1.7 昇格試験!
1.7
「いらっしゃいいらっしゃい!!寄ってって見てって!うちが今回出す品はこちら!」「はい毎度ー!」「今なら安いよー!」「ようそこのあんちゃん寄ってきな!気にいると思うぜ!」
さあ今回も始まった何市こと、『何でも市場』
店を持つもの持たぬもの、誰でも無免許で商人になれる時が今日だ。
もちろん僕も。
「いらっしゃい。ああ、リューダさん!毎度ありがとうございます!」
「いやぁねぇ、あなたの生地1度使ったら他が嫌になっちゃってねぇ」
「ははは、そんな中毒性なんて生地にあるわけないじゃないですか」
この方は僕が出品する度に毎度買いに来てくれる常連様で、初出品の時からお世話になっている。
初めて来た時は何の変哲もない素人の作品に触れて、食いつくように生地を撫でていた。
「いいえ作品というのは必ず、作った人の感情が染み込むものなの。だから初めてあなたの作品に触れた時私感動し…………あら……?あなた、最近良くないことでもあったの?」
「…………?」
「染み込んだ感情に触れれば分かるわ。そうね、寂しいという感情が色濃く染み渡っているわね」
国中…………いや、外国からも客が訪れるだけあって特殊な客も稀にいる。
この人もそうだ。
思いれのあるものに触れるとその人の近況が大雑把に分かってしまうらしい。
「寂しい…………そうですね確かに寂しいです」
作っている時も紫苑のことをばかりを考えていたのかと、改めて気付かされる。
「そうだ、僕は次の何市で生地と一緒に絵本を出してみようと思うのですが、宜しければリューダさんに第一の読者になって頂きたいです!」
「あらぁ、私があなたの第一読者になれるなんて光栄だわぁ……。あれだけの物を作れるあなたの描く絵本是非ともも読んでみたい!そうだ、それとあなたの村へ行ってみたいわ。今回はともかく前回まであれほど感謝の気持ちに溢れた作品を作ったあなたの村を、是非とも見てみたいわ」
「ここから南南西に半日ほど進んだ先にある────という村です。とてもいい村ですよ、うん。いい村なんですが、観光としては何も無いんですよ……。旅館も特産物もないただの村です」
「あらぁ……。どこかで聞いたことある名前ねぇ。聞く……違う、見た名前の方が正しいかしら…………」
「見た…………?」
新聞で取り上げられるような事があっただろうか。
いやないな。
存在すらも知られない地味な村だ。
「………そうだ!今朝の新……聞…………で…………」
思い出したかと思えば、どんどん顔が青ざめていく常連さん。揺れる瞳でこちらを見下ろしバッグの中から朝刊を取り出した。
「あなた……新聞は読んでるかしら」
「普段は読んでますが、何市の時は読みません」
「そ……そう。あの………とても申し上げにくいのだけれど────」
「────はぁ、はぁ、」
全速力で馬車に駆けつけ、南南西へ車輪を回す。
手網を握りながら新聞を手汗で滲ませ、現実を受け入れ始めた瞳から足元に汗とともに涙を滑らせた。
「そんな嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあああああああああああああああああああアアアアアアアアアああああああアアアアアアアアアアアアア」
リューダから渡された朝刊を見た瞬間、男は何市のことを忘れて乗ってきた馬車へ走り出した。
【相次ぐ他種族による町村襲撃事件】
新聞のキャッチフレーズは至って普通の文だ。
しかし、その襲撃された村の名前が色濃く男の目に焼き付いた。
調査によると、犯行時間は昼辺り。
自分が呑気に昼寝していた間に村は襲われた。
何故、どうして、どうしてあの村が狙われた。
後悔に似た感情が胸を締め付け呼吸を荒くする。
胸の痛みが意識をすり減らすのを覚え、手放すまいと手網を腕に巻き付け声を張り上げた。
「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
絶える事なく、悲痛混じりの声を。
「ーーーーーーーーーーー」
村に着いた頃には喉は裂け音が声に変換されない。
焼け爛れてしまった村を見ても声一つ上がらない程に。
調査を終えた騎士が遺体を並べているのが見える。
どんな焼け方をしたのか、遺体に顔がない。もはや声やしぐさ一つで分かる親愛なる村人も、ここまでなってしまえばただの肉塊。見分けがつかない。
「────────」
やはり声が出ない。
いや、喉が通常であったとしても声は出なかっただろう。
息は吸えてるか。
吸おうとしても酸素が肺へ送られない。
胸に穴が空いて肺がなくなってしまったかのよう………………。
「────」
「君、大丈夫か!?…………だれか、この人を運んでやってくれ!」
遠くで聞こえる調査隊の人の声は一つ、いや、二つ…………?
