41話 門前騒ぎ
陽の光を遮る高い防壁に包まれた湖畔の街、その外側の草地で大きな蛙の魔物が潰れるように死んでいた。
近くの入口に集う人々は、驚いてその様に見入っていた。
あまりの登場に驚き、口を開けたまま気圧される一同。
そこに、お構いなしにスライムが飛び跳ねて冒険者たちに襲い掛かる。
ビチャ。
「……」
ボタタ、ポタポタ……流石に動きが良いな。
素早く背後に飛び下がったり、盾ではじき返している。
お互いの距離や陣形を見て立ち位置を変えたり、魔法使いを守るようにして。
ソニー「ルーナさん――」
ビクター「ソニーだめだよっ」
魔物が間に居るからこっちに近づけない。
その魔法使い達が対処するようだ。
すでに詠唱、をしている。
ソニーも参加し、数人が魔術を唱え、飛び跳ねるスライムに火を投げかける。
ボオオオオオッ。
ボウンッ!
それぞれまばらな大きさだが、大体が拳大の火球が、スライム達に飛びこみがすようにして蒸発させた。
ジュワア~~ッ。
あれが戦いに使う火魔法か。
見事だ。
当たり前のように動いて、戦い、倒した。
蛙はアレだろうが、スライムとやらは日常的にいる魔物のようだな。
そう考えてみると火球の魔力は最低限の力だったと思う。
剣だとどうなんだろうな。
「……」
ネチョ、ベトッ、ボトッ。
血、体液、粘液、色んな汁が体中から垂れ落ちている。
スライムはここにはいなかった。
蛙にはもうくっついてない。
居たとしても、暴れ回ってたみたいだから潰したのかもしれない。
そんな中、淡く光る存在がエルフの娘に飛び回り大声で話す。
「ルーナお疲れ様! ネッチョネチョだね! ねぇ湖に行こーよ! 泳ごう!」
いつもの様に抱き着いて来ようとしたベルだが、私の身体を見て止まり、後退して周囲を回る。
なのでベトベトの手を近づけてみる。
「やー!」
む、洗い流した方がよさそうだな。
街に入る前に、壁に沿った空いてる方から湖に行けそうだが……。
「がはははは! よう! また騒ぎを起こしたな、おめぇ」
「ガストン、声を出してくれて助かった」
騒ぎを起こしたのは蛙の方なんだがな。
私はどうやら少し浮かれていたようだ。
湖と街と、突然襲われた娘たちとか。
装備は……あぁ、ケンウッド達が回収してくれて来たようだ。
ガチャ、棘鉄球付の棍棒を見る。
何故か色が変わっている蛙の、胃の中にあったものだ。
死体や遺留品? がなかったので、恐らくさっき吹っ飛んでった鎧の冒険者の得物だろう。
ソニー「レンちゃん! 大丈夫? どうしたの? 立てないの?」
犬娘「あ、あ! ソニちゃん? ビクターさんも! わぁ~お久しぶりですぅ~、そうです~腰が抜けちゃったみたいで~」
犬娘はソニーと知り合いの様だ。
尻尾がすごく揺れ始めた。
レンというらしい猫娘「ふにゃあっ、恥ずかしいにゃ、皆見てるから静かにしてにゃっ」
腰が抜けるとは、立てない感じなのか。
ソニーが治療術で治すだろうか。
他に怪我はないみたいだ。
後は、あっちに鎧の冒険者がいたような。
無事だろうか。
その方を見ようとするが、群衆が集まってきていた。
荷馬車を門前まで連れて来たケンウッドもこっちに来る。
「ルーナさんご苦労様です。お見事でした。いや~どうなるかと思いましたよ。あと、衛兵方から聞きたいことがあるそうですよ」
あぁ、やはりそういう感じになるのか。
またギャレスだろうか。
街に帰ったらしいし。
いや、大丈夫そうだな。
今回“羽付き兜”を被ってこっちに来るのは鱗が紺色の蜥蜴人だ。
近づいて来る隊長らしき蜥蜴人、けっこう強そうだ。
彼も槍使いのようだ。
チラと外壁や門を見ると、衛兵達が展開してるな。
弓も弩も見える。
私が行かなくても片付けていただろう。
猫は食われていたかもしれないが。
蛙の下はあそこまでは、届かないな。
跳んでから伸ばしたらわからないが。
街を守る衛兵達は槍持ちと、蜥蜴人が多い。
しかし、なぜ彼らは私と目が合うとびっくりするのだろうか。
門前に並んでいた者達「守護隊長だぞあれ」「あの亜人が?」
「この街は亜人の方が多いからなぁ」
そう思いながら目の前に来た隊長のする対応に、私は首を傾げた。
蜥蜴人の隊長「これはエルフ様。お会いできて光栄に存ジまス。私はスイレーン街衛兵団第二中隊、通称“守護隊”の隊長、レガリアにごザいまス」
守護隊。
「化け物蛙の退治、お見事でス。とりあえズお身体も清めたいとお察シシますシ、お話もお聞きシたいので、門横の事務所にご同行願えまスでシょうか」
様と呼ばれ、屈んでお辞儀された。
衛兵団第二中隊?
