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短編倉庫

税込156円の聖夜

掲載日:2014/12/23

「雨が降っちまえばいいんだ」


 隣で元クラスメイトの薫がぼやいた。


「そこは雪でしょ」


 わたしは反射で返す。


「やだよそんなのロマンチックじゃん」


 いーっと歯を出してそれはそれは嫌そうな顔だ。

 わたしは白い息を吐いて、マフラーを巻き直した。


「ロマンチックで何が悪いの。 ホワイトクリスマスは正義でしょ」

「織子、お前、あたしの敵か」

「敵だったら今頃コンビニの前なんかにいませーん」


 ひひひ、とわたしは笑った。

 現在の気温なんて、見たら余計に寒くなるから考えない。

 すっかりと日の落ちた午後六時、ガラス越しの光の中で薫も笑った。


「そりゃそーだ」

「そうですよ薫サン」

「ははは」

「へへは」


 棒読みの笑い声を高らかに上げる。


「てか今、雨とか降ったら風邪引くでしょ。 それが切実に嫌なんだけど」

「別にいいな、あたしは。 今日から冬休みだし、部活サボれるし」

「冬休みだから風邪引きたくないじゃん?」

「部活やだ。 それよりも」


 この場合の『やだ』は面倒くさい、の意味だろう。なんだかんだ、薫はしっかり来るのだ。来ないと困る。

 冷たい風が音を立てて吹いた。

 ひー、だの、ひゃー、だのわけの分からない悲鳴を上げる。


「三つ編みなんてしてくるんじゃ無かったな……」

「あたしなんて髪、短いぞ」

「括ってると顔の両脇が寒いの」


 薫は、ふぅん、と心底どうでも良さそうに言った。常に短く切りそろえてしまうから、本人にはわからないのだろう。

 顔が寒い。マスクさえあれば顔の下半分はカバーできるが上半分が疎かすぎる。そもそも今日はマスクを忘れてきているのだが。


「てか、三つ編みとか珍しいな」

「真面目そうに見えるでしょー」


 得意げに言った。


「織子、顔立ちがチャラいからなぁ……。 なんか、文化祭の仮装じみてる」

「なんですと」


 チャラいってなんだ。チャラいって。黒髪+ノーメイクだというのに。

 内心で文句を言ってビニール袋から紙袋を出す。

 袋・イン・袋。

 ちょっぴり無駄な感じだ。

 手袋をしていない素肌から、熱がしっかりと伝わってきて思わずにやけた。

 手の半分以上は外気に晒されているわけだけど、問題ない。寒い。

 紙袋から染み出した油が、指をてらりと濡らした。

 ぺりぺりと切り取り線に沿って、薫が紙袋を開ける。

 べりべりと切り取り線を鑑みつつ、わたしは紙袋を剥がす。

 ふわっと溢れ出した香辛料の香りに、思わずにんまりとなった。


「これぞ贅沢、って感じだわ……」

「何がだ」


 隣では薫は、もくもくとフライドチキンを食べ進めていた。

 まったく、わかっていない。こういうのはじっくりと食べる前の気分の高揚感を楽しむものだろう。

 にへら、とだらしなく頬を緩ませたまま満足感に浸る。


「冷めっぞ?」


 わかっていないのはわたしの方だった。

 大人しくがっついた。

 値段相応、ジャンクフードないつも通りの味。つまりわたし好み。

 ぐずぐずしている間に表面は少し冷めてしまっていたけれど、それはそれで良しだ。侘び寂びに分類したら怒られそうな"良さ"である。


「ふぁ、かおふ?」

「食べながら喋んじゃねーよ……」

「ん」


 短い三つ編みがばたばたと揺れた。

 冷たい風に思わず目を瞑って縮こまる。

 中身までしっかりと露出していた鶏肉が冷たくなった。


「ていうか、なんでこんなことになったんだよ……」


 突風に煽られて短めの髪が巻き上がり、薫の顔面を覆った。

 顔面に海藻をぶちまけたみたいだ。

 辺りが暗いこともあって、軽くホラーである。

 息が白い。


「……おかしいと、思わないか?」

「んー?」

「今日は何だよ」

「クリスマスだねー」

「イブな、一応」


 薫が、目をかっと見開いた。


「なのになんで、あたしたちはこんな所にいる?」


 わなわなと手を震わせる。多分、寒さのせいじゃない。


「あたしらが寒空の下で税別145円のチキンを貪ってる間に、奴等は暖かい部屋で、フレンチやらイタリアンやら、小洒落たディナーを食べているんだ! おかしいだろ?」


 髪を振り乱したまま、叫んだ。


「これが、格差社会だっ!!」


 ふむ。

 鶏肉ごと薫の言葉を噛み砕いて、飲み下す。


「くだらな」


 たった四音に嘲笑を込めて。

 つまりあれだ、薫は妬ましいのだ。


「嫉妬ですか、見苦しいわー」

「なにおう」


 薫は油の染み込んでいる包み紙を綺麗に畳む。


「恋人たちがいちゃいちゃしてるのを、社会問題のせいにするのはいただけないわー」


 わたしはぐしゃり、と包み紙を握り潰す。


「不満ならば、自分から動かなきゃいけないの」


 そう、この日を充実したものに変えている者達はそれ相応の努力をしてきたのだ。


「というわけで、わたしなら文句を垂れる前にね」

「いや、もう今年のクリスマスは来ちまったし……」

「イルミネーションを一つ一つ狙撃します」

「ん?」

「そしてイルミネーションを爆発させます」

「うん……」


 わたしはピストルの形を右手で作り、人差し指を掲げた。


「仕上げにバズーカみたいな水鉄砲でカップルをずぶ濡れにします」

