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二度目の前の

作者: ゆぅり

「やぁ、こんばんわ。いや、こんにちはなのかな?

 この辺りは昔魔王が雷雲だらけにしてしまったせいで時間がどうにもわからないね」


 ……やぁ、こんばんわ。

 あの日ぶりじゃないか、魔女さん。

 あれ以来一度も顔を見せないんだからな、性質が悪いよ。


「そうは言ってもね。私が手を出してしまっては意味がないじゃないか。

 君が自身で考え、行動するところに面白みがあるんだ。あれよこれよと口出ししては娯楽にならない」


 そういうところが性質が悪いって言ってるんだよ。

 人の人生を外から覗き見るなんて、まともな娯楽じゃない。

 ましてや、こんな人間の人生で楽しめるアンタはまともじゃないよ。


「ふふ、まともじゃないなんて、そんな言われ慣れたことを言われてもね。まぁそんなことはどうでもいいさ。

 それよりどうだい、2度目の人生が終わる瞬間というのは。傷だらけの血まみれでそこらの死体の一つになりかけている気分は。

 まぁ、正確に言えば世界が違うだけで最初の人生の延長なわけだがね」


 最悪だよ。

 こんなはずじゃなかった。こんなつもりじゃなかった。

 もっと輝かしいもののはずだったんだ。もっと誇り高いものになるはずだった。

 なのに、なのになんだこの有様は。

 ゴミだよ、ゴミ。


「あはは、酷い言い様だね。

 気持ちはわかる、なんて思ってもいない言葉は使わないようにするよ。私は自分の人生で失敗したことはないからね。君のようなゴミクズみたいな人生は未経験だから楽しむことはできても共感はできないなぁ」


 酷い言い様だな。

 形だけでも慰めてくれてもいいじゃないか。

 こんなに痛いんだ。少しくらい甘やかしてくれよ。


「嫌だよ、面倒くさいもの。痛みなんてこの半年で慣れたものだろう?

 それに、まともに努力しないくせに退屈だなんてふざけたことを言う君のために、せっかくこうして新天地と力を用意してあげたのに、それをうまく使えなかったのは君自身だ。

 だからその痛みも君のせい。慰めてあげる義理は無いね」


 ……ほんと、そうだな。

 自分でも思うよ。せっかくゼロからやり直すお膳立てをしてもらったのに、それをすべて台無しにしたのは他ならぬ俺自身だ。

 でも仕方がないじゃないか。こんな立場になったんだ、こんな力をもってこの世界に来たんだ。

 自分は特別な存在だってうぬぼれる時間があったっていいじゃないか。

 どこぞの創作品みたいに、何も考えなくても物事は勝手にいい方向に向かうものだと思ったっていいじゃないか。

 こんな、一回の失敗で全て終わるような世界じゃなくていいじゃないか。


「そんな世界を望んだのこそ他ならぬ君自身だよ。

 最初に行ったはずだ、君は決して特別では無いって。神の加護も強運も持ち合わせてはいない。何せ君を転移させた張本人が君を守るつもりがないんだからね

 無条件に権利と保護が認められている世界なんてそれこそ珍しいものさ」


 ホントいい性格してるな。

 目が覚めたら異世界の知らない村で、意気揚々と村の人間に話しかけたら知らない言葉しか話さないときた。

 スタートダッシュでこけた気分だったよ。


「ああ、懐かしいなぁ。目を輝かせて剣と魔法のある世界に行きたいなんて言っていた君の顔が。

 言葉がわからないから身振り手振りで何とか説明するんだけど全然伝わらなかったよね。路頭に迷っている君にやさしく手を差し伸べた美女は詐欺師でさぁ、神子は高く売れるって知ってたもんだから成すがままに国に売られて兵士になっちゃって。あの時の君は笑えたなぁ。売られたとも知らずに一国の兵士に選ばれたと思い込んで張り切ってるんだもの。

 そして戦争に赴き、人を殺してはゲロを吐いて、それでも逃がしてもらえず戦い続けた結果こうして死にかけているんだ。

 ぁあはああ、とてもじゃないけど笑いが抑えられないよ。今こうして君の顔を見ているだけでもお腹が捩じれんばかりに笑い転げたいね」


長々と俺の顛末をどうも。これでもずいぶんと省略されてるけどな。

改めてこうして振り返ってみると、元の世界はよほど簡単な人生だったんだと実感するよ。

あんたはこれを俺に教えたくて俺を転移者に選んだのか?


「まさか、そんないい話があるわけないじゃないか。でも、君を選んだっていうのは本当だよ。

 だって、君ならこうして盛大に自爆してくれそうだと思ったからね。問題の原因を自分ではなく世界に求める、何かに守られることを当然だと思っている、面と向かって口を開く度胸もない、そんな君だから選んだんだ。

 予想通り、いや、予想以上だったよ。とても良い喜劇だったね」


 はは、救いようがないなぁ。


「お、やっと笑ったね。いい笑顔だ」


 笑わずにいられるかよこんなの。

 異世界への転移なんてテンションの上がる役を任せられて、その物語がそもそもバッドエンド前提だなんて。

 やってられないよ。


「だろうね、ふふ。

 さて、本題はここからなわけだけど。君、ホントにこれでいいのかい?」


 そのセリフ、前の世界でも聞いたな。

 アンタやっぱり魔女じゃなくて悪魔か何かなんじゃないのか?

 

「否定はしないよ。悪魔と手を組んだことは一度や二度じゃないからね。それに、今回の提案も結局は私の娯楽ありきなわけだし。まぁ、私の話はこの際どうでもいいんだ。君のことさ。

 君はこうしてなにも成し得ることができずに終わっていくのがお望みなのかい?

