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昔と変わらないもの

作者: 夕猫

「待って!」


 人が行き交う駅のホームで走る青年。

 青年が息を切らしながら引き止めたのは

 一人の女子高生だった。


「……誰?」


 女子高校生は青年のことを覚えていない。

 しかし、青年は彼女のことを覚えていた。

 青年は女子高生にこの言葉を告げる。


「――――――――」


                       ◆・◆・◆


 昔々の王国物語。

 とある王国は自然が豊かな上に争いも無く、人々も笑顔に溢れている。そんな誰もが羨む楽園のような場所。

 この国を治めるのは、若干十六になったばかりの王子だった。

 この王国も昔からこんなに平和だったわけではない。以前は国内で争いが絶えず、国全体が緊張状態にあった。その争いの火種となったのが、王族の王位継承権だった。

 前王は武力で他国を圧倒するほどの実力者だったが、私生活では一日中女と酒に溺れる様な愚王であった。それもあってか彼の子供の数は百を超えた。具体的な数までは把握し切れていない。そして、前王の遺言が最も問題であった。


『遺言、


 我が子孫よ、王の座が欲しいか。


 欲しければ勝ち取るがよい。


 百以上残した我が子孫同士で争い、


 その手を血に染めろ。


 最後に立っていた者こそ


 次代の王である』


 この遺言が子孫達の手を、国全体を血で染めた。今思えば、前王は自分の子孫同士を戦わせることで、自分以上に強い王を次代に据えたかったのかも知れない。しかし、彼の思惑は国全体、いや世界を巻き込むものとなった。

 なぜなら、国王候補に最も近いと言われた自国の正妃や貴族、他国の王族の血を継いだ子孫達が、地位も権力が低い貴族やそれすらも持たない平民の血を引いた子孫を次々と殺していったためである。高い地位と権力を背後につけていた子孫達は強かった。背後についた者は自分の利益のため、それぞれの子孫に尽くす。国民のことなどお構いなしに……。

 そんな荒れる国の中、たった一人。権力や後ろ盾を持った子孫達に立ち向かっていったのが、子孫の中で最も幼かった現王だった。

 現王の母は落ちぶれた貴族の娘で、屋敷を失ってからは老いた両親とついて来てくれた数人の召使達と助け合いながら、王国の隅で林檎を作って細々と暮らしていた。娘は稀にみる才女でありながら、その容姿もそこら辺の貴族の娘に引けを取らないほどの美貌で、器量もいいため、王国の下町では評判の娘だった。そんな娘に、前王が目をつけるのに時間はかからなかったであろう。

 そんな現王は落ちぶれた貴族の娘を母に持ったため、平民と変わらない生活をしているどこにでもいるような普通の子どもであった。普通と違ったのは、母親以上の学習能力と父親以上のずば抜けた身体能力だった。それとは別に、現王には前王にはなかった天性の才能が備わっていた。先を見越す頭脳、冷静な状況判断能力、相手の力量を見極める瞳など、まさに現王は王になるべくして生まれた才ある者だったのだ。

 ずば抜けて才のある現王は腹違いの上の兄弟達に疎まれ、真っ先に殺されそうになった。しかし、そんな現王を守ったのは彼を愛する家族と国民だった。愚王の息子でありながら国民を愛していた現王を守るために、多くの国民が犠牲になった。もちろんその中には現王の家族、母親も含まれていた。彼女が彼を毒矢から庇った際に残した最後の言葉が……


「ずっとあなたを愛している」


 その言葉は現王の胸に強く刺さった。彼は愚王が自身の母親を手込めにして知っていたため、本当は愛されていないのではとずっと思っていたのだ。母の一言で、若干十一歳の青年が王を目指すことになる。

 現王は元々王座に興味が無かった。末弟であったことや身分のこともあるが、母親や家族を王族や貴族のいざこざに巻き込むことを恐れていたことが大きい理由であろう。しかし、母の死に直面し、自分がこの国を変えようと決意した。

 高い地位や権力を持つ兄弟達に勝つことは、並大抵のことではできなかった。現王には高い地位も後ろ盾も何もなかったのだから。しかし、彼には溢れる才能があった。それらを駆使し、人々を魅了し、一人一人でつける仮面を変え、子供であることも十分に利用した。王になるために人を信用せず、どんなこともやった。兄弟の暗殺や他国への密偵、時にはその国の反政府組織をけし掛け、他国を混乱に陥らせるなど様々だ。その甲斐あってか五年後、若干十六歳で王位に就くことになる。

 彼が王に就任してからは王国内の制度が大幅に改正され、周辺諸国もその傘下に収める。事実上彼は世界をその手中に入れ、平和に導いた王として一躍有名になった。しかし、彼はこの五年の間で多くの者の命だけでなく、彼の中の大切な物まで失ってしまったのであった。

無くしてしまった物、それは彼の『感情』だった。

 現王は、笑うことも泣くことも怒ることも悲しむことも喜ぶこともできなくなってしまったのだった。ただ業務を淡々とこなす、そんな毎日を送っていた。彼の瞳に光はなく、その目から見える世界は色褪せて見えていたであろう。


