人だ。だがしかし、100年以上暴食を続けてる獣人は恐ろしく強く、俺達は激闘の末やつに勝利した」


「………………え……」


100年以上変わってないと最近聞いたのに、20年前に殺ったのか。


「しかし、やつは生きていた。四肢は失い体は出血多量で死に至る寸前。トドメに吹き飛ばされた先で死体の山に沈み隠れたヤツは、あろう事か全快で死体の山に立ち上がったんだ。消耗しきっていた俺達は全快となったやつに対応出来ずに蹂躙された。撤退を余儀なくされた我々は体力の残ってる戦闘員のスン含む18名を殿に逃げたその後、偵察部隊から暴食がいなくなったことを聞いて駆けつけた時には、殿部隊は全滅していた。18名の殿は7名に減り、内2名は四肢を失い。1名は内蔵を損傷。2名は何事もなく完全な無傷。残りのスン含む2名は全くの無傷だが、精神を失ったかのように意識ある植物人間だ」


「そんな……」


「ヤツはどういう術なのか全く分からない。だが、ひとつ言えることはヤツは長寿なんかじゃなく、モノホンの不死身体だ」


地下会議室前でらしくない怒りの表情を見せるバーラだがドアノブを握ると心を切り替え、真顔に戻って力強く開けた。


「んお、君が新人のヒバナか!ヨロシクな!ハッハッ!!あ、ワスはキムバスって呼びゃいい!ハッハッ!」


部屋に入ると酒臭い髭モジャのオッサンが背中を叩いてきた。続くように後から女性と男2人が覗いてきた。

最初のおっさん以外の皆40代くらいだろうか。年季を感じる。


「私はキャンベラ。ベラでいいわ」


「よろしくベラ」


ベラはそこら辺に居そうな世間話を家の前でしてる主婦のようだ。


「僕はオーキス。君人間なのに80歳以上って本当?ここに義賊組に推薦されたってことはどんな力を持ってるの?気になることいっぱいあるんだけどとりあえずよろしくね!」


「よろしくオーキス」


オーキスは中でも1番若く見える。そして近い。距離感が飼い主と犬のようだ。

続いて残るは、衣類越しでも伝わるたくましい筋肉を持つおっさん。


「俺ァアヌバス。お前、年上と年下どっちが好みだ」


「ロリババア。よろしくアヌバス」


即答に即伸ばされた手を握って固い握手を交わす二人を方って、皆は席に着いた。


遅れて1人の男が入室すると会議室は静まり返った。電子タバコを片手にサングラスの奥で睨む鋭い双眸にヒバナは思わず竦んだ。

顔に刻まれた古傷はその男の経歴を教えてくれる。


緊張が走る中、男がタバコを咥えようとした瞬間。

静かな会議室に鮮やかな鋭い「スパァァァァン」という弾ける音が響き渡った。


「ちょっと!ここ禁煙だから!!吸うなら外で吸いなさい!」


「…………はい、すみません…………」


イカつい男に華麗なビンタをくらわしたエプロン姿の若い女性は、皆の席に珈琲を配って出ていった。


気まずい。威厳ある風格の男が開幕から威厳もくそも失ってしまった。


「はい、この作戦のチーフを任されましたパスグラスです。えー」


見た目に反して少し縮こまった喋り口調だ。さっきのが効いたのだろうか。


「皆は既に聞いてると思うけど、新人のヒバナが臨時で入ったので再確認を含め作戦を伝えます。えーまず、────」


作戦を聞きながらヒバナは、今日見殺しにした獣人を思い浮かべ心に誓った。


必ず作戦を遂行して腐った世界をぶち壊すと。



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