24話 肉塊
ドドドオオオオオ……。
「ああぁ、汚れが、チィッ! クソガキめが」
男は吹き荒れる土埃に顔をしかめ、おもむろに肉塊を変異女王に投げつけた。
ビチャッ。
私は左手の籠手と大剣を盾にし、一番危ない“光弾”を防ぎ吹き飛ばされた。
目の前に突然光弾の嵐が飛びかうも、初動が遅かったとにらみ、突っ込んだのだ。
何度か跳ねて回転し、擦り傷まみれになるも奴を見ると、その時には肉の玉を女王に投げてしまっていた。
力をやると言ってた。
ひょっとしてあれが変異をもたらすものだろうか。
光弾の飛んだ後を見る。
後方に飛ぶにつれ加速して飛んでいった為、背後の、右手に集まって固まっていた彼らは大丈夫だろうか……。
「ペッ」
あたりの土煙が晴れ、私は口に入った土を吐き出しながら立ち上がり左の方にいるはずの彼らを見る。
ふぅ、大丈夫だったようだ。
鉄鎧の盾を何人かが持ち固まっていた。
それに光弾も手前に全部落ちたようだ。
光の矢よりも大きく、私の避けた所一体が横にえぐられ穴だらけになっていた。
恐るべき魔法だ。
これは、先のワンドとかいう短杖のような、魔法の道具かなにかなのだろうか? 光っていた指輪が気になる。
いくつも感じていた魔力の力は、魔法の道具だったんだ。
奴から感じるのは、そういうのだらけだぞ。
一体幾つ持ってるんだ。
奴の方を見ると、黒炎に奴が包まれているところだった。
「!」
なっ。
こちらをにやにやと笑っている部分だけが見えたかと思うと、やはり空中に黒炎をわずかに揺らめかせて消え失せた。
隠れたぞ!
「くっそ、転移して逃げやがったぞあん畜生! あいつが原因だったんだ!!」
何!?
転移?
「グィィィイイエエエアアッ!」
女王に投げつけられた肉の塊がまるで、手の甲に走る線のようなものを伸ばし、
脈打っている線は彼女の胴体に溶け込むように同化しているところだった。
脈、血管か。
女王は痛がっているようだ。
ボコボコとまたもや体中が脈打ち始め、その身体は段々と膨れ上がる。
マルコ「!? 野郎、また変異しやがるのか!」
突然、変異女王の身体が持ち上がる。足だ。
足が現れた。
高さが出て、部屋の天井スレスレに頭が届く。
王と背の高さが並んだかも。
ビクター「立った! 立った! 女王が立った!」
男たち「「ひえええっ」」「あ、穴に逃げようぜもう! 閉じ込めちまおう!」
そのブクブクの手が、めきめきと筋骨隆々になり、大きくなる。
歪み、膨れた奇形の身体は引き締まり、しかし大きく肥大していく。
ズシン。
ズシン、とその巨体を支えるのが難しいとでもいうように揺らめきながら。
恐るべきことに、体表から次々とゴブリン達の顔や、手や、口や、目や、耳や、半身が浮き出てくるではないか。
ガストン「ひえ~~気色悪っ! 俺もう帰っていいかな」
女王の首はもはや消え失せ、膨れ上がった茸の傘のような上半身にめり込み、頭頂部の名残がてっぺんに残っているだけだった。
だが、女王自身の顔面はしっかりとあり、歯を食いしばり汁を垂らしながら、こちらを真っ黒な目玉でねめつけていた。
他のゴブリンの異形共も同じように。
マルコ「ルーナ! 退却するぞ! こんなだだっ広いとこじゃちと不利だ」
このまま閉じ込めるのか?
「バアアッ!」
その時、女王が襲い掛かって来た。
前転したかのように見えたと思うと、土砂をまき散らし、轟音をたてながら、玉のように転がり始めて。
「「逃げろオオオオオ!!」」
皆一目散に走りだした。
崖上から段々を飛び下り、土砂で埋まった中央を横切って、対岸の、隠し通路へと。
いかん、追いつかれる。
とてつもない速度だ。
そしてあの重量、ただではすまないな。
どうする!?
ガラアンッ。
盾が帆入り投げ捨てられた。
はっ!
彼らに追いすがる球体の前に、エルフの娘は立ちふさがった。
盾を拾って。
「退くなあ!! 盾持ちは並べっ合わせろ!」
マルコ「っとと、まじか!? クソ! ガストン逃げんな! 来い!!」
「ちっくしょう冗談だろてめええらああ!!」
一同は崖の段々ギリギリで待ち構えた。
私は盾を彼らと並び、掲げる。
ゴガラアアアアアアア!
