天才と隼
授業も終わり、放課後に廊下を歩いていると、後ろから声が、振り向くと野球部の監督が近寄ってきていた。
「おい早崎、夏の大会もよろしく頼むぞ。お前は重要なうちの部の戦力なんだからな。」
「はい、はーい。OK、OK。」
陸上部の俺が戦力になるなんて、相変わらずレベルが低いなと思うが仕方がない、田舎の公立中学校なんてこんなもんだ。
去年の練習試合に、暇つぶしで参加して打ちまくったのが失敗だった。監督からは猛烈な勧誘がくるし、野球部の連中からは妬まれるしでろくなことがない。
まあ仕方がない、俺なんて運動しか取り柄がないからな。
空腹と暑さでぼんやりと自転車を漕いでいると、平が向こうからやってくるのが見えた。
天才平だ。
授業中もぼんやりとしてるし、家で勉強してる様子もないのにテストは常に80点以上。運動も俺ほどじゃないがかなり動ける、部活やれば良いのにと、いつも思う。何でもできる天才だ。
悔しいので本人には言ったことないが、みんなもそう思っているだろう。
「今日は守山の家行く?」 ちょうど日陰になっていたので自転車を止めて、甲高い声で話しかけてくる。ひょろひょろとした長い足で、器用に壁を踏ん張ってもたれかかっている。まだ制服なので家に帰っている途中なのだろう。
「どうしようかな、部活も休みだし考え中。」 正直なところ家でゴロゴロしようかとも思っている。暑さのせいか、朝から体がだるいし頭もぼーっとしている。
「自分が一パーセントでも良いと思ったほうを選べばよいんだよ。」 地面にある石ころを見ながら平が呟く。
「まあ、そりゃそうなんだけどよー。試験勉強もそろそろしないといけないし。色々あるんだよ、お前にはわからないだろうけど。」
「早崎はスポーツをしてりゃあ良いんだよ、うらやましい。」 平は目線をそらしたまま呟いた。試験勉強をする気持ちが理解できないらしい。しばらく話して平と別れる、どうせ夜になれば塾であうのだ。
休み時間に必死でカンニングペーパーを作っている小田に平が言っていた言葉を思い出す。
「何の為に勉強してるかを考えるべきだ、良い高校に入りたいだけなのか、クラスでモテたいのか、親に怒られたくないのか。もし良い学校に入りたいのならばそれも何の為かを考える、給料をたくさんもらえる仕事をしたいから、友達がいくから、親を喜ばせたいのか。学校のテストなんか零点でもよいんだよ。」
説教なれしている小田は三枚目のカンニングペーパーに入ろうとしていた。
俺は塾にまで通って、何の為に勉強してるのだろう。
頭がぼーっとする。
蝉の鳴き声が大きくなっていく。
「早崎はスポーツしてりゃあ良いんだよ。」 平の声が響く。
ほかの音のボリュームが小さくなっているのか。
平の甲高い声と蝉の鳴き声だけが大きくなっていく。
フラフラしながら自転車を漕ぐ。
ダメだ、今日は家で寝ていよう。
路地の交差点を曲がろうとした瞬間映像がスローに、
目の前に車が、
白色のワンボックスカーだ、
運転手まで見える。
若い女だ、携帯電話で話しているようだ。
目が合う。
このまま曲がると車に当たる。
曲がらずに進む、真っ直ぐに。
右足で力強くペダルを踏み込む。
今度は左足だ。
後ろを振り返る。
俺を避けようと急ブレーキをしてバランスを失った車は、そのまま路地を飛び出し、我が町唯一の国道に飛び出していた。




