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「え、今日はおやすみ?」
「うん、そうみたい。昨日も終礼のあとすぐに帰っちゃったんだけど…」
昼休み、里花は翼のクラスである6組に足を運んでいた。
しかし教室内に翼の姿はなく、ちょうど元クラスメイトを見つけたので尋ねると、今日は休みだと告げられた。
「体調でも崩したのかしら?」
「うーん、別に具合が悪そうな様子もなかったんだけどねえ」
「誰か、詳しいこと知らないの?」
「まあ、新しいクラスになったばっかりだしね。私も桜澤さんのことはよくわからないのよ。特に仲のよさそうな子もわからないし」
元クラスメイトは申し訳なさそうに首をすくめる。
「役に立てなくてごめんなさい」
「ううん、いいの」
「先生なら何か知ってるかも」
「そうかもね。ちょっと職員室にもいってみる。ありがとね」
里花は軽くお礼を言って6組を離れた。
昼休み。今日も元気な乙女たちの声で賑やかな廊下を歩きながら思案する。
翼が顔を見せなくなったのは春休みの終わる3日前。それまでは至って普通の様子だった。
春休み中の部活は自主参加であるため、3日間出てこなかったというのは、そこまでおかしなことではなかった。
ただ、昨日は新学期の部活はじめ。
それをさぼったというのは、おかしい。
特に出欠に厳しい部活ということはないのだが、らしくない。
体調を崩して寝込んでいるのだろうか。
それにしても、メールも電話もつながらない、というのは少しおかしい。
第一、昨日は普通に学校にきていたというじゃないか。
何かがあったのだろうけど、一体何があったのだろう。
まあ、本人が心配、というのは一番にあるけれど、まず当面の問題として、桃姫はどうしようか…
職員室で6組の担任とも話したが、はっきりしたことはわからなかった。
担任はただ、家庭の事情で少し休んでいる、と言うだけ。
法事か何かだろうか。
そういえば、九州に親戚がいるようなことを、聞いたことがあった気がする。
ただ、そうだったとしても、何故連絡のひとつもないのだろう…
部活動紹介は来週の月曜日。
今日は水曜日。
残された日数はわずかしかない。
里花はすこし焦っていた。
「あらー、りかちゃん、しかめっ面してどうしたの?」
間延びした声に呼び止められ、里花がはっとして顔をあげると、見慣れた人物が立っていた。
「あ、ひろ先輩、こんにちは」
「こんにちは」
職員室前の廊下で鉢合わせたことに内心驚いたが、それは表に出さないよう、里花はゆっくりと微笑んだ。
「先輩、今日は大河原先輩と一緒じゃないんですね」
「なにその言い方。私だって別に、ずっと由衣子と一緒にいるわけじゃないんだから」
「そうだったんですね。それは、失礼しました」
「もう、弓道部の部長っていうのは、伝統的に生意気なのかしら…」
そんなことを言いながら、ひろ先輩の声音にはまったく怒ったような感じはなかった。
むしろ、おもしろそうに、口の端を持ち上げた。
「ときにりかちゃん、何か悩み事かな?」
そして廊下つきあたりにある自動販売機スペースを親指で指す。
「おねいさんが、お話しきいてあげようか?」
どっかのナンパみたい。
里花は小さく笑って、申し出を受けた。
「私、ミルクティーの気分です」
じゃあ、予算は100円で。
そう言ってひろ先輩も柔らかく笑った。