1.10 進む計画
冒頭はスピンオフの続きです。
広場に整った足音を踏み鳴らし、青い制服に身を包んだ20名は頬杖つきながら見下す王に跪いた。
「汝ら120期兵士中20名はいかなる死線もくぐり抜け、今日まで生還し功績を挙げたことにより、内18名は三等騎士、1名は一等騎士、1名を上等騎士へと昇格。代表、上等騎士アーサー」
「ハッ!」
小柄な体にゴテゴテの鎧を纏った少女が1人、玉座前に踏み出た。
覇気なく座る王から威厳は感じられず、全てを使いに任せる姿に腹を立て、心底見損なう。
少女は混み上がる腹立たしさを鎧に収めつつ、表彰を無事終えた。
後ろで控える18名も同じ気持ちだった。
こんな王に忠誠を誓うために騎士になったのではないと。
だるい。早く終えて帰りたいと。
しかし、1人の一等騎士は違った。
彼は1人、立派に着飾る上等騎士の少女に締め付けられる胸のストレスに悩まされていた。
──。
────。
表彰式が終わると騎士たちは2人1件の寮を与えられた。
立地は王都内もしくは付近と困らない場所にある。
アーサーの希望で王都から1番離れた寮に住むことになり、ついでに同居人を一等騎士のクロッカスを指名した。
他からは当然変な目で見られた。男女同じ場所で寝食共にするなど、いつ過ちが起きてもおかしくない。
とはいえ、色を制限する規則などなく、誰も止める権利はなく引き下がった。
「あー疲れたよぉークロッカスゥ〜」
鎧を来てる時の威厳はどこへ行ったのか、鎧ごと威厳を床にほかり捨て、暖炉に薪を入れ暖を取るクロッカスに下着姿で抱きついた。
本当に、いつ過ちが起きてもおかしくないな。こんな状況、他が見れば誰もがそう誤解するだろうが、クロッカスは否定する。何故なら、8年寝食共にして過ち一つ起きなかったからだ。勿論クロッカスにその気なんてない。ましてやアーサーにその気がないことも知ってる。
そして何より他が知らないのは。
「重い。風邪ひくから早く着替えてその逞しいお腹を隠しなさい」
彼女は男勝りに逞しく美しい体を持ってる。
小柄な少女のフォルムを崩すことなく凝縮された肉体は他人が見れば恐れらて嫁に貰えないだろう。しかしクロッカスにとっては、それが彼女の努力の結晶のようで好きだった。
そしてその努力は報われ同期だった自分の上官に…………。
「夕飯の支度するから、ほら、さっさと着替える」
「分かったよお母さん」
「誰がお母さんだ」
本当に彼女はお嫁にいけなさそうだ。
上等騎士になって仕事漬けになり派遣次第では暇は年に数回になるだろう。
それを無くしても、このだらけっぷりや、この肉体、そして料理の下手くそさ。
過去に教えようとしたが、2日で挫折させられるレベルだ。
「ねぇお母…………クロッカス」
今お母さんって言おうとしたな。
「ご飯食べたら久しぶりに勝負しようよ」
「いいよ〜」
兵士になってから実戦ばかりであまり勝負をしなかった。
兵士でない数年前が懐かしく感じる。
結局1度もアーサーに勝つ事なく兵士になり、騎士になっても階級で敗北した。
────王都の外は広い荒野と、山が少々。
二人の寮は王都の外の川の前。
付近に家はなく叫んで何とか聞こえる距離にはコンテナがあるくらいだ。
ここならどれだけ激しくしても問題ないだろう。
「────ッツゥ!!」
振りかぶった一撃を避けることなく受け止め、クロッカスは骨が軋むのを感じた。
重い…………。恐らく、同じ鍛え方をしたクロッカスよりも彼女の筋力の方が強いだろう。
筋力はおろか、剣術も彼女のが上手だ。
勝ち目はない。
以前のままなら………………!