もう何もわからな────。
「…………なんだこれは…………羽…………?…………虹色に輝いて…………うわ!────」
ーーーーーーーーーーー
カコーン。
青い空の下、木陰に設置された鹿威しが中庭に涼しげな音を響かせた。
「そう言えばさ、三人はお風呂の臭い大丈夫なの?」
静かな中庭のベランダに座り足を泳がせる三人の猫に、朝食後たまたま通りかかったヒバナは問うた。
ふと疑問に思ったのだ。マキモは硫黄泉を嫌ってここに泊まるのを拒否したそうだが、この三人は全く嫌がる気配がない。
「あのお湯の臭い?慣れてるから大丈夫だよ」
「慣れてる?」
「うん。里が崩壊して三人で旅してた時に、何故か獣や他種族が寄り付かない安全な場所を見つけたの。最初は嫌だったけど、一帯で唯一安全な場所だったから暫くそこで過ごしたんだぁ」
安全圏にいる人間には考えられないであろう自然の過酷さを、この子らは幼くして経験してしまっているのか。
「ぅぅぅ………………ゆっくり安全な日々を過ごすんだぞ!」
「何で泣いてるの」
頬の涙を光らせながら三人に背を向けたヒバナは自室へ戻り、テレビをつけて横になる。
「────。────」
「暇そうだね」
「うおあ!びっくりしたぁ!!ええ!?怖い!誰ェ!?」
天井からクリーム色の髪を垂らしながら、エメラルドグリーンの瞳で自分を見上げる少女に驚きのあまり声を上げてしまう。
いや、上から見てるわけだから見下してるのか…………どっちでもいいか。
見覚えのある容姿に目を細め理解すると肩を落とし胸を撫で下ろす。
「何だギルドマスターか。驚かさないでよ」
「何よ。せっかく上司が直々に会いに来たっていうのに」
天井から降りて崩れた髪型を整えながら不機嫌そうに頬を膨らます少女は愛らしいが、実年齢はかなりのBBAだ。
姿を偽っていようとも本体は老体。
それなのにこの人は天井に張り付いてた上に、飛び降りて華麗に着地までこなすとは……。
新世代って何歳からなんだろうか…………。
「人と会うには天井からではなく、まず玄関からでしょ。…………それは置いて。どうしたんです?昨日また来てねってしたばっかりなのに、待ちきれなくて自分が来ちゃったんですか?」
自意識過剰な推理を流して話を進めるヒバナに、ベニゴアはピンクの唇を歪めて目を細めた。
「何よ。私と少女漫画しようっての?いいさねこんなBBAで良ければ少女漫画するさね?」
煙と共に少女が剥がれ落ち、中から70か80のBBAが手を伸ばし少年の顎を掴む。
「……………」
逆にも思える絵面は、見た目の年齢差が混じることにより何とも言えないカオスな状況だ。
10代に見えるヒバナの顎を口説くように掴む老婆。
この場を誰が見ても少女漫画的展開は想像出来ないだろう。
「おいヒバナ…………おっと失礼したな」
ノックせずに扉を開けて状況を覗いた神太郎は顔色一つ変えずに扉を閉めた。
「おい待て!お前絶対わざとだろ!」
誤解などするはずのない神太郎を追いかけ扉を蹴破り、足音立てずに部屋から離れる男の背中を引きずり戻す。
「何でギルマスが部屋にいるんだよ」
「知らねぇよ本人に聞けよ。…………それと、見た目に年齢差はあれど、実年齢は近いから気にしなくていいと思うぞ」
「それはもういいんだよ!そんなルート微塵もないし誰得だよ!?あーもう!ギルドマスターはなんで来たの!?」
自分がまいた種だが強引に断ち切り話を進行させた。
「あら、あなたにしては珍しくレディーを喜ばせるじゃない?私とこの子の歳が近いって?」
再び少女の姿に戻り肘を掴みながら腕を組んだ。
「ん?こいつの身分証の年齢見てないのか?」
「この歳になると全員歳下で一括さね」
「いや、こいつは俺同様見た目に反してお前より年上だ」
「…………へ?」
いや、長年氷漬けにされていたんだ。全ての細胞が休止し成長が止まっていてもおかしくはない。
「どうも神憑きです」
「はえー神憑き…………君が特殊な人鬼なのもそのおかげなのかな?」
特殊な人鬼…………。
前に言われた普通では扱えない人鬼のモヤが使えるとかいうあれか。
「それはちょっとよくわからんす」
「…………で、ギルマスはなんの用で?」
進む度に止まる話を神太郎が進めた。
「ああそうだ、君達に依頼書を持ってきたんだ」
腰から大きめの紙を複数枚取り出し床に並べた。
ほうほう。
狼退治に木こり、鳥退治に遺跡調査etc……。
簡易化して言えば優しく思えるが、実際の難易度は……。
「狼が3木こり3鳥が4遺跡調査が5…………。………………おい、難易度どうなってんだ。この間の団豪ってやつですら2だったのに3以上を寄越すっておい」
