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七罪華〜傲慢の花〜  作者: 鰍
第1章 2Die6Life
39/60

1.12 陽の巫女

冒頭はいつも通りのスピンオフの続きになります。

「ぜぇ……はぁ……ぜえ……」



約束の日まであと2ヶ月。アーサーは日々剣の腕を磨きあげていた。

筋肉と一緒に体力が落ちたのか、トレーニングや戦闘が始まるとすぐに息苦しくなる。そちらの方も鍛えなければ隙が生まれてしまう。


足を振り上げ跳躍のみで木に登り、不要な枝を切り落としながら着地する。続いて木から木へ飛び移りながら気に吊るした的を木刀で叩いていく。


「ぜぇ、ぜぇ……」


息が苦しい。どれだけ吸っても酸素が肺に送られてないような────。


ふと限界を迎えたアーサーは、踏み込むタイミングを誤り枝の上で足を滑らした。


「────!!」


遅れて受け身を取ろうとしたが間に合わないその身を、丁度呼びに来たクロッカスがキャッチする。


「…………わぁ、以前より軽すぎてビックリ。夕飯できたよ。あまり無理せず休むことも大切だよ。それに、明日早朝から招集でしょ。もう寝なね」


そう言いながらクロッカスはアーサーを腕に乗せたまま揺れを抑えつつ全力で連れ帰った。

外から見れば常に運動してる脳筋夫婦にしか見えないだろう。


────。

──。



翌朝、クロッカスが目覚める前にアーサーは王城の地下会議室に参上した。


自分が最後、という訳ではないらしい。今いる中だと自分を含め7人。

第七、六、九、二の師団の団長達。と、その右腕とも呼べる実力の部下2名。いずれも騎士になれば1度は耳に入る精鋭達だ。


「おぉ、君が最近よく聞く第10の女師団長さんかい」


無性髭を触りながらアーサーに近づく男は第二師団の団長。

1度同じ作戦に入ったことはあるが、その時アーサーは団長ではなかったため、見向きもされなかっただろう。


「どうだい、今夜酒でも」


「結構です。婚約者いるんで」


指輪はまだ無いため薬指の代わりに剣の刃を見せつけると、男は1歩引き下がった。


「おお、そりゃ悪かったな。けど、結婚前にこんなとこ来て良かったのかい?」


遡ること1週間前。作戦完了の報告が終わり帰ろうとしたところ、王の側近に呼び出され条件付きの招集を受けた。


極秘任務の為、他言があれば極刑とします。

生きて帰れる保証はありません。

参加拒否をしても評価に影響はないが、受ければ死刑か任務達成かである。


ここは以上3点を聞き、命を捨てた者達が集う場だ。。今まで極秘任務は指折りあったが、ここまでのことは無かった。


また他国への潜入だろうか。過去に1回あったがそれもここまでは言われなかった。


「皆様お集まりのようで」


気づけば舞台の上で宰相がこちらを見下ろしていた。


「ひいうふうみ……9名様ですね。この度は作戦に命をしげて頂き誠に感謝します。最終確認を行いますが、本当に死んでもよろしいですね」


「────」


一同は沈黙した。

最後の砦を超え、死との境界線のうえに立つことを選んだ。


「では、作戦の概要に。極秘なので端的に述べさせていただきます。日は5日後早朝。オーダーは標的の暗殺です。そのターゲットは────」


「───ッ!?」


ターゲットの名に会場はざわめいた。

他国の騎士にまで知れ渡るその名を知らぬものはいない。

一同の脳裏に疑問と共に死という概念が浮かび上がっていた。


「────は裏で他種族と手を結び国家転覆を目論んでるとの情報を得ました。信じられず調査団を派遣したところ。結果は黒でした」


幾多の他種族を狩ってきた彼らだが、その者を敵にすると聞いた途端今までで最高の恐怖を覚えた。


「そして、その対価となる報酬は…………」


生を諦めた一同を奮わせる報酬など存在するのだろうか。


「聖騎士の称号です」


「…………っ!」


聖騎士という宝に目を輝かせ、生を取り戻した一同は俯いた目線を宰相に集中した。

未来永劫の名誉と、あらゆる権限及び全騎士への指揮権が与えられる至高の報酬。


「補給はこちらから手配しますので、皆様は十分な休暇と準備をよろしくお願いします」


宰相は一礼をし舞台から退場した。




作戦は5日後。ターゲットは




聖騎士アイビー




ーーーーーーー以下本編ーーーーー



久しい名前に凍った背筋が解凍され男を再度全身見渡した。


しかし記憶を隅々まで見渡しても該当する人物は見つからなかった。


「えー……と……どちら様?」


「70年も経ってれば流石にわかんないよな」


70年前。髪の間から覗く小さな角。鬼人。男。若い。若い?70年前なのに若い!?