ジーンと腕に痛みが響き、鈍くなる歯車を無理やりフル回転させて立て続けに振り下ろされる一撃を横から殴った。
肩を掠めて大地を削った木刀に死角などなく、そこから純粋な力のみで砂と共にクロッカスを空中に持ち上げた。
「んなッ」
力負けして自分の木刀が胴体に叩きつけられ一瞬意識が飛びかけたが、騎士の気合いで意識を縛り付けた。
「────ッ」
まだ、本気じゃないのか。
彼女は長年共に競争してきた(全敗)ライバルを前に彼女は他種族との実戦をイメージして攻撃してきてる。力任せな剛力を見るに妖魔だろうか。
何がともあれ彼女にクロッカスが見えてないのは確かだ。
「…………っ!」
一点集中。
クロッカスの右手から針のような突きがアーサーの胸に目掛けて放たれた。
「───!?」
予想外の攻撃にアーサーは咄嗟の防御をするが、姿勢が崩れ反撃が不可能となってしまう。クロッカスはその隙を逃がすことなく仰け反ったアーサーの胴体に問答無用で木刀を叩きつけた。
しかし、異常な体幹が生む体の捻りが防御を間に合わせた。
後方に飛ばされたアーサーは立ち上がると一息つき、クロッカスもまた追撃せずに頬を歪めた。
「君と戦ってるのは誰だい?」
「…………へへ、ごめんね。───ところでなんで仕事着なの?」
多くのものを収納できるチョッキを身に纏い気合い十分さが滲み出てる。
「君に今度こそ勝つためだよ」
「へぇ……」
肌がピリピリする。
大丈夫。木刀だ。死にはしない。
クロッカスはそうやって緊張する全身を宥めるが、さっきまでの攻撃見てる限り、全て致命傷な威力だった。
大丈夫。当たっても痛いだけだ。軽く骨が折れるだけ。
「すぅー…………はぁー」
目を閉じて一息つくと腰の鞘から木製の短刀を抜いた。
「ここから僕は防御を捨て攻めるよ」
独自の流儀が作り出した二刀流。
少なくとも同期にはいない。
「ラウンド2いくよー」
先手を仕掛けたのはクロッカスだ。
器用に両手で違う軌道を描き、アーサーの剣術を圧倒した。
しかし、アーサーはクロッカスの我流を何年も目にしている。二刀流として戦ったことも数回だが経験している。
捌き方も、反撃の仕方も全て覚えている。
「………………」
あらゆる方向から斬撃が振るわれる乱舞だが、1度だけ両手が揃う瞬間がある。
その瞬間を待ち、訪れたその刹那を切り裂く。
「…………ふぅん!」
見事に弾かれ両手が頭の上を通り過ぎると、短刀を手放し両手で木刀を握ってアーサーの追撃を防いだ。
その場しのぎに二刀流を捨てたクロッカスに勝ち目はない。
アーサーは間髪入れずに木刀を振りかざすと、クロッカスは悪あがきに両手に握った木刀を体の後ろで隠しながら渾身の構えをとった。
ほぼ同時に振られた腕だが、僅かにアーサーのが早かった。
しかしアーサーにはそれがクロッカスが意図的に遅れさせたように見えた。
「────ッ!?」
振り遅れたはずのクロッカスの腕の動きが早い。
危機感を連れてきた違和感にアーサーは攻撃に振るった一撃を防御に転換させた。
「────!」
手先がようやく見えたクロッカスの右手には先程の木刀など握られておらず、指と指の間に2つの木製の極短な刀が挟まれていた。
「────ッら!!」
力いっぱいに投げつけられた二本の短刀は刃先がアーサーに引かれるように真っ直ぐ飛んだ。
至近距離で放たれた二本は器用に別々の部位を狙い、片方は手首を片方は踏み込まれた右の太腿を狙う。
手首は木刀の柄で弾いたが、踏み込みに重心を任されたももは下手に避ければ最悪被弾よりも悪い追撃を受けることになる。
ダメージを取捨しアーサーは太腿の被弾を許可した。
「────ッッ」
