30話 街道
二章開始です。
ガラガラ……。
陽がわずかに陰り、辺りの森が夕焼けに染まっていく中、荷馬車が街道を車輪の音を立てながら、馬に引かれ進んでいた。
右手には小川が見える。
「旦那、そろそろ起伏《起伏》が増えるし、見通しが悪くなるぜ」
盾を構え、先頭を行く護衛のガストンが背にした大剣の柄を確認するように触りながら言う。
「皆さん、もう少し先でまがり角や昇りが多くなります。手前の水場で野営にしましょう」
馬の手綱を引きながら、行商人のケンウッドがそう言ってこちらへ振り向く。
「お兄ちゃん、ルーナさんが……」
「え? あ、る、ルーナさん、そろそろ休憩ですって、あのー……」
荷馬車の左右にそれぞれ居た兄妹の内、妹のソニーが反対側の剣士ビクターに助けを求めた、兄はそれを見て困った顔をする。
荷馬車の背後を歩いていたエルフの娘が急に立ち止まり、離れていた。
なにやら街道脇の森の中に目をやりピタリと動かない。
スコンッ!
音の場所を見ると、樹の幹に小型の短剣が刺さっていた。
ぐったりと垂れ下がる紐のような、蛇が、串刺しになってにょろよろにょろ蠢いていた。
見てみると、細く白い指先が投擲後の格好をしていた、彼女が目も止まらぬ素早さで投擲したものだった。
「すまない、蛇、がいた。食べてみよう」
ビクター「ええ~っ!?」
ソニー(なんでこの女性嬉しそうな顔してるの!?)
ほんのかすかな音をさせて藪の中を静かに歩き、短剣を華麗に軽装の皮鎧に戻しながら動かなくなった蛇を掴んで手に取り、馬車へ戻るその姿は、流水のようにしなやかで優雅であった。
下向き蛇を観察する好奇心溢れる輝く瞳は、長いまつ毛が隠していた。
「嬢ちゃん、更に上手くなってねぇか? もう剣士やめて、ローグに転職だな」
と荷馬車の前から、後ろをのぞき込むようにして言う中年の男。
「ローグ?」
エルフの娘は度々、興味を引く事柄に関してはそうやって首をわずかに傾け、長い耳をピクリと動かしよく聞こうとするのだ。
「あ、はい! ぼ、僕知ってます。斥候や潜伏、毒や薬、あと罠等に長けた、ナイフや弓の使い手です!」
「え~、あれ? お兄ちゃん、鍵掛けとか盗みとかじゃなかったかな?」
「え~そんなの……」
「兄貴の方が正解だな。鍵開けも間違っちゃいねぇんだが……妹の方はシーフとごっちゃになっちまってるな」
チッチッ。ブヒヒンッ。
話しながらも、馬をケンウッドが誘導し、街道から逸れ、小川の、多少平けた草原の方へ入ってゆく。
ガサッ。
「シーフってのは大体が犯罪者のそれだな。盗み、暗殺、毒殺、奇襲に待ち伏せなんでもありのせこい連中だぜ。追いはぎや盗賊と変わらんな」
雇い主に付き添いつつ、外敵の見当たらない草原を見渡しながら彼はそう説明した。
今夜はここで野営のようだ。
ケンウッドとガストンが馬を自由にして世話を焼いている。
なぜ馬は他種族とあまりしゃべらず、獣人のケンウッドはスラスラしゃべるんだろうか。
馬の獣人もいるのだろうか。
――なに? ――。
見つめる黒い瞳はつぶらで愛らしい。両者のそれも、毛並みも滑らかでとても良い。
蛇の鱗の手触りもこれはまたこれで感触が独特でよい。
後は味だ。
兄妹は周りを見張ったり、野営道具を荷馬車から出したりしている。
「ふむ。では、さっきから私たちを尾けている連中と、小川の向こうで見ている連中はどちらだろうか……」
一同「「へ?」」
単純に気になって言ったのだが、とても驚かれる。
てっきり気づいてて無視してるのかと思ってた。
「ところで、この蛇なんだが……」
ガストン「い、いやいやちょ、ちょっと待てルーナ、今なんつった?」
ケンウッド「ガストンさんお待ちを。皆さんも、何でもない風を装って野営の準備をしててください。ルーナさん、荷馬車へ来て荷下ろしの手伝いをする体で、中に乗って来てくれますか」
?
