表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

此岸花・彼岸花

作者: 弥招 栄

この作品は、お題小説企画「劇場『すぽっと』」に参加しています。「すぽっと」で検索していただけると、関連作品を読むことが出来ます。

ではどうぞ、お楽しみくださいませ。



 その日、雄介があたしの部屋で初めて一夜を明かした朝、彼がカーテンを開ける音であたしは目を覚ました。

 もう二年近く開いたことのないそのカーテンの間から、まぶしい光が差し込む。その光が、彼の引き締まった、裸の上半身を照らし出す。

 だけど、あたしの心臓が大きくわなないたのは、そのせいなんかじゃない。

「やめて! カーテンを閉じてよ」

「どうして?」

 不思議そうな顔をして、彼が振り向いた。

「ああ、そうか。大丈夫だって。窓のそとは川じゃないか。裸を見られる心配は――」

「そうじゃない……あ、あの、あたし庭いじりとか好きじゃないから、雑草だらけの庭をあなたに見られたくないの。だってみっともないじゃない」

 あわててシーツを身体にまきつけながら、あたしはそう答えた。

 あたしの部屋は、このマンションの一階にある。この階の各部屋には、小さな庭がついていて、他の部屋の住人は、家庭菜園をしたり、ガーデニングを楽しんだりしていた。

 あたしもここに越してきた当初は、花を植えてみたりしたのだけれど、今は……

「そんなことないぜ。とてもきれいじゃないか」

 そんなはずはない。いったい何が。

 シーツを引きずりながら、あたしも窓際へ行く。雄介の腕が、肩をそっと抱えてくれる。

 薄く汚れた窓の向こうに見えるのは、雲ひとつない秋空と、対岸のビルから半分顔を出した太陽。そして。

 庭に咲く、赤く燃えるような、花の群れ。

「やだ、これって」

「なんだよ。自分ちの庭なのに知らなかったのか」

 笑い交じりの彼の声が、耳をくすぐる。

「彼岸花って陰気なイメージがあって好きじゃなかったけど、こうやって見るときれいだな」 

 あたしはさらに不安になって、彼の顔を見上げた。彼はあたしを振り返りもせずに、すこし淋しげな表情で花を見ていた。

「カナもさ、この花が好きだって言ってた。正直変なやつだと思ってたけど、やっと分かったよ。本当に、きれいだ」

「やめてよ」

 あたしは乱暴にカーテンを閉めた。部屋の中が再び薄闇に包まれる。

「あんなやつのことなんか。何も言わずにあなたを捨てて消えてしまったカナのことなんか、いまさら言わないで」

 やっと、彼があたしを見てくれた。優しいまなざし。それを手に入れるまで、二年かかった。

「お前は、カナと親友だったじゃないか。なのにどうして」

「親友だから赦せないのよ! あなたを、あなたを……悲しませるなんて」

――あなたをあたしから奪うなんて!

 あたしは胸元でつかんでいたシーツを離した。あたしを見つめる彼の瞳が、すこし、開いた。

「ねえ、あんな気味の悪い花じゃなくて、あたしを見てよ。あたしはあなたのためにきれいになる。あたしはあなたのために咲く。だから、あんな花なんか、見ないで」

「……そうだ、な。うん。お前は、とてもきれいだよ。あんな花なんかよりもよっぽど」

 雄介はそう言って、あたしを抱きしめた。お互いの肌の温度が交じり合うのを待って、そしてキスをした。

 そうよ。あいつのことなんか忘れて。死んだ花じゃなく、生きているあたしを見て。


 閉じたカーテンの外では、彼岸花が揺れている。この人が帰ったら、全部焼き払ってやる。

 彼岸花。死人花。この人はあたしのもの。

 お前はあいつの死体を抱いて、せいぜい咲いているがいいわ。



(fin)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。佐竹と申します。 読んだ瞬間のインパクトが少ないように思いました。彼岸花の美しさを際だたせたり、恐怖の感情を強く表したりすると、短編としてより強い印象がでるのではないでしょうか?…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