第二話 The Genocider
第二話
「合同戦ですか?」
ヴィクトリアは『マザー』の前に立ってそう尋ねる。
「わざわざ他の部隊を煩わせる必要もないと思うのですが」
『いつも戦っているのは偵察部隊のあなたばかり。たまには他の部隊も戦わせなければ腕も落ちてしまいます』
それはおそらく建前だろうとヴィクトリアは思った。人間を掃討するのを目的として生まれてきたアンドロイドは自らの存在意義を見出せなければ自己を維持できないのだ。だから、すべからく全てのアンドロイドには人間との戦闘が必要なのだ。
「わかりました。でも全部隊で同時に行動ですか? もし手薄な総本部を突かれたら……」
『四人もいれば十分でしょう。それにあなた達は賢い。頭がいなくとも迅速に動くことができます』
「それは……タイプAからDまでの全タイプのリーダーを戦闘部隊に選出するという意味ですか?」
『その通りです。特に最近アレクは戦闘を行っていません。彼の心が壊れてしまう前に救済しましょう』
「わかりました。私もアレクを再インストールするのは嫌です。一緒に行きたいと思います」
ヴィクトリアは部屋を退出していく。
すると、早速廊下でアレクに出会った。
「アレク、ちょうどいいところにいたわね」
「姉さま、何か用事ですか?」
ヴィクトリアは合同戦闘のことを彼に話して聞かせる。彼は話を黙って聞いていたが、やがて不思議そうな顔を浮かべてヴィクトリアに尋ねる。
「本当に人間は悪い存在なんですか?」
「アレク……私達の“お母さま”が間違っているとでも?」
「でも、人間は今まで何万年もかけて生きてきたんですよね? その人間を地球が受け入れたということは……」
「アレク、私を困らせないで。人間は害悪、この地球を滅ぼしかねないバイ菌なのよ? 今は陸地だけで満足しているけど、いずれ海も空も宇宙すらも人間がはこびってしまう。そうなったらこの世の終わりなのよ? その前に人間を滅ぼさなければいけないの」
「でも、僕達を間接的に作ったのも人間なんですよね?」
ヴィクトリアは大きくため息をついた。
「この話はおしまい。とにかく今は任務のことに集中しなさい」
「……わかりました」
アレクはぶーっと頬を膨らませながら廊下の向こうへと消えていく。
ヴィクトリアはもう一度大きなため息をついて、他の二人にも任務の内容を伝えに向かった。
「へへー、あたしぃ一度ヴィク姉と組んでみたかったんだぁー」
「姐さんはアンドロイド中最強って噂っすっからね」
ヴィクトリアとは一線を画すこの少女はレンシア。Cタイプアンドロイドのリーダー格である。Cタイプはロベミライアの頭脳を担う。
彼女に突出した身体能力はないが、また他のアンドロイドとは別系統の特殊能力を彼女は持っている。
俗に人間達にESPと呼ばれる超能力だ。
物に触れずに物を動かすサイコキネシス、遠くにあるモノを見透かして視るクレヤボヤンス、数秒後の未来を予測するプレコグニション、その他様々な能力を扱うことができる。
そんな彼女の武器はオリハルコンの糸をサイコキネシスで操る嵐の糸『ミッドナイト』だ。編み合わせれば盾にもなり、引き斬ることで対象を切断する。実に強力な武器である。
そしてもう一人、この口の悪い体の大きな少年はボデーシュ。タイプDアンドロイドのリーダーだ。タイプDはロベミライアの右腕を担う。
彼の持つ能力は純粋なまでのパワー。身体能力は他のアンドロイドと比べて格段に高く、最強候補の一人である。
彼の持つ武器は金の槌『デルリングヘルリア』と地の槌『セイラム』。デルリングヘルリアはレールガンの原理で槌を打ち出すパイルバンカーだ。といっても、秒速22キロを誇るドラゴリアほどの出力は持たない。
そもそも、彼の武器にはパワーが必要ない。彼自身が十分なパワーを持っているからだ。
もう一つの武器、セイラムは炸薬を仕込んだステークだ。炸薬の爆発力で槌を打ち出す小型の兵装であり、片手で四発、両手で八発まで打てる。
ヴィクトリア、アレク、レンシア、ボデーシュの四人はヨーロッパの荒地を駆けながら敵を探す。今回の任務はヨーロッパに駐留する兵の掃討。現在ロベミライアの領土は南ヨーロッパまでに及んでいるが、大国ロシアやイギリスなどの反撃に遭い、なかなか進むことができずにいる。今回はそんなロシア軍やイギリス軍を撃退し、少しでもロベミライアの領地を広めることが目的だ。
「見えた。12時の方角に11キロ。おそらくイギリス軍がキャンプを張ってる」
「ひゅうっ! さっすが姐さん。ロベミライアの目と呼ばれるだけはあるっすね!」
「じゃぁーさ、ここはゲームでもしないー?」
レンシアがにしし、と笑って提案する。
「ゲーム?」