「いやぁねぇ、これは昇格試験なのよ。……つまり『しきたり』って訳。受けちゃって?」
「昇格試験?階級とかそういうのあるの?」
「そそ。最初から高難易度行って潰されたら困っちゃうでしょ?だからマスターである私が受注制限を設けてるの。実力を見込んだ人にこうやって昇格試験を設けて、クリアできたら権利を与えるの。神太郎から聞いてない?」
「いや全く」
「試験を受けさせるために来てるように思えるが、実際は誰も受けてくれなくて期限が間近な依頼を持ってきてるだけだ」
「ちょっと、何で言っちゃうのよ」
「そんなまどろっこしいことしなくてもこいつは行くよ」
こいつは人の中が見れるだけの筈だが、性格も全てが見通せるのだろうか。いや、状況と様子を見て判断しただけか。
「そりゃもち行く行く、暇だし。それに三人とクエスト行かな…………ん。三人に難易度3は大丈夫かな…………」
獣人と言えど三人は幼い。ハバリは器官が発達しているそうだが、ソマリとカガリはまだ未熟。人間と同等の能力かそれ以下か。
「そうだな。狼は相性悪いだろうから木こりでいいんじゃないのか」
木こり。
それ単体では木を切り倒すだけに思えるが、難易度は3。
難易度は受注制限を設けるギルマスが設定している為、難易度と言うよりは危険度と言った方が適切だろう。
つまり、木こりというのは樹木型の怪物もしくは、その木の周り一帯が危険地帯だ。
「んー……不安だけど……行くか。いざとなったら俺が再生移動で連れ出せばいいし」
「じゃあ、一緒にギルドにいこう!」
「俺三人を読んでくるから神太郎とマスターはさきロビーに行ってて」
本当に大丈夫だろうか。
ハバリは水族館で体感したあの力を使えば大丈夫だろうが、やっぱりソマリとカガリはどうしてもキツいがする。
でも事情を知るギルマスが持ってきたんだ。
大丈夫だと信じよう。
「くえすとに行くのね。大丈夫、2人は未熟だけど、自衛力は身につけてあるから」
「やっぱり聞こえてますよね」
流石は獣人の聴力。これは下手に一人遊び出来なさそうだ。
「あ、サークル名どうしよう。グループに名前付けるなら何がいいのかな」
「どこか行くの?」
姉のハバリの裾を引き発達してない弟と妹は首を傾げてヒバナを見つめた。
「そうねー、でも少し危ない場所だから要警戒してねぇー」
「あらぁ!可愛い子達さね!」
静かな中庭で頭を撫でられ喉を鳴らす子猫二人。
そこにBBAの元気な声が鳴り響き、小鳥たちは逃げ出し閑静な中庭を掻き乱す。
ゆっくりと階段を降りてくるかと思いきや、手すりから足を投げ出し予想外な事に飛び降りてきた。
どんだけ元気なBBAだ。歳を考えなさいよ。
「こんな小さい獣人ちゃんを見るのはいつぶりさねぇ〜。私の記憶上ではマキモ以来さね。まぁ、神太郎が連れてきた時は生後間もない赤子だったさね…………。今ではすっかりべっぴんさん…………。あなた達も将来は……ハァハァ……」
「落ち着けBBA」
手をわしゃわしゃさせ興奮するBBAを、後ろから神太郎がチョップで止め、襟を掴んで引きずりながらギルドへ強制連行する。
このBBA本当にBBAなのだろうか。
見た目に反して心身若く見えてしまう。
────。
───。
──。
ギルドへの道すがら少年はひたすらサークル名を考えていた。一生持つ名前を決めれるなんて。自分にはとても決めきれない。
────。
あ、いい匂いがする飲食店か。魚を焼いているのかな。
そう言えば今朝の朝食の卵焼き美味しかったな。
醤油と大根おろしを付けるとさらに美味しくなってなぁ。
カリカリした食感のふりかけご飯も…………。
ママの朝食美味しすぎて病みつきになってまうな。
てか醤油って何にかけても美味しすぎないか。
あ、もうサークル名醤油病でいいか。
あいや、それだとやばい病気を持った集団みたいになるな。
「おろし醤油で行こう」
ギルドにてサークルの結成を許可され、サークルのいろはをあらまし教えて貰った。
重要なのをまとめると。
一つ。報酬はサークル全体に分けられるが、依頼参加者に70%、残り30%を不参加者に与えられる。メンバーが多いほど個人の報酬が減ってしまうようだ。
二つ。サークルでは報酬が10%増加し、月に一番稼いだサークルには一週間報酬が50%増加する。逆に、一番稼げなかったサークルは10%減となる。
三つ。仕事先でサークルメンバーが死亡した場合、内容次第では報酬を90%減とする。
「3つ目酷すぎないか?傷心に浸ってるのにさらに報酬減って」
「死なせなければいいだけだ。何が仲間が死ねば報酬が減る。なら意地でも逃げ帰ればいい。死ねば元も子もないからな。というか、このルールが作られたのは殉職率を大幅に減らすためだ」