確か、ギャレスとゼラは第三だったか。
ベル「お見事ですだって! 蛙おいしいかなぁ?」
ガストン「ふぅん。やっぱそういう感じか」
彼はなぜこうなったか知っているようだ。
ビクター「え? え!?」
ソニー「あれ? お兄ちゃん、レガリアさんがおかしい!?」
ヌメヌメを拭かせてくれるみたいだな。
行こう。
蛙の味も聞いてみたい。
あ。
「あの猫と犬族の娘を逃がして吹っ飛んでったのは、大丈夫だろうか」
見ると、遠くの方で他の冒険者たちが調べていたようで、皆で見ているのに気づいてこちらに大声でしゃべる。
「気絶してるだけですぜーっ!」
ふむ。
ガストン「おーい誰か組合のやつ呼んできてくれ! このでかぶつを片付けねぇと。ビクター、ここで待っててくれるか、嬢ちゃんと事務所に行ってくる」
そうなのか。
ビクター「了解です。よろしくです先輩」
彼の向こうでは、落ち散らばった草を籠に拾い集めている犬娘がいる。
横では、ソニーが猫娘を介助して私とレガリアの元に連れて来た。
レン「にゃあ~、お姉ちゃん。助けてくれてありがとうにゃ」
犬娘「はぁはぁ、わ、私もっ、助けてくれてありがおうございますぅ~」
「私より先に守ってくれた冒険者がいた。手伝っただけだ。おかげで間に合った。怪我は大丈夫か?」
近くに来て二人でお辞儀された。
撫でてみたいが、今はベトベトだからやめておく。
多分かわされるだろう。
「はいです、彼にも二人でお礼を言わなきゃだね、レンちゃん」
「はいにゃ~」
ソニー「ルーナさん、この子はレンちゃん、こっちの犬族の子はマギーちゃんって言って、私のお友達なんです」
「そうなのか。よろしく頼む。その一杯ある草は何だろうか、カエルはそれを狙っていた気がするが」
レン「これは甘水草って言う、お料理に使う草にゃ、うちのお店の看板料理に使う大事な草にゃん」
落ちたそれを拾い、ばらけてしまった一本を齧って彼女はそう言った。
一片を差し出すので私も齧ってみると、おお、甘うまい。
ベルは、蛙の死骸に興味が向いている。
レガリア「失礼エルフ様。ソの件も含めて、お嬢ちゃん達も来てもらおうか。話を聞かセてくれ。守ってくれたあっちの冒険者は……気絶シてるのか、おいお前、事務所までおぶって来い」
部下「ハッ」
娘たち「「えっ」」
やじ馬と共にビクターを置いて、皆で門の方へ向かう。
去り際、彼らがスライム、とやらについて、通常より色が薄いと、そして酸が強くて変だなと話しているのが聞こえた。
ソニー「あっ、あっ、あんなに人が一杯いるっ、るルーナさん、ちょっといいですか、うわっ結構ネッチョリしてるぅ、せめてもう少し体をきれいにしさせてください。……水流の精霊よ、清らかな浄化を……ウォッシュ」
門に集まっている群衆に近づく前に、ソニーが私を手で引き留めて、手を離した。
そして水の魔術を私に使ってきた。
水球とは少し違う、水流、のようなものがソニーの杖から私に放射された。
「むっ!」
「だ大丈夫です攻撃じゃないです! 水でちょっと洗うだけですっ、あぁん逃げないでくださいっ」
わかった。くらおう。
「うきゃーっつめたーい!」
「ベルちゃん、ちょっとどいてっ、あぁ、魔力が乱れちゃった」
衛兵達「……」
ケンウッド「はは、申し訳ありません、すぐに付いてまいりますので」
チョロ……杖からの流れが留まった。
水の雨の中にベルが混ざりこんで喜ぶと、放射はすぐに終わってしまう。
見るとソニーの魔術の魔力の流れがベルの乱入で確かに乱れていた。
ふむ、気持ちいいな、身体のネバネバの大体が落ちた。
正直ちょっと気持ちが悪かったのだ。
「見事だ。ありがとうソニー」
近づくと思った以上に大きな門の前には、騒ぎを眺めていた商人や街の人々で前にもまして賑わっていた。
皆、思い思いに様々なことをしゃべったり、話し合ったりしていた。
ベイリ村よりとても人が多い。
マモを散歩させてる人もいる。
マモットだったか?
