蛙猿と蝉
私は対戦格闘ゲームでは負けない。さびれたゲームセンターだが週末だと対戦相手には困らない。勝ち抜いている限りゲームをやっていられるし、田舎なのでレベルが低い。なので、このゲームセンターで私は対戦格闘ゲームでは負けない。
そろそろ勝ち抜きすぎで、対戦相手がいなくなってきた。後ろから小田の声が聞こえる。
「だからコイツをもっとこっちに寄せろってー、聞いてんのかババア?」 「ダカラちょっと寄せたデショ。コレで我慢しなさい。」
ガラガラ声が聞こえる。ゲームセンターの管理人のババアだ。ババアは片足を引きずって歩くし、言葉のイントネーションが変だし、子供相手に本気で怒鳴るしで、回りの人たちは気味悪がっていた。
そんな人と小田が言い争っている。小田はUFOキャッチャーのフィギュアを彼女にプレゼントしてやるんだと息巻いていた。
CPU戦になってつまらなくなったので、ワザと負けて小田の所に向う。
「おい藤村、お前もババアに言ってやってくれよ。ババアお前はだからダメなんだよって。」 小田がババアを連呼する、カウンターに片足を引きずりながらババアが向う。
そのカウンター奥には、無造作にダンボールが積み上げられている。中身はUFOキャッチャーのフィギュアだ。皆はババアが居ない隙に、そこから数々の景品を盗っている。
当然、小田もそのダンボールの存在を知っているが 「UFOキャッチャーに勝つから良いんだよ。ズルして勝っても嬉しくねえよ。アンパンだけ食っても美味くねえだろ。走って食らい付くから美味いんだよ。」 などと訳の分からないことを叫んでいた。
そんな小田が真剣な眼差しで、穴のすぐ隣に動かしてもらったフィギアを睨んでいる。
「アドバイスくれよ、アドバイス。お前ゲーム上手いだろ。」
「いや、こういうのは専門外。得意なのはレバーとボタンと画面があってガチャガチャやるやつだから。」
「うーっ全然、取れんっ。ババァー。なんとかしろー、愛してるからっ、ババァーっ。なんとかしてくれー。」 小田が騒ぎ出す。
「おい、静かにしろって恥ずかしい。アンパンだけ食べても美味くないんだろ?」
「アンパン?ナニ言ってんだ、俺はこの麦わらゴム人間のフィギアが欲しいんだよ。」
「守山んちでも行く?そろそろ居そうだし。」 無事お目当てのフィギアをゲットした小田が言う。
「そうそう、ドアのことも謝りにいかないと。どうせなかった事にしようとしてるんだろ。」 振り返るとすでに小田の姿はない、エスカレーターを駆け下りながら叫んでいる。「ババァー、有難ナー。愛しテルゼー。」 ババアのイントネーションのマネだ。
ババアは聞こえないフリでUFOキャッチャーの景品を並べなおしている。
出口の自動ドアが開くと同時に、熱気が押し寄せてくる。そうか、またこの暑い中自転車を漕ぐのか。うんざりだな。
自転車にまたがる。黒色のサドルは温度がすごいことになっている。
しばらく進んでいると、トボトボ歩いている守山を見かけた。小田が叫ぶ 「サルー、なにしてんだー。」
「どした?こんなところで。」
「本屋から出てきたら自転車がないんだよ…。」 額の汗をぬぐいながら守山が言う。真っ白のランニングが汗でスケスケになっている。
「なんだそりゃ、ダサっ。」 小田が大笑いしながら言い放つ。 「まあいいだろ、とりあえずお前んち行こうぜ。後ろ乗れよサル。」
小田の自転車の荷台に、ちょこんと乗った守山が言う。 「小田、明日の勉強した?藤村はどうせしてないだろ。」
「ん、ああ、勉強?してない。どうせ勉強したって守山に勝てねえんだもん。勉強する意味をいまだに見つけられねえ。」
「藤村は難しいこと考えずに勉強すりゃいいのに。わかってねえなあ。」
「そーそー、藤村はわかってない。もっと言ってやってくれサル。」 小田が息を切らしながら言う。
「小田はもっと勉強したほうがいいよ。」 守山が振動でずれ落ちた眼鏡をあげる。 「というか、そのズボンの安全ピンはナニ?パンクロッカー?ださいよ。」
さすが守山。小田の発想がわかるとは、賢さがちがう。
「うるせえ。下着のランニングでウロウロできるやつがファッションを語るんじゃねえよ。」
小田が後ろの守山を振り落とそうと、ジグザグに自転車を漕ぐ。
守山が小田の背中にしがみつく。
この暑い中、汗だくの二人が絡みつく。見ているだけで暑さが増す。
「藤村は自分がわかってねー。」 二人で叫んでいる。
お前らに私の気持ちは、わからないよ。




