45話 氷
「おい! 喧嘩を今すぐやめろ! 牢屋にぶち込むぞ!」「魔法はやり過ぎだ!」
「ぶち込むぞ小僧!」
警備の男達がさすがに動きだした。
魔法はだめなのか。
「おれはアリエスタだっての!」
恐らく抜剣もだろうな。
先に彼のケンカ相手が抜いてしまい、警備の者達も鉄の棒を構えて本気になったな。
「関係ねぇのは引っ込んでろや! こちとら迷惑してんだっ文句は言わせねぇぞ!」
「ぼっちの魔法使いが一人でやる依頼じゃねぇんだよ!」
「つべこべ言わず依頼書を渡せってんだよくそチビがよ」
「半殺しで勘弁してやんよ」
依頼書?
アリエスタ「ごちゃごちゃいってねーでさっさとかかってこいやザコ共」
ヒューヒュー! やれやれー!
周りの冒険者達は完全に楽しんでるな。
賭け? 賭け事を始めているな。
アリエスタ「俺が勝つ方に20ゴールド!」
自分も参加したぞ。
どちらが勝つか負けるかで盛り上がり出し、金を出しあっている。
さっさと始めろとか、依頼でもう出るんだから早く終わらせろだの煽っている。
元気な連中だな。
うん? 詠唱をしていないな。
なのに彼の“長杖”に魔力が練られているぞ。
足にも。
あの極悪なワンド、ではないようだが。
相手は四人だな。
二人前、背後に二人。
四対一か。
ソニー「見つけましたよ先輩っ謝りましょう! 絶対にお師匠様に叱られますよ!?」
「もぅ遅ぇよ!」
ふむ。アリエスタとソニーには師匠がいるのか。
ベル「アリアス、大丈夫かな」
そう言って心配そうに私を見る。
多分名前を間違えているぞベル。
……カチャ、私は長剣を抜かずに、鞘ごとゆっくり外した。
ダッ。
背後の二人が仕掛けた。
アリエスタは動かない。
いや、天井に水球ができている!
ジュパァンッ! 冒険者 (ゴポォッ!?)
加速して落ち、二人の顔面に張り付いた。
だが、そのままぶつかって来るぞ。
二人のそれぞれ持つ短剣も。
遅れて手前の二人が動いた。
アリエスタは全てを躱した。
突然真横に素早く、ずれた。
動いて躱したのではなく、ずれた。
眼を塞がれ短剣で突っ込んでくる仲間を、慌てて前方の二人は転がるように避けた。
アリエスタがずれた足の軌道に水跡がある。
なんだ? 足の下に水が見える。
いつの間にか下履きから靴に履き替えていたが、その足裏に、水の球ではないな、半円状に水が張り付いている。
よく見ると踏ん張っているな足を。
魔力で水球を動かした。
だがそれに乗った状態で、ということか。
あと下履きがちゃんと両方ある。色違いだが。
くるりとずれるように滑り回り込みながら、詠唱を始めている。
前方の二人の背後に周り、二人とも尻を蹴っ飛ばして後方の二人の方へやる。
もう足裏に水球はない。
「まとめてくたばれボケ共!」
長杖をくるくると回転させている。
中々の魔力が集まっている。
とどめを刺すのかアリエスタ。
止めるべきだろうか。
だが、気付けば横目に見える受付に、かなりの強者らしき大きな獣人が、警備の男達に待てと指示を出しているのが見えた。
隣にガストンもいる。
ゴポポ……アリエスタが魔術を放った。
ドパアアアアアアアアアン!
四人の中心部分から瞬く間に巨大な水球が出現したと思うと、あっという間に男達を包みこんだ。
圧力によるものか、周囲に風と水しぶきが飛び巻き起こる。
ベル「わあーー!」
風で飛ばされそうに肩で服を掴んでいるベルをそっと抑える。
大水球はただ現れただけではない、中で“あの谷の激流”のように水が荒れ狂い、男達は聞こえない悲鳴を上げ口から泡を吐き出し、暴れ狂う流れの中でもがいて、お互いぶつかり滅茶苦茶にかき回されていた。
頭同士をぶつけて出血したのか、少し大水球が血に染まってすぐに元に戻った。
ソニー「うわぁー……」
彼女は驚きと嫌そうな顔の両方をしている。
中の連中、大変そうだが死んでない。
まだ。
アリエスタ「お帰りはあちらっそーれいっ」
軽い感じで言っているが、痣だらけの顔は汗だくだな。
大水球が彼の動きに合わせて組合の中を移動し、入口の扉(羽ドア)にぶつかって外に飛んでいった。
――バチャアアアンッ!! ひっひえええ! ぎゃああ! うわああ! オエエエエ!
