第十三話 The Taker
第十三話
そして数週間が経過した。
かといって、その数週間何もしていなかったわけではない。
ヴィクトリア達はサトル達人間の部隊とコンビネーションが取れるように訓練を続け、ユイは解析データを徹底的に分析し、仮想対アンドロイドプログラムを作り上げ、仮想戦闘を行うことを可能としていた。
彼らが練り上げた作戦も国連へと送り、現在吟味されているはずだ。
長いけれども、必要な時間。この時間はロベミライア、国連両方に猶予を持たせるものとなった。
「“おかーさん”、準備オッケーですぅー」
『よくここまでやり遂げました』
レンシアは“マザー”の前に立って報告を行っていた。
この数週間、ロベミライアもただ黙って指をくわえて見ていたわけではない。彼らなりに作戦を練り、その準備を着々と行っていた。
「あとは向こうの動きを待つだけですぅー」
『おつかれさまでした。下がってよろしいですよ』
レンシアは“マザー”に一礼すると、部屋を後にする。
「よ、おつかれっす」
レンシアが廊下を歩いているとボデージュに出会った。
「まったくCタイプの仕事も大変だよぉー」
「ま、頭脳はしっかり働かないといけないっす。そうしなきゃ俺達右腕も鈍るばっかりっすからね」
「たまには代わってほしいよぉー」
「無理っすよ。俺達Dタイプはそんな器用なことできないっすから」
「ちぇ、ボデちゃんは楽でいいなぁー」
レンシアは愚痴をこぼしながら彼の隣を通り抜ける。
「あ、そうそう」
「なぁにぃー?」
「国連に放った“草”によると、そろそろ攻撃らしいっすよ?」
「ああ、今は“アレ”はボデちゃんの統制下だっけぇー?」
「そういうことっす。じゃ、お仕事頑張ってくださいっす」
そこで二人は別れる。
レンシアは一人で執務室に入っていった。
ほとんどの解析を終えてようやく自由になったヴィクトリア達はSPシステムのトレーニングを行っていた。
いかに上手にSPシステムを運用するか、そしてそれを用いた連携攻撃、そして長時間の使用に伴う疲労に対する耐性。
「はぁ……はぁ……次いってもOK?」
「ね、姉さま……少し休みましょうよ。もうかれこれ一時間はSPシステムを起動しっぱなしですよ?」
ぺたんと座り込むアレク。ヴィクトリアも肩で息をしながら椅子に座り、そして近くのテーブルに置いてあった水を喉に流し込む。
「はい、アレク」
「ありがとうございます」
ヴィクトリアはアレクへ水の入ったボトルを放り投げる。それをアレクは受け取ると、一気に飲んだ。
「少しはエネルギー補充した?」
「はい、でも体の各部位がオーバーヒートしかけてます……」
「そっか。じゃあもう少し休みましょう」
アレクはヴィクトリアの横に座ると、水の入ったボトルを傾けながらヴィクトリアに尋ねる。
「少しは僕達、強くなりましたかね?」
「そうね。SPシステムもあるし、何より戦闘の練習を積んだことは大いに意味があることだと思うわ。特に戦闘経験の乏しいあなたはね。でも――」
ヴィクトリアは少し水を口に含んで、それを嚥下してから続けるように言う。
「――だからって油断はしないことね。相手もSPシステムを使ってくる可能性があるわ。いくら今まで搭載を見送っていたとはいえ、私達が使っている可能性を考えると、同等の戦力がなければ敵のアンドロイドも私達に勝てないじゃない」
「ですよね……」
「お互い負けるわけにはいかないのよ。相手もこっちも……ね」
ヴィクトリアは立ち上がると、部屋の扉に手をかける。
「姉さま、どちらへ?」
「お風呂に行ってくるわ。オーバーヒートした機関を冷やす目的もあるし、さっぱりしたい気分だわ」
研究所内には共用の風呂がある。ユイに自由に使っても良いと言われており、汗を流した後はよく彼女も入っていた。
アンドロイドといえど、基本的な部分は人間と同じだ。加熱した機関を冷やすために汗、という形で水分を吐き出す。だから、激しい運動をした後は少し汗臭くなる。
彼女は風呂に到着すると、備え付けの棚の中に入っているかごへ自分の着ていたものを放り込むと、浴室のドアに手をかけた。
時間帯がまだ夕方だったためか、誰一人として広い浴室内にはいなかった。
軽く体を洗うと、ヴィクトリアは湯船に体を沈める。
「ふぅー……」
風呂はほどよい熱さだった。ヴィクトリアは広い風呂の中で大きく伸びをすると、一人思考にふける。
この数週間の間、ロベミライアは何をしているだろうか。
ここ数週間、オートマータによる定期的な襲撃は止んでいない。相変わらず、彼女が出た後の体制を貫いているのだろうか。
もし、ヴィクトリアがトップだったら、と考えてみる。
もしヴィクトリアがトップならば、オートマータを増産し、本部施設の防衛に回すことを考える。今の本部施設にはアンドロイドは二十体しかいない。防御力の落ちてる今、少しでも防衛に人員を割くはずだ。
それなのにもかかわらず、ヨーロッパではまれにチルドレンことアンドロイドの活動が確認されているし、転移による攻撃は以前より増しているようにすら感じる。
