40話 湖畔の街スイレーン
木々から光が射しこみ、すがすがしい空気と川の水音、鳥のさえずりが朝の野営地を囲んでいた。
あの後ちゃんと寝た。
ガストン、ゼラ、私は見張りをしつつ交代で休んでその後も話し込んだが。
兄妹は疲れてるからと私達で決めて起こさずに寝かしておいた。
ゼラ「再開を心待ちにしていますから、愛しのルーナさん」
攻撃じゃないとわかったので手を取るのをよけなかったら、手をにぎにぎされた。
やめろ、こそばゆい。
蹴るぞ。
ガストン「俺はお前を尊敬するよ」
「うるせえ」
夜が更ける頃、ゼラは馬にまたがり隊に戻っていった。
ヒヒイィン。
こっちの馬車の馬が――さらば愛しき女よ――と言っている気がする。
まだ早いから出発しない。
皆、目がはれぼったくなったり、怠そうに過ごして少し辛そうだ。
寝起きが特に動きが鈍そうだな。
私はやはり何度寝ても、皆より短い時間で休めているみたいだ。
ベル「むにゅ、ふわあああ、おはよーっ」
彼女もさすがに起き抜けは静かだ。
胸の中でずっと暖かくなっていたのがにょきっと出てきた。
ガストン以外は小鬼でも勝てそうだ。
彼はいつも枕の下に短剣を置いて休んでいる。
ケンウッドも半分寝ているから、ビクターと一緒に剣の素振りをする。
それが終わったら小川でさっぱりするのだ。
ガストンは知らん。話しかけて欲しくなさそうだ。
周囲に気は張ってるから放っておいていいだろう。
そもそもケンウッドから離れようとしない。
ソニーは瞑想、というやつをしている。
胡坐? で座り、目をつむり、手を変な形で組んでいる。
ベイリ村の時もしていたな。
魔法協会で魔法を学ぶ時に基本として教わったのだそうだ。
今の私には魔力の流れがぐるぐると巡っているがわかる。
ソニーはわかってやっているのだろうか?
ふむ、私もやらせてもらおうか。
自分の魔力というものを見てみよう。
ソニー「すごい、ルーナさん、魔法の才能がありますよ!」
どうもこうやってると自分のや、相手のそれが感じ取れるようだな。
彼女曰く、瞑想とやらも、僅かに魔力が回復するらしい。
一晩寝れば全快? するようだが。
ちなみにベルは起きて、また寝た。
ルーナさん、すごいです。
とビクターに毎回言われる。
そんなことはない。
私も普通にマルコとニコの家のように、寝台が恋しい。
組み立てられるものを作っておこうか。
朝飯を皆で手分けして作って食べる。
出来合いのをパンに挟む。
湯を沸かして茶だけは煎れる。
ケンウッドは朝からは苦手なようで、茶だけだ。
オーク肉は冷めてもうまい。
売るほどあるが、解体が大変だと言うことが嫌でも分かった。
一部位だけだが兄妹と共に、ガストンから丁寧に教わる。
以外と厳しく教わった。
飯のタネなんだからそりゃそうだと言われた。
残りは組合の解体屋とやらに金を少し払ってやってもらうそうだ。
基本的には魔物の死体は組合に持って行き、貴重な部位は売り、肉は欲しければ返してもらって他は売るそうだ。
朝飯を終えた頃には目を覚ましていて、出発する。
ベイリ村から街道を進み、丘の前で一晩過ごし、街道が曲がりくねり、起伏が激しい丘をめぐるように行く。
ベル「わくわくする! ここら辺に来たの初めて!」
ほう。
私は全部だぞ。
ここは、上からの襲撃に向いていそうだ。
だから手前でケンウッドは野営しようと言ったのかもしれないな。
もし前日野営せずに通ったら、盗賊達はここから襲撃して来たかもしれないな。
もういないが。
それでも、警戒は緩めない。
始めて見た三本足の生き物が、跳ねながら丘の上でこちらを見下ろしていた。
あいつは足がうまいとガストンが兄妹に言っている。
「近づけばすぐあの倍の早さで逃げるんだけどな。それと三本のうち一本がすんげぇ苦いんだ」
ビクター「全部イケると思ってました……」
話を聞いてる間に尾根の向こうに消えた。
