23話 黒炎
夜警長グラハムはその音を聞いたことがあった。
娘がふざけてかみさんの大事な陶器の皿に、これまたかみさんの家宝の銀のフォークをひっかけた時の音だ。
耳が破裂するかと思った。
その音だ。
《キィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!》
「~~~っうるさい!」
突き刺した大剣を捻った。
《ギュィグッ!!》
止め刺した感触が地面の下でする。
土ではない。
奇妙だが、生き物の内臓に似た手ごたえを感じた。
《……》
すると、黒い血だまり全部が細かく振動しだし、瞬く間に縮んでゆく。
ゴポポ……。
「はあ、!」
横の、すぐ目の前の王と目が合う。
『スマヌナ……』
聞こえない声が、聞こえた。
王も振動し、ボロボロと、さっき見た焦げ散ってゆく毛皮や、マルコの服の一部のように、崩れて細かくなって、風に散っていった。
ゴブリンの王はこの洞窟から完全に姿を消した。
耳を持っていかれたな。
槍斧だけが残った。
ガストン「……え?なんか、アニメイトなんとかじゃなくねぇ? スライムっぽかったじゃん」
ソニー「え? えっと……」
ビクター「い、生き物だったん、ですか?」
どういうことだ?
と揉めている。
男の一人「ルーナさん、ああいう音は苦手だべ?」
「うん? ああ」
けっこうな。
私は怒りに震える変異女王を見ていた。
奴は顔面に刺さりまくった矢を排除し、穴だらけの顔、いや、すでに治った顔で睨んでいた。
呪術士の首たちは呆けているが、油断はできない。
女王の魔力の感じだと、まだまだ衰えてはいないように感じる。
ガシャ。
マルコ「加勢していいよな?」
ガストン「残りはあれだけだよな今度こそ」
一行が並んだ。
私は槍斧を拾い上げ構え一足先に走った。
「……!」
ズアアッ!
しかし、走って行ったエルフの娘は突然立ち止まる。
先頭を行く彼女が突然止まったので一行は先を追い越してしまい、通り過ぎた後で驚き振り返った。
そして驚愕した。
ルーナが脂汗をかいていることに。
突然の豹変に驚き、彼女の見開く視線の先の女王の方を、固唾を飲み一行は振り向き見た。
だが、特に何もない、そんな一行の様子に女王も訝しんでいる。
「な、なんだ!? どうしたルーナ!?」
兄妹「「ルーナさん!? (初めて様子が!?)」」
「……わ、わからない、見えないが、あそこ、魔法のような何かがそこに渦巻いている」
ルーナが何もない、女王から外れた後ろの向こうの壁の方を指さす。
彼女の感覚によるところでは、大きな魔力の渦が突如何もないところから渦巻き出していた。
見えるかのようにはっきりと。
ガストン「魔法だとぉ?」
ビクター「そうなのソニー?」
ソニー「えっ!? わ、私わかんなぃよお兄ちゃん……」
マルコ「なんもねえじゃねえか!?」
そう言ってこちらを振り向くが――。
「! 親父っ見ろっ」
そこに、女王の斜め後ろの空間に突如、真っ黒な火炎のような揺らめきが出現し大きく膨れ上がった。
ボボボオオッ。
それを中心からかき消すようにして黒衣の人物が出現し、黒炎はあっという間に消え去った。
「!」
マルコ「なにっ“黒い炎”だと!」
ガストン「でけえぞ親父! ビクター下がれっ」
ソニー「闇魔術です!」
ビクター「??」
呪術士ゴブリンのように法服を纏い、頭は法服の頭巾で覆われていて顔が見えない。
女王の手前に落ちているボロで土気色のそれ(ゴブリンシャーンマンの)とはまったく違い、上質で滑らかで、縁には豪華な刺繍がしてある。
そして袖からわずかに見える指は青白かった。
「ギャウ、アルジサマ」
変異女王が黒衣の人物に驚き、怯えている。
何!
黒衣の人物はあたりを見回すように、点検するかのように、部屋から広間へ足元を確かめるようにして出てくる。
……隙だらけだ。
弓は壊れたので向こうの地面に放置してある。
僅かにのぞく顎も青白い。
ゴブリンではないのか。
呪術士ではあるのだろう。
細く弱そうだが。
ちょっとこれはまずいな。
圧力、迫力?
