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先輩方の予言通り。
翌日、里花はさらにパワーアップして登校してきた。
「みんな、集まってくれてありがとう!」
昼休み、弓道場に集まった弓道部の二年生たちに向かい、里花はごく機嫌良さそうに笑った。
まるで昨日のことなど、何事もなかったかのような表情だ。
[昨日は部活を休んでごめんなさい。話したいことがあるので、昼休みに弓道場に集合してください]
朝一番に里花からこんなメールがきていたために、今日はみな弓道場に集まっていた。
「急な呼びかけだったけど、みんな来てくれて良かった。まあ、翼は今日も学校を休みみたいだけど…それは仕方ないわね。とりあえず、急ぎでみんなに話したいことがあったの」
珍しくテンションが高い里花は、早口で話す。
そこに、七海が口を挟んだ。
「…てか、里花、話は聞くけどさ、その前に、昨日のことは大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃないわよ」
あっけらかんとして里花は答えた。
「もう、本当に、大変。昨日は昼休みから教室に戻った途端、クラスメイトからは質問ぜめにあったり、遠巻きにみられたり、ひそひそ話されたり。今朝もそうね。聞いてくる子はもう聞き尽くしちゃったような感じでいなくなったけど、噂話は耳に届いてくるわ。なんか、私とひろ先輩が秘密の恋愛関係にあって、私がひろ先輩が大河原先輩と仲の良いことに嫉妬して、喧嘩になったって話?」
「あ、他にもりっちゃんが大河原先輩に憧れていて、ひろ先輩に宣戦布告した、とかもあるよ?」
一気にまくしたてる里花に、奏も口を出すと、里花はふんと笑った。
「本当にもう、みんなそんな話が好きね。ばっかみたい」
「あ、じゃあ、本当じゃないんだ?」
冗談めかして水木が言うと、里花は「本当だったら面白いのにね、昼ドラみたいで」と言って、屈託無く笑った。
なんだか今日の里花はいつもと違う。
もともと激しい気性の持ち主ではあることは、みんなうっすら気づいていたが、いつもはオブラートにくるんで、うまく振舞っていた。
酸っぱい苺が入った苺大福みたいに。
それが、周りだけ全て食べてしまったあとみたいに、今は本性がむき出しになっている。
ひろ先輩の言っていた、吹っ切れた、というのは本当なのかもしれない。
そんな里花に、秋巳は心配そうに言う。
「りかちゃん、大丈夫?周りからそんな風に言われて、辛くない?そんなの嘘だって、説明しても、わかってもらえないのかな…」
「秋巳、ありがと!やっぱり秋巳は優しいねえ」
里花は秋巳をぎゅっとして言った。
「仲の良い子達は信じてくれたけどね、やっぱりみんなこーゆー話が好きでしょ?なかなか噂の火は消えないよ。まあ、これは時間が解決するわよ。みんないずれ飽きるもの」
「うん…」
「ほら、秋巳、そんな顔しないで!それより私、今は部活動紹介をいかに盛り上げるかに燃えてるのよ!」
「り、りかちゃん…?」
「あの、先輩め…、私に部長は務まらない、とか言ったのよ。私たちの代で、一番最初の大切な行事なのに、それを1人で抱え込んでるみたいって。そんなの絶対つまらない出し物にしかならないし、がっかりだなあ、とか。私なんか部長にしたのは失敗だったかな…とか!」
語気が少しずつ強くなる、里花の瞳が少し揺れた。
「…あの時はカッとしたけど、あとでゆっくり考えたら、その通りかも…って思ったの。とりあえず卒なくこなそうとしてて、みんなと面白いもの作ろうって意識が足りなかった。腹は立ったけど、そこは認めたわ」
そして、再びにっと笑った。
「…私、プライドが高いのよね。否定されるのが許せなかったの。だから…」
里花はぎゅっと拳を突き出して言った。
「見てろよ、ひろ先輩!…ってわけ。ぜったい見返してやるんだから!」
ひろ先輩の言うとおり、里花にはばっちり火がついてしまったようだった。
今までの里花から考えると、らしくない、けど、こんな里花も悪くないな、と奏もふっと笑った。
「よーし、りっちゃん!私もがんばるよ!」
そう言って、秋巳の上の里花にさらに抱きついた。
「もともと私はがんばるつもりだし」
水木も笑って、奏の背中を叩いた。
「そりゃ、やるからにはもちろんね」
七海も笑い、秋巳も、うんうん、と頷いた。
「…で、里花、話って部活動紹介のことなんでしょ?どんなこと?」
七海が尋ねると、里花は嬉しそうに言った。
「そうなの。実は昨日あのあと、ずっと、考えてたのよ。どうしたらもっと部活動紹介が盛り上がるか。翼が来れるかわからない状況で、どうしたらいいか。」
そうして、里花は説明した。
その内容は、部活動紹介の劇の台本の改定だった。
「…まず、ストーリーがちょっと、王道すぎるかと思ったのよ。翼のお姫様オーラに頼りすぎてたわね。翼がやればそれなりになったかもしれないけど、ふじが桃姫だと、ちょっと小学校の学芸会よ」
「小学校…」
軽くうな垂れた奏の頭を水木がドンマイ、と叩いた。
「私たちが目指すべきは、コメディよ!」
「「こっコメディ…?!」」
「そう、コメディ」
にっこりと里花は笑う。
「なんか、こう、ホームドラマみたいなね。大丈夫。みんなの特徴をしっかり引き出せば、自然と面白くなると思ったのよ。部活動紹介で大切なのは、部の雰囲気を伝えること。私、弓道部に入ってから、本当に楽しいの。みんながいるから、楽しいんだと思う。それを伝えられる、出し物にしたい」
そう言って、新しい台本を配った。
「…まあ、本番まで日数は少ないからね。ストーリーの大筋は変えてないわ。でもセリフは結構変わってるから、みんな頑張って、覚えるように!改定案もあったらどんどん言ってね。とりあえず、今日から部活返上で練習しましょう!」
「わー、りっちゃん、いいね!なんか私、わくわくしてきた!ね、円陣くもっか!円陣!」
奏ははしゃいで水木に抱きつく。
「えー、なんか試合みたい…」
水木は苦笑いだけど、奏に引っ張られて立ち上がった。
「…よし、組もう」
「えっ、ななちゃんが珍しい!」
「ふじ、うるさい」
なんだかんだでみんな立ち上がって円陣を組んだ。
「つばたんもいるといいのにね」
「まあ、あいつのことだから、そのうちひょこっと顔出すでしょ」
「大丈夫、大丈夫。出てきたら心配かけてって、ぶっ叩いてやりましょう」
「…里花がそれを今言うと、ちょっと笑えない」
「ふふっ…」
今日は里花のテンションがみんなにうつったようだ。
おー!なんて大声をあげて、円陣を組んで、みんな笑った。
『弓道場ではお静かに』
…ずっと前の代の先輩が書いたとかいう、達筆の貼り紙も、今日はやれやれ、と笑っているようだった。