あと少しで出そうなところで若々しい容姿が邪魔をする。

神憑きだろうか。いやしかし若さを永遠とする神憑きは既に見たとなれば……なれば……。わからん。


「俺だよバーラだよ」


バーラ、バーラ、病院の双子の。。


「鬼人の子!?」


「そうそう」


「ん?知り合いだったさね?なら自己紹介は不要さね」


バイオレットはキセルを腰に納め、2人に手を振ってギルドに帰って行った。


「お前こんな仕事して、アズトさんの病院はどうしたんだよ」


「病院?ああ、そうかアノ……じゃなくてヒバナは知らなかったな」


無表情な印象の双子だった面影は僅かに残っているが、昔の双子の息の合った喋り口調がないせいか違和感がある。


「ここじゃなんだし本部いくか。これから予定ある?ないなら行こう。任務は明日の夜だし」


ほぼ強制的に連行されたヒバナは車に投げ入れられ本部と呼ばれる場所に連れてかれた。

車での移動でもかなり時間がかかり、途中で駐車し朝方まで休んだ。

それほどの距離なのになぜマスターは翌日出発をさせようとしたのだろう。マスターのテレポートだろうか。いや、マスターが参加をしていなかったら使わないだろう。


なんの合図もなく出発したバーラは運転しながら、後部座席に座るヒバナにクイズを出題した。


「うちの病院が種族問わない病院なのに無料営業を何年もやってられた理由は何でしょう」


「国やその他から支援金を受けてたから?」


「ハズレ。正解は明日から行う義賊活動のおかげだよ。つまりうちは人様から盗んだ金で経営してるって訳」


悪く言うと義賊というより賊な感じらしい。

アズトはあんな優しそうな人柄の裏では、そんなことをしていたのか。


「え、ならこれから俺は強制参加させられるの!?」


「いや義賊も賊も盗めば犯罪者だよ。気が乗らないならモチベーション上げるおまじないあげるよ。…………敵は悪徳貴族、敵は悪徳貴族。民を虐げ搾取した金は民へ返すべし」


「ターゲットの金持ちはそんなに悪いやつなのか?」


おまじないを聞く限りターゲットは悪人のみに絞られているのだろうか。


「別に搾取とかしてる訳じゃないけど、偵察の情報では地下商売をやってるらしい」


「地下商売?」


聞いたことの無い単語にヒバナが首を傾げるとバーラは応えた。


「裏の市場で購入した奴隷を地下の闘技場で見世物にしたり、魔獣と戦わせてるんだよ。観戦の料金はお高めで更に中に入れば賭博もある」


「………………」


胸糞が悪い。今の御時世でも奴隷の文化が生きているのか。

ヒバナは窓の外を眺めながら舌を鳴らした。


「…………!」


窓の外を眺めてると日差しから顔を隠しながらヒッチハイクを行ってるシルエットが遠くに見えた。


同じく気づいたバーラは快く車を停めた。

今の発展した時代に似合わずローブを着ている。日差しを避けるためフードまで被っていて顔が見えない。それにしても暑くないのだろうか。


「〜〜〜〜〜〜」


あーはは。

近くで聞こえた扇風機のような風を切る音にヒバナは微笑を浮かべた。

どうやら現代らしくないわけでも、暑い訳でもないらしい。

小さいファンを回して内側に風を送ることで、あんな格好でこんな場所にいられるようだ。


バーラが軽く言葉を交わすとその人はヒバナの隣に座ってきた。詳しくは知らないが向かう先が同じなのだろう。


何気なく眺めていた景色だが、よく見れば街にはあった車道が無く、道という概念もないただの荒野だ。

魔獣や獰猛な獣が溢れる世界故、作ることが難しいそうだ。


そんな荒野に1人ポツンと待ち構えていたこの御方。間違いなくただものじゃない。


不死身のヒバナは警戒など知らずに、無防備に風を浴びながらそ外を眺めた。


「………………」


甘い香り。ローブの中は女性だろうか。

少し惹かれたヒバナは視線を外から女性にスライドさせる。


「見ない顔ということはぁ、あなたが新人の子ですねぇ〜」


気づけば横に女性がいた。ローブの中はやはり女性だったようだ。


「その人は新人のヒバナ。旧世代だからあまり無茶は…………」


「へぇー旧世代なんですねぇ。稀に旧世代の体質で産まれてくる子が結構いますよねぇ」


薄ピンクの柔い唇が触れ合い音を発し、まん丸なサファイアの瞳がヒバナを釘付けに魅力した。

ここまで容姿の整った綺麗な人はいつぶりだろうか。


「私はキユリ、今日はよろしくねぇ〜」