とてつもない力をいくつも感じる。
???「……どうでもいいが、流石にこれだけ滅茶苦茶にされれば気分は良くはないな」
そう喋りながら、私達、いや私に向かって黒頭巾がこちらを向いた。
男の声だ。
かなりの圧力を感じる。
王以上だ。
これはいかん。
マルコ「おいルーナ、こいつ?」
「多分、すごく強いぞ」
「……ほぅ! こうやって”直接見てみれば”中々の魔力ではないか? それにまだ乳臭い小娘だがその美貌! だが……あぁ、なんと見すぼらしいナリだ、髪の手入れもなってない。貴様山賊か何かか? フフフ」
なんだかわざとらしく大げさに動いて礼みたいな真似をしながら、よくわからないことをしゃべった後、私の装備を笑った。
気に食わないやつだな。
敵対してこないならよいのだが。
無理かもしれない。
ここを滅茶苦茶にしたことを苦情にしていた。
それに女王曰く、アルジサマらしいから。
マルコ「おい! なんなんだてめぇは!」
「フン、汚らわしい下等種族が。おまえ、臭いぞ、本当の山賊がいるな。フフフ」
「この野郎!」
ブブオオォウンッ!
マルコが突然戦斧を両方投擲した。
微妙に速度をズラして。
ギャイイインッ!
斧は男の胴に二本ともめり込むかと思ったが、突如、弾かれたように別の方向に飛んでいった。
ドヅッ。
「ギャアッ!」
一本女王に当たったぞ。
「無駄だ。どうでもいいが、私はこれでもきれい好きでな。吾輩は貴様ら人間共のような下等種の――いや、いい、どうでもいい」
何を思ったのか途中で切り上げ、黒衣の男は女王に向き直る。
その際、最後にチラと私を見た。
「はぐれエルフは惜しいが、まぁどうでもいい。後で“素材を回収”してやろう、おい! 最後にまた力をくれてやる! ありがたく頂戴せよゴブリン! それでゴキブリどもを駆除しろ!」
早歩きで女王の元に戻りながら、黒衣の男は法服の中から丸いものを取り出した。
ビクン、ビクン。
肉の塊だ。動いている。
青白の手の平に収まるくらいの大きさの、丸みのある肉塊だ。
赤くなく、腐ったような色だった。
ビクンッ。
そして直接手に触れていない、少し空中に浮かんでいた。
私は短剣をそれに向けて投げ、走った。
確実に私たちを殺すことを喋ったし、敵確定だ。
そもそも最初から悍ましいほどの悪意を感じていた。
あと、初めて会ったが無性にこいつが気に食わない。
ギィンッ!
「うおっ!?」
黒衣の男が狼狽して肉の塊を守るように隠した。
短剣は男の背中手前で突然弾かれ、戦斧と同様に別の方向に飛んでゆく。
弾かれた後、短剣の回転する勢いが弱まっていた。
そのまま大剣で黒衣の男を突く。
ブブブイイイィィィィィィ。
「!」
突きが奴の背中前で停止し、ビクともしなくなった。
大剣全体が激しく振動し両手から離れようと暴れている。
そして私を弾き飛ばすように逆らってくる。
足元がズリズリと後退する。
「ぐぅっ」
ズザァーーッ。
弾かれまいとたまらずに引き戻すと同時に弾く力で、体が後ろにずり下がった。
「!?」
その妙な反動の力は、まるで何事もなかったかのようにぱったりと失われた。
「この、小娘がぁ!!」
男が振り払うように別の手を出す。
――何か、指輪だ。
幾つかはめているそれが一つ、輝く。
キラッ。
パッパパパパッ。
その瞬間、男が手を払った後の空間に光がいくつも瞬き、こちらに光矢のように飛んで来た。
一つ一つがそれよりも大きい。
「嬢ちゃん!」
ボボボボオボオオオオオンッ!
地面をえぐり、まばゆい光をたくさん炸裂させ、辺りが土煙に包まれ、マルコ達の声が聞こえた。
読んでくださりありがとうございます。