ビチャビチャビチャ! ――
大水球が落ち潰れて逃れられたのだろうか、男達の声がちゃんと聞こえている。
ずいぶんひどい目にあったようだな。
――何だ!? 吐きやがった! 飲み過ぎだぞあいつら! 浴びる程飲んでんじゃないかよ――
アリエスタ「これにてショーは終わりでございます」
ショー?
長杖をくるりと回し、床にカンと打ち付け、群衆に向かってお辞儀をするアリエスタ。
「「おお~~~!」」 パチパチパチ!
見事な魔術だ。
杖があるからだろうか、魔力の流れが全く違っていた。
あとあの長杖は、長杖じゃないな。普通の杖だが、彼が持ってると長く見えてるだけだった。
だが奴らの生き残りのリーダー? っぽい奴が、お前の後ろにいるんだがな。
やるなあいつ。
存在をあまり感じさせない。
既に抜剣している。
どこかで見たことのある、“黒い短剣”だ。
まったく光を反射? させいてない。
立ち位置も暗がりで刃が見え難い。
こいつはアレだな、“ローグ”というやつだな。
なによりすごいのは、アリエスタを切り殺す寸前に、殺気を膨れ上がらせたことだ。
一部冒険者「「!」」
それに見事に反応する部屋の強者達。
シュピン――アリエスタ「へ?」
ベギンッ!
奴が刃を彼の首にめり込ませようと動かした瞬間には、私が既に振りかぶっていた長剣が鞘付きで、奴の顔面にめり込んでいたのだった。
ドタアンッ!
「うおっ! まだいたのかよ!?」
つんのめって奴が倒れた音に振り向き驚くアリエスタ。
ザワッ。
「マジかよ、“暗夜”のネイズをのしやがったぞあのエルフ」「は?」「あれ? んだよ終わってねえじゃん」「俺なんて居たのも気が付かなかったぞ!」
暗夜? ネイズとやらがこいつの名なら……ああ、“パーティ名”とやらか。
その暗夜達と何を揉めていたんだろうアリエスタは。
「へ、へへ、助かったぜルーナ、盗賊のアジトから無事出てこれたようじゃねーか、この恩もきっと返すからなっおいお前ら! 掛け金をよこしやがれ!」
「ざっけんな! ネイズを倒し忘れて、横槍も入ったんだ。無効だ無効!」
ブーブー! ざけんなぁ! 金返せ!
騒ぎ出す賭けをしていた冒険者達。
ガシャアアンッ!
ソニー「わっ」
荒っぽい連中だ、また喧嘩を始めたぞ。
酒瓶を当たり前のように人に投げるな。
警備達「こらあ!」「ぶち込むぞ!」
今回は金が絡んでいるのか知らないが、大きめの乱闘だ。
警備の男達が構えていた鉄棒で手当たり次第に殴り始めたな。
ソニー「あ、お兄ちゃん!」
ビクター「ソニー、ルーナさんっ、何の騒ぎですかこれは……」
鼻が曲って血だらけで気絶しているネイズや水浸しになった辺りを見て、驚いている彼がいた。
今来たところか。
受付と階段の間に、奥があるようだな。
解体所? とやらだろうか、なにやら様々な生き物や血の匂いが漂って来ている。
ソニー「あれ? 先輩? アリエスタ先輩!」
視線をアリエスタの方にやると、いなくなっていた。
ビクター「どうしたんだソニー?」
また忽然と消えたな。
騒々しいこの一帯からだと魔力の流れも何もつかめないぞ。
“この恩もきっと返すから”、か。
ソニー「もーまたどっか行ったあ! ですよねルーナさん?」
うん? ああ、盗賊のアジトでもそうだったんだ。
ベル「あっ、テントムシ飛んでるー!」
ん?
