11話 エルフの姉さん
その娘はとてつもない美貌の持ち主だった。
かのように見えた。
月の光に銀色に輝く長い長髪。
吸い込まれるような緑の、猫のような瞳。
白サギのような長く美しい足、細い腕。
その長い耳はエルフ族のものであった。
だが、よくよく冷静に見てみると、その髪はボサボサで顔も体も土まみれで、ひどく汚れていた。
奇跡的に生きて帰って来た幼児のニコも含めて。
痛んだ、まるでゴブリンからはぎ取ったかのような皮の軽鎧だけを、着の身着のまま付けているのみで、しかも靴さえ履いていない。
頭をかち割りそうな、ぶっそうな大鉈を軽そうに担いでいた。
ズタボロの袋からは様々な武器が乱雑に放り込まれ、ごつごつにかさばっていた。
それも軽々と肩にかけていた。
まるで山賊か、北方の蛮族か、山奥の野生児、といった出で立ちであった。
そして、どうやら頭もどこかおかしいことに、村人達は段々と気が付くことになる。
勿体ない。
誰もがなんだか、少し切なくなったのであった。
しかし、腕っぷしの強さは目を見張るものがあった。
娘は小袋たくさんに詰まった小鬼の耳を差し出し「こんばんわ、これで服をくれ」
と凛とした声でそうしゃべった。
なんとか追いはぎの誤解は解け、子供を保護した旅の戦士ということで村に入ることを許される。
ベイリ村の、広場のような場所で炊き出しのようなことが始まっていた。
鍋で何か食べ物が煮られている。
色々入れてるから私も出して使うか聞いたら、やってくれると受け取り礼を言われた。
食べるのかはわからないが魔狼とやらはまだ調べるみたいで入り口門のとこに置いておかれたままだ。
夜警をしていた面々、騒ぎに起きてきた面々に、私とニコは質問攻めにされる。
「とっちゃんが起きねぇんだよニコよぅ」
グラハムらしき中年の門番だった男。
「水ぶっかけてやんなよ!」
と起きてきて夜食を作ってくれている熟年の女性。
「ギャハハハ」
門が開いた時からずっと酒を飲んで酔っ払っている中年の男。
「嬢ちゃんこれでとりあえず体拭きなよ、ニコ坊もホラ!」
側の家から、湯水の張った木桶と布巾を出して渡してくれた中年の女性。
「ふむ、助かる」
茶らしきものを茹でていたのか、草の匂いが僅かにする。
実際に茹でているのが鍋の向こうの別の火のとこで、ぼこぼこいっている。
茶を淹れている老婆「ひぃっひっひっひ、めんこい子がおつねぇ」
おもむろに鎧を脱ぎ始めた途端、周囲が仰天し出す。
「おい! 何やって……何やってんだおめえ!」
「鎧脱いだらまっ裸じゃねえかこいつ!」「あれあれまぁ」
「頭おかしいんでねえの!?」「ねえちゃんまって! ここでぬいじゃだめ!」
「おいおいおいきなり真っ裸になったどこのエルフ!」
「ギャハハハいーぞ! 脱げぇ脱げぇ!」「頭おかしいんでねえの!?」
ふむ、これが慎み、というやつかもしれない。
「こっちおいでお嬢ちゃん、ほら、娘の服だけど合うかねぇ?」
一人のふくよかな女性が服を見せてくれる。
「すまない」
女性達に囲まれながら家の中に引きずるように連れていかれ、そこの台所で支度を整えた。
体を拭くのも手伝ってくれた。
ジュウーッ。
ちょっと熱いぞ。
鍋の湯があつあつだ。
「ありゃーえらいめんこい子だねぇこの子は」
「たまげたよあたしゃ」
キャッキャッと女性陣がかしましくしゃべる。
「背中になんだぁ妙ちくりんな“アザ”があるべな」
「すべすべだべ」
「あんたなんて名前だえ?」
「エルフの娘さんけ?」
「まぁー奇麗に梳かすっとつやっつやの髪だねぇ!」「銀貨みてえだべえ」
名前……。
「わからないが、多分そうだ」
身体を拭いてもらいすっきりした。
あ、そうだ。
「すまないが、これで服をくれ」
私は荷物の、小袋を取り出して集めた耳を見せた。
金もあるぞ。それも使えるなら。
女達「「ギャアアアアアアア!!」」
