お礼
呼び鈴を鳴らすと、少し時間を置いて、館林が出てきた。顔色はそうとう悪く、ユウコは心配になった。
「実家からだ。ありがとう」
ベッドに横になりながら、館林は携帯電話の着信を確認する。
結局ユウコはこのまま、携帯電話を渡して帰るだけでは心配になり、家にお邪魔して夕飯を作って帰ることにした。
先週、酔っぱらっているところを助けてもらったお礼もまだちゃんとしてなかった。これでお相子だろうとユウコは考えていた。
「悪かったな」
「別に。この間のお礼です。おかゆ作りました。自分で食べれますよね?多分、この調子じゃ明日はだめだと思うので、マギーさんか誰かに頼んでおきます」
「悪いな」
ベッドから体を起こす館林は、じっとユウコを見つめる。熱のためか、その視線が熱を帯びているようでユウコは慌てて視線を逸らす。
「じゃ、私は事務所に帰ります。この分はきっちり請求しますから」
「もちろんだ」
「じゃ、お大事に」
ユウコは鞄を掴むとベッドの館林に背を向ける。館林の何か言いたげな視線を感じたが、ユウコは振り向かず、玄関に急ぐ。
これ以上この場所にいたら、何かに囚われそうな気持がして、怖かった。
(私にはやるべき仕事もあるし、頑張らないと。明日、代わりのガイド、誰にお願いしよう)
頭によぎる熱を帯びた館林の視線を振り払うように仕事のことを考えると、ユウコは部屋を後にした。そして階下に降り、タクシーを拾った。
それからなんとかユウコは代わりのガイドをアレンジした。翌日、館林は仕事を休んだが、翌々日は元気な姿を見せた。
「鈴木、今回は本当ありがとう」
館林はぺこりと頭をさげてそう言った。
「いや、別にいいですよ。その分ちゃんと請求してますし」
ユウコは戸惑いながらそう答える。
今日はアイリーンが歌姫ツアーのため、事務所不在で部屋の中には館林とユウコ2人だけだった。
「何かお礼をするぞ。何がいい?」
「……いや、そんな。私も酔っぱらった時にお世話になってますし。ところで、ご実家の方がいいんですか?」
確か、あの時3回電話をかけてきたのは館林の実家のようだった。日曜日は聞きそびれていたが、気にはなっていた。
「ああ、お袋が電話かけてきたんだ。まあ、結構歳だから。よく掛けてくるんだ。心配ありがとう」
やけにお礼を何度も言われ、ユウコは本当になんだか居心地が悪い気分になる。
そんなユウコの気持ちが悟ってから、館林はいつもの自信過剰な笑みを浮かべた。
「お礼は、あれにしとく。いい男を紹介する。年頃は30代後半、顔はイケメン、性格は自己中だが、頼りがいのある男。どうだ?」
「それって……もしかして」
「そう。俺、今週末は俺がデートしてやるぞ。暇だろう?」
自信満々にそう言われ、ユウコは眩暈を覚える。
「いや、こう見えても忙しいので」
「そうか?せっかくいいところ連れていってやろうと思ったのに。スナッチホテルの最上階のレストラン、この国の夜景が全貌でき、隣の国まで見れるんだけどな」
「スナッチホテル?!」
ユウコはそのホテル名に目を見開く。
カジノを経営するグループが保有するホテルで、その最上階は会員制になってると聞く。ユウコが逆立ちしてもいけないような場所だ。
「どうだ?行くか?」
「もちろん」
ホテル名につられ、ユウコは思わずそう答えていた。
「じゃ、今週土曜日、午後7時な。迎えにいくから」
館林にそう言われ、ユウコははっと我に返る。
しかし気付いた時にすでに時は遅しだった。
(デートだ、しかも、高級レストラン。どうしよう……)
スナッチホテル、すごく魅力的な場所だった。
しかし同時に着ていく服などのことを考え、自分が浅はかな決断をしたことに気づいた。