二人の魔王 (視点:リロート 04)
リロート視点の回想です。初めて主人公に出会った時のお話。
わらわは眠るために、部屋の重厚な扉を開ける。
あまりの眠たさに、肩が落ち、まぶたも落ちた。
部屋を見渡すと、この城の主である魔王が立っていた。
部屋の中央に、ぽつりと。
(珍しい、この時間に寝室にいるなんて)
眠りゆく脳のほんの隙間で考え、魔王に近づく。
「魔王、卵は大丈夫なのですか?」
そう魔王に近寄り、話しかけた。
最近は特に「竜の卵」のそばにいるのに、温めなくて平気なの?とそんな不安に駆られた。
魔王の黒い瞳を覗き込む。ああ、きれいな闇色だと、惚れ惚れした。
けれど、何かがおかしい。
「髪が…、魔王、髪を魔力で伸ばされました?」
いつもの魔王と違う。
長い長い魔力を秘めた黒い髪は、誓いとともに竜の卵に捧げてしまったはず。
魔族にとって、誓いなんて、陳腐なものなのに。
わらわは自分の薄紅色の髪をとり、そして魔王の髪をさす。
「~~~~」
魔王の言葉が聞き取れない、わらわの頭がもう眠ってしまったのだろうか?
そう、思いながら気づいた2つ目の、違和感。
(目線が同じ、同じ高さ?)
魔王は背がとても高い、だから今のように近くで話をするときは見上げて、話す。のに…。
「高さがおかしい気が致します。背が低くなったのでしょうか?」
「僕の背は変わらんよ」
魔王の声が別の場所から響いた。部屋に置かれた重厚なソファー、それにゆったりと腰をおろす、いつもの闇の主の姿。
「え? 魔王?」
「ふむ」
「どうして魔王が二人いるのでしょうか?」
「ああ」
楽しげに、魔王はそううなずくだけで、わらわのほしい答えはくれない。
「もしや、魔王のあふれ出た魔力が、形に?」
「世界からのあふれもの」
「世界ですか?」
「ふむ」
いつもこう。魔王は嘘はあまりつかない、けれど、ほしい情報を直接、与えてはくれない。無限の情報から選別するようにと、いつもそんな態度。
でも、それも仕方がない、魔王なのだから、魔族の中の魔族、絶対なる力を持ちし存在。
「~~~~~」
「~~~~~」
『魔王』と、中央でたっている『わらわと同じ背の高さの魔王』が、言葉をかわした。
(…?)
わらわには理解できない。もしかしたら、呪文の言葉?
あの小さな魔王は、呪文に必要な何か?
…珍しい、魔王は魔法を使うときは、魔方陣を描くのに。
魔方陣なしで、しかもすでに、廃れた『旋律』の呪文だなんて、いったい何の魔法なの?
ひと区切りの旋律が終わると、わらわのすぐ目の前で、小さい方の魔王が寂しげにうつむいた。
どきりとした。
とてもか細く、その存在を確かめたくなり、手をのばすが、思いとどまる。
(……)
小さい魔王の表情に、なぜかわらわも悲しくなったから。
「『牢、虜』は、ふむ。~~~」
(え、牢? 何? もしかして人間? 捕虜?)
魔王は、思案するように沈黙し、また、あの不思議な旋律の呪文を口にした。
わらわは、小さな魔王を見た。わらわの瞳を覗き込むように、小さな魔王は苦笑する。
「~~~~~」
長い旋律がわらわに向かって紡がれた。何と言っているのか分からない。けれど、その小さな魔王から紡がれた音の響きが
ああ、綺麗だなっと思った。
(それに、魔王と音質が違う…)
もっと、こう優しい、大地にそよぐ暖かな声。魔の地にそよぐ風はとても気まぐれだけど。
表情も柔らかい、意志を帯びたようなしんのある瞳の揺らめき
それは、魔王と同質のものだけれど、
ああ、そうか、小さい魔王は、…女性なのだ。
そう思った瞬間、
心が跳ねた。嬉しいと心が跳ねた。わらわの血のすべてが小さな玉となって、ころころと、体をめぐる。
「……」
この気持ちは何だろう?
この優しげな血のめぐりはなんだろう…?
ガシャン。
「何をする! 魔王の御前ぞ!」
部屋の窓が壊され、銀毛が勢いよく飛び込んできた。
わらわはとっさに、小さな魔王を庇うように、これ以上来てはならぬと、銀毛に高く威嚇する。
しかし、銀毛は、わらわの手前で高く跳躍し、小さな魔王にのしかかかり――!!
小さな魔王が石の床に倒れる。
「あっ…」
わらわは無意識のうちに、腕を伸ばした。硬い石の床の衝撃から、小さな魔王を助けるように抱え込む。
抱え込んだ瞬間、黒い両の瞳がわらわで占領され、
……わらわの血が、高揚した。
リロートが自分のことを「わらわ」といっていますが、それは彼の種族での立場のためだったりします。
そして、いまだに、リロート以外の名前が出てこずすみません。
主人公の名前は一応、「鳥居 菊音」といいますが、
実際生活、初対面で名を名乗るって、仕事の名刺交換など以外、
しないよね? というのが、私の偏見的持論で、その意味もない持論が、邪魔をしている、おそまつさです。