あ、いかん、警戒された。包丁を構えてる。
広場に行くとまたもや。さっきとは別の形で驚かれた。
男達「こ、こりゃあ、おったまげた」「えらいべっぴんだぁ……」
男達の一部はまた警戒させてしまったのか、顔が赤く、怒り状態になっている。
「誤解だ。私は敵ではない」
男達「はぇ?」
そう言うと今度は悲しそうな顔になる。
後々に照れていたのだとわかるが、照れられた理由はいまだにわからない。
ニコは食べものを口に入れたまま、わずかに動かしながら寝てしまっていた。
器用なやつだ。
できた夜食をもらい食べたが、とてもうまかった。
これが料理というものなんだそうだ。
芋のようなものがゴロゴロのと溶けたのと、塩気と野菜が入っている。
兎や蛇、茸もだ。この細かいのは蟹の肉だろうか。
焚火もとても暖かくて心地が良いものだった。
火を囲んでいくつか質問に答える。
着替えて広場に戻ると老人が起きて来て村人と相談していたのだ。
「ワシが村長のアーシットだす。この度は村の子を助けてもろうて、あ、後、何? うん、うん、おぅ、ええい! わぁかっとるがな! 黙っとりぇ!」
唾と夜食の粥が飛んでいる。
彼も“木の棒”を持ってるな。
「ゴホン! 後は村の門のとこさで悪さしよる小鬼共も退治してくれてどうも真にありがとうごぜえますだ」
村長もゴブリンを小鬼と呼んだな。
呼び名というのはいくつもあるようだ。
村長と呼ばれる老人は、顔が白髪で包まれていて、髪の毛だけがなく、頭が少し長い小さな老人だった。
ふむ、この老人、そして持っている棒……多分、小鬼より強いかもしれない。
夜警のグラハムといか言う男もそうだが。
「どういたしまして」
夜食を食べる。
うまい。
「……」
村人たちが食べるのを見張っている。
何か食べ方の手順でもあるのだろうか?
「ほんでおめぇさんはなんて名前なんだい? どっからきたんだい?」
「ん?……ああ、私は名前も記憶もなくて、何もわからないんだ。気が付いたら石がたくさん立っている丘にいた。それしかわからない」
「おかぁ?」
「ええ? 親とか、生まれもかい?」
「あぁ、種族というやつも知らなかった。ニコから学んだ」
「丘ってぇと、あっこか、石丘の」
「そだな、あっこで目ぇ覚めたたんだと?」
「なんでだぁー?」
「わがんね」
「頭とか打っちまったんだよきっと」
「そだら一日のことすっぽ抜けたりするもんな、なぁカムベよぅ」
「ギャハハそだぁー! オラ肥溜めさ落っこぢて助られった時、そんことやらその一日中のことさぜーんぶ思い出せなくなってよぅ。臭ぇのも忘れて良かったさべな! ギャハハヒック」
と酔っ払いのカムベは言う。
「ばかこぐなっ、臭ぇのはかわらんべえっ、おかげでひでえめにあったし!」
ふむ。
手に持つ匙を見た。
そしてそれを酔っ払いなどに次々と指し示した。
「匙、酔っ払い、器、火鉢、土や石、子供に男、乳房、(ブフゥッ! 男衆が水を噴いた)月、ゴブリン、短剣等……色々な言葉、意味やことがらは頭の中を辿れば思い出せる、こともある」
「ほぇ~」
「なんだか街の衛兵さんみたいに話す子やねぇ」
「なんだかオラの娘っ子とまるで違うのぅ」
「なぁ、ワシのせがれみてぇにぶっきらぼうだなや、よっぽど賢こそうでめんこいがのう!」
「そんだら、普通に生きてくことはなんとかできそうやね?」
「この村で働きぃよ、腕っぷし強いけぇ狩人でもやりないや」
「そうやそうや」
「うちのバカ息子の嫁にさ来てくれんかのぉ」
「勿体ないわバカタレ!」
「ほんでもなぁ、ゴブ共が最近ウロチョロしとるけぇなぁ……」
「まだ“暴走”の年じゃなかろう? 妙やがね」
「しっかしこんなにめんこい娘っ子なんに残念なおつむじゃのぅあいてぇ!」
「なんちゅうこと言うんじゃこのばかたれ! 村の恩人やぞ!」
「そうじゃそうじゃおめぇはもう家さ帰れ!」
暴走?