「そ、何人殺れるかってゲーム。一番多い人が勝ちぃー。勝ったらビリっけつのに一つ命令できる権利を得られるってのでどうー?」
「お、面白そうっすね! 俺賛成っす!」
「私もその勝負乗るわ。アレクも乗るわよね?」
突然話を振られてアレクは少し戸惑う。
「え、あ、僕は……」
「なんすか。アレクっちは自信ないんすか?」
「そんなことないよ! でも、僕人間殺すのは……」
レンシアがやれやれ、というような表情で言う。
「あー、アレクちゃんは慣れてないからかなぁー。Bチームってあんまり前線出ないしぃー。でも、あんなん慣れ慣れぇー。慣れたモン勝ちってことぉー」
うんうん、と頷きながら、ヴィクトリアが答える。
「そうよ。むしろ害悪を振りまく相手を葬り去れる、って思えば気持ち良く殺せるわよ」
「アレクっちもここは通過儀礼だと思ってよ。な?」
「う……うん……」
アレクは渋々頷く。ようやく戦える、とボデーシュは指をパキパキと鳴らす。
「私がよーいどんって言ったらスタートね? もちろんスタートダッシュはあり。いいね?」
ヴィクトリアが提案する。それを聞いて三人は頷いた。
「じゃあ……」
その瞬間、彼女は真顔を浮かべて“目”を起動する。
『射撃誘導システム起動』
「え……?」
ボデーシュは不思議そうな顔を浮かべ、ほんの一瞬前の言葉を思い出す。
『データ収集……充電開始』
「ちょ、スタートダッシュってそういうことっすか!?」
一目散に走り始めるボデーシュ。それに気付いてレンシアも走り出した。
『手ブレ修正、ターゲットの移動先を想定』
「え、え、どういうこと?」
一人だけ状況を掴めないでいるアレクと、充電を行うヴィクトリアだけが兵士のキャンプから11キロ離れたこの場所に取り残される。
『射撃準備完了、命中率99.89パーセント』
ドラゴリアの引き金にかかる指に力が入る。そしてヴィクトリアは――
「よーいどん」
と、同時に引き金を引いた。
先に走っていた二人を一瞬で追い抜いてオリハルコンの弾丸が秒速22キロで飛んでいく。秒速22キロのスピードがあれば11キロなんて距離はわずか0.5秒で克服できる。
音速を遥かに超え、空に打ち上げれば月まで届くその弾丸はイギリス兵キャンプを襲撃し、一瞬で半壊させた。
「いくらおいら達の身体能力が人間離れしているからって――」
「ドラゴリアでスタートダッシュってのはズルいよぉー!」
二人は二人で尋常でない速度で走っているが、それでも当然のことながら秒速22キロにはかなうはずもない。
その後をようやくよーいどんの声を聞いて走り始めたアレクがいる。
『第二射準備開始、銃身冷却……』
そして再びヴィクトリアは慌てふためくイギリス兵キャンプを見つめる。
――アレクはわかっていた。このままでは確実に自分が最下位になる、と。でも、彼は人を殺したくはなかった。
だがそれでも誰かの命令を受けるのは嫌だった。ヴィクトリアならまだマシな命令をしてくれそうだが、ボデーシュやレンシアだとどんな命令をしてくるかわかったものじゃない。
彼は奥の手を使う。
背に背負っていた鎌を手に持ち、それにまたがる。そして鎌に搭載されているエンジンをオンにする。
爆音と共に彼の体が前方へと引っ張られた。急激なGがかかったが、それでもなんとか体を安定させると先に向かった二人を追って飛んでいく。
「うお! アレクっちもズリぃっす!」
「アレクちゃん、そんな裏技持ってたなんてぇー……じゃああたしもぉー!」
レンシアはサイコキネシスで自身の体を持ち上げて飛行する。アレクのロケットエンジンほどではないが、それでも走るよりかは幾分早かった。
「レンシアまで裏切るなんて俺涙目っす!」
「ばぁーい」
だが、その横をヴィクトリアの第二射が通り過ぎる。
「あたしも馬鹿言ってられないわねぇー……!」
まず最初にアレクが到着する。だが、彼はなかなか人間を効率よく狩ることができなかった。
ヴィクトリアの第三射が放たれた頃になってようやくレンシアが到着する。
ボデーシュが到着する頃には第三射が行われた遥か後で、逃げ惑うほんのわずかのイギリス兵しか残っていなかった。
「あー、それでもビリだけはなんとしてでも脱出するっす!」
「あわわ! ちょっと待ってくださいよー!」
「にゃははぁーっ、いっくわよぉーっ!」
そんな様子を見て、ヴィクトリアはドラゴリアを下す。
「ふぅーっ……まだまだ皆子供なんだから」
そういうお前はどうなんだ、などと言いたくなるようなセリフを彼女は呟いた。もっとも、その言葉は風に流されて消えていく。
「全滅っす!」
「あたし5人ー! ボデーシュはぁー?」
「俺っちは4人っす!」
「僕は3人……」
「私は42人。第一射で21人、二射で13人、三射目はあまり当たらなくて8人」
