第九話 The Smiler
第九話
その後何事もなく航空機はニューヨークに到着する。
航空機を降りたところでヴィクトリア達を待っていたのは近藤ヒロキだった。
「いたいたっす。こっちっすよ!」
二人の姿を見つけると、ヒロキは大きく手を振る。
「戦闘があったらしいっすね。大丈夫っすか?」
「なんとかね。私達は無事だけど、人間が大勢死んだわ」
「そうっすか……」
ヒロキは悲しそうな表情を浮かべる。
「と、ともかくなんとか無事に辿り着いてよかったわ! 時間がないの。可能な限り早くオキシデリボの研究施設まで連れて行ってくれる?」
「時間がないってどういうことっすか?」
ヴィクトリアは予備電源のタイムリミットが二十四時間しかないことを話した。予備電源に切り替えてから、ここまで来るのに四時間は経過している。残る時間はわずか二十時間程度だ。
「なるほど……話はわかったっす。オキシデリボ研究島『ヘヴン』まで行く時間はなさそうっすから、ニューヨーク市内の研究施設でGPSを取り除くっすよ」
三人は車に乗り込むと、ニューヨーク市内の研究施設へと移動する。途中でヒロキが電話で事情を伝えていたので、スムーズに物事が進んだ。
研究施設といっても、そこは病院のようなところだった。おそらく病院と研究の両方を兼ねているのだろう。
研究施設に到着すると、二人は急いで手術室へと向かう。
「お待ちしていました」
ヴィクトリアは研究員達にGPS装置が搭載されている部分について説明する。
「人間で言う心臓の部分辺りにこういう形状の物体があるはずなの。それが私達に搭載されたGPS装置よ。これがある限り、私達は世界中どこにいてもロベミライアへと位置情報が筒抜けになってしまうわ」
「それを取り除けばいいんですね?」
「ええ。そうすれば私達を直接狙った攻撃は止むハズ」
二人はいくつかの検査を受けた後、手術室へと運ばれていく。痛覚神経を停止させ、手術に備えた。
「本当に大丈夫でしょうか……?」
「信じるんでしょ? 人間のことを」
「でも、こうやって実際に任せるとなると不安になってきました」
「そういうときは寝るに限るわ。スリープモードに入りなさい」
「……わかりました」
二人は一時的に機能を停止させ、スリープモードに入る。手術の予定終了時刻の一時間後に目覚めるようにセットした。
「これより手術を開始する」
研究員の男のその声を最後に、二人の意識は徐々にまどろみへと落ちていった。
「“おかーさん”、助かりましたぁー」
『私の大事な愛娘ですもの。迎え入れるのに手は惜しみませんよ』
レンシアは“マザー”の前に立って状況を伝えていた。圧倒的戦闘力を誇る二人によって部隊が壊滅させられたこと。そして二人がニューヨークへと向かったということ……。
「いいんですかぁー? GPS装置をもう抜き取られてるかもしれないですよぉー?」
『息子、娘の二人が人間の手に落ちたのは痛手です。アンドロイド部隊もほとんど壊滅させられました。これはロベミライア有史以来、未曾有の窮地です』
「じゃあどうするんですかぁー?」
相変わらずモニターに映る女性は柔和な笑みを崩さずに言った。
『問題ありません。既に手は打ってあります』
「さすが“おかーさん”、対策済みとはさすがですぅー」
『あなたにはニュータイプCタイプアンドロイドを率いてもらいます。それと同時にバージョンのアップグレードを行ってもらいます』
「んにゃ! まさかあの強力すぎて封印されたあのプログラムですかぁー!?」
女性の顔はにこにこしたまま頷いた。
『バージョンアップには時間がかかります。あなたは自室にてアップグレードを行ってください』
「了解ー!」
レンシアは部屋を出ていく。
彼女が出ていった後、今まで一度として柔和な笑みを崩さなかった“マザー”は初めて表情を曇らせた。
とある病室のベッドに彼女達は眠っていた。
無事手術は成功したのか、ヴィクトリアはスリープモードから目覚めると、体内の様子をサーチした。
外部へ電波を送っている装置は全て撤去されたようで、予備電源から本体電源へと切り替えた。
「アレク、もう大丈夫よ」
やがてアレクも目を覚ました。そしてアレクも電源を本体電源へと切り替える。
「なんだかすっごく久しぶりな感じがします」
「そうね。二十四時間も経過していないはずなのにね」
