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野卑な慾

 「猪原君待った?」 司が小走りで駆け寄ってくる。黒く長い髪が揺れている、前髪も長くおでこを完全に隠し眉毛まで隠れている、身長も女子の割には高く、横に並ぶと俺と同じくらいだ。色白な司は日焼けを気にしているらしく、木陰に隠れる。

「あっ、いや大丈夫、い、今来たところ。」

 待ち合わせ場所の校門前に着いたのは、15分ほど前だったが気をつかって着いたばかりにしておく、ひょっとして約束をすっぽかされたのではないかと、ドキドキしていた。来てくれただけで喜んでしまう。背中と脇には汗が溜まっているが仕方がない、顔だけはせめてスッキリさせようと持ち歩いているタオルで額の汗を拭う。太った人間の汗は女の子にとってかなりの減点だと雑誌で読んだ。せっかくできた彼女だ嫌われるわけにはいかない。

「と、とりあえず飯行こうか。」 いきなりどうかと思ったが、しかたがない。待っている間空腹で倒れそうになっていたのだ。減点にならないようにマナーよく食べることにする。


 ようやくできた彼女という存在だったが、女の子というのがこんなにも気をつかう生き物だとは、想像もしていなかった。

 遊ぶたびに、電話で話すたびに、嫌われやしないかとヒヤヒヤしながら行動する、

 タバコを隠れて吸ったり、万引き、ケンカも何度もした。今まで男友達と遊んでいても味わったことのないスリルだ。正直、女子と気軽にしゃべれる空谷を、最近尊敬している。

 少しでも賢くなろうと塾にも通う、女の子の扱いを勉強するために雑誌もたくさん読んでいる。

 やっとできた彼女だ。

 失うわけにはいかない。


「ラーメン食いに行く?」 空腹感が突き上げてくる。ラーメン&から揚げ定食が頭に浮かぶ。

「うーん、暑いし、マックがいいな。」

 そうか、危ない危ない。確かにこの暑い中ラーメンなんて食べてたら、顔面が汗だらけになってしまうところだった。マクドナルドじゃあ量が全然たりないが、しかたがない。デートでラーメン屋はダメなんだなと心に刻む。

「う、うんいいよ、行こうか。」

 マクドナルドにつくと司はハンバーガーとジュースを注文し、俺はビッグマックのセットとテリヤキバーガーを注文する。

 待ちに待った昼食だ、バーガーにかぶりつきコーラで流し込む。ポテトも一気に口に押し込む、野菜を食べるのは久しぶりだ。

 一気に食べ終え、顔を上げると目の前にはなんと……司がいた。

 すっかり忘れていた、そういえばデート中だったんだ。

「お、美味しそうに食べるね。」 口を引き攣らして司が言う。

 しまった、完全に減点だ。とりあえず顔面の汗をポテトに付いてきた紙でぬぐう、汗の減点だけは回避しなければ。

 司が小さい口でゆっくりとハンバーガーを食べている間に、今日は何をしようかと考える、この暑さだ涼しいところが良いな。サンプラザでも良いな、本屋で立ち読みでもするか。

「公園にでもいこーか。」 バーガーの包み紙を綺麗に折りたたみながら司が言う。

「う、うんいいね。」 公園か… 店の外の暑苦しさを想像しているとゲップが出た。



 公園はマクドナルドのすぐ近くなので、自転車をそのままにして歩いて向う。

 くだらない話をしながら公園の入り口に差し掛かると、どこからか叫び声が聞こえた、何かと思ったが無視する。司の話を聞き逃すわけにはいけない。女子の話を聞き流していると痛い目にあうと空谷に教えてもらっていたのだ。

「図書館行こうか、猪原君は読書とかするっけ?」 この日差しの下なのに涼しげな顔で司が言う。図書館で読む本などないに決まっているがエアコンの誘惑に負ける。下手な話をして減点になるよりは良いかもしれない、大丈夫だ,、たいていの図書館には、マンガの三国志があるはずだ。この前の自習の時間も図書室で過ごすことになって、三国志を読んだばかりだ。何巻まで読んだっけな?

 司が今日借りる本を物色している。とことん趣味が合わないと思う。見た目も美人じゃないのにな、なんで付き合ってるんだろな。

「お待たせ、公園のベンチにでもいこうか、ここじゃ話もできないし。」 三冊の本を抱えた司が受付に向いながら言う。

「そ、そうだね。行こうか。」

 

 木陰の下のベンチに向っていると、すでに先客がいることに気づく、ベンチに誰かが寝転がっている。

「ちょっと、待ってて。どいてきてもらうわ。」 ここだ、ついに俺の得意分野だ。ここですかさず場所取りができれば高感度アップのはずだ。

「おい、兄ちゃん、こんなクソ暑いところで寝てんじゃねえぞ。図書館行け、図書館。涼しいぞ。」 よく見ると寝てるわけではなく、休憩していたようだ。ゴリラ顔の高校生が汗だくでハァハァ言っている。

「なんだぁコラぁ。女連れだからって調子に乗るんじゃねえぞ、クソガキが。今日はイライラしてんだ。どいてろ、どいてろ。」 ゴリラがウホウホ言っている、息が上がって苦しそうだ。今なら完全に勝てる気がするのだが、振り返ると司が真っ青な顔で手招きしていた。しぶしぶ司の元に戻る。


「どうしたの?もう少しでどいてもらえそうだったんだけど。」

「別にどうしてもあそこのベンチに座りたいわけじゃないから良いのよ。場所なんかどこでもいいの。猪原君ががんばってくれているのはわかってるから。」

 真夏の太陽の下で司が大きい声で言う。目線はまっすぐこっちを見ている。薄い唇の上にはうっすらと産毛が汗で光っていた。

 どうして付き合ってるんだろうな。

 たしか俺が告白したんだよな、

 いつだったか、小田が叫んでいたな「俺はキッスがしたいんだよー。早くはじめてのキッスがしたいんだよー。」

 平が呟いていたな「いつしたって、はじめては、はじめてだぞ。あんまり早くすると忘れるぞ。子供のときの記憶なんてすぐ忘れるぞ。」

 空谷が言っていたな「何回してもキスはいいもんだよ。」

 俺はキスをしてみたかったんだよな、

 この子を幸せにしたかったんだっけ?

 知恵熱と暑さでイライラしてきた。

「とりあえず、あのゴリラしばいてくるわ。どっか図書館にでも行ってて。」 司の顔を見ずに言う。

 今日はそういやタバコも我慢してるな。タバコに火をつけながらゴリラに向う。 

 昼飯も食べ足りないな、やっぱラーメン食べたかったな。

 

 

 

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