 何もわからない幼気な自分を騙したあの女を許せるの?

 なりふり構わず自分を戦場に送り出したあの非道な王を許せるの?

 人殺しをしてまで手に入れた成果を横から奪っていったゲスどもを許せるの?」


……。


「他にもいろいろあるはずだ。君のこちらの世界での人生に、救いになるものなどなかったはずだ。

 もう一度聞くよ。君はこれでいいのかい?」


 ……いいわけないだろ。

 でも、俺の結末は全部自分で招いたものだ。異世界に行きたいと言ったのも俺、兵士になることを拒まなかったのも俺。

それに……、なんか、もう疲れたし。


「は、何もやっていないクセに疲れたって何様なんだろうね。そのセリフはね、目的も無く流されてばかりの奴にいう資格はないんだよ。

まぁ、無理強いはしないけどね。君がダメなら別のおもちゃを探すだけさ。君に限らず、あの世界にはクズでグズな出来損ないには事欠かないからねぇ」


……言いたい放題だな。死にかけの人間に説教、その上出来そこない呼ばわり。どっちが何様だかな。

 ああ、でも、すごく疲れてるけど、やりたいことは一つ思い浮かんだな。


「お、それは良いことだね。二度目の人生でクリアできそうなものならいいけど。

 因みに、どんな願いなんだい?」




 あんたを殺すことだよ。



 

「……へぇ、それはとても面白いね」


 だろう。

 だってむかつくじゃないか。その笑い声が。

 俺は決してステータスの高い奴じゃないけど、それでも上から目線で言われ続けるのが我慢ならないくらいのつまらない自尊心は持ち合わせてるんだ。

 幸か不幸か、あんたが連れてきたこの世界のおかげで血だの肉だのにはそれなりに慣れてる。

 鼻持ちならないお前の顔に唾を吐く。これが第二の人生の目標だ。


「第二の人生の目標か。ということは……」


 受けてやるよ、お前の提案。

 俺に、お前を殺すための次をよこせ。

 

「ふふ、その言葉を聞いて安心したよ。君は相変わらずのようだ。

 では、今度こそだ。二度目の人生に招待しよう。この世界のことはこの半年で嫌でも身に染みたはずだ。

 今度は赤ん坊から始めてみるといい。チュートリアルをまじめに受ければ君でも人並みな生活はできるようになるだろうよ。そこからどう生きるかは君次第だ」


 ついさっき俺の自爆が見たいなんて言ってたやつがよく言うよ。

 ……まぁいい、お前にやり返せる機会があるならな。


「あはは、期待してるよ。

 君が一体どこまで来れるか。私は今まで通り、世界の外から君を観察して楽しんでいるからさ」


 ああ、なんとでも言えよ。逆恨みした俺はしつこいぞ。

 この痛い思いを何倍にもしてお前に返してやるから、首を洗って待ってろ。






・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・







----------------






「……」


 眩しい。

 目に直接懐中電灯でも当てられているような気分だ。

 目をあけているはずなのに何も見えない。

 辺り一面真っ白。


 俺、どうなったんだっけ?

 思考に靄がかかってうまく理解できない。

 なにか大事な話をしてたような気がしたんだけど……。


「……~……! ……~~……~……!」


 なんだ? 何か聞こえる。

 途切れ途切れで意味は分からないけど。

 声が聞こえないというか、脳が音を声として認識してないような、そんな感覚だ。


「……~~~……!」

 

 ああ、思い出した。

 二度目の人生とか、魔女とそんな話をしてたんだっけ。

 じゃあ、ちゃんと俺はあの世界に生まれることができたのか。

 俺ではない別の俺として。


 目は未だにうまく見えないが、耳はよく聞こえるようになってきた。

 赤ん坊は母親の体内にいても外の音が聞こえているというし、目と違って無意識に使っていたのかな。

 慣れるのが早い。


「~~……、~~~~~~~~~」


 意味の理解できない音の羅列が聞こえる。ただ、それが俺に向けられているのだと何となくわかる。

 俺に向けられた、慈愛に満ちた音。

 優しい暖かさが俺を包み込む。

 抱き抱えられているらしい。


 生まれてきた自分の子供が27年も生きた男だろうなどとは知るよしもない。

 そう考えたら少しだけ罪悪感があるな。

 生まれてきてご免なさいなんて、小学校三年生の時に母親に言ったきりだ。


 ああ、今度の俺はどんなだろうか。

 イケメン顔は外せないな。人は中身なんて掲げてる奴等も第一印象は顔一択だ。いいに越したことはない。

 魔女からもらった力は残ってるかなぁ。

 生まれた家はどれくらい裕福だろうか。

 上げれば切りがないな。

 まぁ、ここは第二の人生を謳歌できることをまずは感謝しておこう。


 おっと、ようやく目が慣れてきたみたいだ。少しずつ周りが見えてきた。と言っても、周りに人がいるとかその程度しかわからないわけだけど。

 これでちゃんと生まれたと思っていいのかな。


 さて、まずは何をするか。

 いろいろ覚えることがある。言葉も常識も力も、何一つ欠けるわけにはいかない。

 何せ挑む相手があの魔女なんだから。笑って人を生き返らせる神様紛いの人外。使えるものはいくつあっても足りないだろう。やれることは全部やらないとな。


 ……それにしても、こんなに真面目に物事に取り組むっていうのは初めてかもしれない。努力の方向性は決して道徳的とは言えないけど。

 少し楽しい。


 まぁ、まだ生まれたばかりだ。少しずつ確実に進めていくとしよう。

 とりあえず手始めに『最終目標:打倒"命の恩人の魔女"』ってことで。


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