女は何を愛したか? II
「綺麗な家ですね。丘の上にあって景色もいい。こんなとこに住みたい」
豊の家に着いた日揮は羨ましく思う。自分の家の古いアパートに比べ物にならない。三高は車を車庫に入れる。警察に待たせない様に、足取りは悪いが豊は玄関を開けて招いた。妻が死んだので日揮も気持ちが分かる。
「どうぞ中へ……」
野々路と日揮は入ろうとするが、不明は動かず車のドアに寄りかかっている。
「……君は入らないのかい?」
「家の中に入れとは言われてないんで!」
元気よく返事された。てっきりあの探偵の代わりに、容疑者の話を聞くのかと日揮は思っていた。車から降りた三高が後ろに待っている。彼女は何をするか気になるが、自分は自分の仕事を優先して行こう。野々路と日揮が家に入るのを確認すると、不明は屈伸をして胸ポケットからスマホを取り出し、家の全体が写るように写真を撮った。
「家の豪華さは中の上レベル。車を二台停める車庫あり。停めてあるのはさっきの車と軽トラック……文字が書いてあるね」
緑色の字で(豊なリサイクル四季!)と、軽トラックの前後左右全てに書かれている。
「ダサいね! 他には……玄関の所に監視カメラ一台発見! 本物だけど車庫の出入りまで映らなそう。使えないポンコツ!」
中々の辛口なコメントを言いながら、写真を撮っていく不明。ある程度撮ると今度は電話をかけた。
『……最初のハートは?』
「三つ! こっちは調べたよ。どこにいるの?」
『……店』
電話に出たのは未明だ。彼女達は合言葉を決めて本人か確かめる。それは日にごとに変わっていて、どう決めてるのかは探偵にすら分からない。その探偵は今、被害者の豊毎夏がカーペットを買ったと思われる店に来ていた。店員に彼女の服や特徴を教えて、カーペットを買いに来たか訪ねた。
「ああその人なら、夜の七時半頃に来られたと思います。カーペットを買って、お一人で抱えて行こうとしてらっしゃったので、我々が運ぼうとしたんです。けど断れてしまったので」
七時半は死亡推定時刻だ。つまり豊毎夏は七時半まで生きていたことになる。
「ちなみにどんなカーペットを買ったか覚えてます?」
「ええ、結構お高いの買われたので覚えてます。あちらのカーペットです」
店員が指したカーペットは、探偵の身長の二倍もある長さで巻かれてある。これを女一人で持てるかどうか、探偵は実際に持ち上げるが、長いためバランスが悪い。
「これを一人ではキツイだろうが、運べなくはないな」
ここの情報を全て手に入れたからもう用はない。二人は店の外に出ると未明がスマホを探偵に渡した。
「……電話」
「不明か? ここは調べたぞ」
『やっと変わった! 私はそっち行くの!? どうするの!?』
「場所を教えろ。そっちに行く……少し待ってろ。行く前に調べる物が増えた。未明に場所を教えてくれ」
「ガッテン承知!」
探偵はある物が眼に入った。(何でも廃品回収!)と書かれているポスターだ。場所はこの店の駐車場で行われている。探偵はまさかと思い、廃品回収をしている男性に訪ねた。
「すいません。昨日ここにカーペットを回収されてませんか?」
「カーペット? あったよ。随分と汚れていたから、使い物にならなかったけどね」
「はあ……ありがとうございます」
探偵の読みは当たっていた。まさかとは思うが、犯人がこんな手を使うとはな。
「まだ決まった訳じゃ無いんだ。家に向かおうか未明」
「…………」
無言だがこの子なりの返事だ。探偵と未明は豊の家に向かう。
「お話ありがとうございました。では我々はこれで」
野々路と日揮は話を聞いただけで、家を出た。彼等に聞いたのは、豊毎夏がどんな人物だったか、恨みを買われていないか。ここ最近変な事が起きたか等だ。質問は全部野々路が行い、日揮は何も言えなかった。いや、言う権利がないと言った方が正しい。このままでは捜査は進まない。探偵の推理が正しければ、犯人は関係者の筈。だが死亡推定時刻などが分からないと、アリバイを聞く事が出来ない。鑑定士の結果を待つしかない。外に出ると不明がスマホを操作している。こう見ると普通の学生の様だ。こちらに気付いた不明はスマホを胸ポケットに直した。