村長「……ふんむ、石の乱立しちょる丘、“石丘”ってワシらは呼どる。行商の連中が言うには魔法のなんかじゃと言うとった。よくわからんがそういうことかもしれんのぅ」
村人たちが相談してくれる中、じっと聞いていた彼が言う。
「そうじゃそうじゃ、魔法のなんかじゃ」
「ほんだら魔法使いに見てもらった方が話しが早いんでねーのけ?」
「この村にゃもうおらんちけぇ」
「んだ、ニコのおっかぁが最後だったけのぅ」
ふむ?
ニコ「むにゃ……~~asiΦw※sj……」
「あぁ、後は、そこの石棺の中に、気が付いたら眠っていた」
村長「石棺? かんおけかぃ? なんぞそんなもんは丘にはねぇぞい? 岩っころが並んどるだけだったはずじゃがのぅ? ……」
そうか? だがあったぞ。
食べてる時に裾を引っ張られてみると、変な生き物がいた。
村人「こら! ごめんなさい」
抱えて抑え込んだ。
変な生き物「カリカリカリカリ……」
食いしん坊のようだな。
魔物か鼠か? 長い前歯で、むくむくでもこもこの、毛塗れの小さな生き物だった。
村人「このマモ、食いすぎでねえか? 贅肉だらけやがね」
マモ?
モリモリ食べながら、村人の持つ食べ物に鼻をむけてヒクつかせている。
ふむ。
食べ終わった。
「ごちそうさまでした」
老婆「あいよ、おかわりはええのかえ?」
別にいい。
戦利品から主にいらない弩や棍棒等の余った武器を取り出し渡す。
「使ってくれ」
「クロスボウじゃねえか」
弩か? そういう言い方もあるんだな。
「こりゃあ助かる! ありがとな姉さん、でもこいつぁ……小鬼がこれを?」
村人が何丁もある弩に眉根を寄せる。
「あぁ、街道で待ち伏せされた奴のだ」
「なにぃー?」
「待ち伏せ!? ちくしょう、行商の兄ちゃんは大丈夫だろうか」
「だから来なかったんかぁ!」
「逃げ足は速いからでぇじょうぶだろ」
「んでもよぉ“麦”が手に入んねぇと、もうねぇしマズいぞ」
どうやら話を聞いてみると、街とベイリ村を行商人とやらが行き来し、物々交換をしているようだ。
それが近頃来なくなって久しいらしい。
ゴブリンを食えばいいのでは? と聞いてみたが、臭くて食えたもんじゃないらしい。
逆に食べたら病気になっちまう、と返って来た。
危なかった。
やっぱりか。
手を出さなくてよかった。
「最近だとさっき言っていたな? ゴブリン達が出るのは」
「そうだぁ、近くで遊んでたニコ坊も真っ昼間にいきなり襲われたんだってよぉ、親父のよ、マルコのお父っつぁんがよ、ついさっきまでぶっ倒れるまで探し回ってたんだぁー」
女達「こんなとこまで出てくんなんてねえ」「おかしいに決まってるよ」「壁のすぐ側だろう? 嫌だねぇ」
いつもは村に近づいてすら来ないらしい。
夜景「奴らお天道様を嫌うんだからよぉ」
朝の、“陽”のことだな?
そうなのか?
ウォォオオオー。
うん?
「あり噂をすればだべ」
向こうから何者かの気配が近づいてくる。
地面が揺れている。
大きい。
「ニコぉおおお父ちゃんだぞおおお!!」
夜の闇の中から大男が走り寄って来た。
ワーグのように獣っぽくて毛がたくさん生えており、頭のてっぺんだけゴブリンのように髪がない。
強いな。鉄兜以上かもしれない。
だが……。
ドスドスドス!
「……」
私はニコの父親? のマルコとやらの爆走している手前に、足止めの為に短剣を投げた。
ズガッ。
突如、地面に刺さる短剣。
「うわぉう!! なっ何だ!?」
足を止められいぶかしむ大男。
驚く一同。
無表情のエルフの娘。
読んでくださりありがとうございます。