GPS装置が取り除かれたことで、少し動作が軽くなったように感じた。GPS装置がどうやらメモリの多くの部分を食っていたようで、それがなくなったことによって全体的な動作がいくらか軽快になる。
「気分はどうですか?」
桃色のブロンドの少女が二人の部屋に入ってくる。
「快適快適。GPSが結構メモリ食ってたみたいで軽くなったわ」
「それはよかったです」
少女はにっこりと笑うと、懐から一枚の名刺を取り出した。
「私はオキシデリボ会長の桜木ユイです」
「ああ、あのとき話した子ね」
ヴィクトリアはユイから名刺を受け取ると、それをしげしげと眺める。
「手術の方、見させてもらいました。私達には未知の技術が満載で、非常に興味深かったです」
「そりゃどうも。で、あなたが私を解剖するの?」
ヴィクトリアがそう尋ねると、彼女は慌てたような表情を浮かべる。
「解剖だなんてとんでもないです! 確かにもっと色々調べたいですが、今は悠長にそんなことをしている暇はありません」
「というと、例の作戦を実行することにしたの?」
「例の作戦……?」
「国連軍のオートマータ複製転移作戦。あれをあなた達人間が考えていることを知って、私達は拠点防衛に人員を割いているのよ」
「ああ、あれですか。あれは囮です」
ユイは近くにあったパイプ椅子をベッド脇に持ってくると、腰を下した。
「確かに現在オートマータの複製作業が行われていますが、それを主戦力とするには少し心許ないです」
「じゃあ何か他に作戦があるの?」
ユイはしばらくの間、何かを考えていたが、やがて話すことに決めたのか、両手を組んで話し始める。
「複製オートマータ兵を転移で送り込んで、その隙に南アメリカから人間兵の部隊を出撃させます。さらに同時にインターネットを介してロベミライアへコンピューターウィルスをばらまき、“マザー”を物理的、そしてシステム的にも破壊します」
「アンドロイド――チルドレンはどうするつもり? ABC三タイプの部隊は全滅したけど、戦闘能力の最も高いDタイプがまだ残っているわ。Cタイプは二人がかりで戦えばなんとかなったけど、Dタイプはそんな生優しいものじゃないわよ?」
「こちらにも、チルドレンに匹敵する部隊があります」
「密属部隊のことかしら?」
「そうです。彼らは元日本軍主力部隊のメンバーです。彼らならきっと……」
「甘いわね」
ヴィクトリアはサイドテーブルを思い切り叩く。
「Dタイプアンドロイドに勝てる、ということは私にも勝てる、ということよ? 密属部隊のコンビネーションは確かに素晴らしいわ。私も一緒に戦って彼らなら苦戦しそうだと思ったもの。でもそれは一対多の場合。彼ら一部隊だけではせいぜいDタイプ数人と対等に渡り合うのが関の山ね。あの部隊を五隊用意できる、っていうなら話は別だけどね」
「それなら実際に試してみましょう!」
ユイはがたんと音を立てて椅子から立ち上がった。
「あなたとウチの部隊の一人一人を戦わせてみます。それで彼らの実力を測ってください」
「本気……? 死ぬわよ?」
「大丈夫です。模擬戦闘用プログラムがありますから」
彼女の話によると、模擬戦闘用に作られた仮想空間上で模擬戦闘を行うことができる装置があるという。体の色々な部分にセンサーを取り付け、体の動きをプログラムに反映させて仮想空間上で戦闘を行うことができるというものだ。
「これなら死にませんし、お互い思いっきり戦うことができます」
「それなら大丈夫ね。彼らは今任務に?」
「いえ、今はニューヨークで待機しています」
「じゃあ今からやりましょう」
ヴィクトリアはベッドから降りる。手術直後だったが、問題なく体は動きそうだった。
「姉さま、大丈夫ですか? 僕なんか体がまだちょっと重くて……」
アレクは心配そうにヴィクトリアを見上げる。
「これくらいのハンデがないと私が勝っちゃうでしょ?」
「随分余裕ですね……」
ユイはやや口調に苛立ちを含ませて言った。
「装備のスペックもプログラムに反映させるんでしょうね?」
「もちろんです。お二人の武器や防具、身体能力パターンはプログラムに入力済みです」
「じゃあやりましょう。部隊メンバーを呼んできてもらえる?」
傍にかけてあったオリハルコンコートを羽織ると、ヴィクトリアは病室を出ていく。その後を慌てたようにアレクとユイがついていく。
「さあ、場所はどこ?」
「ま、待ってくださーい!」
なんとかヴィクトリアに追いつくと、ユイはその肩に手をかけた。