そのすぐ後に轟音を立て迫る“ゴブリン玉”で視界が埋まる。
「押し上げろおお!」
押しつけ、うまいことそのまま載せて、持ち上げながら腰を捻って、背後に放り投げるようにして玉を弾き飛ばす!
鉄の盾が歪む鈍い音と共に両腕がみしりと音を鳴らす。
盾を持つ彼らの潰れるような声も。
「っがああああ!」
できたぞ!
崖上から放物線を描いて奇形の肉塊が空中を飛ぶ、そして、埋め立てられた土砂の中央に鎮座する例の大岩へと落下する。
それは天井に埋まっていた時には見えなかったが、落下した後にのぞかせたその部分は、削れており、滴り落ちる水滴型のように、尖っていた。
青黒い血しぶきと肉片をまき散らし、玉は大岩に刺さり落ちた。
一行は殺人玉を弾いた衝撃で崩れ落ちており見ていない。
ブチブチと音を立てて、胴体をかちわるようにえぐった大岩から上半身が自重に引きちぎれ落ちる。
女王は背中から落ち刺さり、逆さまに上半身が土砂にちぎれ落ちたのだ。
胴体に浮かぶゴブリンの顔の幾つかが悲鳴を上げながら半ばでひきちぎれてゆく。
「コロスゥゥゥ!」
こちらを憎悪の表情で目から青黒い汁を流しながら、睨む女王とゴブリンの顔立ちは引きちぎれた体のまま、両手ではいずりこちらへと段を掴み上り上がってくる。
怪物の接近に気が付いたビクターと他「ひぃぃぃ!」
速度は中々だ。
未だに瀕死ですらない。
ひょっとしたら下半身もまた生えてくるかもしれない。
「よし! 受けて立つぞ! 来い!!」
私は走って戻って来て、大槍斧を片手で女王に投げ渡した。
なんだか軽い。
ビクター「うわ! ちょ、なんで武器を渡すんですか!」
ガストン「この女頭おかしいんじゃねえのだんな!」
さっきだってやっただろう!
マルコ「グラハム起きろっいいからお前ら下がってろいってんだ! おいっ盾も一個貸してくれ!」
彼は両手に盾を持って構えた。
槍斧を掴み、それを支えにして崖上に上り上がる半身女王。
逃げ散るみんな。
私はひたすら感覚を研ぎ澄ました。
魔力の形の広がりから、肉の塊が溶け込んだ位置にそれが集中しているのを感じ取っていた。
そこか。
上半身全体を乗せるように槍斧を叩き落とす女王。
片手に持つ歪んだ鉄盾をその軌道に添うように構え、大剣を握るもう片方の手を脇に引き絞る。
激しい衝撃と金属のこすれ合う耳をつんざく轟音と地面を叩き潰す破砕音。
盾が割れ、籠手の革帯が全てパンッとちぎれ飛ぶ。
その半身の皮膚そこかしこに大小の何かが刺さり、肉が裂け、口の中に血が広がった。
「グゥアアアア!!」
そして、目の前の舞い込んできた女王の巨体の一点へと、引き絞った右腕から光矢の如く、大剣の刃をえぐりこみながら噴射させるかのように突き出した。
ズドゥッ!!
「――ッ!!」
女王は声も出ず、目と口を限界まで見開きのけぞり、遥か上空の陽を見た。
代わりに浮き出たゴブリンの顔達の幾つかが絶叫を上げる。
一同「「あ」」
女王が死んだ。
ふっと全身の力がなくなり、全ての顔の目に宿る光が失われる。
すぐ目の前の巨大な上半身がゆっくり落下して来る。
「……」
一同「「うおおおおい」」
男達が巨体を抑えつつ、のしかかられ埋まろうとするルーナを引っ張る。
ドオオオオンッ。
ドサドサドサアッ!
「ぐえっ」「ううっ」「あ痛ぇっ」
「……すまん……うむ」
消耗した。
倒した。
ガストン「ひぃ~~えらい目にあったぜぇ、おれ見物してただけだったけどなっ!」
夜警や若者達「僕らもですよ~ガストンさんは一応活躍してたじゃないですか、盾とかで」
「おっ言うじゃねぇかぁ~、よし! 今日は宴会だな!」
ソニー「…お兄ちゃん、ひぐっ、お兄ちゃんあたし、ウゥ、死んじゃうがと思ったぁ~……」
ビクター「ははは、うん……」
双子はお互いの額を合わせて独特な感じで喜びあっていた。
マルコ「しんどくてしょうがねぇ、引退しててよかったぜ……」
皆倒れこんだまま仰向けになり、天井に大きく空いた空を見ていた。
「ふぅ……」
「終わった」
相手も含めて皆よく戦った。
そのエルフの娘は、竜のような瞳をゆっくり閉じた。
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