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上司と遭遇

 翌日、ユウコはこれで休んだら女がすたると会社に出た。事務所の館林とは必要最低限のこと以外は話さず、現在抱えている仕事に集中した。

 その週の月曜日以外は館林が事務所にいることはなく、ユウコは深く悩む必要もなく、1週間を過ごした。


 そして日曜日、ユウコは浴衣を返すために友人に会った。


「ルミ、これありがとう!」

「役にたってよかったわ」


 今年で30歳になる田中ルミは隙のないメイクを施した笑顔でそう言うと、クリーニングを終えた浴衣を受け取る。

 ルミは5年ほどこの国に住んでいる現地採用社員だった。今年めでたく現地の人と結婚し、その左手の薬指にはさりげなくダイヤモンドを埋め込んだ銀色の指輪が輝いている。


「で、何かあった?」

「あったと言えば、あったけど……」


 そう聞かれ、ユウコはルミに館林のことを話す。


「その人どれくらいカッコイイの?見たいなあ」


 館林を非難することなく、ルミはうっとりと天井を見上げる。


「ルミ、なんか頭にこないの?私はすんごく、頭にきてるんだけど」

「まあ、確かに言い方はきついけど、的を得てるし。知らない男、しかも外国人にほいほいついて行きそうなユウコが悪かったでしょ?」

「……確かにそうだけど」


 自分の味方になると思ってたルミにそう言われ、ユウコはがっくしと肩を落とす。それを見てルミはけらけらと笑った。


「まあ、イケメンだったんでしょ?それはふらふらしてもしょうがないわね。でも日本同様、へんな男いっぱいいるから気をつけた方がいいわよ。顔がよくても性格がね~。その点うちの旦那様は、顔はそこそこだけど、性格は世界一いいからね~」


 さりげなく旦那自慢を始め、ユウコは苦笑しながら、ルミの話に小1時間ほど付き合うことになった。

 


「あ、まずい」 


 ルミとカフェで別れ家に帰ろうとした時、鞄の中で鳴る携帯電話に気がついた。取り出してみるとそれは呼び出し音ではなく、電池が切れかかっている音だった。いつも家で充電するのを忘れるため、充電器は会社に置きっぱなしだった。

 明日の朝まで待つか一瞬だけ考え、ユウコは結局会社に戻ることにした。


 古ぼけた建物に入り、ガタガタとゆれるエレベーターに乗る。来たばかりのころは揺れが激しいエレベーターに恐怖を感じていたが、1カ月となる今や、その音や衝撃にも慣れていた。


 社員に渡されている鍵を使い、事務所の中に入る。


「鈴木?」

「社長?!」


 会いたくなかった人物が事務所の中にいて、ユウコはげんなりするのがわかった。


「忘れ物か?」

「はい」


 ユウコは充電器を探してさっさと帰ろうと、机に向かう。

 そして、机の上のパソコンが起動しているのがわかった。

 画面に映るのは自分が担当している産業視察の案件だった。


「これって?」

「ああ、電話があってな。緊急に連絡をとってほしい場所があるみたいだから、悪いと思ったが起動した。がんばってアレンジしてるな。さすが鈴木だ」


 そう言ってにかっと笑う館林の顔色がいつもと違うように見えた。


「鈴木?」


 ユウコは反射的に館林に近づき、その額に手を乗せる。


「社長、熱あるじゃないですか!」

「熱?そういえば体がだるいな」

「だるいじゃないですよ。私があとはやります。帰って寝てください」


 自分でそう言いながらユウコは自分の言葉が信じられなかった。


「そうか?悪いな」

「悪くないですよ。その分、時間外手当請求しますから」

「さすがだな」

「当たり前です。さ、社長は帰ってください。緊急にしないといけないのはこの2件ですよね。私が連絡を取っておきますから、早く帰ってください。月曜日休むことになったら、ガイドをアレンジするのは大変なんですから!」

「はいはい。わかった。じゃ、ありがとう」


 館林はぽんぽんとユウコの肩を叩くと手を振り、事務所を後にする。


 それから2時間、ユウコは電話を2社に掛け続け、どうにかアポイントメントを作ることができた。

 新しい訪問先の住所などをスケジュール表に打ち込み、保存する。そして印刷する。


「これをメールで送れば、仕事終了♪」


 誰もいない事務所でそうつぶやき、プリンターから印刷した書類を取り出す。


 プルルル、プルルル、


 自分の携帯電話の音ではない、着信音がした。館林の机の上を見ると、黒い少し古ぼけた型の携帯電話が置かれていた。


「あの人、忘れていったんだ。熱でぼーとしてるんだわ」


(届けた方がいいかしら?)


 ふとユウコはそう思ったが、必要無いと思い、書類に穴を開け、ファイルに閉じる。そしてeメールを確認する。


 プルルル、プルルル、


 再度、館林の携帯電話が鳴る。


(気にしない、気にしない)


 そう自分に言い聞かせて、ユウコはお客さんに送るeメールの文章を打ち込んでいく。


「よっし、これで終わりと」


 送信ボタンをクリックし、ブラウザーを閉じる。そしてパソコンの電源を切ったところで再度、館林の携帯電話が鳴った。


「しょうがないわ。届けよう」


 何か緊急な用事かもしれないし、明日だったら遅いかもしれない。


 ユウコは館林の携帯電話を掴み鞄の中に入れると、館林の住むコンドミニアムに向かった。



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