「織子、お前鬼か」


 何を言っているのだろう。たかが最低気温2度じゃないか、今日は。


「凍える彼女を温めるために物理的距離をさらに縮めて、二人は更に仲良くなるでしょう。 最高のクリスマスプレゼントね」

「サンタさんも真っ青だよ」


「否、わたしが、わたしこそが、サンタクロースだっ!!」


 大きく両手を広げ、ちらちらと星の散る夜空へと大音量で宣言した。

 薫は目を見開く。言葉を探すように、口がぱくぱくと動いた。

 次第にその頬が赤く染まっていく。

 前言撤回。多分彼女こそがサンタクロース。


「な、なにやってんだよ恥ずかしい!! ほら、コンビニのにーちゃんがこっち見てる! ガン見してる! 恥ずい!」

「落ち着いて。 こんな日にバイト入れてる意味は分かるでしょ? つまり、我らが同志」

「普通に失礼だからな、やめような、な?」

「ごめんなさい」


 素直に謝る。


「周りの視線なんて無いことにしたかった。 一度道端で大声を出してみたかった。 今日なら許されると思った」


 との供述。反省はしていない模様。


「アルコールでも入ってんのか」

「法律は守る」

「モラルは」

「守ってるし。 滅茶苦茶守ってるし」


 未だに火照った顔のまま、薫は渋い表情をした。


「次、なんかやったら、織子を置いて帰るからな、他人のふりするからな」

「はい」


 薄情なやつである。


 寒空の下いつまでも立っているのも馬鹿らしく、どちらからともなく駅へと向かい出す。

 わたしはともかく、薫はちょっと天然な節があると思う。


「あーあ、あたしがお金持ちだったいいのに。 そしたら高級レストランからファミレスまで全部貸し切んのに」

「かわいそうだから、牛丼屋だけは開けてあげようね?」

「牛丼屋がかわいそうだからマジやめて」

 

 売り上げに貢献するのに。

 どうやらアミューズメント施設を貸し切るつもりはないらしく、それでいいのかとは思う。関心が胃袋に偏っている。



 日が暮れた後の、人通りの多くない道は好きだ。空間を二人で独占しているような贅沢感がある。

 わたしの"贅沢"はとても安っぽい。

 けれどもそのささやかな贅沢すらも許されず、明るい大通りへと出てしまう。

 ひけらかすようなイルミネーションの中を通り抜け、毎年変わりばえのない音楽を聞き流し、人混みの中を突き進む。

 いつの間にか薫の目は細まって、おばあちゃんみたいになっていた。


「綺麗だよね」

「もう見飽きた」

「全ては駅の場所が悪い」


 更に言うと、こんな時間に帰る羽目になった原因である部活も悪い。

 薫が大袈裟に溜息を吐く。うっすらと白く染まった。中途半端に明るいからか見えにくい。

 マフラーの端の細かい紐を弄びながら、考える。

 周りは静かじゃないようで、それでもどこか考えていたよりはずっと静かで、冷たい空気はふわふわとしていた。


「そんなに悪いもんでもないよね、こんな日も」


 幸せそうな恋人達ばかりに目がいくけれど、浮かれた空気は悪くない。


「だって一度しかないんだよ。 すくなくとも、150円ちょいのチキンとついでに薫を添えて送るイブはさ」

「言い方……」


 薫はこちらを向いた。

 わたしは真面目な顔をして言う。


「ほら、また消費税が上がるかもしれないし、あのコンビニが会社ごと潰れるかもしれないし」

「世知辛いからやめろ」

「急に12月が23日までに変わる可能性も」

「ないから」


 想像力と柔軟性が足りていなかった。


 駅が見えてきた。周りと同化出来ていない、そんな存在感があった。

 信号の待ち時間に、薫が口を開く。


「さっきの話、さ。 なんとなく言いたいことは分かるぞ」

「ん、よかった」


 眉を下げて笑いかけられてしまったから、わたしも相槌代わりに笑い返すのだ。


 赤い光は消えてしまった。

 横断歩道を渡りながら定期券を出す。

 人混みに流されるように渡り、会話はそれっきりで途絶えて、互いに反対方向の改札へと向かう。


「じゃあ」

「うん、また」


 ひらりと軽く手を振る。薫の背中は見送らなかった。


 安っぽくてありふれていて、この先何回も繰り返していくうちに記憶にすら残らなくなる日なのだろう。日記を付ける習慣は無いから尚更に。

 それでも来年はきっと、こうはならない。

 再来年のこの日は確実に、隣には薫はいない。


「……まあ、それもありかな」


 振った左手をポケットの中に突っ込んで、たった一度限りの日付が刻まれたレシートをそっと握りしめた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう感じの友人達の会話って良いですね('ω')ゞ 顔立ちがチャラいがちょっと笑いました。Σ(゜д゜; さておき。 『「不満ならば、自分から動かなきゃいけないの」  そう、この日を充実…
[一言]  好きです。一文一文がもう本当に好きです。  何回か読み返して、もう面倒臭くなって先ほどついにお気に入りに入れてしまいました。  ただ、私の読解力が低いせいで、「わたしはともかく、薫はちょっ…
[一言] ししゃもさんがやってきたら、途端に汚されそうだなと思いました。
2014/12/25 20:59 退会済み
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