一般人なら動けないダメージだがアーサーはそれで動く。しかし鈍くさせただけでも十分だ。
クロッカスは罪悪感を持ちつつもキレを失ったアーサーに追撃を送った。
他から見れば卑怯だが、アーサーはそんなこと思うまい。
命の取り合いに良いも悪いもない。まともに勝てないのであればまともにやる必要は無い。負ければ死が待つのみ。勝てないのであれば相手の不意を付けばいい。防がれたら次、それも防がれたら次だ。
そしてそれに負けたら彼女もその程度の実力だったということだ。
そうだろアーサー。
戦中に相手の顔を伺うと、アーサーは痛みに歯を食いしばると同時に楽しそうに頬を歪ませていた。
振るった右手の帰りを待てば追撃は防がれると判断し片手で木刀を振ったが、流石はアーサーだ。
「まぁ、防ぐよね」
片手で半減した力は当然アーサーに届かず弾かれてしまった。
それでも決して油断しないアーサーはクロッカスの右手に注目した。
また背面に隠した短刀を取り出すのであろう。
予測通り右手から逆手で短刀が握られていた。
次々と不意をつこうとする攻撃をアーサーは防ぎ続け、クロッカスの手段を切り伏せた。
流石アーサーだな。
意表を突くはずだった攻撃を全て防いだ上に、先読みして潰された。
手持ちは拾った最初の長さの異なる二本のみ。
これを手離せばもう勝ちは来ない。
「ッらぁ!」
再度猛攻を仕掛けるクロッカスの攻撃を防ぎ切るアーサーだが、足の痛みで先より鈍く勝てる可能性が見える。
先のミスはもうしない。
揃った瞬間を狙われたのであれば揃えずに────。
「────ッ!?」
彼女はそんなに甘くはなかった。
ディレイをかけて先に振った短刀を力技で弾き返し体幹を崩すことで、遅れる長身の木刀の行動を消した。
止まらずアーサーはもたついた木刀を下から打ち上げ、武器の剥離と姿勢崩しを同時に行い、短刀すら振ることの出来なくしクロッカスの活路を潰す。
「────」
次の手が浮かばないクロッカスは地に尻が着くまでの間に、千を超える敗北を思い返した。
トドメに振りかざすアーサーの腕を見上げて千の景色を重ねた。
いつもそうだった。
武器を失い地に尻を擦って決着が迎えに来る。
兵士になってもそれは変わらず僕は───。
────僕は騎士だ。
今までとは違う。ここで負けを認める男になるために鍛えたのではない。
全ては彼女を────。
「うぉおおおぉぉおお!!!!」
鍛え上げた力を絞り倒れようとする体を起こそうと足を背後に伸ばして地を蹴り飛ばす。
足の次は背筋に力を送り姿勢を戻し、再度足に力を送り返すとクロッカスは振り降ろされた決着に飛び込んだ。
彼女の間合いを抜け小柄なその身に抱きつき、行動させまいと2人で地を転がった。
回転が止まった時下にはクロッカスで上にはアーサーが乗る形で肌を重ねていた。
唐突に終わらされた猛攻の反動で互いに呼吸が限界で、再度運動するには気力が足りない。
アーサーは体が動かないのを覚え、クロッカスの引き分けへの持ち込みに1本とられたと微笑んだ。
「はぁ…………初めて……引き分けたね…………」
「…………はぁ……いや、僕の勝ちだよ」
「…………へ?……ひゃっ」
トンとアーサーの無防備な背中に立てられたのはクロッカスの短刀だ。
「いや、これくらいじゃアーサーは負けないか……ザクザクザクザクザクザク」
「あははははははは、こしょばいって!」
────。
──。
「はぁー。…………久しぶりに疲れたねぇ……帰ろうか」
家に着くと湯を浴び体の汗を流してアーサーは死ぬようにベッドに沈んだ。
眠るアーサーの横に腰をかけて髪を撫でながらクロッカスは微笑む。
しばらく彼女の寝顔を眺めていると、クロッカスは胸が締め付けられるのを覚えた。
