夫見習いコース
ときどき、ふと我に返る瞬間がある。
「このまま俺、完全に彼女に主導権を握られてていいのか……?」
夕暮れの研究室帰りとか、布団に寝転がって天井を見ていると、そんな疑問が頭の片隅をよぎる。
財布の中身は管理されてるし、料理も掃除も全部仕切られてるし、将来のことまで勝手にシミュレーションされてる。
なんだか「夫見習いコース」を強制受講してる気分だ。
でも――。
「はいっ、できたよ。今日は特製シチュー!」
彼女が僕の狭い下宿のテーブルに、お皿を次々と並べていく。
にんじんは星型に切られていて、ブロッコリーも彩りよく配置されている。
最後にルーをすくって僕の器に注ぎながら、にっこり笑った。
「召し上がれ♪」
その瞬間、僕の中の不安も疑問も、ぜーんぶ吹き飛んでしまう。
「……もう、ほんとかわいいなあ」
「え、なにそれ。今の言い方、ちょっとバカにしてない?」
「違う違う! 本気だよ。世界一かわいいって意味!」
「ふーん、世界一ねえ……」
彼女はちょっと頬を赤くしながらも、わざとらしく腕を組んで考えるフリをする。
「じゃあ……まあ、許してあげる」
「ありがとうございます!」
「ふふっ、なんか調子いいなあ、たかくん」
その笑顔を見たら、僕の心臓は毎回バクバクで、頭の中はシチューの湯気みたいにふわふわになる。
気が強いのに、妙に抜けてるところがあったり。
マウントを取ってくるくせに、料理を作っては「味見して!」って不安そうに差し出してきたり。
財布の紐を握って「無駄遣い禁止!」と宣言するのに、僕がちょっと不満をもらすと「……ごめんね。でも、心配だから」と小さな声で言ってくれたり。
そんな瞬間が重なるたびに、
僕の中で「支配されてる」という感覚は、気づけば「かわいい」に変換されてしまう。
彼女は僕にしか見せない顔をたくさん持っている。
強気で、だけど少し不器用で、どこか甘えん坊で――。
その全部を僕だけに見せてくれる。
「ねえ、たかくん」
「ん?」
「これからも……一緒にご飯食べたり、勉強したり、笑ったりできるんだよね?」
「もちろんだよ。当たり前でしょ」
「そっか……えへへ」
彼女は安心したように笑う。
その笑顔を見たら、もう僕に迷いなんてなくなる。
これから先、僕たちはどんな大学生活を送るんだろう?
考えるだけで胸が高鳴って、少しだけ怖くて。
でも、やっぱり楽しみで仕方がない。
だって、僕の隣にはいつも彼女がいて、
その不思議で愛しい日常が、これからもずっと続いていくのだから。