第十四話 The Faker
第十四話
「時期到来となったようです。皆さん準備はよろしいですか?」
ユイの部屋にはサトル達とヴィクトリア達の七人が集合していた。
国連からきたメールはロベミライアへの総攻撃を行う、というものである。そこに至るまでの仔細な計画がメールには示されていた。ユイはその内容を彼らに説明する。
「準備は万端だ」
「いいわよ!」
「おいらは準備オーケーっす!」
「……」
「いけますよ!」
ヴィクトリアは背中に背負ったドラゴリアの銃身に触れる。冷たい感触が指を通じて伝わってくる。
「僕も準備万端です」
「私は――」
不安要素は山ほどあった。だが、今は実際に行動しなければならない時だ。数十分前に言ったばかりではないか。悠長に待っている場合ではない。そしてユイは言った。機は熟した、と。
「――私は大丈夫です!」
ユイは一同の顔を見渡して頷く。
「皆さんの準備が整ったところでレッツゴーです!」
「そっちはオーケー?」
「正直微妙っす。予想してたより使い辛いっすね」
レンシアとボデージュは本部内に入り込んだ国連所属のオートマータの殲滅にあたっていた。
国連軍がロベミライアの技術を盗用し、作り出されたオートマータ兵は次々と転移によってロベミライア本部へと送り込まれ、ロベミライア内は軽い騒動になっていた。
もっとも、所詮はオートマータ兵。アンドロイドの前では敵ではない。
「こっちは終了っと。そっちはどうっすか?」
「まあまあだねぇー。今亜空間ロックの作業を展開中だよぉー。亜空間ロックが済めば転移攻撃は止むはずぅー」
「ま、その代わりこっちからも転移できないっすけど、ここまで来たらもう関係ないっすね!」
二人は次々襲い来るオートマータ兵を蹴散らしながら、施設内を駆けめぐる。
「大きいのが来るよぉー!」
「XL級の技術まで再現するとは人間もなかなかやるっすね」
二人が急行した図書館にも何体かのオートマータ兵がいた。ロベミライア側のオートマータも大勢戦っているが、人間側の方が数が多かった。
「ほんとにここっすか?」
「間違いないよぉー。ほら、空間が割れたぁー」
彼女の言う通り、空間が縦に割けてそこから機械の巨体が姿を現す。
「じゃあいくっすよ!」
ボデージュはデルリングヘルリアを背負うと、両手にセイラムを装備する。
レンシアも指からミッドナイトを垂らすと、大きく息を吸った。
「いっくよぉー!」
二人は同時に飛び上がる。
大振りな攻撃が繰り出されるが、それを素早く二人は避けると、足から体へ上っていった。
レンシアはミッドナイトを四肢や体に絡めると、その動きを拘束する。ミサイルポッドは開かなくなり、体を動かすこともままならない。
そこへボデージュはセイラムを叩き込む。特に弱点となる間接を中心に打ち込み、更に機動力を削ぐ。
「これでトドメっす!」
ボデージュは胸まで駆け上がると、デルリングヘルリアをオートマータの胸部にあてた。そしてためらうことなく引き金を引く。
重い音と衝撃と共にパイルバンカーが打ち出される。それは強固なオートマータの装甲を打ち貫いて、完全に機能を停止させる。
「はーい、亜空間ロック作業終了ぉー。これで転移は止むはずぅー」
レンシアは亜空間ロックが完了したことを告げる。あとは施設内に残っているオートマータを殲滅すればいい。
「時間がないよぉー。もうすぐ人間軍が来るよぉー」
「さ、お掃除っすよ!」
一方、サトル達はユイに見送られてニューヨークを発ってから数時間が経過していた。
このまま順調にいけばもうすぐロベミライア本部施設上空に到着するハズである。
そこからパラシュート降下し、“マザー”のいる部屋まで突撃し、“マザー”を破壊する手筈となっていた。
既に数十の部隊がロベミライアへと降下しているはずである。オートマータが相手にはいるとはいえ、実力は人間の方が高い。人間よりも強力なアンドロイドも人間兵よりも圧倒的に数が少ないハズだ。
「オートマータ転移がなんらかの手段で無効化されたらしい」
サトルが顔を上げて言った。GPSが搭載されたオートマータの多くがある一時からぷっつり信号が途絶えてしまっているという。亜空間までは侵入できるのだがそこから先、相手の領地に入ろうとするとそこで止められてしまうという。
「なんなのよ! じゃあ人間兵しか戦えないってわけ!?」
「いや、遠くの僻地に転移させて、そこから移動させればなんとかなるらしい」
「それじゃあオートマータ到達までどれだけ時間がかかるかわからないじゃない!」
「ならば、私達だけでロベミライアを潰す……」
「そういうことっすよ! おいら達の力、見せつけてやるっすよ!」
無事に一行はロベミライア本部施設上空まで到達した。そこからパラシュートでサトル達は降りる。
「作戦通り、ヒメとヒロキの率いる部隊は監視室の制圧、俺達は“マザー”を破壊しに行く」
「了解」