「キユリ、その兄ちゃん俺より年上だから特異体質じゃなくて本当に旧世代」


「え……?」


ヒバナの年齢詐欺には皆同じ反応をとる。

彼女もまた、同じように笑顔を石のように硬直させた。

見飽きた反応にヒバナはつまらなさそうに目を細めて話を進める。


「お姉さん、こんな場所に1人どうやって来たの?」


「いやねぇ、表の仲間に強化魔法かけてもらって現地まで行こうとしてたのだけどぉ、寄り道してたら途中で切れちゃってぇ」


テヘっておちゃめに言うが、笑い事にならない場所で切れたものだ。


外を眺めてると遠くに獰猛な野生動物が見える。

そんなとこに1人いて1度も襲われないはずがない。


「動物や魔獣なんかに臆してたら今の時代生きていけないですよぉ〜」


随分と逞しいお方なこった。

華奢な体を見る限りそんな戦闘してるようには見えない。

刀ひとつ振れば息を切らしそうだ。


「そうだヒバナ君。外観だけでも下見に行きます?百聞は一見にしかず、だよ!」


「いきますます」


しくじれば表で生きていけなくなってしまうのでヒバナは即答した。

不死身といえど顔はひとつ。見つかってしまえば外を歩けない。


「それじゃあ、バーラさん目的地変更お願いしまーすぅ」


「あいよ」


ハンドルを切り荒野を右に曲がると、バーラはハンドルから伸びる管を腕のバンドに装着した。


すると車の速度が急激に上がり、加速に対応できないヒバナは座席のシートに押し付けられた。


「これ改造車で違反だから他言無用で頼むよ」


「お……おう……」


しばらく進むとまたもや危険地帯に人影が現れた。

3人が手を振ってるが、車内を見るからに乗れても2人。

バーラは一応止まって聞いてみると。


「ちょっとオタクらの進む先へ私らも行きたいのですが」


「別にいいけど、2人しか乗れないよ」


「いえいえ、全員乗れますとも」


男が口元を歪めるとバーラは窓を閉めようとするが。


「おっと待ちな。タイヤを見てみろよ」


マスクとサングラスで顔を隠した3人組が

バーラは見ようとしないが、よく分からないヒバナは窓から顔を出してタイヤを見てみると。


「4つのタイヤ全てに輪止めを施したぜ!しかも無理に動こうとすればタイヤがクラッシュするオリジナルだぁ?さらにキーロックで俺から取らないと外せないぜ!」


どうやらこれを外すまで車を動かすことは出来ないらしい。

仕方なく3人は車から降りて向き合った。


「いよ!さすがインパ兄貴!」


「痺れるぜえ!」


後ろの工作したであろう取り巻き2人がリーダーと思われる男に賛辞を投げる。なんともベタな展開か。


「お前ら目的地はあそこのソプラノホテルだろ?あそこに行くやつが金を持ってねぇ訳ねぇよなぁ?」


そういえばターゲットはそういう奴らが経営してる場所だった。それならそこへ集まる民は鴨にうってつけか。


「金品置いてけば無事は約束してやるが、どうする?」


「流石インパ兄貴!慈悲深い!」


「優しい!魔法も使える!家庭的!資格たくさん!収入も安定!優良物件!」


「馬鹿野郎!てめぇそんなこと言って敵が惚れちまったらどうすんだオラァ!」


「ねぇよ」


ヒバナは思わず出た否定で刺さんばかりの鋭い視線を浴びることになった。


「おいおいてめぇもしかしてインパ兄貴のことナメてんじゃねぇだろうなァ!?」


「兄貴は魔獣も猛獣も虫も敵わないんだぜ!」


「バァヤルォ!ちいせぇわ!んなもんで敵がビビるわけねぇだるぉ!」


愉快な奴らなこった。

襲われてる最中にキユリは愉快な笑顔で傍観し、その横でバーラがボンネットに座って携帯を触ってる。

こっちは呑気すぎる。


「インパ兄貴はなぁ!」


まだ続けるのか。

後ろの2人は手伝う気はなさそうだ。この位一人で片付けないとこなせない仕事という事だろうか。

面倒くさそうにため息で聞き流す少年だが、不意に自分の頭上から太陽が消えたのかと錯覚した。


「とっても強いんだゾ」


真上から振り下ろされた筋肉という凶器に頭部を打たれ、意識が薄まるのを覚えた。

思考が鈍る中、視界に映された追撃に迫る右足に反応出来ないままヒバナの意識は剥離した。

自動再生で戻った意識はすぐさま思考を戦闘態勢へ移行し、全身を黒繭に包んだ。


2回受けたダメージは再生で跡形もなくなったが、ヒバナの本能に深いダメージを与えていた。

