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夜のデート

 そして土曜日がやってきた。

 この日のために洋服を買うのは癪だったので、ルミからおしゃれなワンピースを借りた。藍色のシルク生地で裾が斜めにカットされ、花が開いたようにフリルがついていた。

 ルミの家で試着して決めたのだが、いざ着て見るとなんだが館林を意識してるような自分が嫌になった。

 かといって今持っている服では高級レストランに行けそうな服はない。仕方ないのでそれで行くことを決め、髪を結いあげる。

 化粧も服に合わせていつもよりしっかり目にした。


 いつものくせで約束の5分前には支度を終わらせてしまう。現地にきて集合時間はぴったりその時間だと言うことを学んだ。

 おかげでユウコは5分ほど館林の車を待つことになった。


「へぇ。見違えるもんだな」


 車から顔を出した館林はにやにや笑いながらユウコを見た。


(くうぅう。なんか負けた感じだわ)


 心の中でそう思ったが、とりあえず一生のうちで最初で最後の経験だと、笑顔を作り、館林の車に乗り込む。

 車の中は煙草の匂いで充満してるかと思えばそうでもなく、ユウコはほっと胸を撫で下ろした。鼻につかない微かなラベンダーの香りがする。車の中で流れる曲はジャズだった。


(くやしいけど、完璧だ)


 まっすぐ前を見て、運転する館林をちらっと見て、ユウコは完全に白旗を上げた。身体にフィットする黒のジャケットを華麗に着こなし、館林は完璧にいい男だった。


「ん?俺がかっこよすぎて見とれたか?まあ、しょうがないがな」


 自分を見つめるユウコの視線に気づき、館林はにやりと笑う。

 

(むかつく。やっぱりこの男、嫌いだ)


 ユウコはぷいっと視線を窓の外に向ける。また見ていたら、俺に惚れるなよな、など言い出すに決まっている、ユウコはそう思いジャズを聴きながら、きらきらと輝く夜のネオンに目をやっていた。


 車を5分ほど走らせ、目的地に到着する。

 フロントで車を預け、館林は真っ赤な絨毯の上でユウコに手を差し出す。ユウコは一瞬だけ迷ったがその手を取る。


「行こうか」


 館林はユウコの手を掴み、引き寄せるとそう囁き歩き出した。

 ふわりと先日嗅いだコロンの香りがし、ユウコはどきりとした。しかし、隣の館林に悟られたくないと思い、顔をこわばらせる。


「緊張してるのか?大丈夫だ。取って食ったりはしない。部下に手を出すほど困ってはいない。単に先週のお礼に過ぎないんだ」


 館林は数人が乗り込んだエレベーターの中でユウコにそう囁く。耳元にかかる声とコロンの香りで、 ユウコは妙な気分になる自分を憎む。


「着いたみたいですね。行きましょう」


 最上階に到着し、ユウコはさっさとエレベーターを降りる。息がかかるくらいそばにいるのがつらかった。


(まずいかもしれない)


 ユウコは館林の行動を意識せずにいられない自分に嫌な予感を覚える。

 そしてそれは時間がたつにつれて確信と変わった。

 自信過剰の館林は実際上司という立場を忘れて話してみれば、鼻につくような男ではなかった。

 話す内容は下卑たことから政治のことなど、さまざまな引き出しを持つ男だった。

 時たま、その自信過剰な発言にいらいらすることはあっても、それは事実に基づいたものでユウコは完全に館林に参ってしまった。


(嫌な男、でも、いい男だ)


 二人で過ごす時間はあっという間に過ぎ、館林は腕時計を見ると手を上げて、ウエイターを呼んだ。


「鈴木、そろそろ帰る時間だ。家まで送ろう」

「……そうですね」


 まだ一緒にいたい、その気持ちを押し込めでユウコはできるだけ淡白に答える。

 自分の気持ちを館林に知られたくなかった。 

 知られて鼻で笑われるのが嫌だった。


「今日はありがとうございました」


 結局館林は飲むこともなく、すっかり健全な夕食だった。車でも二人の話は弾み、ユウコは思わずこのままどこかに行きませんかと言ってしまいそうになる自分の気持ちを殺すのに苦労した。


「俺も楽しかった。鈴木って面白い女だったんだな。その調子でいい男つかまえろよ」

「またそれですか」

「だって29歳で彼氏いないはやばいだろう?」


 

(この人は!)