もっとも、飼い主は出店から動かずにいるマモに困っているが。
街人の他に、戦える恰好をして顔つきもそれなりな、冒険者らしい者達。
ケンウッドのようにひらひらした者達、鎧兜に槍を持つ衛兵達。
青いローブ姿の魔術士のような連中。
そして、獣人だ。
様々な種類の獣人たちがいる。
とりわけ、蜥蜴人が多い。
二番目は“魚人”だろうか。
蜥蜴人に似ていて、よりひれや背びれ、水かきが多い。
手指の間を見ると水かき、があるな。
水の戦いが上手そうだ。
湖と関係あるのだろうか。
群衆の中足元を滑るように“青い蛇”が消えていった。
ああいうのもいるんだな。
「うわっ!エルフだっ」「耳が長いぞ!」「エルフ様だ!」「雷女王だ!」「違えよ!」
「あそこっエルフの娘がいるぞっ、しかもすげえ美人だ!」「黒くねえぞ?」
「だから人違いだって!」「人族じゃなかったのか?」
「蛙に食われてもピンピンしてるじゃねえか」「いきなり出て来たよな?」
「見た! 足早っええよな」
「ありゃあきっと都の冒険者だな」「うわぁ~蛙の汁まみれで汚ったねぇなぁ」
「あのナリのままで街に入るのかよ」
「ばかっサっき洗ってただろ!ソういうこと言うんジゃないの」「滅茶苦茶かわいいじゃん!」「連中ベイリ村の方から来なかったか?」
群衆に近づくと、街道の脇に皆どいてくれたが口々に色々言っている。
門の両脇に槍持ち衛兵がいるな。
装備も中々だ。
レガリアが顎を動かし連中に目を合わせた。
門を通れるようだ。
本来ならここで何様か誰何? をするのだろう。
「おい! なんか近くに小せぇのが飛んでるぞ」「使い魔だろ?」
「いやっフェアリーだ!」「フェアリー? ウソ付け!」
「なんでこんなとこに小妖精がいるんだ?」「あのエルフが連れてるんだよ」
「ガストン! おかえり」「なぁ、こいつらひょっとしてベイリ村に行ってた連中じゃねぇか?」
ガラガラガラゴツンッ。
コツ、カタ、カシャ。
音が響く、馬車の車輪や皆の装具、靴が石床に当たって。
開かれた門を通り、街壁内部を通る、マルコ二人分くらいの太さだ。
ゴブリン王が突進してもこれは破れないだろうな。
ベイリ村との違いを感じる。
「何でレガリア隊長と一緒なんだ?」
「衛兵隊に連れられてるから、事務所に連れてくんだろ」
「ねぇ父ちゃん何で? お姉ちゃん何も悪いことしてないじゃん」
「別に捕まえるわけじゃないよ、騒ぎを起こしたあの獣人の娘達と一緒に、いろいろ話を聞くんじゃないか?」
街壁をすぐに抜けると、両横に街が広がっていた。
道はまっすぐ向こうに続いていって、少し坂になってるから湖がキラキラしてるのが見えた。
間の群衆でよく見えないが。
「あのエルフ会長の知り合いかな」「会長? 冒険者のギルマスか?」
「違う、魔法協会だよ」「ああ、あのクソ迷惑な“水爆弾オヤジ”か」
「シっ使い魔が聞いてるゾ!」「え? どこ? あ! 青いのが居たっ」
冒険者たちが気になることを言っていたのでそっちを見ると、建物から生えた棒、看板かな。
その先端に、小さな青い鳥が止まっており、こっちをじっと見ている。
ふむ、あれが使い魔というものなのだろうか?
