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SWEETS BOX  作者: 柚木 ココ
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3


「うううー…ひどいよね、ひどいよね…」

「…はいはい」


「私はミズキと隣の席になって、本当にうれしかったのに…」

「…はいはい」


「ミズキは私なんてどうでもよかったんだね…」

「……はあ」


放課後、学校の敷地内にある弓道部の弓道場では、奏がいつまでもグズグズしていた。

その恨み節を散々聞かされている水木は、隣で盛大にため息をつく。


「だーかーらー、奏の隣の席だなんて思わなかったんだってば!朝いそいで学校きて、座席表見たら後ろの方の席だったから、先生にいったの!」

「そんなの…自分の席の周りの名前くらいちゃんと見てよ!ミズキのばかー!」

「ばっ…ばかとは何を…っ!」


あの朝の一件から、今日はずっとこの調子である。

子供のように駄々をこねる奏に、ミズキは一日なだめたり、謝ったり、怒ったり、餌でつったり、無視したりしながら、なんだかんだで付き合っている。

いつまで続くのだろうと、七海は呆れながら見守っていた。


結局、奏は水木の隣の席にはなれなかった。

水木の申し出を快く引き受けた西園寺先生は、すぐに最前列の子に席の交換を募り、同じ列の一番前の席だった正月(まさつき)さんが、これまたすぐに志願したのだ。

晴れて水木は一番前の席に移り、奏は水木の隣の席ライフを一瞬で終えることになった。


それでも、新しい隣人に落胆した態度を見せては失礼と思ったのだろう。

奏も最初はひきつりながらも笑顔で、友好的に正月さんに話しかけていた。

ただ、この正月さんというのがすごくクールな人で、傍から見ていても可哀想なほどの奏の空回りっぷりだった。


「正月さん、よろしくね!藤咲奏です。」

「…よろしく」

「あ、私、みんなからふじって呼ばれてるの。よければそう呼んでね」

「…」

「正月さんは、去年何組だったの?」

「1組」

「あ、じゃあ西園寺先生のクラスだったんだね!」

「…まあ」

「…私は4組だったから、西園寺先生には授業でお世話になったくらいで…」

「…そう」

「…えーと、正月さんてちょっと変わった名字だよねー。最初、お正月かと思っちゃったの!」

「…そう」

「…あ、ごめん、失礼だったかな?」

「…別に」

「…あ、そう…?」

「…うん」


そう言って、本を開いて読み始める正月さん。

人懐こいことには定評のあるはずの奏が、沈黙。


…そしてその後、こうして水木に当たり散らしている。






「おーっと、部活をサボってる子がいるぞーっ!」


ぎゅっと。

突如弓道場に現れた乱入者が、座っている水木にのしかかるように抱きついた。


「げ。ひろ先輩」


奏がぎょっとした声をあげる。

ひろ先輩はそのまま顏をあげていたずらっぽく笑った。


「げ、とはなんだふじちゃん。先輩に対して失礼だぞ」

「…先輩、とりあえず、重いので、のいて下さい」


水木が苦しげに声をあげると、悪いねとさっと離れた。

ひろ先輩こと達村寛子(たつむらひろこ)先輩は弓道部OGの三年生である。

進学校である桜女子の弓道部では、二年生までで代替わりなのだが、大方、ちょっと顏を出してからかいにきたようだ。

ひろ先輩がいるってことは…と思って奏が視線を移すと、案の定、ひろ先輩といつもペアのようにしていらっしゃる弓道部元部長、大河原由衣子(おおがわらゆいこ)先輩が引戸を開けて入ってきた。


「こら、寛子。練習の邪魔をしてるんじゃないでしょうね」

「えー、ちょっと可愛い後輩と話してただけだよー」


ひろ先輩はそう言って水木の頭をくしゃくしゃとする。

それを見た奏が猫のように毛を逆立てていた。

ひろ先輩は奏をからかうのがお気に入りだ。


「寛子がちょっと練習風景を見るだけだっていうから来たのに…」


大河原先輩はため息をつく。

長い黒髪が美しい大河原先輩と、色素の薄い目と髪にすらっと長い手足を持つひろ先輩。

大河原先輩は真面目で硬派。

ひろ先輩は不真面目で軟派。

何かと対象的な二人だが、仲が良く、一緒にいることが多い。

また二人とも面倒見がよくて、引退後にもちょくちょく顏を出してくれていた。


「先輩、せっかくですから、お茶でも飲んでいきません?」


持っていた弓具を置いて、七海が申し出た。

弓道場には簡単な給湯室がついており、お茶をいれられるように道具も一式揃えてある。

先輩が現れたらお茶くらい入れるのが、後輩の嗜みだ。


「ななちゃん、ありがとねー。せっかくだけど、今日は本当にちょっと顔出しに来ただけなんだ。」

「私たち、今日は塾なのよ。だからすぐ行かなくちゃ」


そうですか、と水木が残念そうにうなだれる。

先輩方なら奏の暴走も止められると思ったのだろう。


「…本当はまっすぐ塾に行こうかと思ってたんだけど、クラス替えで浮かれてるやつがいるんじゃないかと思ってさ」


そう言ってひろ先輩がにやっと笑うと、誰かさんはちょろっと目を泳がせた。


「…寛子はストレス解消に寄りたかっただけみたいだから、気にしないでね」


大河原先輩は奏の頭をなで、ひろ先輩の頭を軽くこずいた。


「じゃあ、みんな、練習がんばってね」

「さぼるなよー」


ひろ先輩は最後に釘を刺すように奏にデコピンした。

奏はこっそり、いーっとした顏をしたが、先輩にはばれたようで、もう一度デコピンされていた。


「あ、そうだ」


引き戸に手をかけた大河原先輩は、何かを思い出したように、立ち止まった。

振り返るとにっこり微笑む。


「…部活動紹介の出し物、たのしみにしてるからね」


ぴしゃんと引き戸がしまった。


素敵な笑顔を残して去って行かれたけれど、おそらくこれが、今日先輩が一番言いたかったこと。


部活動紹介とは、新入生たちに部活をアピールするために、各部活の部員たちがステージに立つ、毎年恒例の行事。

これが普通の部活動紹介では済まず…毎年踊ったり、歌ったり、はては漫才をしたり、あらゆる工夫をこらしたパフォーマンスを上級生がこなすのだ。

…新入部員を確保するための、大事な行事であり、その年の執行代が試される最初の行事でもある。


前部長の笑顔のプレッシャーに、部員一同顔を見合わせたのだった。



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