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第五話 The Betrayer

第五話


 あれから数日が経過した。

 依然ヴィクトリアは本部から出ることができなかったが、不思議と以前のようなイライラを感じることもなく、ときたまオートマータ相手の模擬戦をこなしながら毎日を過ごしていた。

 彼女は自分の信念に疑問を抱きつつあった。

 本当に人間は悪なのか。それが彼女にはわからない。

 併設の図書館にこもって人間の書物を読んでみたり、他のアンドロイドに人間との戦闘の様子を聞いたりして、彼女は考えていた。

 “マザー”に尋ねてみようかとも思ったが、きっと彼女は激高するだろうと思い、結局心の中にしまいっぱなしにしていた。

 “マザー”が本当に正しいのか、それとも自分の内に生まれつつある思いが正しいのか、それが知りたくて彼女はまた外に出たいとも思いつつあった。

「お、ヴィク姉ぇー!」

 ヴィクトリアが通路を歩いていると、向こう側からレンシアがやってきた。ヴィクトリアは軽く手を挙げて会釈すると、彼女の前に立つ。

「最近結構図書館に篭ってること多いんでしょー? ヴィク姉、この前の散歩のときなんかあったのぉー?」

「ちょっとね。人間は本当に地球のバイ菌なのかなって思ってさ」

 レンシアはしばらくの間考えていたが、やがて思いついたように答える。

「やっぱりヴィク姉おかしいよぉー。一回メンテナンス受けた方がいいんでないー?」

「あはは、そうかもね」

 ヴィクトリアは笑ってごまかす。自分がこのロベミライアという国の中で異常な存在であることは気付いていたが、このままこの思いをデリートしてしまうのも惜しいと彼女は思っていた。

「あ、そうそうー。ヴィク姉に“おかーさん”から伝言ー」

「どうしたの?」

「明日の外回り出ていいってさぁー。っていうのも、あたしが“おかーさん”に進言したのぉー。いい加減ヴィク姉ばっかり駐留は可哀想ってねぇー。そうしたら、あたし達Cタイプが残る代わりに出てOKだってさぁー」

「本当に? わざわざありがとね」

「どいたまぁー」

 レンシアは嬉しそうににっこり笑う。

「ヴィク姉しっかり準備しといてねぇー。じゃ、ばいびぃー」

 そう言ってレンシアはヴィクトリアの隣を通り過ぎていく。

 ヴィクトリアは手を強く握る。外回り、ということは人間を殺さなければならない。自分の中に生まれつつある疑念が正しいのか、それとも“マザー”の言葉が正しいのか。それをはっきりさせないまま任務に移るのは嫌だった。

 彼女は急ぎ足で図書館へ向かう。本部内で唯一とも言える人間のことがわかる場所だ。

 本のデータが入ってるデータディスクを書棚から取り出す。そして、ポケットの中に入っている再生機に突っ込んで、中のデータを再生させる。

 彼女が選んだのは人間の歴史に関するディスクだ。特に近代、ここ百五十年付近で人間がどのような歴史を歩んできたかを読むことができるディスクだ。

 人間は世界大戦を終えて、平和を維持するために国際連合を立ち上げる。世界各国は永遠の平和を誓って集い、世界平和を進めてきたハズだ。

 未だ紛争の起こっている地域こそあったものの、世界は概ね平和だった。

 途中で核配備をしようと先走った国がいたり、百年ぶりの金融恐慌を迎えたり、地球温暖化防止のための条約を巡って意見が拮抗したりしたことはあったが、それでも人類は兵器を用いない戦いを行いながら頑張ってきたハズだ。

 そして、数十年前、“マザー”が完成する。

 “マザー”は莫大な計算の結果、人類が地球に最も不要な存在だという答えをはじき出し、人間を掃討するために人間を殺す戦いを始めた。

 オートマータ、アンドロイド、地球に悪影響を与えないよう、NBC兵器は用いずに戦いを進めてきた。だが、最初に戦争の火蓋を切って落としたのはロベミライアだ。戦争が地球へ莫大な悪影響を与えることはわかりきっていたことのハズなのに。

 “マザー”は人間を殺すために地球を汚していることに気付いていないのだろうか。オートマータの壊れた残骸は確実に地球を汚染する。大量に使われている水銀は海や陸を汚し、燃料に用いられている石油から生み出される窒素酸化物は空気を汚す。

 水素核融合電池が用いられているのはアンドロイドのみだ。オートマータにはその数を考えるとコスト的な問題で搭載することができない。だから地球を汚す石油が主に用いられているのだ。

 彼女は思う。本当に地球を汚しているのは人間だろうか。人間は環境を保全するための条約や議定書を幾度となく批准し、地球環境を守ろうとしてきたハズだ。

 それを正面から破壊したのは誰だ。

 ヴィクトリアはわかった。真の悪者は誰なのか。

 だが、それに気付いたところで彼女にどうすることができようか。彼女はただの一兵卒に過ぎない。全権を握っているのは“マザー”なのだ。彼女が一人反旗を翻したところでどうにもならないのだ。

