厄難の星
バスの待合所に到着したので時計を見る。12時ちょうど、約束は1時なので12時30分のバスに乗ればばっちりだ。
初めてのデートに遅れていくようなヘマはしない。当然この暑い中、汗だくで行くなんて事もしない、身だしなみをチェックするためにトイレに向う。
鏡の中にはいつもどおりの自分がいる。
切れ長の眉毛。綺麗な二重。笑うとできるエクボ、これに惹かれる女子が多いのだ。髪型も昨日床屋に行ったばかりだ、乱れようがない。
顔を洗い、トイレの外に出ると後ろから声が聞こえた。
「ちょっと、空谷君じゃない?」
聞き覚えのある低い声。前の彼女だ。
「たっ、田中さん。やあ、久しぶり。じゃあまたね。」 振り返ると同時に待合所の外に飛び出る。
田中さんとは、先月にデートしたっきりで連絡を絶っていた。つまらなかったのだ。塾の帰りに家の前で、突然告白された。学校も違うし、よく知らなかったが、顔がまあまあ可愛らしかったのでOKした。
失敗だった。
話をしていても、真面目すぎて楽しくない。家に電話がかかってきても居留守を使っていた。
「ちょっと待ってよ、ひどいんじゃない。」
背中越しに声が聞こえる。修羅場はごめんだ、走って逃げると追いかけてきた。
待合所の前のまっすぐな道を駆け抜ける。男に女が勝てるものか。早崎や平には勝てないが、それでも足は速いほうだ。
後ろを振り返ると、黒く長い髪を乱しながら、自転車で追いかけてきていた。
曲がり角をまがる。まだ声が聞こえるような気がした。
もう一度まがる。
そうだ、この先に守山の家があったはずだ。
もう一度振り返る、誰もいない。
姿が見えなくなると、余計に恐怖が増した。
守山の家に飛び込む。玄関に鍵なんてかかってないことは知っている。
二階に上がり守山の部屋に飛び込み鍵をかける。
守山は留守のようだ。
そういえば、田中さんは若干ストーカーぽいところがあったな。
乱れた息を整える。背中にまだ視線を感じる。
大丈夫だ、守山の家に入る瞬間は見られていないはずだ。ましてや、ここまで入り込んでくるはずがない。
深呼吸をする。体の熱を下げるために扇風機の前で座り込んだ。
もう一度しようとした時に、ドアを開ける音が響いた。
ガチャガチャ。
息が止まり、時間が止まる。
ドアを見つめると、ドアノブが動いている。
嘘だろ、まさか殺されたりなんかはしないよな。何度もニュースで見たストーカー殺人の映像がよみがえってくる。
ドアが音をたてて暴れだした。
動けない。
唾を飲み込む。
バキャッ。
音をたて、ドアから足が飛び出してきた。
う、嘘だろー。
固まっていた体を引きちぎり、後ろにあるベットに飛び込み、布団をかぶる。
もう、やめよう。この性格を改めよう。
今の彼女を大事にしよう。
しばらく布団の中でガチガチ震えているうちに、周りの音が何も聞こえないことに気づいた。
そっと顔を布団から出す。
扉は開いていない、どうやらあきらめたようだな。
ゆっくりと扉を開けてみる。誰も居ないことを確認すると守山の家から飛び出る。穴が開いているのを俺のせいにされてはたまらない。
時計を確認すると12時15分。
大丈夫だ、急いでバス停に戻れば間に合うはずだ。
走る。せっかくの新品のTシャツも汗でビチャビチャになってしまった。
バス停留所に戻ってくる、田中さんが待ち伏せしているかと思い、ドキドキしたが大丈夫らしい、代わりに西ちゃんが居た。
「ハァ、ハァ。やあ、西ちゃん。ごきげんよう。あいかわらずお綺麗で。」
「どしたの、汗だくで。」
「いや、ちょっとね、デートに遅れそうで。んで、走ってきた。初デートに遅れるわけにはいかないだろ?」
「そりゃ、がんばってね。けどね、なんかバス遅れてるみたい。渋滞だって、事故だって。」 改めて目の前の国道を見てみる。道には車がびっちりと詰まって動かなくなっていた。
「ま、まじかよぅ。」 体の力が抜ける。
「けど、空谷君なら自転車で行けばギリギリ間に合うんじゃない? あたしも遅れるわけにはいけないから自転車で行こうと思ってるの。」
そうか自転車か。今から家に走って帰り、自転車に乗り市内へ行く。遅刻は間違いないがここで待っているより早く到着できるだろう。
「よし、自転車で行くことにするわ。またね、今度デートしようね。」
「がんばって。ちょっと遅れたぐらいで怒るような女はこっちから振っちゃいなさい。まあ空谷君なら大丈夫だよ。ガンバレー。」
西ちゃんが、にこやかに手を振っている。
走りっぱなしでさすがに疲れてきた。少し歩く。どうやら今日は散々な一日になりそうだ。
のどが渇いて、ひりついてきた。自販機でジュースを買おうとすると、見覚えのある自転車が止まっていることに気づいた。守山の自転車だ。
ちょっと借りよう。家に一度帰るよりは早い。ついでにさっきの出来事も報告しておこう。俺が悪いんじゃない。あのストーカーが悪いのだ。
本屋の中に入る。汗だくのTシャツがエアコンで乾いていくような気がした。
このまましばらくエアコンで涼んでいく誘惑にかられたが、守山を探す。何度も言うが初デートで遅れるわけにはいけない。
背の低い守山を探すのは骨が折れる。各列を見て回るがいない。洗面所の方かと思いさがしていると高校生がこっちに向ってきた。
「おい、おめえ空谷だろ?」 ゴリラ顔が睨みながら、俺の名前を言っている。誰だ?
「は、はぁ、そうっすけど。」
「てめえ、俺の女にちょっかい出してただろ。なめやがって。人の弁当を間違えて持っていくガキはいるし。最近の中学生はおちょくってんのか?」 ゴリラ顔が真っ赤にゆがむ。
「べ、弁当間違えたって、なんすかそれ。」
「俺のとんかつ弁当を持っていったガキがいるんだよ、そこの便所に。そいつが頼んでたのはワンパク弁当とかいうふざけた弁当なんだよ。」
ゴリラがまだ何か叫んでいるが、もう理解した。くだらない話に付き合っている暇はない。腹に蹴りを一発。そのままダッシュで店の外に駆け出した。便所に逃げ込んでいるのは守山だな。人の弁当を間違って持って帰るなんて、サルらしいわ。
自動ドアから飛び出る。
後ろを向くと、ゴリラが追いかけてくるのが見える。顔が真っ赤になって赤鬼のようだ。
守山の自転車にまたがり、そのまま市内のほうへ立ち漕ぎした、
振り返ると、ゴリラ改め赤鬼がまだ走ってきている、が距離はどんどん開いていく。あきらめるのも時間の問題だろう。哀れなり赤鬼。
守山の自転車がガチャガチャ音をたてながら進んでいく。
もう時間のロスは許されない。
サドルから腰を浮かしたまま、ペダルを力強く踏みしめた。
駅前公園には三十分の遅刻で、何とか到着した。
服は汗だく、足もパンパンだ。
最悪の一日だ。
だが重要なのはここからだ。
生き方を改めたのだ。
島ちゃんお待たせ、どこにいるんだい。