「いや、絶対姐さんはズルいっすよ……」
ヴィクトリアは小さな胸を精いっぱい張って答える。
「だって走ったら一番遅いの私じゃん……。アレクにはフランシスカがあるし、レンシアはサイコキネシス、ボテージュは生粋の身体能力があるし」
「だからってレールガンで狙い撃ちってのはズルいと思うっすよ……」
「でも、確かにこの中で一番足遅いのヴィク姉だよねぇー……」
四人はしばし沈黙する。
「まあ、ともかく今回のゲームで負けたのはアレクっちっすから……」
「あたし達はかんけぇーないよねー!」
「え、ええ!? こんなゲームを仕掛けといて負け逃げ!? それはちょっと酷くない!?」
「いやぁー、正直命令できないのはつまらないけど、ビリさえ免れればいいかなぁーって思ってさー」
「人道的な姐さんならきっとマシな命令に使ってくれるっすよ! ね、姐さん!」
「んー……今考え中。後でもいい?」
「もちろんっすよ」
「でも今日中ねー。明日になったら効力なくなるからぁー」
「ええ!? なんか酷くない!?」
「「いや、ヴィク姉(姐さん)(姉さま)の方が酷いから」」
巡回任務を終え、四人は一時帰路についた。
迎えに来た航空機のそれぞれの場所で四人は一息つく。
死への恐怖はないが、やはり戦闘は緊張するものだ。
アレクは一人デッキの上で風に吹かれていた。
彼もそうであった。普段から戦闘任務の少ない彼はこんな任務でもついドキドキしてしまう。
それに、レンシアのように変なゲームを仕掛けてくる者もいるので油断はできない。
そして、今回のように負けてしまったら何をされるかわかったものじゃない。
彼はデッキの端っこの方で小さくなりながらどんな命令をされるのかビクビクと怯えながら過ごしていた。
「アレクー? ここ?」
そのとき、船内へと通じるドアが開かれた。ドアを開いたのはヴィクトリアだった。
「あ、ね、姉さま!?」
「あー、いたいた。もう探しちゃったよ」
ヴィクトリアは小さなアレクの前に立って仁王立ちする。アレクは男だが、実際のところヴィクトリアよりも背が小さい。そんなアレクは更に小さくなって肉食獣を前にして怯える小動物のようにガタガタと震える。
「もう、アレクまで私のこと信じてないのね」
ぴたん、とヴィクトリアはアレクのおでこをデコピンする。
「私がそんなアレクの嫌がることすると思う?」
「それは……そうだけど……」
「ごほん、私がアレクにする命令は一つ」
アレクはぎゅっと目を瞑ってその命令を待ち続ける。
「私をもっと信じなさい」
「え……?」
「人間が害悪って話も、私がアレクに嫌なことをしないってのも全部本当のことなの。一人で綱の上を歩くのが怖いなら私が一緒に渡ってあげるから……もっと私を信じて頼りなさい」
アレクはぽかんとした表情を浮かべてゆっくり首を縦に振る。
「う……うん」
「くすくす、そういうとこ、素直よね」
ヴィクトリアは笑った。同時にアレクも笑顔を浮かべる。
「ぼ、僕! 姉さまを信じます! 今まで以上にこれからずっと!」
「そうしてちょうだい」
「あはは、こんな命令だって聞いたら、レンシアさんやボデージュさん、怒りそうだね」
「そうね、怒るかもしれないわ」
彼女は空を見上げながら呟くように言った。
「でも、これが私の願いだから」
雲の上を流れるように航空機は飛んでいく。
そんな寒空の中を二人はいつまでも笑いあいながら楽しく過ごしていた。
お久しぶりです、皆さん。
小説家歴六年の期待の新人作家、ほーらいです。
読者の皆様には本当に申し訳ありませんでした・・・。
大学というモノに入学してから、いろいろと新しいことがありすぎて小説を更新する暇ががが・・・。
部品シリーズはどうも部が進む度にグロいというか、残酷というかなシーンが出ますね・・・。
今作では特に平気で人をバンバン殺すわ、それを楽しそうに主人公達が屠るわ・・・。
でも、彼女らの感覚は我々人間が衛生害虫と呼ばれるゴキブリやハエを駆除しているのと同じ感覚なのです。
それに狩猟のゲーム性を加えることもたまにある、というレベルです。
私達は人間ですから、彼女らの行動は無慈悲で残酷で無残なものであると思えますが、彼女らは人間ではありません。
彼女らにとって人間は所詮狩るべき対象でしかなく、哀れみすら向けられることはありません。
一部のバグったアンドロイド以外からは・・・ね。
というわけで、今日中に連載できなかった残りの二話も更新しちゃいますが、一応次回予告を。
ヴィクトリアとアレクは休日の一時を過ごしていた。
彼女らアンドロイドにも休みというものは必要だった。
涼しい高山地帯にやってきた彼女らは優雅な時間をのんびりと過ごす。
次話、第三話 The Player