「お疲れ! 何話したの?」
「探偵の猫に教える気はない」
「そもそもどうでもいいけどね。まあアリバイくらい聞いたなら、調査も進んじゃうよね」
「聞けるのか!? 死亡推定時刻も分かってないのに!?」
日揮は驚き、思わず声を大きくしてしまった。その反応に不明はキョトンとした顔で頭を掻いた。
「………もしかして私、余計なこと言っちゃった?」
警察と戦ってる不明にとって、敵に塩を送る行為だ。言わなきゃよかったかなと思う。日揮はこの子なら何か情報を漏らしてくれるかもしれない。案外口が硬くないようだ。だが野々路は探偵の手下なんかを信用していなかった。この女は特異体質なのか超能力か分からないが、警察の苦労を無駄にする様な力を持っているのは知っている。長年こいつらに振り回されて来たからこそ分かるんだ。
「適当なこと言いやがって。我々はちゃんとした捜査で調べてるんだ。お前らの気持ち悪い能力で分かった死亡推定時刻など、信用出来るか」
「うわひっどーい! 女の子に気持ち悪いなんて、最低な男だよ! ていうか死亡推定時刻分かんなくても、アリバイ聞けるじゃん」
「そんなもんどうやって分かる?」
「分かんないの!? すいません、警察だよね? その頭で日本守る〜とか言ってるの!?」
警察の頭の悪さに、不明はお腹を抑えて笑った。その行為に野々路の怒りに触れた。
「それ以上ふざけた事言うと、公務執行妨害で逮捕するぞ!」
女の子一人に笑わただけでそんな怒らなくても。日揮は思いながらも黙っていた。怒りがこっちに向かない様に。あまりの面白さに不明は座り込んでしまった。だが笑いは突然止まった。
「レシートだよ」
笑い終えた不明は小さな声で答える。日揮から顔は見えないが、それは逮捕されるのにビビって言った様には聞こえない。レシート、日揮が思い浮かぶのは、豊毎夏の財布に入っていたレシート。
「そうか! レシートに書いてある時間は彼女が生きている時間。確か昨日の七時三十分だった様な………ちょ、ちょっと待て! 君達は財布の中身を見てないだろ? どうして知ってるんだ!?」
「気付かなかったの〜? 人の話に夢中に聞いてると、財布とか盗られるよ〜」
ニヤニヤと歯を見せて、不明は足を伸ばし身体を横に揺らす。彼等が僕達の前に現れた時、財布とレシートは野々路警部が持っていた。
「盗み見たなら、探偵が推理してた時だ」
「新米さんだーいせーいかーい!! 少しは頭の体操になったかな?」
自分が持っていた時に盗み見られ野々路は、悔しくて仕方なかった。
「クソッタレ、行くぞ日揮!」
「は、はい! 君も危ない事はしちゃダメだよ!」
不明はまたキョトンとした顔になった。今までそんな事言ってくれる人なんかいなかったのに。
「………変なの」
警察の車は走ってしばらくすると、探偵と未明が歩いて来る。不明は手を振って二人を呼んだ。別に二人が手を振る訳でもないのに。
「二人共お疲れ様でーす! 送った写真見ました?」
「ああ、ここから現場までそんなに離れてないんだな。こっから港見えるじゃねえか」
「………妻の墓場が見える家。素晴らしいな」
未明が景色を見た感想は、他人が共感しないだろう。探偵は豊の家のインターホンを鳴らした。出て来たのは豊ではなく友人の三高だった。
「あんた達はさっきの……悪いが日を改めて来てくれないか? 」
「悪いが日を改めて来れないんだ。あんたの大事な友人に聞かないと、大事な友人を殺した事件は解決しない」
「………ちょっと待ってろ」
三高は一度奥に行き、豊冬一に許可を得た。呼ばれた三人は中に入ると、外の景色に海が映る広いリビング。下には高級なカーペットを敷いて、高級なテーブルが置かれている。このカーペットは先ほど店で見たのと同じ物だ。
「……すいません探偵さん。お話とはなんでしょうか?」
「ズバリ聞いていいか? 二人共、妻を殺した犯人をどう思う?」