その足とやらは、枝みたいだったぞ。
クネクネ道を過ぎると、下りになり、景色が大きく広がった。
ソニー「はぁ~、やっと帰ってきたぁ~」
ビクター「ソニー、まだ距離があるんだから油断しちゃだめだぞ」
「はーいお兄ちゃん」
ほう。
油断していた。
よい景色の背後を剥くと、丘の影も待ち伏せに向いている。
ここで野営でも悪くないが、目の前に街があるからな。
ゼラがよく言っていたが、これが美しい、なのかもしれない。
大きな水たまりがあって、ベイリ村の何倍の規模の街、が寄り添うように広がっている。
水たまり、あれが湖か。
奥に小さい湖がもう一つあるが、それですらとても大きい。
陽の光が反射しキラキラしている。
そして空気だ。
涼しい風と、さわやかな匂いがする。
遠く、風に混ざって、妖精らしき何かが飛んでいるのが見えた気がする。
どこまでも広がる空に消えていった。
ベル「そんなに雨が降ったのー? 大っきい水たまりだねぇ!」
ソニー「クスッ」
ケンウッド「アハハハ、あれがモッカ湖で、私たちが拠点にしている湖畔の街スイレーンです。まだ一刻ほどかかりますが、ようこそ、ルーナさん」
「ああ、きれいだな」
ソニー「ベルちゃん、元々ずっとあるんだよ、あれは湖って言うの」
ベル「そうなんだ! それじゃ大っきなお魚いるかな?」
ガストン「はは、そりゃあもうでっかいのがな……」
ほう? 魔物か?
丘を下りながら徐々に近づく街を眺めていると、ベイリ村のように、だが更に高い石の壁でおおわれている。
それほどの魔物が襲ってくるのだろうか。
湖に面した箇所もだ。
何ていうのだろう、港、だったろうか、あれは船、というやつのはずだ。
大小の船が、湖や港に浮かんでいる。
船は確か、海、にもあるんじゃなかっただろうか?
蟹や魚とかを獲っているのだろうか、大きい湖だから、大きいのが取れるのだろうか。
それらの魔物もいるかもしれないな。
どれくらい強いだろうか、味も気になるぞ。
今のところ、食ってないのは小鬼だけだ。
段々緩やかになっている街道、それが中々高めの壁に埋め込まれた大きな門へと続いており、その辺りが賑やかになっている。
まだゴマみたいにしか見えないが、人が行き来しているな。
私たちのように馬車もいるし、近くの森から出て来て門へ走っている者も見える。
うん?
おい、あれは。
ビクター「冒険者かな? 僕らもよく採取依頼で入るんですよ」
ずいぶん急いでいるな、そして彼らの背後の森から赤い大きな生物が飛び出してきた。
ソニー「え? 魔物?」
ガストン「森蛙だ! 狂暴化してるしでかいぞ!」
最後尾の鎧姿らしき冒険者が立ちふさがり戦うが、何かをされて、その後吹き飛ばされた。
恐らく、舌を鞭のように振り回したな。
狂暴化とやらになっている赤い、森蛙という魔物は蛙のように飛んでは着地を繰り返し、逃げる連中を追っている。
早いな。
先を逃げる二人は一般人のようだ。武装してるようには見えない。
何か草のようなものを落としている。
逃げ遅れている小さいのが転んだ。
ケンウッド「あれは……獣人の子供ですか?」
ガストン「門まで駆け込めるか?」
トサッ、ガランッ。
荷物を置き身を軽くて準備していた私は、取り外していた大剣を途中で放り投げながら走った。
ダッ。
ガストン「!」
兄妹「「あっルーナさん!?」」
ベル「あれ? ルーナは?」
ケンウッド「あっあそこっもうあんな下に!」
ダダダダッ。
間に合うか?
そうだ、マルコの真似をした咆哮で小鬼が気絶したな、やってみよう。
「スゥーー……」
ガストン「“街壁の弓”に当たんなよルーナぁ! ――」
「ガアアアアアアアアアッ!!」
近くの一帯の空気が振動し、森が揺らめき、鳥が羽ばたいた。
バサバサアッ。
皆「「!?」」
一部は肩をすくませ耳を塞いだ。
ケンウッド(え!? 獣の咆哮ですか? じゅ、獣族の?)