荷馬車の大量の荷に挟まれる中で詳細を話した。
ケンウッド「小鬼より大型の、人と思しき尾行が三人、向こうにバラけて六人で、全部で九人ですか……」
「ああ、わかる限りでは」
ケンウッド「ルーナさん……人は、殺せますか?」
「……わからない。だが向こうはそのつもりなのだろう?」
ケンウッド「あぁ、いえ、金や荷物目当て“だけ”の場合は、交渉して何割か引き渡せばそれで済みます。それが最上の結果の場合ですが……」
ガストン「“命だけは”が通じる相手ならな」
入り口に腕を組んで寄りかかり聞く彼がそう言った。
「ふむ?」
「あ、なるほど……コホンっ、ルーナさん、人間の悪党というものは、ある意味小鬼等の魔物よりたちが悪い場合もあってですね、捕まれば奴隷商にその身自体を商品として売られたり、女性は体目当てでそれはひどい目にあうこともあります。わかりますか?」
「あまりわからない。とにかく、小鬼よりは強いのだろう? なんて言うのだ奴らは」
ケンウッド「へ? ……はぁ~~、そうですね、強いですよ。連中は盗賊とか野党とか、追いはぎとか、巷では呼びますね、見過ごしても他の方々を襲うので見つけ次第殺害するか、捕まえて街の衛兵に引き渡すしかないです。それができれば、ですが」
ちまた? 盗賊か……。
ガストン「さっきのあれだ、シーフだよ」
ケンウッド(やれやれ、とてつもない美貌とは逆に、その手のことに全く不用心ですねぇ)
カワウソ獣人の商人は、街に着いたらなるべく早く、ルーナに女性としての在り方を教える人物を探そうと、心の羊皮紙に記述した。
「大体小鬼と同じか。やってみよう」
ケンウッド「はぁ、大変な状況なんですが、ガストン達が言っていた通り、なんの問題もないかのように仰られますね……ですがどうぞお気を付けくださいね」
「わかった」
馬車を降りると、もう夜だった。
焚火が燃え、組木に鍋をぶら下げてるところだ。
魔法で簡単に火をつけていたな。
その妹が手を組んで何やら一人で言っている。
ソニー「さ、今晩はどうしましょうか……残ってる茸と、ルーナさんが朝に獲ってくれた兎さんが二匹と……」
普通を、平静? を装っているが小さく震えているな。
兄の方は、背中しか見えんが緊張して身体が固くなっているようだ。
ガストンがさりげなく横に来る。
「よう、そんでやるんだろ? どう動くんだ」
「ああ、ちょくせ――」
む、もぞもぞ胸で何か動いた。起きたか。
「ぷはぁ! おはよー! あれ? もう夜だ? こんばんわー! お腹すいたー!」
ベルが私の左胸にあるポケットから置き出てきて、薄く透ける羽を小刻みに動かし、伸びをしながら小さな口を開けた。
彼女は小妖精、別の言い方ではフェアリーとも呼ばれる、珍しい妖精族という種族らしい。
手の平に乗るくらい小さいが、たくさん食べる。
何故か付いて来た。
ガストン「お、起きたかチビ助! 今なぁ、おめえに構ってる時じゃないのよ。あともう少し声を小さくしてだな」
小妖精の彼女は大の男よりよく通る大きな声で、あたりに響き渡るように元気よくそう言った。
「ん? あれえ~? なんか人がいっぱいいるよぉ? いるよねルーナ? お友達?」
ガストン「あ、バカ!」
その時だった。
小川の方に潜む連中が“鳥の声”のような音を出した。
空気が変わった。
ふむ、バレバレの声真似だな。
連中の合図のようなものだろうか?