「了解っす」
サトル達は施設内へ手近なドアから入ると、二手に別れた。
ヒロキとヒメの率いる部隊は途中途中オートマータを撃退しながら監視室へ向かっていた。
「Dタイプアンドロイドってヤツらに会わないっすね……」
「そこを左」
二人の率いる部隊は複雑に入り組んだ通路内を駆けめぐる。監視室は施設の端の方にある。そこまで走って行かなければならない。
「隊長、少し不穏過ぎませんか?」
部隊員の一人がそうヒメに言う。ヒメがこの部隊のリーダーだった。
「そうかもしれない。けれども、私達は進むしかない」
そうして数分が経過した。だが、施設は相当広いのか、なかなか監視室に到着しない。
「後方より射撃攻撃確認しました! チルドレンです!」
「来たっすね!」
「……射撃?」
部隊は一瞬で陣形を組み、通路に向けて銃を抜き放つ。
そして迷うことなく引き金を引いた。一瞬で弾幕が通路内を制圧する。
「ここはヒロキに任せる。私は数人の隊員を連れて監視室に向かう」
「ヒメちゃん!?」
「カメラを起動して。私がパソコンから画面を見ながら指示を送る」
「ヒメちゃんはどうするんすか!? 他のチルドレンと会ったら終わりっすよ!?」
「でも、今は一刻でも早くサトル達をアシストすることが大事。そのためには私が監視室にたどり着く必要がある」
「……わかったっす。絶対に死んだら許さないっすよ?」
「わかってる」
二人は拳をぶつけた。
「ルドルフ、クラウス、ジョージ、バトラ、スミス、カノンは私と監視室に向かう。カノン、私の体を担いで。同時予測モードでは私は動けない」
「了解です!」
カノンと呼ばれた隊員はヒメの体を背負った。そして七人は走り出す。
ヒロキ達は圧倒的な弾幕を張ってアンドロイド兵を制圧していた。この弾幕量ならば、オリハルコンコートでも着ていなければ突破することはできない。
「第一部隊弾込め! 第二部隊一斉射撃開始っす!」
ヒロキは部隊に適切な命令を下す。この切れ間のない弾幕を維持することが重要だった。
「私に任せてください」
ヒロキはどこかで聞き覚えのある声がしたな、と思った。ただ、それは酷く単調で、まるで機械で無理やり再現したかのような声だった。
『逃げて!』
その瞬間、彼女のしては珍しいヒメの悲鳴のような声がイヤホン越しに伝わってくる。
「え……?」
ヒロキは目を疑った。通路の向こう側にいたのは――ドラゴリアを持ったヴィクトリアだった。
「全隊退避っす! ともかく隣の通路に逃げるっす!」
部隊員は我先にと通路内へと飛び込んでいく。部隊を混乱が襲った。
ヒロキは身をもってわかっていた。あの武器がどれだけ恐ろしいかを。バーチャルとはいえ、一度食らったのだ。ヒロキもなんとか通路の角に身を隠す。
次の瞬間、恐ろしいまでの轟音と共に音速を遥かに超えた弾丸が飛んできた。
「うーん……やっぱ臨機応変性にかけるっすね……」
その惨状を見渡しながらボデージュは呟くように言う。
「マスター、次の命令を」
「姐さん、そのマスターってのをやめてほしいっすよ」
「私は姐さんではありません。ヴィクトリア・コピーです」
「うーん……扱い辛いっす……」
ヴィクトリア・コピー。それが彼女に名付けられた名前だった。
「というか、敵が全員逃げた後なのに引き金引くっすかね……。おかげで通路がぐちゃぐちゃになって通れないじゃないっすか」
「マスター、次の命令を」
「ったく……。次の命令、人間を射殺しろっす。あ、斬殺でもOKっすよ。ともかく人間を掃討すればOKっす」
「了解しました」
ヴィクトリアはドラゴリアの余波を受けてぐちゃぐちゃになった通路を歩き辛そうに歩いていく。
「えー、こちらボデージュ。レンシアっちはどうですか、どうぞ」
しばらくの間の後、レンシアの間伸びした声がイヤホンから聞こえてくる。
『人間の部隊と交戦中だよぉー。どうぞぉー』
「りょーかい。こっちは姐さんに任せたっす。これから監視室に先に向かった人間の部隊を壊滅させに行くっす」
『りょーかいだよぉー』
ぶつりと通信が切れる。
通路がこんなぐちゃぐちゃになっては部下を大勢連れて無理やり通るのも無理そうだった。
「しゃーないっす。遠回りしていくっすかね」
一方、サトル達はチルドレンと交戦していた。
通路を挟んでの射撃戦。だが、明らかに相手の動きが鈍かった。
「ヴィクトリア、あいつら何タイプだ」
「そんな……ありえないわ」
ヴィクトリアは顔を真っ青にしてその通路の向こう側に立つ敵を見つめる。
「あれは……Aタイプアンドロイド、私の部下だったメンバーよ」
「なんだと……!? Dタイプだけしかいなかったんじゃないのか?」
「この数週間で増産したに違いないわ。でも、動きがおかしい……?」
明らかに通路から姿を出しての射撃攻撃。これでは的にしてくださいと言っているようなものだった。