                       ◆・◆・◆


 現王は変装して下町に行くのが日課だった。この目的は国民がどのようなことを考え、この国のどこに不満を抱いているのか知るためであったが、彼が心休まるわずかな時間でもあった。 

 今日、現王は病院にいる子供達への慈善活動に一般市民として参加する予定であった。慈善活動を行う一般市民の中に紛れて子供一人一人の病室を訪問する。この日も彼は仮面をかぶり、作った笑みを浮かべながら挨拶していた。子供達は彼の面白い話や持ってくる玩具に喜んでいたが、たった一人つまらなそうな表情で俯く盲目の少女がいた。おそらく八歳程であろう。彼は少女の表情に疑問に持ち、声をかけるが無視をされてしまう。その後も根気強く声をかけるが、特に反応はない。訪問が終わり、帰り際にその少女は彼に向かって一言言い放った。


「……あなたはどうしてそんなにつらそうなの?」


 少女の思いがけない言葉に、現王は一瞬目を見開く。生きて来て誰も見破ることが出来なかったこの仮面を、まだ年端もいかないような少女が見抜いたのだ。驚いて当り前であろう。

 現王は城に戻ってからも少女の言葉が気になり、秘密裏に少女を城へと招く。現王しか入ることが許されていない城の最奥にある庭園に少女と二人。最初に口を開いたのは少女で、慈善活動に参加した青年と現王が同一人物であると気づいていた。現王はそれにまた驚かされながらも彼女に問う。なぜ目が見えないのにも関わらず、私が辛そうに見えたのかと。その問いに対して、少女は見えたからと答える。その少女が言うには、少女の瞼の裏側に見える王の姿は闇で覆われているのだと言う。現王がその答えに首を傾げると、少女は自分の目では何も見えないため、心の目で相手を見るのだと言った。普通なら信じることが出来ないような話だが、彼は少女の言葉を信じた。

 少女は現王にとって家族以外で初めて信用した人間となったのだ。

 それからというもの、彼は少女を度々城へ招いては話をしたり、特に何をするわけでもなく、ただ共に時間を過ごしたりした。それから現王は少女と共にいる時だけ、わずかだが笑顔を見せるようになる。このことは彼自身一番驚いていた。たった一人の少女との出会いが、ここまで彼自身を変えるとは思っていなかったためである。彼は少女と過ごせるわずかな時間に幸福を感じていた。それは少女も同じであった。

 少女は生まれながらに目が見えないというだけで、実の親に病院へ捨てられたのだった。それからはたった一人で生きてきた。目が見えないために他と同じことが出来ない。その辛さが彼女の心を締め付けてきた。しかし、現王との出会いを機に彼女の心にも変化が現れた。彼らはお互いに寄り添うことで、無くした何かを取り戻しつつあったのだった。

 しかし、そんな心地の良い時も長くは続かなかった。実は少女は不治の病に罹っており、現在の医療では治る見込みがない病気であった。しかも、長くは生きられないという。城に招かれても倒れて行くことが出来ない少女の代わりに、現王自ら少女の病院に会いに行っては共に時間を過ごした。現王は少女に生きていてほしいと強く願っていたが、無情にもその願いは神に聞き入れてもらうことは叶わなかった。現王は次第に弱っていく彼女の手を強く握っていることしか出来ない不甲斐ない自分を恨んだ。眉間にしわを寄せる現王の頬を撫でながら微笑む少女。少女は幸せそうに笑っていた。そして現王に最後の言葉を告げる。


「あなたと出会えて幸せでした。また会いましょう」


 その言葉を残し、少女は息を引き取った。その顔は幸せで満ち溢れていた。

 現王は少女の言葉に涙を零すと同時に、不甲斐ない自分に悔しさを感じていた。母親が死んで、多くの戦いを続けていく内に失ってしまった感情。少女と出会ってからというもの、現王の中に四つの感情『喜び』『怒り』『哀しみ』『楽しさ』が戻って来ていた。彼は心の底から少女に会えてよかったと感じた。そして、また少女に会いたいとも思った。

 少女の死に直面してからというもの、より一層国を繁栄させ、平和で理想な国を作り上げていった。しかし、生涯妻を娶ることはなかったという。

 沢山の物語の中に埋もれてしまった昔々の物語。


                       ◆・◆・◆


 青年は女子高生に向かってこの言葉を告げた。


「僕も君と出会えて幸せでした。だから会いに来ました」


 女子高生は目を見開き、青年の元へと近づく。


「思い出しました……まさか、本当に会いに来るなんて」


 青年も女子高生に近づく。


「一方的にされた約束を守りに来たよ、盲目の少女さん?」


 青年の言葉に笑ってしまう女子高生。

 二人の距離はあと一歩といったところ。


「今はちゃんとあなたの顔が見えているよ、王様?」

 二人は互いの顔を見て、再会を喜び合う。

 昔とは違う姿だが、彼らは何も変わっていない。

 二人の笑顔は昔と変わらず、とても幸せそうに見えた。


                               終わり


小説を読んでいただき有難うございます。

今後、作品執筆の参考のため、小説について感想や意見がございましたらお願いします。

時間があれば昔に書いた連載の方も挙げていきたいと考えています。

また読んでいただけたら幸いです。

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