ベル「あれえ? 今夜なのに、鳥の声した?」
手で顔を隠して首を振る仕草をしてから、ガストンが戦いの体制になった。
遅れてビクターやケンウッドも。
警戒、というやつか。
ソニーは聞き逃したようだ。
呆けてこちらを見ている。
私は、ベルが傷つかないように片手で包みこんで、荷馬車の荷物の奥に詰め込む。
「むぎゅ、なにをするだ――」
ガストン「来るぞ!!」
「うむ」
すでに弓につがえた矢を、すぐさま最初に飛び出た奴の足元に放った。
直接言って聞きに行こうと思ってたが、ひとまず新しく小鬼のとこで手に入れたこれにしよう。
ビシュン!
盗賊「ひょわっ!?」
毛皮を主とした恰好の、“マルコ”みたいな男達が次々と飛び出してきた。
人族じゃないのも混じっている。
盗賊「いきなり何しやがるてめえ!」
ガストン「そりゃ俺達の台詞だ」
せりふ?
む。
更に出てきた小鬼に似た青色の皮の色をした、ホブゴブリンぐらい大きい奴、猪みたいな顔だ。盗賊達より大きいが、マルコよりは小さい。
口から下の尖った歯が牙になって突き出ている。
魔物、魔族? だろうか。
兄妹「「ひええ」」
ガサガサガサ……斧、槍、剣、弓も奥にいるな。
にやにや笑っていて、風体、というか雰囲気、というか、髭もじゃなのも、やはりマルコに似ている。
そしてやはり臭い。
ここまで臭ってくる。
小鬼並とまではいかないがいい線まで来ている。
おかげで潜んでいるのが丸わかりだった。
それよりも、何の用か一応聞く。
「止まれ! 何の用だ、襲ってくるのなら小鬼と同じく、容赦しないぞ」
「うっひょー上玉だぁ!」
「あに言ってやがんだこの馬鹿女ぁ!?」
「殺せ殺せ殺せ! 女二人は取っとけよてめえら!」
「ブヒィィィィ!!」
「襲いに来たんだよぉオジちゃん達はぁ!」
???「おいコラ! そのエルフただもんじゃないぞ! おまえら気ぃ付けろよ!」
「その荷馬車のもんと持ってる弓に剣も、全部よこしやがれ!」
「おめえらの命もなぁ! その小鬼にズタズタになった残りの死体を食わせてやんよ! ひゃひゃひゃ、くらえおらぁ!」
ビクター「ソニー後ろに下がってて!」
「っお兄ちゃん前!」
「!? ――」
――ブウンッ!
手斧を両手に持つ坊主の大男が一つを投げて来た。
マルコに似ているが、まるで違う。
~心の中のマルコ「おい、いい加減にしろやコラ!」~
遅い。
やはり、こいつらは全員が胸が悪くなるような悪意に満ちていた。
面と向かって目を見るとよりはっきりと。
藪の闇の中以外にも、なぜか感情や意識みたいなものも私は見て感じ取れる。
気分が悪い。
仕方がないな。
――ヒュンヒュン――ガシッ。
「「!?」」
回転して目の前に飛んで来ていた手斧を掴み、反動を生かして体を回し勢いを増させてから、投げ返した。
ヒュウンッ!
――ズゴッ! ブシュゥッ!
盗賊「へごぉっ――……」
ドサァッ。
投げた本人の額をかち割り、死んだ。
飛び出し周囲から突っ込んでくる盗賊達全員がパタッと歩みを止めた。
尾行の三人はまだ背後で潜んでいるままだ、残り八。
読んでくださりありがとうございます。
ちょっと見通しが甘くて反省してます、最初に謝ります。話数が大分増えます。