「────」
彼女と近かったり、彼女が遠かったりすると感じるこの胸のストレスの原因をクロッカスはようやく理解した。
「そうか………。僕は君のことが好きだったんだね。家族としてではなく、一人の女性として…………」
そう自分の思いを呟いた時、眠ってるはずの彼女の腕がクロッカスの腕を引いた。
姿勢の辛さに全身を仕方なくベッドに乗せると引いた手はクロッカスを抱いた。
「…………あれ……聞いてた……?」
「……すぴー」
寝相らしい。
安堵に気が緩むと、彼女の温もりに眠気を誘われ抗うすべなくクロッカスの意識は剥離された。
暗く静かな部屋に2人の寝息だけが聞こえる中、ムクリと起き上がる人影が一人、クロッカスの頬をつねった。
「へへ…………私の勝ち…………ふふん♪」
ーーーー以下本編ーーーーー
「────ハァ、ハァ…………ちくしょう!どこまで追いかけてくるんだ!」
夕日を背負って荒野を駆ける男を囲むように光の円盤が後ろから追いかける。
円盤からは鏃が二股に別れた矢が一定の時間毎に男を狙うが、7つある円盤を順番にディレイをかけることで絶え間なく矢を放っている。
逃げ場のない荒野の中に遺跡を見つけ、男は全速力で逃げ込んだ。
「うぐぁ!また矢が…………!この矢は………鈍化か……!」
遺跡の手前で矢を足に受け転ぶが、容赦なく降りかかる矢を避けると男は重たい足を引きずって石柱に身を潜めた。
「一旦ここで、矢を回避して……デバフを解除しなくては……」
一息ついてると近くに地下へ繋がる入口があることに気がついた。
どうする。中へ逃げ込むか。それを狙ってここに誘導されてたら…………。入口の大きさが2人通れる程度で狭く、この中で矢を使われたら避けるのが困難。それに、仲が袋小路だったらそれこそ詰みだ。
「どうする。どうする。矢の術士に追いつかれたら…………」
「逃げまとえ」
「────!」
傲慢な声が荒野に響くと、石柱に隠れた男を囲むように光の円盤が多数展開されていた。
360度囲まれた円盤の数はざっと見100を越えていそうだ。
「くそぉ!本体はどこだ……!?」
嘆く間に100の矢は順に放たれ男は遺跡に逃げ込んだ。
「ふん。そこは袋小路…………」
「────ナ」
「中に入って逃げれると?」
「────バナ」
「残念ながらもうその奥に矢を設置し…………」
「ヒバナ」
顔からゲーム機が外れオッサンの顔がドアップになり、ヒバナは腹の底から出したことのない声を発した。
「きゃああぁぁぁ!!!??!?」
乙女のように叫び肩を抱くヒバナはカサカサと部屋の角に逃げていった。
「お前2週間くらい引きこもってずっとそれやってるぞ。いくら再生できるとはいえ、金は無尽蔵じゃない。それとそこら辺の機械買って金欠だろお前。来月の家賃分も稼ぎに行くぞ」
あれからずっとヒバナは引きこもってバーチャルなんたらをしている。
「嫌だ!歩いて災いが降りかかるくらいなら俺はずっと引き篭もってやら!」
「それはお前に限った話じゃない。国民の5分の1はテロリストか反乱軍だ。毎日事件が起きてもおかしくはない」
5分の1が反乱分子って、なんでこの国まだ生きてるの。
なんなら俺も反乱分子なってもいいけど。
「仕方ねぇ。新作ゲーム欲しいし働くか」
────。
──。
ギルドの掲示板を眺めて仕事を探していると、ヒバナはある事に気づいた。
「なぁ、神太。低難易度の報酬安すぎない?」
難易度1はバイトで1日稼ぐ額と同じくらいで、2になると桁が増え1週間分になる。
難易度が3になれば半月分。4で半年、5になれば最低なものでも2年は潤う。
そんな莫大な報酬の難易度5だが、見る限り物騒な内容しかない。
