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弓道場の射場に面したスペースにはカーペットがしいてあり、長机とホワイトボードも設置されている。
弓道部の部室は運動部の部活棟にもあるのだが、ちょうど良いスペースであるため、そこが実質部室のように機能していた。
「それでは、みんなそろったので、部活動紹介にむけて、緊急ミーティングをはじめまーす」
弓道部部長である中川里花は、長机の端に議長のように座り、いつものおっとりした口調でそういった。
パーマのような黒髪の癖っ毛に大きな瞳、背が小さく丸みのある体つきの彼女は、柔らかい印象がある。
その逆のような印象を持つのが、副部長の七海。シャープな感じの彼女はホワイトボードの前にすっと立ってスタンバイしている。
今日の大河原先輩方の来訪のために、緊急ミーティングが始まることになったのだ。
「…といっても、一人足りないんだけどね」
里花はため息混じりにそう言って、部員の顔を見回す。
ホワイトボードの前の七海、並んで座る水木に奏、皆より頭一つ背が高い本庄秋巳。
本来ならばあと1人、いるはずなのだ。
「まあ、それが今日の一番の議題かと思うんだけど…」
里花の視線に頷いて、七海はホワイトボードに書き出した。
『桜澤翼をどうするか』
桜澤翼は6人いる弓道部二年の1人である。
その彼女が、最近部活に姿を見せないことが一番の問題になっていた。
「まず、翼が来てくれないと、部活動紹介も何も始まらないもんねえ…」
水木が頬ずえをついて言った。
部活動紹介…弓道部では巻藁稽古(藁の塊に至近距離から矢を放つ弓道の稽古)の実演を挟んだちょっとした劇をする予定だった。
というのも、それが代々の伝統のようになっているからだ。
奏たちが一年のとき、二年生が演じたのは平家物語の扇の的だった。
那須与一に扮したヒロ先輩が巻藁を射抜く姿が最高にかっこよく、大河原先輩の和装も美しかった。
今でも強く印象に残っている、そんな出し物を自分たちもしたい、と思って選んだ演目は「桃太郎」…のパロディで、「桃姫」。
脚本は皆で考えた。
桃から生まれた美しい桃姫が、弓で鬼退治をして攫われた王子様を助けて幸せになるという単純なストーリーだ。
そこで要になるのは、「美しく凛々しい」桃姫。
一年生が憧れるような、そんな役に相応しいと配役されたのが翼だった。
むしろ、翼にヒロインをさせるために考えたようなストーリーだった。
翼は日本人の名前だがハーフであり、整った顔立ちにブラウンの長い髪、モデルのようなスタイルを持つ美少女なのだ。
いわば広告塔。
美しい先輩で後輩をつろうという作戦だった。
だから、翼がいなくては始まらない。
翼あってこその出し物だったのだ、。
「なんで、翼ちゃん、こなくなっちゃったんだろ…」
泣きそうな顔で秋巳がうつむく。
「や、やっぱり、私の衣装が気に入らなかったのかな…」
すべての衣装を手掛けたのは、手先の器用な秋巳だった。
自信なさげな彼女は瞳を潤ませる。
「な、なにいってるの!あっきーの衣装は完璧だよ!」
慌てて奏が秋巳の背を叩いた。
背が高くて少年のような風貌のくせに、彼女は気が弱い。
「そう。それに、なんで翼がこないのかは全くわからない」
七海も冷静に付け足した。
翼はクールではあるものの、部活をサボるような子ではなかった。
桃姫の役だって、最初は目立つことに抵抗をかんじていたようだったが、結局は納得して、意欲を見せていた。
秋巳の衣装だって、気に入っていた。
黙ってこなくなるということは何か理由があるはずだけれど、検討がつかない。
「…とりあえず、本番まであと一週間もないのだし、翼がいないと練習もできないし、代わりを考えるのが得策じゃないかしら」
「そうだね」
「うん」
里花が言い、皆も同意した。
「でも、誰がするの?」
奏が首をかしげる。
「秋巳は王子様だからだめでしょ。七海も音響だからだめ。となると、鬼役の水木か奏だけど…」
「じゃ、ミズ「奏で。」」
奏とミズキの声がかさなった。
「えー、ミズキがやってよー!」
「いや、奏でしょ」
「ぜぇったい、ミズキ!だって、ミズキの姫姿が超みたいもん!!」
「や、絶対無理。あのヒラヒラは絶対無理。地球が三回回っても無理。」
「私だって、流石にあのヒラヒラ衣装は…」
「…そ、そんなに衣装を拒否しなくても…」
奏と水木の攻防に秋巳が青い顔をする。
「うーん、どちらかなら、奏かな」
おっとりと里花が口をはさむ。
「えー!なんで?!あ、てか、りっちゃんの方があの衣装似合うんじゃない?」
「私は部長としてナレーションするから、無理」
里花は有無を言わさぬ笑顔で微笑み、さらに付け足した。
「それに、なんとなく奏の方が姫っぽい気がするし、やっぱり鬼はミズキの方が迫力あるよね。ラスボスっぽいし。奏みたいに小ちゃい鬼じゃ…ねえ?」
「たしかに」
「そうかも」
七海と秋巳も同意した。
「ラスボス…」
「小ちゃい…」
複雑な顔でつぶやく水木と奏だが、微笑む里花こそがラスボスに見えた。
「じゃ、奏決定で、とりあえず、衣装試着」
「「らじゃっ!」」
「えーー!!まってまって、やだやだ…」
…奏の抵抗むなしく、あっという間に衣装をつけられていた。
翼仕様に作られた衣装は、桃太郎というより、桃の妖精、お姫さま、といった感じで、ひらひらふんわりとして愛らしい。
ただし、翼サイズで作られた胸回りのぶかぶかが、何とも情けない。
「…あー、似合ってる、似合ってる」
笑いをこらえる水木の向こう脛を奏は蹴飛ばした。
「…まあ、もしものときは、胸は詰め物で間に合わせるとして」
里花は苦笑いした。
「本当なら翼ができるのが1番だから、今日は逃げられちゃったけど、明日こそは翼を捕まえて、話をしてくるね」
…りっちゃん、本当に、お願いします!
部活動紹介まであと一週間足らず。
奏は心から手を合わせて、なんとか翼が戻ってきてくれるよう祈るのだった。