「ゲギョォッ!」
着地から飛び跳ねようとしていた巨大な蛙が驚いて足をも連れさせるようにして体勢を崩した。
ドズザアアアアアッ。
多きく開けた口から、舌を落としたかのように、畳まれていたそれが転げ落ちた。
しかし、動転し目をギョロギョロと回すも、追っていた子供をやはり狙おうとねめつけて、舌をブルリと震わせたかと思うと鞭のようにしならせた。
皆には舌の先端が消えたかのように見えた。
しならせた鞭状の舌が揺れ動く、その軌道の先には、起き上がる少女がいる。
私は当たる前に、見えている舌を斬ろうと迫る。
だが、だめだ。ぎりぎり間に合わない。
ならば。
長剣も短剣も投げ捨て少女に向かって飛び込んだ。
恐らく、この位置だ。
見るんだ!
ビュバチイイッ!
来た! 舌の先端を掴んだ。
ボルトや矢より痛いな。
ぶつける力がまだ生きていてしかも滑っているせいか、握った手から離れようとするが、飛び込み掴み転がった勢いのまま、両手で掴み、膝から踏みつけた。
これで戻せまい。
「ふにゃぁああ!?」
籠に入れた草をたくさん落としながら、驚き尻もちをつく少女。
獣人か。
尖った耳が限界までピンと立ち、尻尾が膨らんでいる。
灰色の毛並みだ。
舌の先っぽを持つ右腕を離し、すごいぬめりを地面でこすり落とすように撫で、剣を――しまった! 全部放って来たんだった。
「ゲゴォッ」
奴の顎舌がものすごく振動している。
ギュルルンッ!
舌を戻そうとすごい力で引っ張り、暴れ回るようにたわみ揺れる舌。
膝が離れ、弾き飛ばされそうになる。
「っ」
ズザアアアッ。
一瞬体が浮き上がるも、土砂を弾き飛ばすようにがっしりと踏ん張り、左肘で舌を折るように抑え、引っ張り返す。
ブルルウゥゥゥゥン。
舌がビィンと突っ張り真っすぐになった。
「ゲウゴゴッ!」
「っ~~~! 早く離れろ!」
猫少女「うにゃああああん~!」
話しかけられハッと驚き、籠を放り投げ四つん這いでノロノロと逃げ始める。
どうした、恐怖で動きづらいのか!?
ガクガクだぞ。
「レンちゃ~~ん!」
向こうで、先頭で逃げていた犬の少女が、門にいた冒険者や衛兵連中を連れて戻って来る。
ズザアッ、ズルッ。
いかん、そこら中に垂れる奴のぬめり汁が足裏の地面にも入り、滑りだした。
近くの門では騒ぎになっている。
壁の上に!?
弓を構えてるのは衛兵か?
ガストン達が走ってこっちに来る。
ズルッ。
「!」
あ、しまった。胴鎧にナイフを装備していたのをうっかりしていた。
だが、少しでも手を自由にしたら吹き飛ばされる気がする。
その時だ。
突如、蛙にこびりついている何かがひとりでに動き出したかと思うと、こちらに向かって奴の背中から飛び跳ねて来た。
それらは半透明で、蛙の体表のぬめりだと思っていたが、違ったようだ。
魔物か?
半透明な生物「……」
それは一瞬のことだった。
ジュウゥッ。
半透明のうすい緑色の生物がたまたま近くの地面に、つぶれた水たまりのように落ちた瞬間、その地面の草が溶け出すかのような煙を出したのだ。
!? ……酸?
続くように三つほど水玉がこちらに迫る。
ビチャッ。
私は滑る足元と、舌の、戻ろうと引っ張る力に身を任せて跳んだ。
上手くいくか?