全てに注意書きで『命の保証なし』と書かれてる。
そんなヤバい依頼がさりげなく7つも貼られている。
「ダルマ、虹狩り、ハイエナ、遺跡調査、人魚姫、タイムラグと、最近追加されたらしい蜘蛛鬼…………。どれもおっかないな………」
人魚姫はやっぱりアレのことだろう。数十年経ってればさすがにフィーリアみたく水を斬る人が出てきてもおかしくないだろうが、それでも未だに解決しないとは、あれから少し変化があったのだろうか。
それと名前を見た感じ1番ヤバそうなのがダルマだ。
ダルマってアレだよな、手足が…………。
関わりたくないな。
ハイエナ。獣人だろうか。
タイムラグ?これはイメージが全く浮かばない。
遺跡調査は前見たな。そんなに危険なのだろうか。場所は…………。水族館の近くのディノサウロという島か。そういえば恐竜を捕獲したとか言ってたな。となれば恐竜が沢山いると…………ロマンだが危険すぎる。
蜘蛛鬼は…………糸を使うのかな。ダルマやハイエナ同様、単騎を標的とするものは未だに解決しないということは実力者ですら敵わないということだ。当然ヒバナには行く日なんて永遠に来ないだろう。
残った5の依頼だが、
「神太。この虹狩りってなんだ?」
「お前もよーく知ってるカルト教団のレッドパンダだよ。7色の罪を名乗ってるから虹って訳だ」
「そいつら強いのかよくわかんないけど、難易度5には理由があるんだよな。どこまで狩ったら報酬なの?」
「1色のボスもしくは部下の殲滅だ」
なんだ。簡単じゃないか。
水族館にいた少年くらいの実力なら神太郎と力を合わせればなんとかなりそうだ。
しかし、吸血鬼ならともかく、他の種族がどう来るかが分からない。
今発覚してるのが強欲の吸血鬼、嫉妬の人魚、怠惰の妖精、暴食の獣人の4種だ。
この4種は教団の中でも目立った被害を出すため、幾度存在が確認されている。それに対し他3種は存在が確認されておらず、種族も不明である。活動をしていたとしても、4種による大きすぎる被害に上書きされて目立ってないだけと思われている。
また、4種の中で吸血鬼は20年周期で首領が変わるが、3種は100年以上前から存在が変わってないとされている。
時の結晶に眠る人魚姫や長寿の妖精は理解できるが、平均48年である獣人が何故100年以上生き続け姿変わらず老いないのか未だ解明されていない。
そして、変わり続ける吸血鬼は確認されてる中で唯一部下を持っている。
つまり、現在の情報では吸血鬼の部下だけがオーダーとなる。大儲けのチャンスだ
と、思いたいが、同じこと考える人は少なくとも100は確実だろう。
それでも達成されてないということは、先日捕獲した吸血鬼が組織でも下位の実力だったのだろう。
「稼ぐのは楽じゃねぇなぁ……」
「そんな方法があるならだれでもやってるよ」
「難易度3が妥当かな」
貼り紙を剥がし受付で手続きを済ますと、早足で運送屋の元へ足を運んだ。
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高級な素材、高級なブランドに身を包んだ男は背中に大部隊を連れ、秋国の北端の山脈に隠れた洞穴を訪れた。
中から出てくる人型にしてトカゲのような鱗を持つ生物を前に、男はゆっくりと左手を挙げた。
その合図に応え後ろから5キロはありそうな大きな袋を背負った男達がやってきた。
「これをあなた方に」
「そんな、国王殿!何故そこまで我々を!」
そう、上品に身を包んだこの男は秋国の国王である。
「あなた方がこうして穴で生活する要因になったのは祖父の起こした戦争によるものです。異種族同士争うなど愚かです。互いが互いの違いを認めなくては目指すべき多種族共存社会の実現は叶わない。その夢の実現のためにあなた方には生きて種を存続させて頂きたいのです」