「ふむふむなるほどふむふむ。」
神太郎の説明を聞きながら書類を書き込み、サークルの手続きを済ませる。書き終えた書類を受付の女性に渡すと、眉を顰めてヒバナに伺ってきた。
「あの…………サークル名変えれないのですが、本当にコレで宜しいのでしょうか」
「全然いいっすよ」
一片の迷いを見せないヒバナに圧され、「は、はぁ……」とイマイチ手が進まない書類に印を押した。
「そ、それでは新規サークル結成おめでとうございます。これからの活躍をお待ちしております。お、『おろし醤油』様」
「よっしゃこれから頑張るぞ!おろし醤油のメンバー達よ」
「ちょっと待てお前、なんだおろし醤油ってなんだ。もう変えれないんだぞ」
「そうだよ変えれないんだよもう良いでしょ!いい名前でしょ!」
そう簡単に決めれない名前を考える事をやめたヒバナは、思考を停止させ安直な脳に換装したらしい。
これが前前世で子を持った男かと嘆息を吐き、自分の所属する事になるサークル名を一瞥して再度呆れた。
「はい!クエスト行きましょか!」
────。
───。
─。
「何で、毎度こうも遠いいのでしょうかね」
「新世代人類が強くなったとはいえ、自然界や他種族は危険だらけだ。何か特に理由がなければ、住まいは安全地帯におくさ」
車に目的地手前まで送ってもらい、現在は森に入って対象の木を捜索中だ。
前日に雨が降ったのか、地面が脆く足を取られる。さらに染み込んだ水分が蒸発し霜を作ることによって視界も悪い。
これは、獣人様のお力に頼るしか無さそうだ。
「…………!」
五感を研ぎ澄ましたハバリが前方から何かを感じ取り、身構えるのを合図に神太郎とヒバナは即座に身構え、それぞれが用意した武器を手に、二人は獣人三人の前に立ちはだかる。
「前方一人ゆっくりこっちに歩いてくるわ」
「どうする、この視界だ。あちらにも見えていないだろうから隠れてやり過ごすか」
「いや、俺たちは道から外れている。そんな場所に、偶然真っ直ぐ向かってくるとは考えられん。迎撃と撤退、どちらもすぐに動けるよう構えとけ」
焦りに思考が鈍ったヒバナに神太郎の冷静な指示を出すが、追加で疑問を与えた。
危険な場所を一人歩き、さらにはこちらの位置をを特定している。
これらから、相手は人間でない事と、相当な実力を持っていると思われる。
そんな強者を相手に、未発達の獣人を守りながら戦えるだろうか。
否。神太郎も焦っているのだ。冷静な仮面の裏はヒバナと同じく焦燥に駆られている。
────。
緊張が汗に張り付く。そして、その元凶たる者のシルエットが霧に映し出された時、一堂は息を飲んだ。
異形。
一言で表すならそれが適切だろう。
距離10m。
歩いているような動作は見えず、宙を滑るように真っ直ぐ揺れることなく歩み寄るシルエットは人型ではなく、逆キノコの様な見た目だ。
人型でないこいつは一体どの種族だ────。
「あのーすいません。道を尋ねてもいいですか?」
「───!」
なんだこの姿は。
人だ。人型であるが────。
「何その手!でっか!」
本人の体よりも巨大な左手が尻に敷かれ、その手に山座りし指で這って地を移動している。
「あ、この手は気にしないでいいよ。僕も気にしてないから」
「いや気にするよ!」
「それよりも 道 聞いてもいい?この森に入ってから霧が濃すぎて僕遭難しちゃったみたい」
よかった、敵意はないみたいだ。
あんな禍々しい色と形をした手で襲われたらどうなっていたことか。
…………っ。何だろう。標高が高くて酸素が少ないのか、頭がぼーっとする。
「俺たちの背中の方に進めば道があるよ。道に出て左に曲がれば森の外に出れる。で、その手は何なの?」
「ありがとー。じゃ、ばいばー」
結局何も教えてくれずに霧の向こうへと消えていった謎の男だが、何故かあまり気にならず追求しようとは思わなかった。
遭遇直前の緊張感は何処へやら、何だか今は気だるさに身を包まれている。
そんなヒバナと神太郎とは逆に、ハバリはパンツからはみ出た尻尾の毛を逆立たせ、男の向かった方をずっと警戒している。
獣人の本能があれの危険度を検知したのだろう。
そんな相手と戦闘にならなくて良かったと胸を撫で下ろすヒバナに、神太郎は自分と重ねて疑問を抱いた。
「どうかしたか……?」
「いや、あいつの事が気になってな」
「なら中身見ちゃえば良かったんじゃない……?」
自分の中はさんざん見るくせにと横目で言うが、神太郎はキッパリ否定した。
