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信号の蛙

 仕事場の第八生命保険会社に向う自動車の中、守山栄子は悩んでいた息子の隆の事だ。先日、部屋のドアに大きな穴開けられているのを発見してしまい、しばらく眠れない日々が続いている。

 素行の悪そうな友達も増えてきて、どうやら我が家は溜まり場になっているようだ。これが反抗期かと頭をかかえる。今のところ成績が下がってないのが救いだが、これからどうなるかはわからない。

 成績が下がり始める前に何とかしなければ、気持ちを引き締めアクセルを踏んだ。



 高知の夏、それも自転車での移動となると、日差しの強さでどんどん皮膚が焦げていくのがわかる。

 信号待ちをしている間に日陰に入って涼んでいると、小田がものすごい勢いで自転車に乗って現れた。

「発見したっ。」

 相変わらずのニコニコ顔で額の汗がすごいことになってるが、関係なしでしゃべり続ける。

「何処に行ってんの?サンプラザ?暑いねぇしかし。腹減ったぁ、飯食った?」

 部活が柔道部のおかげですっかり変形してしまった耳を撫でながら、無邪気な目で小田が聞いてくる。思春期の男子にとっては一大事らしく柔道を辞めようかと、最近真剣に悩んでいるらしい。

「空谷の野郎はデートやって、あんにゃろう、せっかくテスト期間中で部活休みやのに、塾もサボるってさ。」

 小田の家は学校から遠いので、学生ズボンのまま、カッターシャツは自転車のかごに無造作にいれてある。

このクソ暑い中飲み物も飲まずに、見たこともないパンにかぶりついている。なんだそのパン。

 小田だって彼女はいる。空谷にいたってはこの前別れたかと思ったら、早くも別の女とデートだと。


 半年くらい前に、塾の帰りに小田が公園の公衆電話で告白するとか言い出したときには皆は盛り上がっていたが、私ははっきり言ってやめてほしかった。クラスでも目立った存在だし、たぶん成功するだろう。置いてけぼりだ。地味な私は置いてけぼりだ。案の定あっさりと告白に成功した小田は、相変わらずの純粋さで私に一言

「お前も告白したら?、誰か好きな人おらんの?愛があっての人生だぜぃ」

 だとさ、おっても無理だよ。告白なんかできるわけがない。これで大川塾のメンバー八人中彼女いないのは守山と私の二人だけになってしまった。しかし守山はガリ勉タイプで皆からはいじられるタイプのキャラなので本人も特に気にしてないだろう。

 この一大事に守山は早崎に自転車で追いかけられて、噴水の周りをクルクル回っている。暢気なものだ。テンションが上がりきった小田は雄叫びをあげながら噴水に飛び込んでいる。

 格差だ、格差社会が中学生の私達にまで。仕方がない、私みたいに地味な人間は、女興味なしキャラで生きていくしかあるまい。

 つーか皆早いよまだ中学生なのに。


 土曜日は近所のスーパーのゲームコーナーで、塾まで時間をつぶすか、守山の家に集まるか。守山と二人っきりになってもつまらないので、サンプラザで格闘ゲームでもやって時間を潰すつもりだったが小田が居るならどちらでも良くなった。

「んー、小田に任せる。」

 小田は脱いであったカッターシャツで顔の汗をぬぐっているが、まったく汗は吸い取れていない、顔中に汗を塗りこんだところで

「暑いき守山んちにしよう、なんかやること考えよう、おもろいこと。空谷に負けてられるか。」

 信号が青に変わったので意を決して影から飛び出る、小田はまだ「あいつには負けん。」ブツブツ言っている。

 サンプラザのほうが涼しいよ小田。


 守山の家に汗だくになりながら到着すると、小田は

「クーラー頂戴、扇風機じゃだめよ。お願いしますねー。」

と呟きながら玄関のドアを勢いよく開ける。

 守山のお父さんは若いときに亡くなっているので、お母さんが昼間働きに行っている。

一人っ子の守山の家は当然のように溜まり場になるし、家にも勝手に入るし、守山が居なくても関係なしに塾までの時間、ゲームをしたりマンガを読んだりと、ゴロゴロしてるのも珍しくない。

 仕事が終わって夜に掃除をしているのか、きっちりと整理整頓された、二人で過ごすには広すぎるリビングをぬける。二階の守山の部屋に向い、ドアを開けようとすると開かない、鍵がかかっている様だ。

ドアをノックしようとすると小田が体に絡みついてきた。暑苦しさが爆発する。

「ちょっと待った、思春期の男子が部屋の鍵をかける……お邪魔しちゃいけねえ。それが愛だろ?」小田が耳元でささやく。

 なるほどと思い体の力を抜くと、小田がドアに飛びかかり右手でバッシンバッシン叩きだした、左手はドアノブをガチャガチャしている。

 返事がまったくないので笑いをこらえてしばらく見ていると疑問が湧き上がってきた。

 何かおかしいぞ、私たちは塾のある日はかなりの頻度でこの家にくるのだ、しかもこんな真昼間から、いくら思春期の男子だからって……

「ちょっとまって、なんかおかしくない?」

 私が言葉を発すると同時に小田の飛び蹴りが炸裂していた。

 バキャッ、足がドアに刺さる、本当に刺さっているのだ。

「バカ、やり過ぎだってお前っ。」

「やべぇ、とりあえず逃げるるるっ。」

 小田は太ももまでドアに突き刺さった足を引き抜くと、二人で転がるように階段を降り、家を飛び出し自転車に乗り、そのまま息が続く限りペダルを漕ぐ、一つ目の角を曲がる、二つ目を曲がったところで反省会だ、というか説教だ。

 


「守山どうしたのかな?」しばらく小田に説教していると、いったん沈んだ疑問が再び湧き上がってきた。

「さぁー?寝てたんじゃね?」興味なさそうに小田が返事をする、さっきの蹴りでズボンがやぶれてしまってさらに落ち込んでいる様だ。

 二人でサンプラザまでだらだら自転車を漕ぐ、

 自殺?まさかな……あの勉強しか興味のない鈍い奴がそんなこと考えるわけないか。

 夏の太陽は無言で皮膚を焦がしていく。

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