第八話 側溝からの贈り物
本日も話のお付き合い、どうかよろしくお願い致します。
毎回ミルクの後、きちんとしておりましたウンチが急に出なくなったのです。2日経ってもまだ出ておりません。心配になりまして、知り合いの中岡獣医のところへ連れて参りました。タヌキを診るのは初めてとのことで、中岡獣医の目が輝いておりました。それも当然でしょう。中岡獣医は犬・猫専門の医者ですから。いかにも滑稽な創造物がやって来たと言わんばかりに、嬉々として診察を始められました。
「あのね、浣腸すると癖になって自分で排泄しなくなったら困るでしょう。それとミルクの間はなかなかウンチも出にくいと思います。とりあえず整腸薬を出しておきますからね」
家に戻りまして、ミルクを飲ませた後で、薬を針無しの注入器に入れて強引に口中へ入れました。ミルクの飲み方も慣れて吸い込む力も強くなりましたので、それ以降は薬をミルクに混ぜて飲ませたのです。
丁度その頃でした。近所の循環器内科の村上院長から電話がかかって参りました。村上院長とはフェイスブック仲間です。
「今朝、子猫が中庭でうずくまっているのを患者さんが見つけて保護したけどどうしたら良いですか?」
「子猫の状態は?」
「元気はあります」
日頃から私も啓子も犬・猫の保護活動をしておりますので、この様な相談はよくございます。毎年5月頃から9月頃までは、子猫の出産ラッシュが始まるので気が抜けないのです。一番大変なのは乳飲み子で、2~3時間置きにミルクをやるので寝不足が続きます。時差ぼけの様な感じになります。
「段ボールにバスタオルを敷いて、あったかくしてやってください」
車で15分位の所に病院はあります。すぐにキャットフードとペットシートをキャリーケースに入れて駆けつけました。村上院長と看護師さんは、全体にグレーの毛並みの子猫を心配そうに見つめておられました。
「実は昨晩の大雨で見つかった時はびしょ濡れになっていました。この子しっぽがこんなに腫れあがって」
見ますと、しっぽの先端の肉がザクロの実の様に真っ赤に腫れあがっているではございませんか。キャットフードを与えますとガツガツ食べてくれましたので、命の心配は無く一安心致しました。村上院長からこの先どうしたものか尋ねられました。啓子がすぐに、
「連れて帰ります」と申し上げたのです。
戻りまして子猫のしっぽをじっと見ておりますと、沸々と怒りの情が溢れて参りました。
「何か道具を使ってスパッと切った気がする。でないとこんなにはならない。ひょっとしたらトラばさみの罠に引っかかって切れたのかもしれない。人間のすることじゃない」
やり場のない怒りがこみあげて参りました。
「この子は、前に飼っていた猫のチビの生まれ変わりの様な気がする。里親さんにお願いしないで、家で飼ってやりましょうか?」
私も同感でしたから、頷いた瞬間、家族の一員に決まりました。保護した院長が村上さんですので、MurakamiのMuをとってムーと名付けました。体重は270g。ムーの尻尾は赤く腫れあがったままでした。翌日、中岡獣医に尻尾を診てもらいました。
「まぁ、このまま放って置いたら、尻尾が壊死してしまうところだった。あんまり短く切ったら自分で排泄しきらないと思う。あと一節だけ切って縫合手術をしましょう」
間に合って本当に良かったのです。尻尾を包帯でぐるぐる巻いて、舐めない様にエリザベスカラーを付けてもらいました。
数日後に2回目の検診にポン子も連れて行きますと、中岡獣医の表情が険しくなりました。
「どうもポンちゃんの尻尾が異様に膨らんでいる。おかしい」
そう言われますと尻尾の先だけが全体の煤けた黒色と違い、テカテカと光った銀色の毛並みに変色しておりました。中岡獣医が針で尻尾の先を刺しますと、赤黒い血膿が溢れ出て参りました。ポン子は刺された時、相当痛かったのでしょう。突然、「ギューッ」と声を発して毛が総立ちになり、異様な匂いを発散いたしました。すかさず中岡獣医が、
「臭いっ!たまらないねぇ、肛門絞りもしておきましょう」
さらに鼻を突くような激しい匂いが診察室中に充満いたしました。臭腺からくる分泌物は、腐魚のような刺激臭です。タヌキもスカンク同様、敵に遭遇した際にはこの様な強烈な悪臭を放つのかもしれません。終始ギューギューと言ってはドタバタしますので、看護師さんと私共であやしながらしっかりつかまえておりました。ムーの時に着けてもらったエリザベスカラーはポン子が暴れるのでしてもらえませんでした。ポン子もムーも尻尾がアキレス腱だったとは奇妙なシンクロでした。外の世界で2匹そのまま放置されておりましたら…考えるとぞっと致します。今日はこの辺にいたしましょう。続きはまた。