森で見た鳥たちのようにキョロキョロと動かないので、ただの鳥ではないかもしれないな。
魔力もある気がする。
「なぁ、ベイリ村だって? ゴブリン暴走の?」「もう終わったって話だろ?」
「討伐隊が空振りシたんだって」「デマだったんだろ?」
「違う! 俺らが向かう前に壊滅したんだよ!」
「デマだってんならあの荷馬車の戦利品の山を見てみろよ」
「うわっホントだ! すっげえ!」「ホンマケンウッドさん儲けよったな~」
「なぁあの魔術士の子もけっこうかわいいよな!」
「チッ、ガストンの野郎、護衛依頼の方を取って大正解じゃねぇか!」
「先に手出ししてかっさらってよぉ!」「てめぇふざけんな隻狼!」
「いや、先に行ってやれるもんじゃないだろ」「そうだ、馬鹿なんじゃないの?」
「え? じゃあ討伐したのって、あのエルフの女か?」
「いやいやばっか、一人でやったわけじゃねぇんだから」
「ベイリ村の連中とあのおっさんとか、あっちの盾持ってる坊主とかとだろ?」
「ソんな数人で暴走は止められねぇよばか! ゴブリンキングがいたんだゾ!」
「じゃあ、あのエルフ様が……」「化けもん蛙も一人でやったんだぜ……」
「まぁ蛙は倒したんだ。スゲェじゃねぇか」「エルフの姉さん、よくやったー!」
「ケガはねぇかー猫と犬の娘っ子ぉー」「猫屋にまた飯食いに行くからなー」
人が多いな。
どんどん集まってきている。
だがすぐ左の建物に入るようだ。
右手には馬車がたくさん止まっていて、なんだか獣人が大勢集まってこちらを見ていた。
皆ふわふわしてるな。
あぁ、商人か。
皆ケンウッドのようにゆったりした布で、帽子をしている。
商人の子供「なんか飛んどるよ? なんやあれー?」
ベル「あっ! 子供のふわふわもいた! かわいいねルーナ!」
馬の様に、マモにまたがっている子もいる。
喋り方が独特だ。
私たちの後ろから、気絶した冒険者を背負う衛兵が追いついて来た。
娘っ子たちを守って吹っ飛んだ男だな。
鉄の兜と鎧だが、衛兵と比べると黒ずんでいてぼろだ、そしてへこみができていた、蛙にやられたのだろうか。
「え? じゃあ滅茶苦茶強いの?」「すげえのが来たな……」「さすが都の冒険者」
「引退シたマルコサんみたいに上級ってことか?」
「ばかっただの上級じゃねぇぞありゃあ」
「暴走を止めたってんだから、王都の特級クラスだろ」「さすが王都の特級冒険者……」
ガストン「はぁ……。おいルーナ! これが終わったらさっさと冒険者登録しちまおうぜ! 田舎から出て来て人の多さに驚いたろ!」
急にガストンが大声でしゃべった。
ベル「まねしたー!」
「ガストン、隣で叫ぶと耳が痛いからやめてくれ」
「やれやれ、こっちだぞルーナ」
ケンウッド「守護長様、私めと馬車は衛兵方の事務所にお邪魔でしょう、一度“駅”に引っ込み、直ぐ様ご挨拶に伺わせてもらいます」
レガリア「あぁ、ケンウッドだったか、気を遣わセて済まない。エルフ様はスぐにお返シスる」
ケンウッドが耳をこしょこしょして来た。
「ルーナさん、しゅごちょ――レガリア様は、ギャレス様とはまた違う気質の方ですので大丈夫ですからね(まあ御仁の様子を見ると、大丈夫でしょうけれど)」
よくわからんが、頷いておいた。
ガストン「要するに暴れるなってこった」
ふむ。
相手によるぞ。
読んでくださりありがとうございます。