「おぉ………………国王様…………」
「では、また」
1人の竜人は涙を流し国王が見えなくなるまで感謝の敬礼を向けた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ……はぁ…………!」
「どこへ行かれた!?また国王様の留守の時に!!カメラは!警備は!」
「……………………」
カメラの死角を把握し警備の目も盗む少女は手馴れた動作で障害物を超えて軽々しく駆け回りただひたすらに抜け道を進んだ。
「あーもう!毎度毎度国王様がいない時に!」
「まぁまぁ、放っておけば国王様が帰られる前に姫様も帰ってくるでしょ」
侍女を宥めるべく後ろから顎髭を生やした男が肩を叩いた。
「そういう問題じゃなくて!知らぬところで怪我をされるのが1番怖いんですよ!しかもどうせ城外に出られてるでしょうし!」
姫の顔は全国民に知れ渡っているため、外に出れば間違いなく姫だと認識され民はパニックになるし、最悪の場合拉致や誘拐されるかもしれない。
「ああああああああぁぁぁ!!姫様ァ!!」
その叫びは保身か愛情なのかは分からないが、今は触らない方がよさそうだと男は侍女から離れた。
「ァァァアアアアア!今暇な警備に次ぐ!スーツ脱いで自然な格好で姫の捜索に出て!今すぐに!!」
本当にどこへ行ったのか、行先はいつもバラバラで特定が出来ず姫が1人で帰ってくるが、今回は無事とは限らない。いつも奇跡的に帰ってきてくれるだけだ。
そんな侍女の心を嘲笑うかのように悪の芽は動いていた。
「姫はいつも通り1人だ。警備よりも早く見つけて捕らえろ」
────。
──。
「チィ!どうなってんだ!姫見つからねぇぞ!」
「大丈夫、王の帰還は2日後だ。姫も王都を歩いてでるほど馬鹿じゃない。王都は広いが100人もいれば…………」
5時間が経過したが、誰一人として姫を見つけることは出来なかった。
「あの、道を訪ねたいのですが、転送屋ってどこですか?」
「んぁ、それならそこの通りを右に出ると広場があるだろ?そこにある時計の正面の通りに進めばあるぞ」
「ありがとうございます!」
「気をつけてな。…………すみません」
少年2人が立ち去ると隠した携帯をすぐに取りだし話を再開した。
「問題は無いが子供の声だな。もしかしたら姫じゃないのか?」
「帽子で顔は見えませんでしたが、それは無いかと。確かに片方が姫と同じ金髪でしたが相手は2人とも少年でした」
「そうか…………引き続き捜索を頼む」
「了」
広場に向かって手を繋いで歩く身長体格が異なる2人は、容姿は似ずとも兄弟のように見える。
「ところでモルタナ?だっけ、親はとかいいの?」
「いないよ。ヒバナは?」
そんな軽く返された返答だが、自分より姿年齢2つか3つ年下の子に言われると返って不安になる。
「俺はむしろ自分が保護者と言うべきか…………ん、俺が一時的保護者になればいいんじゃないかな……?帰る場所とかあるの?」
「あるよー………時計の正面は……こっちだねいこいこー」
「よし、なら今日1日モルタナを家に返すまで俺が保護者になろう!…………ってどこへ行く〜!?」
握った手を離し1人で走るモルタナに肝を冷やされて急いで追いかけた。
本当に、こういうの災いのフラグだからやめて欲しいな。
「早くー行こー……あッ」
案の定目の前で振り向きざまに躓いて倒れようとしていた。
しかし転ぶだけならいいものの、転ぶ先の地面にはどこかの子供がドリブルで運んだらしい小石がゴロゴロ転がっており、手を付いても顔からいっても怪我は不可避だ。