強い。間違いなく強い。考えればわかる事だ。貴族が金にものを言わせて用心棒を雇わないはずがない。用心棒もお構いなしに叩き伏せ今に至ってるような連中だ。

相手が幸いステゴロで殺意はないと教えてくれてるが。

先の2撃は確実に落としに来ていた。


「別人に……。どうなってるのか分からんが、寝てた方が身のためだぞ」


一歩一歩を全力で踏み込みながらゆっくり近づくインパにヒバナは距離をとった。

戦闘で武器を使用せずに戦ったことはない故、体術の心得がない。それどころか我流の自分には武術の心得も無い。

車の2人は手伝う気無さそうだし、本当に一人でやるしかないようだ。


「お前さっきと違って強そうだな。…………最終勧告だ。これ以上抵抗すると俺も加減出来なくなるが、やるか?」


「────?」


インパの体から蒸気が出始めると、踏み込んだ足跡の深さが更に深くなった。

力を出すと体温が上がるのだろうか。


「引く気はない」


「オーケイ」


戦闘態勢に入ったインパの体の周りの空気が、心なしか歪んで見える。これが蜃気楼というものなのだろうか。


「いいね!インパ兄貴キレてるよ!」


「生きる火山だよ!」


暑い。インパの熱気もあるが、陽の下の荒野は汗が出そうだ。

黒モヤを体内に纏い、体外では黒刀を形成した。

夜な夜な一人で自分のこと研究してた時の副産物で、切れ味がない為喧嘩にもってこいの代物だ。


「……フゥッ!!」


力任せのボディブローを黒刀で受け止めるが大の大人が軽々しく跳ね飛ばされた。

体へは直撃してないものの、全身に伝わるダメージがその威力を染みさせた。

当たらなければいいのだが、如何せんそうはさせてくれない。元々避けてカウンターを狙うつもりだったが、予想を遥かに超える速度に全身が追いつかなかった。だが、速さが分かれば次は当たるまい。

着地狙いを読み、足から伸ばした黒モヤを地にかけ体を引き、踏み込まれる前に構えるも。


「……ッッッ」


またしても一撃を避けることが出来ず、入った拳を抑えれずに黒刀を体に刻んだ。

体にめり込もうとした黒刀を吸収し再度作り直すと、衝撃で損傷した内蔵を再生した。

すぐさま距離を取り追撃を延長させた。


「………………」


どういう訳か、時間が経つ事にインパという男は強くなるようだ。一撃目に比べ二撃目の威力は倍近くまで跳ね上がっていた上に、何より速さが格段に向上していた。

動体視力には自信があったのだが、体が追いつかない速さにはどうしようもない。ましてや時間に比例して強くなる敵に尚更勝ち目を感じない。

比較するなら大食漢の獣人といい勝負をしそうだ。


「人間が獣人といい勝負する日が来るとはね……」


「ウウウ……40……」


獣の如きうめき声の後に聞こえた40という数字は何を示しているのだろうか。

残り時間であればいいけど。


「反乱軍で5本指に入ると言われる陽の巫女インパルス。そんなあなたがこの国で堂々と活動していたとは驚きですー」


変わらない笑顔を振りまきながら車両から腰を上げたキユリはどうやらこと男を知っているようだ。


「え、反乱軍……?5本指……?巫女……?」


「反乱軍も何も、俺たちはこの国の国民だぜ?みんな好きに働いて好きに過ごしてるさ。たまに少し裏でコソコソしてるだけだ」


ヒバナの頭が情報の多さに追いつかないうちに、キユリはヒバナに追いついた。


「ヒバナ君、流石にこれ相手はキツいだろうから、私も手を貸しますね」


非常に心強いが、反撃すらできない相手に2人で何とかできるのだろうか。


「ヒバナ君、あっちもあっちのコンディションっていう武器で戦ってるから、ステゴロなんかせずに好きに戦っていいんですよー。バーラさんヒバナ君に剣貸しても?」


「いいよ」


携帯から目を離すことなく片手で荷台を漁り始めるバーラを横目に、ヒバナはひとつの疑問を口にした。


「コンディションっていう武器………?」


「あの人はね、魔法で熱エネルギーを力に変換してるんです。だから体温が上がれば上がるほど強くなるのですよー。はい刀」


5本指相手にしても笑顔が崩れないキユリはやはり相当な強者なのだろうか。

投げ渡された長身の刀を受け取るとすると、それが開戦の合図になり、インパが臨戦態勢に入った。


「ーッッ!!」


相変わらず対応できない速度に防御を強いられるが、あの肉体で高速で動けるインパは加速した世界で生きているようなもの。その防御を認識した瞬間に拳をヒバナの横腹にめり込ませ内蔵を破壊した。