ここ数週間でニューヨークも幾度となく攻撃された。ヴィクトリア達は検査で出られなかったが、サトル達が掃討のために何度も出ていくのを目にしている。
ヴィクトリアには“マザー”の考えていることがわからなかった。
一度肩の力を抜いて、別の思考から考えた方がいいのだろうか。
「あれ、ヴィクトリアさん?」
すると、ドアの方から声がかかった。
「ヴィクトリアさんもご飯前にお風呂入るタイプだったんですか?」
そこに立っていたのはユイだった。
「いえ、結構動いたから汗まみれになっちゃってね」
「そうですか。じゃあ替えのお洋服用意した方がいいですね」
そう言うと、一瞬ドアの向こうにユイは消えたが、しばらくして戻ってくる。
「女の子の研究員の子に替えのお洋服を持ってくるようにお願いしちゃいました。今まで着てたのはお洗濯に出しちゃっていいですよね?」
「ええ、お願いできる?」
「任せてください!」
彼女は素早く体を洗うと、湯船に入ってヴィクトリアの隣まで歩いてきた。
「お隣いいですか?」
「ええ、構わないわ」
ユイはゆっくりと腰を下す。
ヴィクトリアはいい話相手ができたと思って、思っていることを聞いてみる。
「ねえ、一つ聞いてもいい?」
「はい、なんでしょうか?」
ヴィクトリアの中で引っ掛かっていること……“マザー”はどういうつもりなのか。他の人の意見も聞きたかった。
「“お母さま”はどういうつもりなのかしら。アンドロイド――チルドレンを偵察に出したり、オートマータで依然攻撃を続けたり……。私には理解できないわ」
「そうですね……。おそらく私達人間よりも“マザー”に近いあなたでもわからないのだから、人間の私の意見は的外れかもしれませんが……」
ユイは手でお椀型を作ってお湯をすくい上げる。
「“マザー”はアンドロイドに匹敵する戦力、あるいは代替する戦力を作り上げたんではないでしょうか?」
「どういうこと?」
「現実にあなたのように離反する者が出た。つまり、今のアンドロイドのプログラムはロベミライアにとって完璧ではないことになります。となると、今のままじゃあアンドロイドを完全に支配することは難しいわけです。となると、外への攻撃どころじゃありません。内部を固めずに攻撃に出て、それがまた離反したら問題ですからね」
「それとアンドロイドの代わりにどういう関係が?」
「そこで私がもし“マザー”だったら思いつくことは、思考を持たないアンドロイドの創造です。とりあえず急しのぎにはなりますし、思考を持たないから離反する恐れもない。あるいは、アンドロイドを超える存在の創造です。これが完成すると、アンドロイドは必要がありません。となると、失っても構わない戦力になることになります。だから積極的に外部へ派遣しているのかもしれません」
ユイは湯気の立ち上るお湯に体をいっぱいに伸ばすと、再び語り始める。
「アンドロイドの雛型がオートマータなら、アンドロイドがベースとなる更なる存在が存在する可能性は無きにしも非ずです。それを“マザー”は完成させたのかもしれません」
「それじゃあこんな悠長に待ってるわけにはいかないじゃない!」
ヴィクトリアは立ち上がる。だが、ユイの顔は涼しいものだ。
「そうですね。悠長に構えてる場合じゃないのかもしれません」
「じゃあ今すぐにでも攻撃を……」
「国連は一枚岩じゃありません。いくつもの人種、宗教、思想が絡み合って複雑な様相をしています。だから、すぐには動けないんです。でも、皆の力が集まったときは強いです。だから、機が熟すのを待っているんですよ」
『桜木ユイ様、桜木ユイ様、国連から至急のメールが届きました。早急にメール内容を確認してください――』
館内放送が響く。それを聞いてユイはゆっくり腰を上げる。
「どうやら機が熟したようですね。待った甲斐がありました。もし、皆の準備を待たずに独断先行したらどうなったか……ヴィクトリアさんならわかりますよね?」
「う……それは……」
ユイは湯船から出るとドアに手をかける。
「出撃の準備、しておいてくださいね。いつ出るかわかりませんから。あ――それとお洋服、もう届いたみたいですよ」
そういうと、彼女は浴室を出ていく。
ヴィクトリアは一人風呂の中で棒立ちになったまま、ユイの背中を見つめていた。
こんにちは、ほーらいです。
今回は美少女達のお風呂タイムですよ! いーやっほう!
といっても、色っぽい表現は出てきませんが、
今回は解説不要な一話だったような気がします。
そんな専門用語とか出てきてないですし。
彼女らがよく水分補給してるけど、その水分から核融合電池の水素を補給してるって話はなんか第三話くらいでした気がします。
というわけで今回はさらっと次回予告にいきましょうか。
オートマータコピーの出撃、そして人間部隊の同時攻撃。
ロベミライアは強力な打撃を受けている……ハズだった。
だがしかし――
「正直微妙っす。予想してたより使い辛いっすね」
ボデージュの率いるその影は、確実にヴィクトリア達を追い詰める。
次話、第十四話 The Faker