「ダメだ。何でさと言いたいだろう。いくら俺のスペックが桁離れしていても、脳は人間の数倍程度だ。人をベースにしたからな。つまり分かるか?人間そう簡単に多くの情報をコピーできるわけじゃない。例えば、都会で目に映る全ての人の中の情報を吸収するとどうなる?」
「脳がパンクする」
「そうだ。人間自分の記憶も完璧に維持出来ないのに他人の記憶まで請け負ったら、収納出来る場所が無くなっちまう。つまり、俺の脳の容量にも限界があって、そう何人もポンポンと覗けないってことだ。ましてや不老のこの身、生きてるだけで数人分の記憶容量を一人で取っちまう。コンピュータに例えるとわかりやすいが、お前はまだわかんないから教えようがないな」
にしてはこいつハバリの中を簡単に見てたよな。
「話は終わりじゃない。せっかくのこの能力。数人覗いただけで使えなくなるなんて勿体なさすぎるだろ?そこでだ。今は禁忌とされている抹消された技術、ラーメル・トラメルの作品を使って俺は記憶ディスクに他人の記憶を移植して保存する事を可能とした。ディスクを出せばいつでもその記憶が見れる上に、俺の頭の容量も軽くなっていいこと尽くしだ。ただ、バレれば俺は歴史の管理人とかいう痛い連中に暗殺される」
「それって前烏龍の話をしようとした時にお前が言った奴か」
「そーそ。外であの戦争の事はあまり触れない方がいい」
危険信号を拾うアンテナである逆立つハバリの尾が元の細さに戻り安全を確認すると、霧の先へ足を踏み入れた。
「それにしても、霧が濃すぎて、例え近くにあったとしても気づけないな。な〜神えもん、一帯の霧を吹き飛ばす道具とか持ってない?」
「残念ながらそこまで便利じゃないんでな。てか、誰が神えもんだ」
そこまで便利じゃないって言われても、今までの見てると本当に何でも出来そうな気がする。
それにしても、場所が場所なだけに、この依頼はただの木こりでは無さそうだ。
【依頼内容】
とある樹海奥に潜む『安楽木』の伐採。また、それの持ち帰りをメインオーダーとする。
注意
『安楽木』については、研究結果が出ているため、よく調べてから赴くこと。
命の保証はギルドマスターに委ねるものとする。
という依頼だ。
ここまで来て今更だと思われるかもしれないが、注意書き
『よく調べてから赴くこと。』
まーーったく調べてません。
調べてから行く事を前提に命の保証はとか書かれているけど、調べてない時点で確実に命が危ういのは確かだ。
さてさて。
どうやって三人を守ろうか。
「…………そうだ神太郎、お前が注意事項に気づかないわけないよな。なんで無知のまま俺らを行かせた?なんで教えてくれないの?」
「お前なら初見だろうと特に変わりないと判断したからだ」
あー。つまり再生案件ね。
できるだけ使いたくないと願っても、死ぬまでお世話になりそうだ。
再生だって無制限に使用できるわけではないのだから、限界を知ればダメージに鈍感な不死者も命が欲しくなる。
「木こりの際の三人の無事なら俺が保証するから安心していい」
「いや、俺の安全も保証して欲しいです」
「俺らは危険だから、お前が先を歩いてくれ。霧の奥に行っても大丈夫なようにお前に首輪を付けといてやるから」
ジャリっと音を立てて神太郎が手に持つのは、赤く塗られた皮の首輪とそれに繋がる鎖。
ふつーこういうのって腰にロープを巻くもんじゃないの…………。
「…………スンスン。……ん……」
4人から離れた先を犬用の首輪を付け一人で歩くヒバナの鼻を、何か香ばしく食欲をそそる匂いが掠め通った。
朝食を取ってからだいぶ時間が経っていたため、食欲は絶好調だ。四人に伝えるべきだろうが、割と離れてるおかげで声が届くかも怪しい。
いや、何故神太郎が自分を先に行かせたかを考えるんだ。
地雷、不意打ち、落とし穴、急な崖、魔法による洗脳等々。
それらと現状況を照らし合わすと、辻褄が合う気がする。
となればこれはあれか、美味しい匂いで誰かを誘って、餌に食いついた獲物を捉える的なあれか。
「いいよ乗ってやるよ!腹が減ってんでなぁ!!」
ヒバナは走り出した。生い茂る草木を踏みつけ、立ちはだかる樹木の壁をくぐり、食欲に従うまま走り抜けた。
罠?地雷?崖?魔法?知らんな。
「俺は不死者だああああ!!」
草木に体が削られ、各所に出来た切り傷に目もくれず走る少年が霧の向こうに見たものは。
「─────」
ーーーーーーー
「どうしてかみたろうはいつもヒバナと一緒にいるの?」
勝手に人見知りと思い込み姉にだけ喋ると思ってたカガリの問に少し驚き、カガリの印象を友好的に変更した。
「あいつは俺の元飼い主だったからな」
「かいぬし?」