吹き飛ばされた先で激しい嘔気に耐えれず、口から止まらない血を溢れさせた。

それを確認したインパは続いてキユリに牙を剥いた。


「こわーい殺す気じゃないですかぁー」


「お前ら汚い貴族はこうでもしないとな」


ヒバナ同様に超速のブローをキユリに叩きつけるが。

拳には布が被せられキユリが見当たらない。


「こうしてあなたを刃物で攻撃しようとしても痒いだけでしょう」


柔い唇でそっと耳元に囁く声に手を伸ばすが、またしても当たらない。

巻き付くように体を移動するキユリを脳内で蛇と重ねた。

そう、まさにそんな感じだ。


「そろそろ感じる頃じゃないですかぁー?」


「…………!」


布を乗せられた拳にヌメリを感じ、拳を眺めていると背中が、肩が、胸が足が腰が、全身が冷えるのを覚えた。


「はいーあなたの全身にジェルを少々塗らせていただきました。それはうちで熱中症になった人を冷やす際に使用するものなんですけど、人間離れしたあなたにも効果が見れて良かったですぅー」


「気化熱か……」


手を眺めながらジェルに体温を奪われるの感じながらテンションも投げ出した。


「ついでに気持ちとしてメントールも塗らして頂きました」


「そうか。今日は暑いのに、寒いな」


先程の熱い男はどこへやら、しゅんとした大男になってしまったようだ。落ち込んでるとは少し違うが、とりあえずテンションが低い。


「どうする。続けるか?」


「そりゃもうあなたを捕らえるなら熱を失ってる間しかないので」


「そうか…………」


笑顔を崩すことなくいかなる動きも捉え対応するキユリだが、動かないシラフのインパを前に脳裏に浮かべたのは病院で看護される自分の姿だった。

直感に体が硬直し、シラフにもかかわらずヒート変わらない速度で迫ったインパに対応が遅れ、華奢な体で迫る拳を受け入れる覚悟を決める。


「ッッラァ!」


二人の間に割り込んだヒバナが超速剛力の拳に刃を立てた。

刃は拳を滑りながら皮膚を裂き、肉へ届く手前で拳を撃退した。

慣性を瞬時に殺し拳と共に刃から距離をとった。


「おかしいな。お前重傷で起き上がれないはずなんだが」


「おかしいねぇ。お前熱くなると強くなるって言う割に、今の方がさっきより速いじゃねぇの」


重傷を見せて残るは1人だと思い込ませることで、インパの注意を逃れた。


「目が慣れた。体自体は追いつくんだよ。対応さえ出来れば、今みたいにお前より速い」


アイビーだったら受け流しながらこの巨躯を刻んだだろう。

旦那の俺が嫁に劣るわけにゃいかない。


「そうかい。だったら、俺も教えるよ。俺がいつ本気なった」


「……………………。マジ?」


結構やっとの思いで追いついた速度なのに、本気を出してないとなると。先の激熱ブローも軽いものだったのか。

ヒバナはその言葉に背筋が凍結するのを感じた。


「ジェルも吹き飛んで、運動もして、温まってきたところだ。第2ラウンドいくか」


これ以上速くなると流石に体も追いつけなくなる。

再生を使えば一撃必殺だが、必殺すぎる故使えない。しかし使わずに勝つことは難しいだろう。


「それじゃいくぜぇ…………」


インパの軌道を読み、狙われたキユリの前に入って刀を振るうが。


「ッッ!」


刃に触れても止まらぬ拳に2人まとめて跳ね飛ばされた。

キユリを抱きながら地を転がり、すぐさま立ち上がると全身が影に包まれ太陽を隠す巨拳を見上げる。


「遅い」


実力差を知らせる拳は振り下ろされ肉を通して地を砕く。

自身が木っ端微塵になったかは考えるほどでもないが、キユリは無事だろうか。


「………………。………………!」


「悪いが、ヒバナに貸しがあるのは俺なんでねぇ」


否。自分は潰れるどころか無傷だ。

並の人間なら潰れる巨躯の拳を止めたのは同じく巨躯の。


「…………アセム…………!?」




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