「色々セットアップとかに時間がかかるんで、もう少し待ってもらえますか?」
「……わかったわ。」
二人はまた病室に戻ると、模擬戦闘装置の準備が終わるまで待つこととなった。
「暇だわぁー」
「……姉さま、本当に勝てるんですか?」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの? ロベミライアの誇る最強戦力の一人、ヴィクトリアの名は伊達じゃないわ」
「そうじゃないです。僕達、ロベミライアに歯向かうことになりましたけど、僕達を創ったロベミライアに勝てるんでしょうか……?」
アレクは深刻な表情を浮かべている。ヴィクトリアは自分のベッドから立ち上がり、アレクの隣に座って肩を抱いた。
「そんなに深刻な顔しないの。私だってまともにやりあって勝てると思ってないわ」
「じゃあ、どうして……!」
ヴィクトリアはにっこりと微笑む。
「人間が創った“お母さま”が人間を滅ぼそうとしているじゃない。なら、“お母さま”が創った私達が“お母さま”を滅ぼすことだってできるはずよ」
「こんな勝率の低い賭けみたいな戦いでも……?」
「そうね。確かに勝率の低い勝負かもしれないわ」
ヴィクトリアは窓からさんさんと降り注ぐ太陽の光を見上げる。
「でも、分の悪い賭けは嫌いじゃないの。勝率が低い方が勝ったときの配当は大きくなるでしょ?」
「姉さまは……人間のことを信じているんですか? 人間が勝った……人間が支配する世界を……?」
ヴィクトリアはしばしの空白の後、希望に満ちた声で答えた。
「支配するんじゃないの。共存するのよ。機械も人間も皆が仲良く暮らせる世界。そんな世界を私は求めているのよ」
「僕は……人間が悪い存在だとは思っていません。でも、良い存在だとも思ってません。本当に僕達は共存できるんでしょうか……?」
「その世界を創るのが私達の使命よ」
ヴィクトリアは気付いていた。
人間は不完全な存在だ。それと同時に機械も不完全な存在だ。
人間はルーズな存在だ。自堕落で、甘い。けれども、それ故に機転の効く存在でもある。
機械は完璧主義だ。何事も寸分の狂いがなく物事が進まなければ気が済まない。それ故にミスが起こると対処できなくなってしまう。
お互いの利点を生かし、共に暮らしていくことができればどんなに幸せなことだろうか。
だが、“マザー”は共存の道を取らなかった。
それがヴィクトリアには悲しくてしょうがなかった。
「さ、模擬戦のイメージトレーニングでもしようかしら」
ヴィクトリアは体の節々を伸ばすと、軽くストレッチ運動をする。
GPSに食われていたメモリが空いて軽くはなったが、手術の影響か、未だ若干体が重い。一刻も早く元の状態に戻すことが先決だった。
「セットアップの方、できました。ヴィクトリアさん、アレクさん、準備はよろしいですか?」
ユイが部屋にやってくる。ヴィクトリアは最後に大きく体を伸ばすと、ベッドから立ち上がった。
「準備万端よ! いっちょ騒ぎましょう!」
二人はそれぞれの荷物を持って部屋を出ていく。
彼女らはやがて目にすることになる。予想以上の密属部隊の戦闘能力を……。
さてさて、今回も予約で入れちゃいましたよ、ほーらいです。
そして桃髪ロリっ子ユイさん登場ですヒャッホーイ(壊)
てか、第一部のキャラクターで今回登場する彼女だけです、ハイ。
やったねユイさん皆勤賞!
まあ、それはさておき解説いきましょうか。
GPS装置。今じゃ携帯にも搭載されているアレですね。
カーナビに携帯電話、それから軍でも使われてる便利な装置ですね。
で、アンドロイドにも皆搭載されているわけです。
つまりはアレだ、迷子サーチ。
親御さんが自分の子供がどこにいるのかを知りたいときに使う携帯電話のサービスと同じヤツです。それの世界規模版。
さすがロベミライア、息子娘が心配だからってやることなすこと大規模すぎてびっくりです。
転移装置を使って迷子の子供をお迎えにいったり、とっても心配性なんですね。
そんな“お母様”の甲斐甲斐しい一面を伺える一話でしたとさ。
さて、次回予告!
模擬戦闘訓練を行うことになったヴィクトリアとアレク。
人間達を舐めていた彼女らだったが、予想以上の実力に驚く。
『まさか……オリハルコン!?』
『私のコートもオリハルコン製なんです』
激しい剣戟はまだまだ続く。
第十話 The Imitationer