「言わんこっ───」
嘆息を吐きながら髪の毛を抜くと、離れて追いつけない距離の少年に刹那の間に駆け寄り倒れないように抱き支えた。
「┄┄┄┄ちゃない…………」
「あ、ありがとう」
何が起きたか全く理解が出来ないまま、とりあえずお礼を言いながら首を傾げた。
「ったく、危ないからさっきみたく手を握るぞ」
「へへー、なんかこれだと保護者と言うよりお兄ちゃんみたいだね」
「ほー」
顎に手を添えモルタナの顔をじっくり見つめると、モルタナの顔が赤くなった。
「な、何?」
「いや、弟妹や兄姉に憧れてたから」
そういえばラーメルの時も弟が出来たようで少し浮かれたな。
「お兄ちゃんって言ってみて」
「お、お兄ちゃん」
「ぎこちないな。もっと自然と言ってみて」
「お兄ちゃん」
少し照れながら呼ぶ姿にヒバナは拳を固くした。
自分には嫁以外の家族の記憶が無い。それ故かこの響きはなんとも胸に刺さる素晴らしい響きなんだろうか。
今日であったばかりの年下の友達をいきなり弟にするあたり相当痛い人間だろう。
しかし仕方がないのだ!ヒバナには子供として過ごしたり嫁以外の家族と過ごした思い出も記憶も0なのだから!
溜めた欲望が爆発するようにモルタナにまとわりついた。
「おう!お兄ちゃんだ!そうだカフェで何かスイーツでも食べよう!俺の奢りだ」
「やったー」
とは言っても、王都でおすすめのカフェは知らないので王都に住んでるモルタナに人気な場所を聞いた。
「お金もってるってことはヒバナは働いてるの?」
「おう、非公式ギルド角兎ってとこで働いてる」
「非公式ギルド…………あぁ、ニートで溢れてるって有名なあれか」
「え、そうなの?」
確かに大金得れば働かずにしばらく暮らせるが、その大金が入る仕事なんて生命に関わるものばっかりなんだが…………。
いや、もしかしたら王都にある非公式ギルドが報酬が贅沢なのかもしれない。
「でも憧れるなぁ。一般の人だったら危険な生物や種族が沢山いるから街の外を1人で歩いては行けないって誰も出ないのに、非公式ギルドの人達はそれを仕事にしてるんだもん…………箱入りな僕達には文面や言伝でしか分からないことなんだろうな」
危険なことに憧れるお年頃なのかな。
自分が親だったら子にそんな仕事つかせたくないな。まともな仕事で安定した収入と生活を送ってほしい。
「まぁ、仕事には連れてけないけど、うちのギルドに来てみる?どんな仕事内容とか写真とかで見てみる?」
「みたいみたいー!行く行く!」
広すぎる王都を都内転送で簡単に巡ろうと転送屋の場所を聞いておいて正解だった。
行き先が分かってるモルタナは残るケーキをワイルドに一口で完食させ、ヒバナに構わず席を立った。
続いてヒバナも、最後に残したケーキのフルーツをペロリと平らげ、レジで手を翳し精算した。
「ほら手」
「うん」
転送屋は都外などの出入りは保護者同伴でないと通行不可だが、ヒバナの見た目に反したデータにより見た目は子供でも保護者とされ、2人は止まることなく転送装置へ入った。
────。
───。
「何!?姫様が見つかった!?どこだ!」
「はい、カフェの監視カメラに映ってます。もう1人連れ?の少年がいるみたいです」
「その後はどこへ!?」
「はい、西の転送屋にて都外へ向かわれました!」
端末を片手に知らぬものと知り合い都外へ向かわれたと聞くと、一瞬意識が飛びかけたが次の行動に移るために意識を戻し通信端末を全員に設定した。
「全捜索隊員に告ぐ!西転送屋にて姫様の足跡を確認!姫様の現在の格好を転送する。転送屋にて行き先を聞き出し姫様を無事確保せよ!連れに少年がいるらしいが警戒を怠るな!」