蛙の口へと視界がすごい勢いで飛ぶ。
私のいた場所に水玉が落ちる草音が遠く離れていく。
そしてそのまま暗くなる。
勢いよく奴の口の奥に飲み込まれる。
喰われた。
ケンウッド「ルーナさん!」
ソニー「きゃああルーナさあぁん!」
ビクター「そんなっルーナさんが!?」
ベル「えっ? えっ? 見てなかった! あれぇ、ルーナは?」
ガストン「おー豪快に入ってったなぁ」
一同「……え、ええ!? な何を言って」
ガストン「え? いやナイフ付けてたしよ。いやいやいや落ち着けって、ルーナがあんなんでどうにかなると思うか? 逆に」
ああ、そういえば。と我を取り戻す知り合い達。
ガストン「それより散らばったスライムが妙な感じだ。油断するなよビクター」
大剣を構えながら、前衛として展開しろと暗に先輩冒険者は語りかけた。
「は、はい!」
ガチャッ。
鞘から長剣を抜き、中型角盾を構え、謎のスライムに近づく。
そのスライムは、妙に透明度が高く視認し辛かったのだ。
その時には丁度、門から兵達も駆けつけ周囲に巨大な蛙に集まり始めた。
兵達「おーい! 大丈夫かぁ! 今女が食われなかったかぁ?」
犬娘が猫娘にたどり着き抱きしめる。
「レンちゃんっ大丈夫? うわブルブルだ!? 動けないの? 立てる?」
レン「ふ、ふにゃっ、エルっのっねえちゃががっ食われったにゃ!」
ソニー「あ! レンちゃん!? レンちゃんだったの?」
魔法使いの娘は猫娘と知り合いであった。
兵達の誰か「おい! 化け蛙の様子がおかしいぞ!」
一同が蛙に注視した時だった。
蛙が苦しみだす。
スゴンッ! ボゴンッ! ボガンッ!
中で小さな爆発でも起きたかのような、くぐもった音が聞こえる。
「ゲゴッゲゲゴウゥッ!」
ビシャビチャアッ。
蛙が口を開け、体液を吐き散らし、動きを緩慢とさせる。
謎のスライムにかかったそれが煙を出す。
ズンッ! ボウンッ! 音は続いていた。
狂暴化時を示す攻撃色の赤班が消え、元の森蛙の緑の体色に変わった。
行商の護衛と思しき中年の冒険者が、両手を口に当て蛙に向かって叫んだ。
「ルーナぁー! 聞こえるかぁ! 鎧にナイフがないかぁー?」
ボガッ……。
音がやんだ。
途端、蛙が更に暴れ回った。
ドオオオオオン、ズウウウン!
一同「うおおなんだどうした! 離れろ離れろ! 喰われた女の仕業か!? おいそこ! スライムに気を付けろ!」
ズシャッ、ズシャッ、ジャギッ、グシャッ!
一同「「!?」」
「ゲゴゴゴオオオォォォ!! ……」
ズズウウウウウウンッ!
一同「「おおおお!?」」「倒した! 倒したぞ!」
ガストン「近づくなよ! まだ生きてる! (あの舌に当たったら骨砕くぞ)」
ビクター「!」
横っ腹から刃が突如突き出たかと思うと、中から引き裂くような斬撃が繰り返され、蛙の緑の血が弾けるように飛び散った。
辺り一帯に響き渡る叫び声をあげ、蛙が裂傷を上にさらし倒れ、地面を揺らす。
「ぷはぁっ! ぜえっぜぇっ」
ザグザグに体内から肉と表皮を切り裂かれたそこを突き破るように、エルフの娘が出現した。
一同「「うわっ!?」」
ベル「あっルーナだ! ネチョネチョだ!」
荒く呼吸をしながら、血や体液でヌルヌルドロドロまみれで起き出る。
「はあっ、はあっ、んぐ」
ズンッ。
その手に持つ短剣を蛙に刺し、どこから持ち寄って来たのか、もう片手に持つ、凶悪な武器を両手で持ち上げた。
ズルルウッ。
胃液らしき体液をヌルヌルと落としながら鈍く輝くそれは棍棒、いや、先端にトゲまみれの鉄の球体が付いていた。
モーニングスターである。
「はあっ、ふぅっ――」
バゴオオンッ!!
「ゲゴエゥッ!!」
虫の息となっている森蛙の心臓と思わしき場所めがけて叩き下ろされ、怪物の息の根を止めた。
一同「「うわぁ……」」
「はぁ、ペッペッ、ふぅーー……うむ。良い戦いだった」
読んでくださりありがとうございます。




