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06 祝福の口付けを2

いにしえ旋律せんりつをお与え下さり、ありがとうございます。

 わらわは、血魔族の『リロート』と申します」


 思いのほかハスキーな声だった。





(どうやって、この不思議な物体を使えと?)


 始め私は、『光る文字の繭』の使い方を分からず思案した。

 男に「使うがいい」と、また、その不思議な光景を当たり前といわれ、困惑した。


 けれど、せかすように時間が流れ、どうにもならず、とりあえず、



『少女にどうか日本語が話せるようになりますように』



 と、神社の神に祈るように手を合わせ目を閉じてみる。


 …特に、何の気配も見られず、やっぱりどうやってこれを使えというのか、わからないなと思った瞬間、

 光の言葉が、帯をなしわかれ、彼女の頭上に鎮座した。


 「あ、綺麗。まるで、天使の輪のみたい」


 天使がいるならこんなふうなのだろうなっと。だから、私は何も思わず、少女の声は、きっと、小鳥が朝の喜びを伝えるような、優しく高いソプラノなのだと、思い込んでいた。







『あ、あ、あ』

 アンティーク調のレース飾りの付いた黒いドレスを着た少女は、胸の前で手を握り締め、歌うように音を発し、そして、にこりと微笑んだ。




いにしえ旋律せんりつをお与え下さり、ありがとうございます。

 わらわは、血魔族の『リロート』と申します」



 だから、思いのほかハスキーな声に驚いた。

 先ほどまで、そういえば、わからない言葉を話していたときは、声というよりも、雑音に近い音としての認識だったので、気づきもしなかったが。


 ちなみに、「古の旋律」とは、「日本語」のことらしい。彼等のいう世界にない言語だから、きっと昔の言葉なのだろうという図式? と私は考えた。





「あ、だめです。だめ、だめ…」



 不意に、リロートがかぶりを振った。桜色の髪につけた、レース仕上げの飾りがふりふりと大きく揺れた。


「な、何がダメなの?」

 光の言葉というものが、少女に合わなかったと思い、私のやり方が何かいけなかったのだろうか、と不安になる。



「し、始祖族さま…、言葉がわらわから逃げ、あ、逃げて…っ」

 すがるようにリロートに請われ、私はあわてて、闇色の男を見た。


「魔王、わらわは始祖族さまに受け入れていただけなかった、のでしょうか?

 わらわは、始祖族さまに、嫌われてしまったのでしょうか…?」


「始祖族さま、わらわをどうぞ、お嫌いにならないで下さいませ…」


 震えるような声が私に届く、その口からつむがれた聞きなれない単語。

『魔王』と『始祖族しそぞくさま』。しきりに私に向かい『始祖族しそぞくさま』というのだから、きっとそれは私を指してのことだと思う。




「言語の固定がなされていないだけなのだよ」



 やれやれと、懇願するように悲しみに耐える少女に向け、男は答える。


「だから、言語の構成容量が多いと僕は言っただろうに。

 あれの一部を対象に流し込むのだ、拒否を起こすのは当たり前の現象」


 そう、流暢に話す男の、魔王の言葉を受けて、リロートの表情が和らいだ。



「だから、固定を貴殿がするのだよ」

「こ、固定ですか? それは何でしょうか? 第一、私に不思議なことはできませんし。私は、弓を引くぐらいしか脳がありませんけど」

「やれやれ、この場で弓をひいて何の意味があるのだ」

「あれは貴殿の、文字の複製なのだ。いわば貴殿そのもの。ならば、固定をさせるのは貴殿しかできないだろうに…」


(そんな、当たり前のように言われても…)

 と私は困惑する。



「ふむ、仕方がない…」


 私が何もしない様子を受け、こんどはリロートと話し出す。


「~~~~」

「~~~~」


 とたん リロートは顔を真っ赤にさせ、恥ずかしげにうつむいた。耳まで真っ赤にしている。


「ふむ、そうだな、その方法もいいかも知れん」

 魔王はおもむろに立ち上がった。とても優美な動きだ。


「では、女神よ。

 アレに祝福の口付けを、与えてやるがいい」


「……!」

(口付け?!)

 む、無理です、そんなこと無理です。私は日本人ですよ。そんなはしたないこと…!

と、無言で拒否の意を示した。



「ふむ、やれやれ、やり方も知らんのか?

 ふむ仕方がない、見本を僕が…、ふむ、こうだ」


「……!!」


 妖しい光を瞳に灯らせ、私を見た闇色の男は、その場で片膝を突き、その優美な手で顎をとり… 上を向けさせ…




 そう、銀色の狼にちゅっと……。




 …いや、かわいいんですけどね。

 私は、犬が大好きですし、


 家には、大きな秋田犬を飼っていますし…。


 うん、だから、そうなの、うん。



 なんだか、とてもほほえましい光景を見せられ、私は思わず笑ってしまった。


 (そうだね、年下の、しかも同性の女の子にするだけだしね)

 日本で生活していて、挨拶でもこんな習慣はないのだけれど、と思いながらも、

 いまだ震える少女の不安を少しでも和らげようと、一度抱きしめ、優しく微笑む。


 そして、そのまま少女に唇をおとした。

 ―――おでこに。


 流石に口にはできませんので、思い起こせば、男は狼の目? 額あたりにしていたから、たぶんこれで合っているはず。

 と少女を自分の腕の拘束から、開放し、どう? と何の確信も私は持てないまま、リロートにかたりかける。

 リロートは、目をぎゅーっと瞑り硬直したまま。…体の振るえもわずかかにまだにあるようだ。



「ふむ。まあいいだろう」

 そんな、私たちのやり取りを見ていた魔王が、つぶやいた。


「ところで、リロートの性別だが」

 面白いおもちゃを見つけたような、意地悪な笑みをたたえた、魔王に問われる。


「??」

 と、私は何の不思議もなく、「女の子」と即答したのだが、




「わらわの性別は『男』です。始祖族さま」


 ぽっ と、リロートは、その白い頬を紅色に灯らせ、私の首にきつくその腕を巻きつけながら、私に伝えてくれた。


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