 以前であれば張り飛ばしたく台詞も今日はなんだか館林らしいと苦笑するだけにとどまる。そんな自分の気持ちに変化にユウコは愕然としながらも、笑顔を絶やさなかった。


「じゃ、月曜日に。風邪を引かないようにしてくださいね」


 車から降り、ユウコが頭を下げると、館林は一度クラクションを鳴らし、車を走らせた。

 ユウコはコンドミニアムの階下で館林の車が門から完全に消えるまで見送った。



「……それって好きになったってこと?」

「うん」


 部屋に戻り、化粧を落とし、シャワーを浴びて、テレビを見ていたら、なんだか急に人と話したくなった。そしてルミに電話した。

 旦那と一緒にいるはずなのだが、ルミは電話に出てくれた。


「あーまずい。それはまずいと思うわ。だって、相手は上司でしょ。しかもたらし。絶望的。うまくいっても苦労する。まずセフレどまりかもね」

「セフレ……」

「もう、あきらめなさいよ。今ならそんなにどっぷりはまってないんでしょ?別の人を探す、そうだ!うちの旦那の友達を紹介するわ!明日、うちでバーベキューパーティするのよ。こない?」

「いいの?」

「もちろん。かわいい格好してきてよね」

「うん、がんばってみる」


 そうして、翌日の日曜日、ユウコはルミの家、市内にあるコンドミニアムに向かった。いろいろ準備や、もって行く飲み物などを買っていたら予定より1時間ほど遅れた。

 しかしこの国らしく、遅れてくるもの多く、パーティーにはまだ数人しかきてなかった。


「ユウコ!」 


 キャミソールにホットパンツという格好をしたルミはユウコの姿を見つけると手を振る。


「ごめん。とりあえず何持ってきていいかわからなかったから。自分の好きなお酒買ってきちゃった」

「ありがとう!」


 ルミはユウコからお酒の入った紙袋を受け取ると、夫のエリック、そして友人のビクターにユウコを紹介した。

 ビクターはユウコより2歳年下で、かわいい顔をした華橋だった。

 付き合う相手というより、弟って感じかも、そういう印象を持ちながらもユウコは取り合えず、話をしてみた。

 そしてやっぱり、館林と比べ、その幼さにがっかりする自分に気がついた。

 結局、気持ちは乗らないまま、ユウコは悪いと思いながらもパーティを中座して、家に戻った。


 部屋にはいり、着替えもせず、ソファに座り込む。 


(ああ、まずい。最悪、あいつだけは好きになりたくないと思ってたのに)


 ビクター以外にも何人か独身男性があり、ルミが気を利かせて紹介してくれた。でも誰もぴんと来る人はいなかった。


(重症……。だめ、やっぱりだめ)


 ソファに横になり、目を閉じる。

 あのコロンの香り、自信過剰な笑みなど、昨日の晩のことを思い出し、ユウコは胸が痛くなるのがわかった。


(なんで、あの男なの?よりにもよって)


 涙が出そうになったので、両手で顔を覆う。

 

 ツルルル、ツルルル。


 かすかな携帯電話の着信音が聞こえ、鞄が小刻みに揺れる。

 ユウコは体を起こすと鞄から電話を取り出し、番号を確認せず出る。


「鈴木?」

「社長?!」


 自分の声が素っ頓狂な声であるのがわかった。

 昨日話したばかりで、あんなに嫌いだった男の声が、耳に心地よかった。


「悪いけど、事務所にきてくれないか?」

「……いいですけど、どうしたんですか?」

「訳は後で話す」


 珍しく困った声でそう話し館林の様子が気になり、ユウコは事務所に向かった。


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