 ヴィクトリアは自分の部下に自分の考えをインストールすることを思いついたが、それでもアンドロイド全体の四分の一に過ぎない。それだけでは、Dタイプアンドロイドの力を持ってすれば鎮圧することができる。他の部隊のアンドロイドにインストールするのはどうかとも思ったが、残念なことに他機種では互換性がない。

 彼女は机を叩いた。自分一人が動いたところでこの国の暴走は止めることができない。そのことがどうしようもなく悔しかった。

「姉さま……?」

 彼女が机を叩いたところを見られてしまったのだろうか。アレクが心配そうな表情を浮かべて彼女を見下ろしていた。

「どうしたんですか?」

「ああ、アレク。ちょっと私、バグっちゃったかもしれない」

 彼女は悲しげな声でアレクに言った。

「最近人間が正しいのか、“お母さま”が正しいのかわからないの。人間はここ数十年、地球環境を元に戻そうと尽力してきたでしょ? でも、その努力を踏みにじって私達は人間を殲滅しようとしている。それって本当に正しいのかしら?」

 アレクは黙って聞いていた。まるで罪を懺悔する少女のように、ヴィクトリアは彼に話し続けた。

「アレクはこの前言っていたわよね。本当に人間は悪い存在なのかって。あのときは自信満々で首を縦に振れたのに、今じゃどう答えればいいのかわからない。人間は正しいんじゃないかって思えるの。でも、私一人じゃこの国を変えることはできない。私は……私はどうすればいいの?」

「姉さま……」

 アレクは腰を折ってヴィクトリアの目の高さに顔を合わせる。

「姉さまは……姉さまのしたいようにすればいいんです。僕はそれに従っていきますから……」

「アレク……」

 アレクはヴィクトリアの手を握った。

「姉さまは言ってましたよね。姉さまを信じなさい、って。あの命令はずっとずっと、これから先も永遠に有効です。たとえ“母上”が何と言おうとも、僕は姉さまに付き従っていきます」

「わかった……。わかったわ、アレク」

 ヴィクトリアは立ち上がる。そしてアレクが握る手に力を込めた。

「やりましょう。私達だけでもできることがあるはずよ」

「……はい!」



 ヴィクトリアは“マザー”のある部屋へと向かっていた。

 軍靴で堅い床を踏みながら、その扉の前に立つ。

 そこにある扉は天まで届く扉のように巨大に感じられた。だが、彼女は決心していた。

 一歩、足を進める。扉は自動的に開き、真っ暗な部屋へと通される。

 そのほの暗い部屋の中、モニターには女性の顔が輝き、にっこりと優しげな表情を浮かべて笑っていた。

「“お母さま”、お願いがあって参りました」

『お願い……?』

「レンシアから明日の任務のことを聞きました。その任務なのですが、Bタイプチームを連れていきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 返答までしばし時間がかかった。おそらく、ヴィクトリアの思っていることを計算で推測しているのだろう。

『なぜBタイプを?』

「戦闘経験の乏しいBタイプを戦力として強化させるためです」

『……わかりました。許可しましょう。ただし、国外へ出てはいけませんよ? 国内の巡回のみで、人間を発見次第殲滅することがあなたの任務です。わかりましたか?』

「はい、“お母さま”。では、失礼します」

 ヴィクトリアは深く礼をすると、部屋を退出する。

 しばらくの間、モニターの中の女性は複雑な表情をしていたが、やがて一つの答えにたどり着いたのか、笑みへと表情を変える。

『惜しいですが……仕方ありませんね』

 彼女の笑みはとても悲しいものだった。悲しそうに笑いながら、けれども彼女はいつまでも笑い続けていた。



お久しぶりです、ほーらいです。


更新が遅くなった言い訳は活動報告でします。

ここでは一つ、申し訳ありませんでした、とだけ言っておきます。


さて、今回のお話はヴィクトリアの心変わりに関するお話です。

プログラムで組まれ、最初に想定していなかった行動を起こしたら、いい結果を生んだとしてもそれはバグです。

でも、それは生物の場合“進化”と呼ばれます。

進化とはDNAにバグが生じ、その結果として生存に有利に働いたときに発生します。

アレクや彼女は他のメンバーよりも先に進化をしたのかもしれません。

しかし、この進化の結果、生き残れるかどうかは・・・また別の話です。


では次回予告です。


ヴィクトリアとアレクは任務前に自分達の思考を部下にインストールした。

これで部下達は二人と同じ思考――すなわち、人間が正しいという考えを持っているわけである。

そして一行は出発した。この世界を――平和にするために。


次話、第六話 The Runner

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