「ああ。神聖が受肉するには、まず生物に取り憑かなきゃいけなくてな………ってまだカガリには早いか。あと2、3年後にもう一回聞いてくれりゃ教えてやるよ」
頭を撫でられ喉を鳴らすカガリを懐かしく感じ、脳裏にマキモの姿が浮かんだ。
「スンスン」
懐古に浸る神太郎だが、ハバリのセンサーが反応した僅かな動きを見逃さなかった。
「ハバリ、今どんな匂いがどこでした?」
「ヒバナの先からお魚の匂いがしたわ。…………!神聖さん、リードが」
制限なく伸びる魔法具のリードが急速に伸び始め、神太郎に異変を知らせてくれた。
「ヒバナ……あいつでもキツいか…………」
リードの先端にあるスイッチを下げると伸びが止まり、微弱な力で引き寄せられるが大したことは無い。
スイッチを上にスライドすると釣り糸のように自動でリードが引き寄せられ、霧の奥から木の枝を加えたヒバナが引きずられてきた。
木の枝を美味しそうに加えたまま他の事に関心を見せないヒバナの頭を軽く引っぱたくと、挙動不審に当たりを見回し視界に入る生物一人一人に目を合わせた。
「おい、しっかりしろ」
「あへ、おへ…………っぺッ!マッズ!!なにこれ!?枝!?何で!?………………え、ちょ、そんな目で見ないで!?痛い!3人の視線が痛いよ!!」
「お前何で木の枝を食ってたんだ?」
「知らないよ!美味しそうな匂いがしたからそっちに走ったら、骨付き肉が果実のように実ってたもんで食べながら周り見てて…………えーっと、気づいたらお前らが…………え……まさか…………敵!?」
記憶の矛盾に頭を困惑させるヒバナ。
脳自体は再生できても精神や思考は再生出来ないため、精神的ダメージには弱いらしい。
「いや、目標だ」
「ふぁ?」
「目標の安楽木は魔力を持った植物で、そいつの放つ花粉は直接脳に害を与える。現にお前がなったろ。甘い誘惑で敵を誘い出し、さらに洗脳することによって偽物の幸福を与え対象から精気を削ぎ落とす。安楽木の虜になったら、もうそこから動けなくなり、やがて大地に吸われ、その中の安楽木の根に捕食されちまう。食虫植物が全生物になったみたいなもんだな」
「うし、もう一回行ってくる。花粉が濃くなる前に常時再生を意識すれば!!うおおおおおおおお!!」
張り切って霧の奥を走り抜けたヒバナだが、1分もかからずに行きより元気に帰ってきた。
「ああああああああぁぁぁああああああああああああ!!!」
「どうした」
「あの花粉ってさ、魔力を持ってるならさ、それを切り落とせば効力は無くなるんだよね?ならさ、そこら一帯の虜になった獣たちも復活するんだよね?」
結末を想像するヒバナの顔がみるみる青ざめていき、安楽木を指さし呟いた。
「ライシャウルフ、めっさいたんだけど…………」
「っつー。不味いな。あいつら知能高い上にスペックが獣人に近いからな………………」
「俺の強運どうなってんのよ…………」
「ずっと臭っていた血の臭いはその犬が原因だったのね」
その存在を知っていても冷静なハバリは、まだ幼い獣人だと思えない。どこぞの狐は死にかけてたのに。
そう言えば新世代獣人って弱体化したんじゃなかったっけ。
でも水族館の時の蹴りは明らかに旧世代獣人のフランコの何倍も強かった。フランコがあまり生肉を食べなかったというのもあるが、色濃そうな人鬼を食べたはずだ。
「私達はライシャウルフに対しては大丈夫よ」
私達って未発達の二人もか。
「んー、大丈夫みたいならやってみるか。神太郎は自衛ガンバ。────うし、やるか」
体から滲み出る黒いモヤで繭を形成し全身を包み、漆黒の球体となったヒバナに対しハバリは。
「ヒバナ臭い」
獣人の嗅覚にはこの黒モヤが不快らしく、誰もが臭いと言う。かつて前前世でも獣人に臭いと言われた。
割と傷つくから獣人の前では使いたくない。
「ハバリーちょっとお願いがあるんだけどさ、さっき俺がいた方角に黒繭を強めで蹴り飛ばしてくんない?」
姿が見えないまま依頼され、聞いたことの無い声の言う事を聞くがままに黒繭を蹴り飛ばした。その威力は水族館の時程ではないが、メガロドン頑丈だと思い込んでる繭にヒビを入れた。
豪速。
0.5秒も経つ間もなく安楽木が目前に。
再生移動に匹敵する速度の中でヒバナは、積層し頑丈にした足元の繭を蹴り飛ばし、何倍も伝わるGを超えて腰に携えた刃折れの刀を引き抜き一閃。
雷霆の如き刃閃は触れたものを両断し、太くたくましかった安楽木を切り株へと変えた。
そして、地をえぐり黒モヤを足に纏いながら滑走するヒバナは、着地前に既に刀を鞘に納めている。
「さて、これからどうしたものか」
切り倒した安楽木の傍に立つのは貧弱そうな十代半ばの少年ではなく、細身ながらも絞られた筋肉を纏う茶髪の青年。