だが、ヴィクトリアは引き金を引くことができなかった。元部下と同じ顔をした敵を撃つことができなかった。
「ヴィクトリア、銃を持て。お前のレールガンで一掃する」
「そんな……私にはできない……あの子達を殺すことは……できない」
サトルはヴィクトリアの胸倉を掴んだ。そして怒鳴るように言う。
「今は敵だ! 忘れろ!」
「そんな……無理に決まってるじゃない……」
「お前は何のためにロベミライアを出たんだ!? 世界を変えるためじゃないのか!?」
「だからって部下をこの手にかけろっていうの!? あなただったらどうするの!? もし……もしユイさんが敵に回ったら、あなたは引き金を引くことができるの!?」
「……っ!」
サトルはヴィクトリアを離した。
「ユイ、お前が特攻を仕掛けて殲滅しろ。お前の装備ならやれるはずだ」
「でも……ヴィクトリアさん、いいんですか……?」
「私は……私は……っ!」
ヴィクトリアにそんなことを決めることはできなかった。
元部下の面々を殺す命令を――下すことができなかった。
「私にはできない……。私には……できない」
「ユイ! やれ! ここを突破しなければ“マザー”のいる部屋にたどり着けない!」
「……わかりました」
ユイは手に戦帝を持つと、単身弾幕の嵐の中に飛び込んでいく。
それをヴィクトリアは止めることができなかった。
「やあああぁぁぁっ!」
ユイは戦帝を壁に打ちつける。壁にぶつかって戦帝は反射し、通路を覆いつくすように跳躍する。
それは一瞬で数多くのアンドロイド兵の命を奪った。
「っ!」
ヴィクトリアはそれを見ていることができなかった。
「姉さま……」
アレクは心配そうにヴィクトリアの顔を見上げる。
「私は……二度もあの子達を殺さないといけないの?」
「あれはきっとただのコピーです。きっと各々に人格も思想もありはしません。だからあんな風に通路から体を出して射撃してくるんです。だから姉さま、あれは姉さまの部下じゃありません」
「でも……元のデータは私の部下のものよ? 撃てるわけ……ないじゃない」
「二度目がダメだったなら、三度目を作ればいいんです。ロベミライアにデータが残っている限り、何度でも作れます。あのAタイプの皆さんは皆さんであってあの優しいAタイプの皆さんじゃないんです。姉さま、決別しましょう」
「……っ!」
ヴィクトリアは涙を流しながらドラゴリアを構える。
「ユイ、一旦身を引け。ヴィクトリアがやる気になった」
『わかりました』
通信装置の向こう側からユイの声が聞こえてくる。
ユイは素早く戻ってきてヴィクトリアの後ろに回る。
向こうからは相変わらず上手く定まらない弾幕が襲い来る。だが、それを前にしてもヴィクトリアは冷静に狙いを定める。
『射撃誘導システム起動』
目を瞑ると、その裏側に仲間と過ごした日々が流れていく。
『データ収集……充電開始』
そして目を開くと変わり果てた仲間の姿があった。
『手ブレ修正、ターゲットの移動先を想定』
その仲間達を自分の手で殺さなければいけないことが悔しかった。
『射撃準備完了、命中率99.8パーセント』
彼女は一粒だけ涙を流して、引き金を引く。
重い衝撃と共に通路が破壊されながら弾丸が飛んでいく。
それは一瞬で数多くの仲間達の命を奪った。
「掃討完了だ。ヴィクトリア、よくやった」
「私は……これで正しかったの?」
「正しいも正しくないもない。この世に正しいと決まっていることなど一つもないんだ」
サトルはヴィクトリアの肩を叩く。
「いくぞ。全ての原因――“マザー”を倒す」
「わかった。わかったわ」
ヴィクトリアはドラゴリアを背負うと、ゆっくりと歩き出す。
半壊した通路を歩きながら、部下だったアンドロイド達の亡骸を踏みしめる。
「あなた達のことは絶対に忘れない。絶対に――ッ!」
こんにちは、ほーらいです。
いざロベミライアへ。最後の決戦が始まりました。
今回の解説はアンドロイドコピー達についてお話しましょう。
ヴィクトリア達の前に立ちふさがったアンドロイドコピー達はロベミライア本部に残っていたアンドロイドのデータを複製して作られた戦闘専用の兵隊です。
A,Bタイプ両方のアンドロイドがいなくなってしまった、ロベミライアのアンドロイド部隊の圧倒的な戦闘力不足をどうにかするためのものですね。
彼らに感情はありませんが、それでも十分な戦力となります。
ただし、やはり感情を持たないので非情であり、そして自らを消耗品としか考えていないあたり、オートマータと同じかもしれません。
なんだか、こう考えるととても悲しくなってきますね・・・。
では、次回予告です。
『SPsystem set up...system all green.』
爆ぜるは戦火、飛び交うは弾丸。
運命の女神は誰に微笑むか。或いは冥府の王は誰の手を取るか。
『System start.Prepare impact!』
次話、第十五話 The Battler