む、ガストンと巨漢の獣人がこちらに来る。
マルコ並にでかいな。
そして強いぞ。
ガストン「よぅ、おもしれぇだろ? ここは」
「ああ、楽しいところだな」
兄妹「ええ!? あ! 組合長!」
突然直立してお辞儀をする二人。
ベル「わーでっかいねえ!」
警護「あのガキゃあどこ行きやがった!」
喧嘩騒ぎを腕力で納めつつある警護の男が、アリエスタが消えたことに気が付き叫んだ。
ガストン「あいつか、盗賊のアジトでルーナが助けたハーフリングってのは。ソニーは知り合いなんだって?」
「うむ」
ソニー「はい、そうです」
ガストン「協会もなかなか“後進”が育って来てるなぁ」
魔法協会か? こうしん?
冒険者「おい、連中が取り合ってたっつうそもそもの依頼書がねえぞ?」
「げっへっへっ。結局かよ! 騒いでる間に取られたんだな! 見ときゃよかったぜ! どんなおいしい依頼だったんだぁ?」
そう喋る冒険者達は、気絶してる冒険者を蹴り転がしどかしながら、依頼書とやらがたくさん張り付けてある板に戻っていく。
ガストン「ありゃあ掲示板ってもんでよ、組合が仕事の中身を書いた依頼書ってのを貼ってんだ。俺らはそれを元に外に出て、報酬をもらってるんだ」
ふうん?
兄妹が私を見て不安な顔をしている。
うむ、よくわからん。
ガストンの隣にいる獅子、の獣人も同様だ。
放っておかれてるからだろうか。
組んだ腕の筋肉がすごい。
さっきから全く喋らない。
ガストンがずっと喋ってるからな。
「例えばケンウッドさんの護衛依頼だな。彼が護衛が欲しいって組合に行って仕事を頼むだろ? そしたらあそこに依頼書として張り出される、それを俺が見つけて契約開始ってわけよ」
ふむ、なんとなくわかってきた。
ベル「ねぇ、お腹へったー! おっちゃんも食べるの?」
羽が揺れ、浮かび上がり、獣人の顔の前に飛んでいく。
ガストン「あ、いっけね! 忘れてたぜ、こいつがギルマスのロムガルってんだ。ここで一番偉くて強ぇえ奴だな。あ、(俺らの)大体のことは話しておいたぜ」
ほう。
「グル、隻狼、わざと、やってるだろう? ゴホンッ、冒険者組合長の、ロムガルだ。強い冒険者は、大歓迎だ」
さっきの騒ぎを何でもなかったかのように話しかけるギルマス。
獅子? の獣人だ。
猫族に似てるが険しく経験豊富な雰囲気で、顔まわりに広がる“たてがみ”が長く、肩まで広がり、組合の衣服の豪華なものを着ている。
得物はないが、恐らく、格闘ではないかと思う。
手の平まである分厚く、傷だらけのかなり使い込まれた皮の籠手を着けて腕を組んでいる。
ちなみに顔も太い腕も傷が多くある。
靴は金属か、棘が多く、そもそも大きく太い、蹴られれば恐らく、樹も折れそうだ。
「こんにちは、ルーナだ。」
「あたしベル!」
彼の喉の奥からゴロゴロと音がしているな。
なんの音だろう。
猫娘も出していた気がするが。
組んだ腕を離し、片手を出してきた。
ゼラのように触りたいのだろうか。
攻撃の場合は危険なのだが。
太く、強い腕だな。指にしまわれている爪もすごい。
魔狼の牙みたいだ。
ソニー「あっ、る、ルーナさん、これは握手といって、こんにちはと同じような挨拶なんですよ」
む? ならしょうがないな。
握手とやらをした。
彼の手が大きすぎて、握れないぞ。
む、指だけ出してくれたから、それを握った。
温ったかくてすべすべで、ケンウッドと違いざわざわな感じだ。
これも悪くない。
ロムガル「!? グル……」
ビクター「ああぁ、組長の手をなでなでしてる!?」
冒険者達「あの女馬鹿なんじゃねえの!?」「爪で引き裂かれるぞ!」
ベル「ねぇねぇ、あたしはー?」
ロムガル「グル……“フェアリー族”も、仕事をするなら、大歓迎だ」
ベルには更に、爪の先で握手したな。
うむ。
ガストン「がっはっはっ。いやーまいったろう? ロムガルのおやっさんも!」
読んでくださりありがとうございます。