安楽木の破壊によって効力が消え、虜となっていた生物達の意識が次々と覚醒してゆく。
その中でも特に危険なのがライシャウルフだ。
危険凶暴で旧世代獣人ですら恐れる最強の野生動物。
個々が獣人を恐れさせるほどの能力を持ちながらも、力なく頭脳で発展してきた人間に近い知能を保有し、挙句の果てに群れで行動する。
そんなワンちゃん達の一群が目覚め青年を見つめている。
「あーまずい」
不死身とは言え、ライシャウルフに囲まれればストックも食い尽くされかねん。
この場は逃げ一択だが、それは1人だった時のプランだ。
現在のパーティは自分を入れ五人。二人ならライドで逃げれたが、流石に子供でも4人乗せることは難しく、何より降りる手段が手荒く骨折の恐れがある為推奨出来ない。
困った。
ハバリの「大丈夫」をどこまで信用していいものか。
そうこう考えてるうちに犬たちが陣形を完成させている。
森の中に描かれた三重の円陣は、中心に囲む獲物を絶対に逃さないための壁だ。
そして、一匹の犬が先手に出ようと胴体を下げた時だった。
「ゥヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」
森林に野太い声が響いた。
その声は聞くものの生を捨てさせ、誇り高き獰猛な犬さえもひれ伏させる。
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」
次第に声が近づき、不死者の足をすくませた。
「がおー」
「がおー」
霧の向こうから現れたのは可愛らしい獣人三人と神太郎だった。
素直におすわりをする犬に対してカガリとソマリが威嚇し「くぅーん」と鳴かせ、後ろでハバリが両手で顔を覆いながら野太い声で威嚇する。
発達するだけでこうも変わってしまうのか。
顔を隠してるのはおそらく強烈な表情をしてて見られたくないのだろう。
「それにしても凄いな…………これも獣人の力か」
「いや、おそらくこいつらが野生だった時に身に付けた生きる手段だろう」
「にゃーん」
なんか和解したようだ。
「神聖さん、ロープあるでしょう?この子達もう大丈夫だからあの木に縛って運んでもらいましょ」
和解した犬達はまるで飼われているかのように、舌を出し息を荒らげながら尾を振る。
まさか、あんな三重の円陣を作れる程の群をこんな簡単に味方にするとは。
「じゃあ俺が船作るから、それに乗って帰ろう」
「んや、ちょっと待て、ライシャウルフを連れたまま市街地に入るとテロ未遂とかで捕まる可能性がある」
「あー、それならいいこと思いついたぞ」
掌から手汗のようにジワジワと黒モヤを溢れさせ付近に散りばめると、獣人三人は不快そうな表情で訴えてくる。
ごめん、でも仕方ないから許してちょ。
黒いモヤは2センチほど積もると、犬と船を包み込み見覚えのあるシルエットを形成してゆく。
黒一色だが、見た目から派手にも感じるそのシルエットとは。
「かぼちゃ…………?」
パンプキンボートだ。
中には椅子までもが設置されており、部屋として使うなら良さげだ。
かぼちゃに繋がる小さいかぼちゃの群れは、見事にライシャウルフだとは認識させない。
ただ、設計上全て一つの部品な為、衝撃を吸収する機能はなさそうだ。言わば、石を彫って造ったも同然だ。
「帰るまでに尻がイカれるぞ。何とか出来ないか?」
「無理!知ってるだろ、人鬼はモヤで鎧を形成してる姿なんだぞ、つまり硬いものしか出来ないの!あんだーすたん?」
神太郎は自分の臀部を摩り悩んだ末、ボートに乗った。
「よっしゃ、出発しんこ……ぐうぇ!」
出発出来たはいいものの、ここは森の中。木々に囲まれ巨大なかぼちゃが通る道はない。
「ええ…………入口まで自力で運ぶしかないのかよ…………」
────。
──。
────。
巨大なかぼちゃを消滅させ、安楽木を自力で運ぶこと数時間。神太郎の増強魔法を使っても旧人類の力では流石に時間がかかる。
獣人三人の腕も借りたいが、犬達への指示を出してる姿が愛らしいので二人だけで運んだ。
「どっかの誰かのせいで、尻の前に腰が逝くかと思ったよ」
付近の岩に腰を下ろしながら神太郎は、再度同じようにかぼちゃを形成してゆくヒバナに愚痴をこぼす。
「それにしても…………お前、ずっとその姿だけど、元に戻らないのか?」
かぼちゃを生成するのはヒバナだが、シルエットは少年ではなく青年だ。
そしてその姿は、歴史マニアなら誰もが一度は見たことがあるであろう国家反逆の大罪人シオン。
幾度となく命を狙われた国王だが、刃を触れさせたのは数百年の歴史の中で二人だけだ。
