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悵恨の鶴

 一方そのころ、大川塾で唯一の女子である西は、一時間はかかるであろう高知市内に向けて、自転車を漕いでいた。

 西が住む町で、唯一の国道が大渋滞になっていた為である。

 市内に行く道はここしかないので、事故だとするとなかなか回復しない。しばらく考えたが、結局行けるだけ自転車で行き、渋滞が切れたところでバスに乗り換えるつもりでいた。

 動かなくなった車がびっちりと詰まった車道の横を、ママチャリでスイスイ通り過ぎていく。

 信号待ちになると暑さで汗が吹き出だしている。久しぶりに彼氏に会うというのに、汗だくになってしまう状況を呪いながら、西は懸命に自転車を漕いだ。

 太陽を呪う。デートに誘ってきた彼氏を呪う。最後に渋滞の原因を作った馬鹿者を呪った。

 妄想しているうちに、渋滞が途切れてきたので、熱気を吐き出すトラックの横を、ペダルを踏みしめ併走していく。

 ついでに、電車が通ってない田舎に生んでくれた両親を怨んでおいた。


 無事バスに乗り換え、目的地の駅前公園についたのは、約束の時間のだいぶ前だった。

 西はトイレに入り、汗を流すために顔を洗い、鏡を見る。

 悪くない顔立ちだと思う、絶妙に垂れた目じり、すっきり通った鼻筋。

 今の彼氏もわざわざ隣の高校から告白しに来ていた。

 しかし大川塾の連中は、唯一の女子だからといって特別扱いはしていない。女以下の扱いに西は憤慨していた。

 あいつらはいつか見返してやる。 西が呟く。

 高校生になれば、髪の毛を少し茶色に染め、眉毛を少し手入れするつもりだ、化粧も少ししてやろう、そうすればあいつらはきっと驚くだろう。

 空谷君なんかは告白してくるかもしれない、そして華麗にふってやるのだ、しばらく西は妄想する。

 鏡の自分が、ニヤニヤしているのに気づき我に返り、隣にいるおばさんの視線も突き刺さってきたので、トイレから飛び出た。

 公園のベンチに座ろうかと向っていると、島がベンチに座っていた。

 島は小学校の同級生で、中学校では市内の学校に通っていた為、西はしばらく会っていなかった。

「あら、西ちゃん、久しぶりー。」 人懐っこい笑顔で西に話しかける。

 なんだかおしゃれだなと西は思う。島は有名なブランドのTシャツを着て髪の毛も少し茶色かった。

 田舎の中学校に進学させた両親を怨む。西は当時、何も考えず友達と遊んでいるばかりだった。もう少し両親が教育熱心だったら状況もかわっていただろう。

「なにしてんの、待ち合わせ?デートでしょー、西ちゃんモテるもんねー。」  

 久しぶりに褒められて、西は少しうれしくなる。あいつらと毎日塾で一緒にいるせいで自分の立場を忘れてしまっていた。

 そうなのだ、私は結構モテるのだ、大丈夫だ、と心に刻む。西の目標はたくさん勉強して、いい学校に入り賢い知人を作り、そのグループ内で結婚する事だった。

 将来は政治家、公務員、経営者の妻になるつもりで勉強にも力を入れることにした。

 西は母親に二年生の時に、塾に通いたいと言った。

 それが失敗だった、別に塾に通っていることには後悔はないが、大川塾だけは失敗だったと思っている。

 勉強が進まないのだ。

 勉強の虫の守山君や天才平君は問題ないが、他の人間がやる気がないせいで、こっちの勉強まではかどらない。

 塾全体のレベルが低いのだ、社会のすべての基準は馬鹿に合わせられると平君が笑いながら言っていたが、まさにその通りだと西は思っていた。

 西はあなたもその被害にあってますよ、と何度か言ったが平はあまり意味を理解してなかったようだ。

「どうしたのー?ボーっとしちゃってー。あいかわらずだねー。あたしも待ち合わせなんだけどねー、待ちぼうけちゅー。」 にこやかに島が言う。

「あいかわらず、のんびりなんだねーしまちゃんは。」 少し世間話をしていこうかと、西はベンチに腰をかけた。


 西はひとしきり島の愚痴を聞いていた。のんびりした口調からくりだされる愚痴は止まらなかった。

 西は島の待ち合わせの相手がかなりの男前、中学生にして女関係がグダグダ、今日は初のデートということがわかると、島に今日は帰る事をすすめる。

 男になめられると将来ろくなことがない事を、島に忠告する。

 大川塾での日ごろの扱いにストレスがたまっていた西は、

 女は会社ではセクハラされ、同期の男に比べて出世もできず、家に帰れば家事に育児に追われ、DVだってあるだろう事を島に教えてやる。

 のんびりした島はよくわかっていない顔を、西に向けている。

 島に忠告しているうちに、西の怒りゲージが溜まってくる。

 なぜ、この暑い中、こんなところまで、こなければならなかったのか。

 どうして、私は地元の中学校に進学してしまったのか。

 なぜ、あんな塾に。

 どうして、あいつらは。

 なぜ、島はこんなにも素直に、ダメ彼氏を待っていられるのか。 

 どうして、私はこんなに怒っているのか。

 誰のせいだ?

 誰が悪い?

 怒りが収まらなくなってきた西は、ベンチに座っている島を引っ張りあげ、二人でデートをすっぽかすことにした。

 島も道ずれだがしかたがない。

 誰のせいだ?

 今日最初に怨んだ太陽のせいにしようと、西は思った。 

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