02 黒の色
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主人公の性格が微妙に定まっていないためか、ちぐはぐになっているかも知れません点、申し訳ございません。
「た、助けていただいて、ありがとうございます」
ぺたり。
目の前でかしずく男の視線に合わせるように、私は崩れ落ち地面に両膝をつけた。
まだ、手が震えている。震えている。でもきっと大丈夫だ、大丈夫。ほら、声は出た。体も動く…。だから、息を吸え、息を吐け、息を吸え…。
「命を救って下さって、感謝してもしきれません」
そう言いながら、私は深く頭を下げた。……弓は邪魔にならないようにと自分の横に並べ置いた。
(ほら、大丈夫、弓を動かせる、私はもう大丈夫…)
そう、何度か自分に言い聞かせ、着物の襟をぎゅっとつかんだ。私の今の姿は、普段着ではなく、袴だ。袴は近所の弓道道場での鍛錬の為の正装。
7才のころに大人に混じって弓を引き、24才になる今でも鍛錬を重ねている。
「………」
男は私の震えなど気に止める様子も無く、ただ、言葉なく驚きの表情を見せた。いや、それは驚きではなく、理解しがたいことだとそういった類だったかもしれない。
(……あ、日本人じゃない。外国の人だ、言葉が通じていなかったかもしれない…。
それとも、日本流の正座がおかしく? それとも、この袴が変に映ったのだろうか?)
そう、思った瞬間、男は、かしずく姿勢をやめ、すうっと優美に立ち上がった。
(あ、背が…背がとても高い)
私の身長が165センチの日本人女性にしてはやや大きい部類に入る。その私よりも、30は高いだろう、2メートル弱の男だ。
(外人…、ヨーロッパ、…ドイツ系の血筋かもしれない)
そんな鼻筋の高い、品のある風貌に思えた。ややつり気味の、きりっとした神経質そうな目元が、顔の全体のイメージをさらに高貴にさせていた。
それど、それ以上に印象的だったのは、黒。髪と瞳の黒の色。
(外人にしては、黒がはっきりとしている。真っ黒。まるで私と同じような黒…?)
その黒の色合いは、日本人特有の黒に思えた。他の色彩を寄せ付けない、純粋な黒。
(そうだ、座った姿勢のままでは、逆に失礼に当たる)
そう思い、私も同じく立ち上がる。ぐらりと膝が一度、崩れたが、それでも、私は立ち上がり、袴の裾についた土を一度だけ、失礼のないように払った。
私の行動を、注視し、高い位置から、まるで何かを確かめるように男は私をその黒い瞳に映している。
「~~~~~~」
「あの、今なんて?」
「~~~~~~」
(英語だろうか?)
聞き取れなかった。日本語ではないことだけは確かだ、けれど、私の知りうる、そのほかの言語にも思えない、英語、スペイン語、…ドイツ語でもなさそうだ。
「………」
そしてそのまま男の無言が続き、男の落胆の色を見せ、最後にその視線が、
―――私の唇に注がれた。
「……!!」
私は思わず、身構えてしまう。ぶしつけなその視線に、私は、戦き、恐怖したのだ。
弓を軽く握り締めていた手に力を込める。
握り締めた手の平に、冷たい汗が流れる。
ぎりり、ぎりり。
そのあまりの力に、弓の軋みが聞こえた。
けれど、男はそれ以上何をするわけでもなく、変わらず私の口元に視線を固定しているだけだった。
(……もしかして、私が何かを話すことを待っている?)
私は、その男の視線の意味に気がつき、短く息を吸い、呼吸を整えた。
(おびえるな、おびえては失礼だ)
そう自分に言い聞かせながら。
「あの、すみません。私、日本語しか話せませんので…
あの、…本当に、助けて下さって、ありがとうございました」
今度は言葉の意味が通じるようにと願いを込め、再びぺこりと頭を下げた。
外人に向かって、頭を下げても、奇妙に映るだけで、理解はされないかもしれない。けれど、それでも言葉とともに頭をさげてしまう。そんな日本人の気質に私は、少しだけくすりと笑った。
「~~~~ゲンゴ~~デ~」
(え、今なんて?)
日本語が聞こえた気がする。もしやと思い、私はせかすように、男の薄く整った口元を見た。
「~~~~ゲンゴ~~で、よう~だな」
再び聞こえた『言語で』『ようだな』。それは確かな日本語。
「!!」
私の歓喜の表情が読めたのだろう、男は、興味深げにうなずき、身長差分の高い距離から言葉を放った。
「ふむ。この言語構成で、いいようだな…」
低音の心地よいとさえ思える滑らかな音質。
「あ! やっぱり日本語です。貴方、日本語をはなせるのですね!」
私は、嬉しさのあまり、声を荒げた。
「…ニホンゴ? この言語は、ニホンゴというのか?」
「はい、そうです。ここは日本ではないのでしょうか?」
「ふむ…、奇妙な構成の言語だ」
私の、問いには一向に答えず、男は黒い瞳を鈍く輝かせながら言葉を続ける。
「やれやれ、それで、どうして貴殿が、言葉を話す必要があるのだ?」
(え?)
「貴殿は、この世界の女神であるのに、何故、固有の言語を構成しているのだ」
「それに…」
そういって、その視線が、私の髪に注がれた。
「…何故、女神の貴殿が、『黒』の色をたたえているのだ…」
男の言葉は、とても不服そうだった…。