「あーこれ?残機リセットされるまではこのままでいようかと。なんかさ、この姿になると残機が半分になっちゃうらしいのよ。元から半分に減ってさらにまた半分になったら、20から10、10から5になっちゃって。さらにまた変身すると半分減って0になっちゃうの。つまり、リセットするまではこれをとかない方が安全なの」
姿はシオンでも中身はヒバナな為、似合わない口調は見ていて気持ち悪い。
「残機が減るにしても…………、お前……いや、シオン。強すぎないか?」
「強い?」
「ああ。俺は戦後のパラメータインフレに負けないよう、不老を生かして長年自分の体を鍛えて新世代にも負けない位にはなったつもりだが、サシでやれば俺とどっちが勝つか…………」
えらく似合わない言葉を使うもんだ。
負けないよう鍛えるだのサシでやるだの、少年漫画かよ。
いや、旧世代体質で生きる以上、新世代に襲われりゃ自衛が困難か。
「俺が鍛えたのは、嫁に勝つためだがな。…………どうだ帰る前に1発勝負する?」
「嫌だよ。お前は再生できても俺は出来ないからしばらく痛むだろ。」
「ちゃうちゃう。そんな暑苦しいバトル漫画的なのじゃないって。男ならやっぱあれだろ簡単だし。腕相撲やろや、負けたら奢りで!」
神太郎の応えを聞く前にかぼちゃと一緒に台座を作った。
かぼちゃが完成するとヒバナは台座に肘を置き神太郎を見やると、神太郎よりも先にカガリが肘を置いた。
「俺もやる!」
カガリの一言に続くようにソマリもヒバナの裾を引き参加を訴えた。
「二人がやるなら私も…………」
「いや、ハバリはダメ!絶対相手にならない!俺達が!」
言い切る前にヒバナに参加を拒否され、ハバリは頬を膨らませて自分の力を疎ましく思った。
「な、ならせめて勝ち抜きして最後に残った人とやるのは…………」
「それならいいかな」
了承を得るとハバリは「やったー」と喜び後ろを向いてニヤリと頬を歪めた。
「おし、じゃあトーナメント戦でハバリは決勝シード枠でいこう。1回戦目は俺とカガリで二回戦は神太とソマリ、3回戦で準決勝、4回戦でハバリと勝ち抜いた奴で行こか」
1回戦目が始まる時、両者共に肘をつけて気がつく。
「腕の長さ違うから掴みあえないね」
「なら届く高さの腕持ってもいいよ」
「うわ汚ッ!」
ヒバナの姿ならともかくシオンの腕は太く掴みづらい上に、腕相撲で下を持って勝つことは難しい。
しかし、正当な腕相撲しか知らないカガリにはそんなこと知る由もない。
「うるせぇ勝ちゃいいんだよ!」
「れでぃーー」
止める気なくハバリが開戦の狼煙を上げる。
「ふぁい」
「ふ ボ ラ」
開始と同時に消えたヒバナ。
台座に残るはカガリの腕のみ。
「勝者カガリ〜」
抱きつきながら勝者の名を上げるハバリだが、神太郎には敗者の行方の方が重要で、喜ぶ声など全く耳に届かない。
「な、なあ、ヒバナはどこに行ったんだ?」
「あっち」
指さされた方向には巨大な岩が離れた位置にあり、その岩の中央には非常口のような人型の穴が空いてる。
「………………」
「では2回戦目〜」
岩の穴を見た後に肘を置くソマリを見て青ざめた神太郎は、両手を上げて降参を示した。
「ヒバナ回収してくる」
「3回戦目〜ハバリとカガリ〜」
神太郎は汗を滲ませながら、楽しげな声に背を向け岩の穴へ足を進めた。
「大丈夫か」
「じゃない。動けまへん」
再生で傷が癒えて元気そうな声が聞こえるが、岩に固定され動けないそう。
「……ちッ、仕方ねぇ。シオンの体も今日は終わりか」
悔しそうな声が聞こえると、暗い岩の穴から黒モヤがちょろちょろと流れてきた。
「モヤが外に出たら離れ…………ふぅ」
言葉の途中で再生し、注意する気無さを感じさせる。
「なぁ神太、新世代の獣人って弱体化したんじゃなかった?」
「そうだが、あいつらは別みたいだな」
遠くで腕相撲に盛り上がってる三人の決着から目を背けるように、二人は少しずつ登る夜空を見上げて歩いた。
「帰ろうか」
──────。
────。
──。
時は経ち翌々日の朝。
石の壁に閉ざされた空間で五人は、仲良く雑魚寝をしていた。
「おい起きろ朝食の時間だ」
鉄格子の外から支給された栄養摂取のみが目的とされた味のない料理を口に流し、苦渋を噛み締め過ちを振り返る。
そう、ヒバナ御一行は只今絶賛投獄中である。
訳も分からず目を回したヒバナは鉄格子を握り隙間から顔を食い込ませて叫ぶ。
「どおおおおしてこうなったァァァアアアアアアアアアアアア!!!??!?」
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