鈍感な猿
試験勉強も終盤に差し掛かった所で、空腹がそろそろ我慢できなくなってきていた。
眼鏡をずらし眉間を指でつまんで、上半身を伸ばせるだけ伸ばして、自分の体を眺めてみる。
ランニングとトランクスが汗で体中にびっしり張り付いている。エアコンが故障してしまった為に一人がんばる扇風機が部屋の熱気をかき回している。
なるほど暑い時にはトランクスのほうが、風通しが良い分心地いいのかと、ぼんやりと考えてみる。
「そろそろあんたもブリーフからトランクスに変えたら?見た目にもちょっとは気を使わないと。」
と母が先日、トランクスを買ってきたのだ、僕は別にどちらでもよかったんだけど、こうして履き比べてみるとなるほど、違いは見た目だけじゃないんだなぁと思う。
弁当でも買いに行こうかと、階段を降りキッチンに向い、《食費》と書かれた引き出しから適当に小銭をつかみ取る。
給食のない日は、近所の弁当屋か出前をとって食べて良い事に中学校に入学した時に母と二人で決めた。
ランニングは着替えるのがめんどくさいんでトランクスの上から短パンだけ履き、一日で一番暑い時間に外に出ることにうんざりしながら玄関を開ける。
近所の弁当屋、食いしん坊主は賑わっていた。
スーツや作業着を着た大人が無駄に広い店内に散らばっている、特に食べたい物もないし、暑さで食欲がなくなっていたんで、目に付いた小ぶりの弁当を注文する。
怖そうな高校生がいたので目立たないように、ただでさえ小さい体をさらに小さくして、端っこの方で待つ事に。今日は小田や早崎達は来るかなぁ、などとぼーっと考えているうちに、注文した弁当が出来上がったようなので、弁当を受け取り、自転車にまたがりイヤホンを耳に挿す。
最近深夜に勉強するたびにラジオを聴いていたせいか、ラジオの面白さに目覚めてしまった、最近のMP3プレイヤーはラジオも聞けるので移動のときは常に聞いている。
イヤホンから英語の歌声が聴こえてくる、QueenのDon't Stop Me Now、大好きな曲にペダルを漕ぐ足が早まる。
後ろの方が騒がしいが気にしない、スピードはぐんぐん速くなる、なんせ曲はDon't Stop Me Nowなんだ。
自転車を調子に乗って漕ぎすぎたせいでのどが干からびてくる、自動販売機で三ツ矢サイダーを買い我慢できなくなった僕は、その場で口をつける。
いつの日からかお米と一緒に飲むのがお茶でもジュースでもどうでも良くなってしまった。
のどさえ潤えば良いんだ。
炭酸が干からびたのどに張り付いていくのがわかる。
玄関を開けリビングにあるソファーに短パンを脱ぎ捨て、マンガを取ってこようとUターンして階段を駆け上がる。
――なっ!? 今まで勢いよく進んでいた足がピタリと止まる。
さっきまで自分が居た部屋のドアに穴が。
なんで?
いつ?
首をひねる。
誰かいるのかな?
汗にまみれた右手でドアノブを慎重に回す……
当然鍵がかかっているはずはなく、簡単にドアは開いた。
中を覗いてみたが誰もいない、疑問が脳みそをかき回しているが、まずは弁当だ、穴くらい隠せばよい。
泥棒、強盗でさえなければ良いんだ。
そうか玄関の鍵くらいは閉めておかないとなぁ。
とりあえずドアに何か貼ろうと部屋を探していると、世界地図が出てきた。横長でドアからはみ出るので縦にして貼ることにする。
穴さえ隠れれば良いんだ。
寝転がって縦になった世界地図を眺めていると、いつの間にか寝てしまっていた。誰もこないので本屋に行くことに、ぼーっとするのは好きなんだけど退屈なのはごめんだ。
太陽が照りつける中、自転車を漕いでいると、暑さで少し後悔した。エアコンの効いている本屋に入ると体に張り付いた汗が乾いていくのがわかる。
買いたいマンガはたくさんあるけど、ようやくお小遣いをためてI-podを買ったばかりなので金欠だ。週刊誌の立ち読みで我慢することにしよう。
読みたい週刊誌がなくなったので、新作映画を物色しようかとレンタルビデオコーナーに移動していると、金髪ピアスのゴリラ顔高校生が近づいてきた、
ドキドキしながらすれ違う。
何か睨みながら話しかけてくる。
聞こえない、耳にはイヤホンが刺さっているのだ。
聞こえてしまうと恐怖が倍増しそうなので、そのままトイレに飛び込む。
ドアの鍵を大急ぎで閉める。
ズボンのチャックを開ける。
なにかドアから衝撃が伝わってくるが気にせず用をたしていると、いつの間にかドアの衝撃はなくなっていた。便器がジョボジョボと音をたてだす。
何で知らない高校生にからまれたのか……。
しばらく考えていたが思い当たらないので、考えるのをやめ外にこそっと出て辺りを見回してみたがゴリラは居ないみたいだ。
ゴリラのあっけない撤退にほっとしながら、時計を見る、まだこんな時間か。
せっかく暑い中ここにきたんだ、日が暮れるまではせめてここで。




